軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

120 朝の挨拶と正装

「いささか早い時間の訪問、大変失礼いたします。正妃様、お久しぶりでございます」

朝食が済み、食後のお茶の前にタクシスが初めて離宮にやって来た。

きっちりと正装をしアデライーデにはにこやかに。アルヘルムには座った目でタクシスが挨拶をすると、アルヘルムは素知らぬ顔で椅子を勧めた。

「お久しぶりです。タクシス様」

「早かったな、まぁ座らないか?」

「ありがとうございます。陛下」

タクシスが勧められたソファに座ると、侍従がお茶を差し出した。

「タクシス、これが皇后陛下からの依頼書だ」

渡された依頼書をタクシスはじっと見ている。

「この価格で500本なのか?」

「そうだ。価格はこれ以下に下げないようにとの皇后陛下からのお達しだ」

「いくらになる?」

「ええっと…」

パチパチパチパチとアルヘルムの問いかけにアデライーデはそろばんを弾いた。

「これですね…」

「………」

アデライーデがそろばんで2回計算をして二人に教える。

「瓶っていくらくらいだ?」

「昔50本ほど仕入れた価格で良ければ…このくらいでした」

アルヘルムがレナードに尋ねるとレナードが価格を書いた紙を差し出す。それを元にアデライーデが500本での概算を計算し、粗利を出してきた。

「………」

タクシスが、おもむろに手帳を取り出し計算を始めた。

しばらくしてから

「間違いございませんな」

そう言うと手帳を懐に戻し、コホンと咳払いをしてアデライーデに尋ねた。

「そちらがそろばんと言うものでしょうか?」

「ええ、便利なんですよ。慣れるまで少し訓練が必要ですが」

「ふむ…」

「ブルーノ、凄いだろ」

--なんでお前がそこで自慢するんだよ。凄いのはお前じゃないだろ?

「本当に、素晴らしいですな。これは…計算機でしょうか」

執務室ではないので、宰相としての 体(てい) を崩さずタクシスはアルヘルムを見ずアデライーデに笑いかけた。

「そうなんだ、昨日アデライーデから少し教わったけどこれで計算すると早いぞ。見てみろ」

昨日の夜、アデライーデから習った方法で1から10までの計算をパチパチとアルヘルムがやって見せた。

「ほら、あっという間だ」

「……素晴らしいですな」

自慢げに結果を見せるアルヘルムに冷ややかな称賛をして、そろばんを手に取るとジャラっと計算結果を崩した。

「これは試作でまだ少し改良の余地があるのですが、十分に使えますわ。孤児院でも教えようかと思ってるんです」

「孤児院で?」

「ええ、読み書きそろばんが出来れば将来仕事の選択肢が増えますもの」

「これは…孤児院で教えるために作られたのでしょうか」

「いえ、私が帳簿の計算をする為に作ってもらったのですが、便利でしょう?せっかくだから皆に教えようかと」

手にしたそろばんを見つめタクシスは、考え込んでいた。

貴族の考えとしては、このような発明品は独占し領民に使わせることは無い。国に献上する場合は引き換えに領土や爵位を要求するのだが、アデライーデはそれを惜しげもなく領民に…その中でも最も力の無い孤児達に使おうとしている。

村の為に持参金を使う事を躊躇なく決めたアデライーデらしいとタクシスは考えていた。

「子供たちは頼れる親がいないのですから、せめて身を立てる 術(すべ) くらい教えてから卒院させてあげないとすぐに生活に困るでしょう?」

そろばんをじっと見つめているタクシスが、子供たちに教えるのを快く思ってないのかと少し心配になったアデライーデはタクシスに最低限の教育の必要性を話した。

「確かに、孤児院育ちでは出来る職も限られております。計算が出来るようになれば、生きていく助けになりましょう」

この世界、確かなところに職を求めるには保証人がいる。大抵のところは親や親族がなるのだが、その保証人がいない孤児たちがつける職は日雇いの力仕事か小さな商店に通いで雇ってもらうくらいだ。

運良くそこの主人が次の仕事の保証人になってくれる事もあるが、大抵は保証人になってくれることはなく同じような仕事を転々とする。

やさぐれて悪い道に走ったり身を持ち崩して花街に沈む孤児も多いのだ。それがまた悪評となり、孤児たちの就職先が少なくなると言う悪循環を繰り返していた。

「正妃様、これを王宮でも使わせていただくことは出来ますでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

あっさりとアデライーデは許可したが、ちょっと困った顔をした。

「……何か?」

「いえ、使ってもらうのに何も問題がないのです。ただ少し先の話でも良いでしょうか? そろばんの製作を頼んでいる職人さんが今、山に行ってしまっているので…。試作のそろばんは3台ありますから、2台持っていって頂いて構いませんわ」

小物職人のコーエンは、珠の弾かれ方に納得がいかず北部の森の街まで材木を探しに行っているという。

「それは、また大変な意気込みですな」

「腕の良い方ですの。その分こだわりもすごいようですわ」

「良いものができそうですね」

タクシスはそろばんをテーブルに置き、少し冷めた紅茶を口にした。