軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

199 マドレーヌとフライドアップル

「そんな話になっているのですね」

アデライーデはティーカップに残った紅茶を見つめて、深くため息をついた。

「アデライーデ様が帝国にいた頃と随分お噂が違いますのね。炭酸水が世に出たのはバルクでアルヘルム様と睦まじくお過ごしになっているからこそなのに、帝国にお戻りになればですって?よくもまぁ、そこまで都合よく言えたものですわ」

マリアはマダムの話を聞いて、怒りに震えながら冷めてしまった紅茶を飲み干していた。侍女として勤めていた時にアデライーデに対する貴族や使用人たちの噂を直接見聞きしていたマリアは腹が立って仕方がなかった。

--忘れられた皇女なんて言って軽んじていたくせに!ちょっと…いえ、アデライーデ様の真のお力をほんのわずかばかり見た途端に、なんて言いようなの!

「まぁ…ほほほ」

マダムは、おかしげに声を立てて笑い始めた。

「雑多な噂はさせておけば良いのですよ。噂をしてこその宮廷雀ですからね。それだけアデライーデ様を娶られたバルク国が羨ましいのですわ。それに噂をされるうちが花でございますよ。アデライーデ様もそのうち皇后陛下のように雀を上手くお使いになって、良いように囀らせるとよろしいのですわ。おいたが過ぎる雀はちょっとだけ絞めればいいだけですから」

宮廷に出入りして長いマダムが、にっこり笑ってさらりとささやく言葉が重くて怖い。

「マダム…」

アデライーデとマリアが、ちょっと怯えた目でマダムを見るとマダムはにっこり笑って紅茶を口にした。

「それに1度嫁がせた皇女様を、そうやすやすとお戻しになさるはずはございませんわ。皇帝陛下がお決めになったことですもの。まして、バルクでもアデライーデ様の評価は高いのですのよ」

「離宮には、あまり今のバルクの庶民や宮廷のお話も聞こえていないのでしょう」

「ええ」

ミアが熱い紅茶と、焼きたてのバターたっぷりの焼き菓子をティーワゴンに乗せて戻ってきた。大きめの菓子皿には細かく刻んだクルミを混ぜ込んだバルクの伝統的な焼き菓子と菓子職人がホケミ粉を使いふんわりとした口当たりに仕上げたマドレーヌが並んでいる。

ミアが紅茶を差し替え銘々皿に焼き菓子を乗せて供すると、マダムはその焼き菓子を美味しそうに口にしてからバルクの庶民から聞いた話をし始めた。

バルクは炭酸水やペルレ島の開発のおかげで、王都だけでなく国全体が活気づいている。それはアデライーデがバルクに嫁いてきてくれたおかげだとアデライーデの姿絵が人気なのだという。

王都のどの店に行っても、大きさの差はあれ1枚はアデライーデの姿絵が飾ってあるらしい。バルクでは珍しいアデライーデの金の髪とバルクに富をもたらしたからと、巷ではアデライーデの事を「黄金の正妃様」と言っているとマダムが教えてくれた。

「ミア、王都でそんな噂があるの?」

驚いたマリアが思わずミアに尋ねると、ミアは恐れながらと頷いた。

「それだけではありませんわ。炭酸水の仕事に関わる人は、『炭酸水の女神様』、魚の加工やペルレ島に関わる人達は『海の正妃様』とお呼びしていると聞いてますわ」

と、ミアは誇らしげに話した。

ミア達はたまに王都の実家に帰った時に、家族から王都でのアデライーデの噂話を聞いていた。ミア達の勤め先の事は本人はもとより、家族も口外を禁じられているので家の中だけで話すだけだが、家族も嬉しげに街の噂話をしていた。

フライヤーは高価な品だが、保証人がいれば教会から貸し出してもらえるようになっているので、庶民でも屋台を出しやすくなっていた。

フライヤーを借りる時の講習でフライドポテトとコロッケのレシピを最初に教わるが、他の店と差をつけるために最近はいろいろなソースをつける店も増えてきたそうだ。

「秋になってからは、フライドアップルの屋台が人気なのですよ。今王都の女の子の間では、美味しいお菓子屋台巡りが流行っているんですよ」

フライドアップルは、りんごを輪切りにして芯をくり抜き、

卵黄とミルクと小麦粉の衣で揚げたお菓子である。それだけでも美味しいが、店によって粉砂糖をかけてくれたりホイップクリームをつけてくれたりするらしい。ちょっとお高くなるがパイ皮に包んだフライドアップルパイもあると言う。

「知らなかったわ…レシピも進化しているのね」

「それも、アデライーデ様がフライヤーをお作りになってレシピを公開してくださったからですわ」

ミアがアデライーデを称賛すると、マダムはこくこくと頷いた。

「レシピを貴族が公開する事はございませんからね。大事なレシピをバルクの為に公開していただき感激したとバルクの貴族のご夫人方からもお聞きしていますわ。特に王宮の料理人にホットケーキのレシピを惜しげなくお教えになったと聞いて離宮に離れてお暮らしだけれども、アデライーデ様とアルヘルム様の仲睦まじさを皆様お話されていましたわ」

「そう…ですの。今日沢山のことを知って少しびっくりしましたわ」

「離宮では、あまり王宮の事が話題になる事はございませんものね」

「そうね…。なにか作ったり、子供達と遊んでばかりだったわね」

--離宮で過ごしている間に、帝国やバルクといった外の世界でこんな風に自分の事が噂になっていたとは思ってなかったわ。何も知らなくて王宮に行かなくてよかったわ…。

結局、その後もマダムの話を聞いてドレスの仕上げは明日ということになった。