軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

154 たい焼き器と小さな工房

貴族が受ける教育で庶民と1番違うのは、イレギュラーなことが起こった時の対処の訓練だろう。内心で驚いていても顔に出さなかったり、平常心への復旧速度が早かったりする。

普通は予想外のことが起これば固まったりアワアワ慌てたりする。平常心と言うのは大切なものであるが一朝一夕にはなかなかできない。庶民でも、聖職者を始めとして大店の跡取りなどは教育されるが殆どの庶民は自分なりの経験則くらいだ。だからこそ亀の甲より年の功と言われるのだ。

陽子さんも仕事や人間関係は日々鍛えられることが多くそれなりだが、いかんせん恋愛事は経験値が少ない。仕事の年の功はあっても恋愛事に関してはからっきしだ。

だからこそ寝て心を落ち着かせるのだ。

かちゃ…。

寝室の扉が開く音に浅い眠りから覚めた。

「ん…なぁに」

「お休みのところ申し訳ございませんが、お呼びになっていたマデルが来ております」

「そうだったわね。手が空いたときに来てってお願いしていたわね」

むくりと、ベッドから起きるとマリアに髪を整えて貰いドレスを手に通した。着換えを済ませてホールに降りていくとソファではマデルとマニーが慣れた様子でアデライーデを待っていた。以前より少し小洒落た服を着た2人に声をかける。

「お待たせしたわ」

「いえ、アデライーデ様がお呼びとお聞きしましたが何かございますか」

「ええ、また作ってほしいものがあるの」

そう言って用意しておいたメモを取り出すとマリアに渡してもらった。

「これは??魚の型?」

「そう。ホケミ粉を入れて間に具を挟んで焼くものよ」

そう…たい焼き器を作ってもらうためにマデル達を呼んだのだ。アルトに豆の種類を教えてもらって残念ながら小豆に似た豆はなかったが、あんこ以外のものを挟んでもたい焼きはたい焼きだ。

カスタードクリームを入れればおやつに。肉の入ったソースを入れれば食事代わりになる。海のあるメーアブルグの屋台で出せば魚の形をしたたい焼きは人気が出るだろうと思ったのだ。

「鋳物になりますねぇ。それに魚の形を作るのか」

メモを睨みつつマデルがぼそっと呟いた。

飾りものを作ったことがないので魚の形を作るのに自信がない。

「父さん、商会の人に職人を紹介してもらえばいいんじゃないかな」

「そうだな…。そうするか」

マデルとマニーはメモを見ながらうんうんと小声で話していた。

「アデライーデ様、魚の型以外でも作っていいのでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。何か作りたい型があるの?」

「豚とか鶏とか色んな動物の型があれば面白いかなと…」

「そうね!楽しそうだわ。あ…あとね。パンを挟む用にも欲しいわ」

そう言って忘れずにホットサンドメーカーも頼んだアデライーデだった。

「そのうち、人気が出たら一度にたくさんできる大型のものもお願いするかも」

いくつか型が並んだ絵を書いて渡すと、2人はじっとメモを見ていた。

「………お預かりしてもよろしいでしょうか」

「もちろんよ。大型の物はまだ先の話だから後でいいのよ」

アデライーデがそう言うと、マデルはメモを懐にしまいマニーと2人で離宮を後にした。

フライヤーやスライサーの完成以降、マデルとマニーにはアリシア商会から毎月契約金が支払われている。

フライヤーが売れる度にその一部が支払われるのだ。いわゆる特許料みたいなものである。

フライヤーもスライサーもアイディアはアデライーデだが、試行錯誤を繰り返し形にしたのは彼ら親子だ。そしてアデライーデが作りたいものを1番最初に頼むのも彼ら親子である。

守秘義務も含めて支払われる金額は、マデル達が驚く金額であった。

「マニー、商会の人の手を煩わせるのもなんだし鋳物職人に知り合いはいないのか」

「あぁ、いるにはいるよ。この前父さんの代わりに王都に行った時に工房で何人か知り合った職人がいるんだけど、アデライーデ様の頼み事だから商会経由で身元のしっかりした職人を紹介してもらった方がよくない?」

「そうだな…。その方がいいか…紹介を頼むか」

「しっかし、面白い事いつも考えるよな。アデライーデ様は魚の形の食べ物か、中身は魚じゃないんだな」

別に…何を入れても美味しければいいと思うよ…

「これ…原型は彫刻家とかに頼んだほうがいいんじゃないかな」

「そうだな…せっかくだしな」

「そっちも、紹介してもらうように頼んどくよ」

マニーは、そう言ってマデルと別れて村の商会に依頼をおえると王都に向かった。自分の工房に帰るためだ。

スライサー販売開始からすぐに作成が忙しくなり王都に小さな工房を持ったのだ。契約金をつぎ込んだマニーの工房はフライヤー工房の隣である。

スライサーの納期が厳しい時は、隣の工房長に手伝いの人を都合してもらうことも多くなった。と言うか、今いる2人はもうふた月も自分の工房でスライサーを作っているがそれでも最近手が足りなくなってきている。

買いやすい値段のスライサーの人気は高く、作る端から売れていく。

隣の工房長から「あの2人はやるから、あとは自分で見習いか職人を雇え。もうやらんぞ」と職人を雇うのをせっつかれている。

「俺も頼もうかなぁ」

そう呟きながら、マニーは王都へ馬車を走らせていた。