軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

125 卵焼きとたまごサンド

「あら…噂をすれば。コーエンが菜箸も持ってきているのであればこちらに、持ってきてないなら広間にお通ししてくれる?」

「承知致しました」

レナードはすぐにコーエンを連れて厨房に戻ってきた。

「アデライーデ様、お久しゅうございます」

白かったコーエンの顔は少し日に焼けて血色が良くなっていた。

朝から晩まで工房に籠もり仕事をしていたコーエンは寮と工房の往復だけでほぼ外にでる事はない生活だった。

生まれた時から足が少し不自由なコーエンは、男の子達の間の体を使った遊びができず、手先が器用な事もあって自然と室内で遊ぶことが多かった。

今回の山の製材所への出張が、コーエンの初めての遠出となり最初は体力の無さからへばっていたが、製材所や切り出し場の見学を精力的にしていくうちに体力も付いてきたのだ。

「おかえりなさい。山はどうだった?」

「ええ、素晴らしかったです。お恥ずかしながら木を扱う指物師でありながら初めて製材所を訪れましたので学ぶ事が多かったです」

「良かったわ。日に焼けて顔色も良くなっているわね」

「少し山歩きもしましたので」

家の中にいる事が多く、優しい面立ちで白い顔を子供の頃から「 生白(なまっちろ) くて女みてぇ」と言われていたコーエンは、少し誇らしげにそう言った。

「菜箸を持ってきてくれたの?」

「はい、こちらに」

「アデライーデ様のお望みどおりであればよろしいのですが…」

そう言って鞄から立派な木箱を取り出した。

アデライーデが受け取って蓋を開けると、光沢のある布が貼られたそこには、長さの違った3組の菜箸が入っていた。

--木箱入の菜箸……。100円ショップで2組100円の菜箸しか使ったことない私の方が、菜箸様に相応しくはないかもしれないわ…

ちょっと微妙な気持ちになるが、ありがとうと言って菜箸を取り出すと、軽く洗い先程ポテトカッターで切ってあったポテトを菜箸で摘んだ。

流石、一流の職人が作った菜箸。細すぎず太すぎず使いやすい。

「良いわね。使いやすいわ」

アデライーデがそう言うとコーエンはホッとした顔をした。

「これで卵焼きを作るからちょっと待ってて」

「はい、どうぞお試しください」

「アルト、マヨネーズソースってあるかしら」

「あ、はい。今お作りします」

アルトは卵を取り出すと、ボールに卵黄を3つ入れ油と酢を入れマヨネーズを作り始めた。

アデライーデはその間に手を洗い、エプロンをつけているとレナードがなにか言いたげにちらりと見ているが何も言わずにいたので、アデライーデはそ知らぬ顔をして卵焼き器を手にとる。

小皿に少し油を入れて用意してもらった小さな布を四角く畳んで浸す。卵を割りほぐしお塩を少し入れて味見をした。

既に最初の焼入れは済んでいると言われたので、軽く洗い火にかける。卵焼き器に油を馴染ませ、卵液を入れるとジュッと小気味良い音がする。

薄く焼いた卵がぷくぷくしてきたのを菜箸で潰し、向こう側から手前に巻いていく。油に浸した布で油をひいて卵液を足してまたくるくると巻いていくアデライーデの手元を、アルト達は食い入るように見つめている。

--懐かしいわね。お弁当のおかずに毎日作っていたわ。だし巻き卵が食べたいけど、お出汁を手に入れるのは難しいわよね。鰹節とお醤油があるともっと色々できるんだけどな。

そう考えながらも、陽子さんはあっという間に塩味の卵焼きを2つ作った。キッチンに立って約50年。お弁当づくりはなんのかんので20年近くやってきて毎日のようにこうやって卵焼きをつくってきたあの頃が懐かしい。

「マヨネーズをちょうだい」

今度はマヨネーズを入れた卵焼きを2つ作り、人数分に切り分けた。

塩味の卵焼きとマヨネーズを入れた卵焼きを1切れずつお皿に取り分け、皆に回すとそれぞれの試食が始まった。

「美味しいですわ。塩味の方はしっかりとしていて、マヨネーズの方はふわふわと柔らかいのですね」

「上品な味わいですな。スクランブルとはまた違う口当たりです」

「ええ、塩味の方は冷めると少し固くなるけどマヨネーズを入れた卵焼きは冷めても柔らかいままなのよ」

久しぶりに食べる卵焼きは美味しかった。

「菜箸とはあの様に使うものなのですね…」

調理器具だと依頼されて作ったはいいが、どのように使うかわからなかったコーエンは、自分の作ったものでこのような食べ物が作られる事にちょっと感動していた。

文箱や宝石箱に大事な手紙や宝石が仕舞われるのも嬉しいが、人の口を楽しませるものを作るのも悪くないと卵焼きを噛み締めていた。

アデライーデ達が、わいわいと試食をしている反対側で思いつめたような顔をした料理人達が額を突き合わせて試食をしている。

「美味い…」

「うん。でも俺たちにこれが作れるか?」

「味付けはいいんだが、あんな作り方見たことないぞ」

「2本の棒をどうしたらあんな風に扱えるんだ」

料理人達は、アデライーデの卵焼きに衝撃を受けていた。

四角い形もさることながら、菜箸を器用に使って薄い卵焼きを 捲(めく) っていく作り方にだ。

アデライーデは簡単そうにひょいひょい作っていたが、そもそも菜箸を見た事も使ったこともない。

料理人達は卵焼きを美味しいと思う反面、これを食事に取り入れろと所望された時に、果たして作れるのかと不安にかられながら試食していた。

「情けない事を言うな」

アルトは試食の皿を置いて皆に活を入れる。

「料理人でないアデライーデ様が作る事ができるのだ。王宮料理人の俺たちにできない筈はない」

「料理長、料理長は作られた事はあるんですか?」

「ない!」

アルトはきっぱりと言う。

「作り方は今知った。簡単にできぬかも知れないが、何度もやればきっとできる。いや、出来るまでやるんだ」

「料理長…」

「俺達は王宮料理人だろう?絶対作れるようになるさ」

「頑張ります」

「俺も絶対作れるようになります」

「おう!」

ちょっと体育会系のノリだが、料理人とはそんなものだ。

新しいレシピがあり、珍しい器具がある。使いこなして自分の納得のいく料理を作りたい。ましてアデライーデ様は難なく作ったのだ。

やってやれないことはない。

早速その場でコーエンに菜箸を人数分注文し、卵焼き器も人数分すぐにマデルに注文した。そして納品されてから特訓が始まるが、卵焼きへの道は険しかった。

まず菜箸が持てないのだ。

アデライーデは別に菜箸じゃなくてもフライ返し(ターナー)でも何でもいいのよと言うが、そこは料理人の意地として同じ条件で作りたい。

仕事の合間に箸使いを練習し、毎回指を引つらせ菜箸を落としつつも頑張った。そして失敗した卵焼きはたまごサンドとなって、毎食のメニューに加えられる事となる。

アルト達の悔し涙に味付けされた塩味の効いたたまごサンドは、「最近のたまごサンドは美味いよな。なんかフワフワしてるし」と兵士達から大絶賛されるのだが、それを聞くたびに苦笑いをして練習に励んだ。

離宮で、アルト達が作る卵焼きがアルヘルムにお披露目されるのはもう少し先の事となる。