軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

253 政略結婚と名誉男爵

貴族の結婚はお互いの家や家門の繁栄のためにするものである。それが国を跨げば互いの国となるだけだ。

このように帝国から他国に重大な話がある時は、当然嫁いだ皇女が表に出せぬ要望や事情を嫁ぎ先の当主または国王へ説明、もしくは説得や懐柔を行う。

母国や実家の為に恫喝まで行う豪胆な貴婦人も、チラホラと聞く。

テレサも先の戦の時には、表立っては伝えられぬ実家の軍閥の意向をそっとアルヘルムに告げてきたことは一度や二度ではない。無論その逆もあり、夫人は嫁ぎ先と実家の家や家門との間を取り持つ重要な調整役をするのが正しい政略結婚の貴族夫人の姿である。

その為に、幼き頃より茶会や貴族学院で人付き合いを学び、夜会で社交術や交渉術を身に付けてゆくのだ。

後継を産めればより良いが、いざとなれば養子という手もある。太平の世なら恋愛結婚でも良いのだろうが、戦乱の世の貴族の結婚は多かれ少なかれ、そういうものであった。

--ベック伯から、アデライーデに挨拶がしたいとの要望も当然何かしら陛下達から伝えるべき事があるのだと思っていたのだが…

しかし、目の前のアデライーデは、本当に何も知らぬようだ。バルクに輿入れしてからこれまでアデライーデには、皇后陛下から何通か私的な手紙が来ている。アデライーデも折りにふれ、両陛下に手紙を出している。

普通は一人で 認(したた) め、厳重に封蝋をしてから使者に渡して送るものであるのだが、アデライーデは綴りや文章がおかしかったらいけないからと、マリアやレナードに下書きを見せ相談していた。

綴られる内容は日々の離宮の生活や孤児院の子供たちの事、アルヘルムに贈られた品がどれほど嬉しかったかなどである。皇后陛下からの手紙も来るとレナードの目の前で躊躇なく開けて目を通すと、嬉しそうに今帝国ではこんな風に炭酸水が流行っているらしいわとか、『瑠璃とクリスタル』の盛況ぶりや皇后が気に入っているウェイターが数人いるようだと話すとレナードから報告があった。

「そうか…」

--陛下達は、アデライーデにそういう役割は本当に求めていないのだな。

ならば、ベック伯が謁見の間で自分に言った事は世辞が多少あれ皇帝としてバルク国に期待があるという事かと、ぼんやりと思っていた。

「帝国がズューデン大陸と交易をしたいとの事ですか?」

「あぁ。今すぐにではないが、そうご希望があったんだ。我が国がしている交易とは規模が違うようになるだろう」

「準備が大変ですわね」

「そうなんだ。人が足らなくてね」

アルヘルムは、今のバルクの現状を掻い摘んで話し少し冷めたお茶を口にした。するとアデライーデは、差し障りがないのであれば実務的なことは平民にも門戸を開くことはできないかとタクシスと同じような事を口にした。

「タクシスも同じような事を言っていたよ。何でもこの村の女の子がメーアブルグでそろばんで活躍しているからね」

「まぁ。そうなんですね」

--そろばんを使った簡単な四則演算で即戦力になるなら、やっぱり教育に力を入れるべきよね。それでも年単位の話なんだろうけど…。もっと早くするには…。そうだ…。

「アルヘルム様、そろばん大会を開催するのはどうでしょう?」

「そろばん大会?」

「ええ、定期的に主催して賞品や特典を出すのです。最初は物珍しさでもいいんですけど、目指す人が増えれば学力の底上げになりますわ。学力が上がれば実務官をやれる人も少しずつですが増えてきます」

「ふむ」

「同じ様に、文字の綺麗な人を書記として雇えるのなら文官達の負担も減ると思うのです」

今のバルクでは、公的な書類はすべて手書きであった。その為、クリスタルガラスやオイルサーディンの輸出量が爆発的に増え王城の1区画では夜遅くまで明かりが灯り、不夜城と化していたのである。国としての収入も増えると同時に文官達の仕事量も当然増えていた。この状態で帝国の交易の話を進めても、文官達が足りないのは簡単に予測できる。

「そうだな。しかし、一部には平民が同じ仕事をするのを良しとしない者もいる。人手は確かに欲しいが…」

「そうですね。確かにそう考える方もいるかもですね」

新しい慣習をすぐには受け入れられない、変えられない人がいるのは自分の社会人としての経験上、陽子さんはよくわかっていた。すでに出来上がっている組織に平民が入っていくのはかなり難しいはずだ。

「それであれば、新設した部門に平民からの実務官を採用して負担を軽くするのはどうでしょう。それであれば軋轢も少なくなると思いますわ」

「ふむ…。考えておこう」

「あの…お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ん、なんだい?」

「名誉男爵って制度が、バルクにもございますか?」

「名誉男爵? あぁ国に多大な貢献をした庶民に授与する1代爵位の事かい? もちろんバルクにも名誉男爵はいるよ」

バルクの名誉男爵は、国に多額の寄付をした商人や私財をなげうって在住の村の整備をした者や目覚ましい技術を発展させた職人らに与えられていた。

「その…次に名誉男爵になる方はどう決まりますの?」

「毎年この時期に内示をして、新年祭の時に公示するんだよ。今年は例年になく多数の者が名誉男爵になるから、話題になるはずだ。君のおかげだな」

「え?私のおかげ?」

「あぁ、今年はなんと言ってもクリスタルガラスを作ったヴィドロを筆頭に炭酸水の管理をずっとしてくれていたハンス・ビューロー、ペルレ島の建物を迅速に建設指揮をしたスタンリー、そしてそろばんを作った職人のコーエンと、この村の鍛冶職人のマデルとマニー親子だな…。あともう数人いたはずだ」

そう言って紅茶を飲み干し、ティーカップを置いたアルヘルムにアデライーデは「ありがとうございます!アルヘルム様」と腕に抱きついて舞い上がっていた。