作品タイトル不明
200 手土産とかぼちゃ
「浦島太郎だわ」
「はい?」
「ううん、何でも無いのよ」
マダムの話を聞き、なんだか疲れてしまってお風呂の手伝いはマリアにだけ頼み温めのお風呂にゆっくりと浸かっていたら口から思わず言葉がこぼれた。
「帝国でも色々なことを言われていたのね」
「それは、それだけアデライーデ様が帝国の貴族たちにとって魅力的なのですわ」
マリアがアデライーデの腕を丁寧に洗いながら答えた。
「でも、その魅力は結局陛下達のお力ってことよね」
「陛下達に関心を持っていただく事は、貴族たちにとって何よりの名誉でございますので。今までどの皇子様や皇女様がご結婚されても同じように接しておられたのが、アデライーデ様にはどの方々とも違うご様子のようですから…。マダムがおっしゃるように宮廷雀が騒ぐのは仕方がないことかもしれませんわ」
皇帝も皇后も、妃が産んだ子供達を差がつかないように遇してきた。アデライーデだけが特別なのだ。
「でも、ただの特別扱いではありませんわ。フライヤーにしてもカフェにしてもレシピにしても、他の皇女様達はそんなことされませんでしたから、アデライーデ様の評価はアデライーデ様のお力なのですわ」
--それは前世の知識なのよ。しかも、私の年代なら誰でも知っている常識でしかないのよね。それをあたかも私の力のように言われるのは落ち着かない気分だわ。
だが、それを説明する事はできない。
マリアやメーアブルグの孤児院の院長との話の中で、それとなく聞いてみたところ、生まれ変わりや前世という概念がこの世界の宗教には無いということがわかった。
異世界から転生してきたと話せば「正妃様がご乱心召された」と、騒ぎになるだろう。それはバルクの正妃であり帝国の皇女という立場のアデライーデとしては避けなければならない。アルヘルムや皇帝陛下達に迷惑がかかる事だ。
これからもこの世界の食材で美味しいものは作りたいし、前世の知識で今よりみんなが便利になる物であれば、職人に頼んで作ってもらう事もでてくるだろう。その度に称賛されるのは気が重かったが、これも仕方がないことだと思うようにした。
--私にできる事で、役に立つ事があればそれでいいか…。普段は離宮にいるしね。でも、できるだけアデライーデの名前が出ないようにしてもらおう。
「大丈夫でございますよ。勝手に宮廷雀達が言う事を真に受けてはいけませんわ。アデライーデ様はバルクの正妃様なのです」
マリアは、もしやアデライーデが帝国に戻されるのかもしれないと気にしているのかと思い、明るく声をかけた。
「バルク国と帝国が良好な関係になるのは陛下達がお望みの事なのですし」
「ええ、そう陛下達から言われたから、私も戻されるなんて話を信じてはいないわ」
ちゃぷちゃぷとお湯を揺らしながらアデライーデがそう言うと、マリアはホッとした様子で新しいお湯を湯船に入れ始めた。
少し熱くなったお湯で身体を温めてから、バスローブに着替え髪を乾かしているとマリアが思い出したように話し始めた。
「そうそう、王宮にお持ちになるレシピをアメリー様がまとめたと、連絡がございましたわ」
アデライーデは、豊穣祭で王宮に呼ばれる時の手土産にお菓子のレシピをアメリーに頼んでいたのだ。
まだ幼いテレサの子供達に食べさせてもらおうとミルク寒天や淡雪、寒天を使ったパフェをいくつかとプリンのレシピをまとめていた。
ゼリーはデザートにもお料理にも使われているが、意外にもプリンはこちらの世界にはなかったようで、アルトと一緒に何度か作っていたが、蒸して作るプリンは火加減が難しく、すが立ちやすい。
ガスコンロやIHのクッキングヒーターでも作るのが難しい蒸しプリンを、薪のコンロで作るには蒸し時間と火加減の調節にかなりの慣れが必要になる。
続く失敗に焼きプリンの方が少し固めになるが、すが立ちにくいとアルトに教えると、アルトの料理人魂に火をつけたようで俄然張り切って蒸しプリンのレシピ作りと火加減の調節に没頭し始めた。
当然、離宮のおやつは試作のプリンが続き使用人達や孤児院の子供達にも振る舞われて離宮で一大プリンブームが起こっていた。
「アルトおじちゃん、すが入らないプリンはいつ出来るの?」
「くっ! もう少しだ…」
「ねぇ、もう少しっていつ?明日?」
キラキラとした目でアルトに期待する子供達は容赦ない。
そんな試練に耐えながらアルトは毎日プリンを作り続け、ようやくすの入らないつるんとしたプリンのレシピを完成させた。
「王宮へ行く時は、アルトも一緒に行ってもらわないといけないわね」
「そうですわね。そうでないと、すがたったプリンが王宮で流行ってしまいますわ。アルト料理長でもすが入らないようになるまで、かなりかかりましたものね。おかげで私達のおやつは充実してましたけど」
マリアは、おかしそうにしながらアデライーデの寝支度を整えていた。
そんなマリアを見ながら陽子さんは、かぼちゃプリンの事は王宮に行く前に絶対にアルトには話しちゃダメだと、固く心に誓っていた。