作品タイトル不明
164 押し付けられた仕事と改良
「無理です……もう、行きたくありません」
「しかしだな…」
「しかしもカカシもございません!部長は行った事が無いからわからないんです」
「………」
そう言って、部下が部屋を出ていった。
これで何人目だろうか。
タクシス様から魚醤なるものを調べよと指示があり、部下をメーアブルグの近くの漁村に派遣したはいいが、なんでも嗅いだことの無い臭いが強烈でダメらしく行った部下が次々と辞退していく。
「仕方があるまい…」
主任はそう言ってため息をつくと、タクシスに報告するために部屋を出ていった。
「アデライーデ様、お約束のタクシス様からの使者が参りました」
「すぐに降りていくわ」
昨日、珍しくタクシスから手紙が届き魚醤について教えを願いたいと書かれてあった。魚醤の責任者が訪問しても良い日時を教えて欲しいとあったので今日来てもらったのだ。
呼びに来たマリアと一緒にホールに降りていくと、ちょっとぽっちゃりとした若い男性がアデライーデを待っていた。
--責任者と言うからもう少しお年を召した方が来るかと思っていたら、意外に若いのね。
気弱げな感じで疲れた顔を上げ、グスタフ・ホフマンと名乗り丁寧に挨拶をした。
「ところで今日は魚醤のなにを聞きにいらしたの?」
「はい。あの…魚醤は…他のものでは代用がきかないものなのでしょうか?」
「代用?」
実はと、とても言いにくそうに話すグスタフの話をまとめたら、今まで何人も漁村で魚醤を作っているところに行ったが、作り方の説明の途中で臭いが駄目で何人も担当者が変わったと言う。
今では担当者になるものもいなくなってしまい、このままでは話が進まない。他で代用がきくならなんとかならないだろうかという話らしい。
確かにあの匂いは強烈だ。魚醤はイワシを丸のまま塩漬けにして1年ほどねかせどろどろになった身を内臓ごと、絞って何度か濾した液を沸騰させて作る。
その時の匂いは確かに強烈なのである。
横で魚醤の匂いを知っているマリアがコクコク頷いていた。
「あなたも…その漁村には行ったの?」
「はい、昨日行ってきました」
匂いを思い出したのか少し暗い顔でグスタフは答えた。
「魚醤を使った料理は食べたことあるかしら?」
「え……いいえ…」
「食べてみない?」
「え!…あ…はい」
「レナード、アルトに頼んでくれる?あと、少しずつでいいから他にも出せるものがあれば、それもお願い」
「かしこまりました」
レナードはそう言うと、アルトに伝えるように従僕に指示を出した。
「ここで試食もなんだから、他に移動しましょうか」
「さようでございますな。今でしたらテラスが日陰になり丁度良いかと…案内させましょう」
グスタフは従僕に案内され先にテラスに向かった。
ホールからグスタフが出ていくのを見届けると、アデライーデはため息をついた。
「あれはどう見ても、押し付けられたという感じね」
「そのようでございますな。グスタフ殿はホフマン男爵家のご長男で文官になってまだ数年のはずです。責任者を任せるのには少々お若いかと…」
「そう…ご領地はこの近く?」
「いえ、北の方だったと思います」
「お魚にもあまり慣れてないのね。それなのに製造場に行ったのね」
「おかわいそうに…瓶を開けただけでもアレでしたのに製造場に行かれたのでしたら、さぞ驚かれたでしょう」
マリアはとても同情的だった。
アデライーデのキッチンでの魚醤との初対面は忘れられない出来事だったからだ。
「王宮ではまだ唐揚げって、食べられてないのかしら」
「公表は鶏の増産の目処がたってからだそうですよ。とんかつの時に豚が一時高騰しましたからね。今は落ち着いてきましたが…」
「あら…そうなのね」
庶民の食卓に響かないように、タクシスが派閥の貴族に命じて増産を奨励し、唐揚げ披露のタイミングを見計らっているらしい。
アデライーデ達がそんな話をしている時に、テラスに通されたグスタフは頭を抱えていた。
先程、「はい」と言ったが製造場で見たアレを口にするのかと思うと、出されたお茶に口を付けることもできなかった。
しかし、正妃様のお勧めを断る事などできない…。
元々、しがない下位貴族である男爵子息でしかない自分が雲の上の正妃様にお会いできる事など滅多に無いのに、押し付けられた仕事で離宮までやってきた。気の弱い自分は断りきれず正妃が言い出した事にケチをつける様な願いを持ってやってきたのだ。
--飲めと言われたらどうしよう…。
ダラダラと汗をかきながら待っていると、「お待たせしたわね」とアデライーデがワゴンを押したアルトを連れてやってきた。
アルトはいい匂いがする茶色の塊の乗ったお皿をワゴンからグスタフの前に置くとアデライーデから食べてみてと勧められた。
ごくり…。これがアレなのか?匂いは違う??
ニコニコ笑うアデライーデを見て思い切って口にするとホクホクとしたじゃが芋と肉の味がした。牛肉の細切れがたっぷり入っていてサクサクとして美味しい。
「それはコロッケと言ってじゃが芋を揚げたものなの」
「お…美味しいです。フライドポテトとはまた違うのですね」
--アレじゃないんだ。
グスタフは、ホッとしながらコロッケを飲み込んだ。
「ソーセージはお好き?」
「はい、大好きでよく食べます」
「これは、ソーセージを使ったソーセージドッグよ。串を手で摘んで食べてみて」
次の皿には一口大のソーセージドッグにトマトソースと粒マスタードが添えられて出された。
「美味しいですね。茹でたソーセージをよく食べますが、これはパンが要らないかもしれません」
「こっちは鶏肉を揚げたものよ。味は2種類あるのよ。塩味とにんにく味、お好みでレモンをかけてもいいわ」
お皿に2つ置かれた茶色い塊にナイフを入れると閉じ止められていた肉汁がじゅわりと溢れ出す。シンプルな塩味も美味しいがにんにく味のものは、旨味とにんにくの風味が絶妙だった。あとを引く美味しさにもう少し欲しいなと思うほどであった。
「いかが?」
「美味しいです。特ににんにく風味の方は味に深みがあって…食べた事がない味で…あ…これは…、もしかして」
「そう…それは魚醤を使っているのよ」
「ええ……これが…アレなんですか!」
信じられないという顔をするグスタフにアデライーデがくすくすと笑いながら、良かったらおかわりをするかと勧めてみた。
ちょっと考えてから「はい」と答えたグスタフは、今度は唐揚げをじっくりと見ながらゆっくり味わって「やっぱり、アレの匂いはしないですね」と言い王宮でのみ飲めると言うコーラに感動しながらゆっくりと味わった。
「それなら、村にコーラを飲みにくればいいわ。村の食堂で飲めるわよ?今食べている料理も食べられるわ」
「アデライーデ様、この村に入る為には王の許可が必要です。無許可で入る事は出来ません。今回は魚醤のお話で訪問できたのです」
「……」
振り返ってレナードを見ると、当然のように「さようでございます」と答えた。
「村の入り口に警備兵がおりますし、許可なき者は入れません。突然いらして入れるのは王族の方たちくらいでしょうか」
そう言うと、コホンと1つ咳払いをした。
「魚醤の責任者でいらっしゃるグスタフ様であれば、村へのお出では問題ないかと…」
「そうね…これからも通っていただく事になるだろうし」
「え…通うとは?」
村に来れる許可がもらえたのは嬉しかったが、通う話など聞いていない。
今日の魚醤の責任者というのも爵位の低い1文官の自分が正妃であるアデライーデに会う為のものである。まぁ…他になり手がないのだから、もしかしたらずっと責任者のままかもしれないが…。
「改良型の魚醤を作ろうと思うの。少し時間がかかるからその間何度か来てもらうことになるわ。それに魚醤以外の物も作れそうだから、意見を聞きたいの」
「改良型?」
「匂いがダメな人が多いでしょう?このままじゃお料理に使われないんじゃないかと思って…。それに多分魚醤以外の物の方が好まれるはずだわ」
「魚醤以外の物…」
グスタフはアデライーデが言う「魚醤以外の物」がなにか全くわからないが、あの強烈な匂いよりマシになるのであれば構わないと思い頷いた。