軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

165 アンチョビとオイルサーディン

「さてと、始めましょうか」

キッチンの窓を開け空気を入れ替えてから、今朝港にあがったばかりの新鮮な鰯をアルトから受け取ってシンクのボールに入れた。

本式はカタクチイワシだが、イワシであれば何でも良い。

小型のイワシをきれいに洗い、スプーンで削るように3枚に卸して塩水できれいに洗い、包丁で大きさを均一に整える。

清潔な布の上に並べ、上から布で軽く抑え水分をとって特注のガラスの深型バットに塩を敷いてイワシを並べ塩を振る。

塩とイワシを段々重ねにして最後はイワシが見えないくらいに塩を敷いて軽く抑えて出来上がりだ。

バットを油紙でくるみ、紐をかけてアルトに頼んで貯蔵庫にしまうように頼んだ。

「アデライーデ様、あれで終わりですの?」

「そうよ。あとは1ヶ月位寝かせると魚醤ができて、塩漬けのイワシをオイルにまた1ヶ月くらいつけるとアンチョビができる…予定よ」

「アンチョビ…?ですか?」

「塩漬けのイワシの事ね。オイルサーディン…イワシの油煮もついでに作りましょうか」

手早くイワシを手開きにして、内臓と皮と小骨を丁寧に除いて濃いめの塩水に1時間程つけたら水分を布で拭いてフライパンに並べた。

スライスしたにんにくとローリエと粒黒胡椒を丸ごと数個、それにタイムを少々、オリーブオイルをイワシが被るくらいにひたひたに入れて、ごくごく弱火で20分程火を入れる。

火が通ったら粗熱が冷めるまでの間に、オニオンスライスとトマトのスライスを用意した。

賄いのライ麦パンをアルトから貰い、薄くスライスしてオニオンスライスと出来立てのオイルサーディンとトマトをオープンサンドにしてマリアとアルトに出した。

「美味しいですな…にんにくと辛味で魚臭さが感じられない」

「本当に…。臭みが無いですわ」

「これはイワシの油煮…、オイルサーディンよ。新鮮なイワシを使って内臓や皮とか全て取り除くから魚臭さが無いのだと思うわ。それに瓶詰めにすれば日持ちもするから保存も出来るわ」

「今日作ったアンチョビからは魚醤もできるはずよ。そのアンチョビも同じように内臓も全て取り除いているから、魚醤も今までより使いやすくなるはずよ」

「確かに、料理人が使いたがらないと無理ですからね」

魚醤の唐揚げも、賄いでは大人気になった。

しかし、アルト以外の料理人も最初は魚醤にかなり拒絶反応があったとは聞いていた。

1度作って食べてみると次から抵抗は少なくなるようだが、最初に使うハードルが高いと中々買ってはもらえないだろう。

地元で作られる魚醤でも陽子さんは大丈夫だが、マリアやアルト以外の料理人の反応を見て、広く一般的に使ってもらうのは難しいと思った。それなら、無理に魚醤を売り出すより塩漬け魚を食べた事があるのならアンチョビやオイルサーディンの方が馴染みやすいはずだと陽子さんは考えたのだ。

--まぁ…私が食べたかったと言うのもあるんだけどね。

アンチョビポテトとか、美味しいものね。

昔見たテレビの旅番組でクサヤと魚醤の作り方を紹介していて、その時にアンチョビとオイルサーディンの作り方も紹介していた。

アンチョビを作る途中でナンプラーができると言う話を、ぼんやりと聞いた覚えがあったのだ。

--オイルサーディンも作ったのは初めてだけど、瓶詰めのオイルサーディンにはにんにくスライスと唐辛子が1本入っていたから、多分これであっているはず。唐辛子の代わりに黒胡椒を使ったけど、まぁ…美味しければちょっと違ってても良いわよね。今度グスタフが来た時に食べさせてあげようかしら。喜んでくれるといいけど…。

アンチョビは本当は1年ほど寝かすらしいが、1月でも食べられるらしいから1ヶ月先の楽しみにしようとオイルサーディンのオープンサンドを頬張っていた。

「それで、1月待てと言われたのか?」

「はい。改良するのでそのくらいの時間が欲しいと…あと他にもレシピがあるとの事で、作るのにそのくらいの時間がいるとの事でした」

「ふむ…、正妃様がそう言われるのであれば仕方あるまい。グスタフ、引き続きこの件に関しては君に担当してもらおう」

「えっ…しかし、板ガラスの輸出の方の仕事は…」

「それは心配するな。他の者を充てる。君は新設する調味料課(仮)に配属される。まぁ…しばらくは板ガラスの方と兼務だがな」

「調味料課?新設?」

「そうだ。君一人だけだが…。そして君が課長だよ。おめでとう出世だな。頑張ってくれ」

上司はそう言うと、グスタフの肩をぽんぽんと叩き部屋を追い出された。

呆然として自席に戻ると、可哀相なものを見るような目の同僚とにやにや笑っている一部の先輩達がいた。

「いやー、出世したなぁ。お前に先を越されるとはなぁ」

「羨ましいよ。スピード出世じゃないか」

「はぁ…ありがとうございます」

「頑張れよ、課長さん。匂いが大変だろうけどな」

「はい…」

そう言って笑っていたのは、グスタフより先に魚醤の調査を任されて辞退していった先輩達だった。

体よく気弱なグスタフに嫌な仕事を押し付けたのだ。1度配属替えがあれば数年そこにいるのが慣例だ。自分達は2度と関わらなくていいと思っているのだろう。

「おい、大丈夫か」

仕事が終わり、帰り道で同僚達に声をかけられた。

「酷いよな。自分達が最初は張り切って行くと言っていたのに」

「ほんとだよ。アイツら嫌な事はすぐに押し付けるからな」

アデライーデが関わった炭酸水の輸出部門は、今や花形の部門になっていた。ホケミ粉に関する部門も着々と準備を始め試験販売では実績を出してきている。

魚醤もそれに続けとなっていたのだが、初っ端から頓挫してこれは流石に失敗だろうと言われていたのだ。

「いいんだよ。俺…頑張る」

「おい、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だよ。ありがとうな」

「あ、あぁ。愚痴なら聞くよ」

肩を叩いて励まして帰っていく同僚達を見送りなからグスタフは口に出せない喜びを噛み締めていた。

「みんな、まだ知らないんだ…。あの美味しさを!匂いが改良されたら、きっと王都で大流行になるはずだ。それに正妃様は他にもおつくりになると言われていた。文官では自分が1番に知る事ができるなんてなんて幸せなんだろう」

グスタフは足取りも軽く、父母が待つ家路に急いだ。