軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33. 謝られました

馬車に乗り込んだ途端、クロヴィスさまは頭を下げた。

「えっ」

「すまなかった」

そう謝罪して、彼は頭を上げようとしない。

私は慌てて呼びかけた。

「あのっ、クロヴィスさま?」

「助けてやれなくて」

「そんな、謝らないでください」

両手を胸の前で振って、なんとか頭を上げさせようとしたが、彼はそのままの姿勢でいる。

「だって、クロヴィスさまのせいではありませんし。だいたいシルヴィスさまは国王ですもの、誰も逆らえませんわ」

「いや、でも……」

「気にしないでください。本当に。お顔をお上げになって」

そう声を掛けても、クロヴィスさまは動かない。

これは申し訳ないことをしてしまった。やっぱり助けなんて求めるべきではなかった。

たとえ王弟子息だとしても、できることとできないことがある。

王女であっても、できないことがたくさんあるように。

「わたくしこそ無理を言いました。申し訳なく思います」

私が助けを求めたりしたから、クロヴィスさまが気に病むような事態になってしまったのだ。

自分の身に降りかかった火の粉は、自分で振り払うべきだった。

「それにあのあと、特になにもありませんでした。ちょっとお話ししただけですわ」

「……そうなのか?」

それでやっとクロヴィスさまはおずおずと頭を上げた。私はほっと息をつく。

「ええ」

「まさか伯父上に限って、暴力的なことはしないと思っていたが……安心した」

そう言ってぎこちなく微笑む。

なので私も笑みを返した。

「今日も射ることができるのですね、わたくし楽しみですわ」

話を切り替えよう、と今日のこれからを口にすると、クロヴィスさまは肩の力を抜いて、楽な姿勢で座り直した。

「そうだな、楽しみだ」

本心がどうかはともかくとして、話に乗ってくれようとはしているようだ。

「エレノアに負けてはいられぬと、あれからまた練習したのだ」

胸を張ってそう得意げな声を出す。

「まあ、それは楽しみですわ。けれどわたくしも負けられません。練習はしていませんが」

私の軽口に、クロヴィスさまは声を出して笑った。

弓場に到着すると、またたくさんの兵士が出迎えてくれた。

私たち二人のためなのか、ふたつの的が、少し前に設置されている。

「もう少し大きな的にいたしましょうか?」

私たちの前に出てきた兵士の一人がそう問うてきた。

「いいえ」

私は首を横に振って、そう返す。

「当てたいだけなら、目の前に大きな的を置いていただきますわ」

「王女殿下なら、そう仰るような気がしておりました」

兵士たちは私の返事に笑っている。

どうやら歓迎されているようで、安心した。

それからクロヴィスさまが弓矢の準備をし、先に一本、射る。

先日と同じように、パンッ、と的の板が割れた。

「お見事!」

先日も、今日も、最初の一本を当てている。

本当に、すごい。

「正確なのですね」

「兵士たちはもっとすごいぞ。私は狙うのに時間がかかるが、彼らは私の半分の時間もかからない。それでいて、もっと正確だ」

「そうなのですか」

私は兵士たちに向き直る。

「どなたか、それをわたくしに見せていただけませんか?」

そう声を掛けると、数人が顔を見合わせたあと、一人が歩み出てきた。

「では僭越ながら、私が」

先日も今日も、一番前に立って私たちを迎えてくれた兵士だった。おそらくは、射手の隊長であるのだろう。腕にも自信がありそうだ。

彼は弓を構えたかと思うと、すぐさま矢を放った。それは当然のように的を射抜く。もちろん、私たちの的よりも向こうに設置させた的だ。

「まあ!」

私が驚いている間に彼は身体の向きを変え、二本目の矢を手に取るとすぐさま放ち、隣の的を射抜く。同じように、またその隣の的を。

私は唖然として、言葉を発することができなかった。

あっという間に五つの的を射抜いたあと、彼はこちらに向かって頭を下げた。

「お目汚しでございました」

「すごい! すごいわ!」

私は思わず拍手をしていた。

兵士たちは嬉しそうに私のその様子を見ている。

「ねえ、よければ皆さまの練習を見てみたいわ。しばらく、やってみてくださらないかしら?」

私がそう提案すると、少しの間考えるようなそぶりをしていた兵士たちは、次々と立ち上がると練習場に立った。

的を設置し直したり、向こうに飛んでいってしまった矢を集めたりしたあと、彼らは誇らしげに練習を始める。

私は用意された椅子に座って、その様子を眺めていた。嬉しそうに楽しそうに、でも真剣に練習している様は、見ているだけでもわくわくする。

そうしていたとき、ふと隣に座るクロヴィスさまが話し掛けてきた。

「エレノアは、すごいな」

私はそちらを振り向く。

「すごい?」

「あっという間に、兵士たちのやる気を出させてしまった」

クロヴィスさまは、兵士たちのほうに視線を向けたままそう言った。

「いいえ、すごいのはクロヴィスさまですわ」

「私か?」

驚いたように、こちらを見て目を瞬かせている。

「ええ」

私は大きくうなずいた。

「クロヴィスさまほどお上手でしたら、きっと、兵士たちがもっとすごい、だなんてなかなか言えませんわ。クロヴィスさまがそう仰ったから、わたくしは見てみたいと思っただけなのです。クロヴィスさまがとても素直に彼らの実力を認めていたことが、すごい、というだけの話ですわ」

「そうか。エレノアは褒め上手でもあるのだな」

そう返して、クロヴィスさまは謙遜するように茶化す。

「本心ですよ。それは上に立つ者に必要な資質かと思います」

私の言葉に、クロヴィスさまは口の端を上げた。

「上に立つ者……王者か」

それは、八歳の表情ではなかった。

「けれど私は王にはなれない」

「……どうしてですか?」

「どうして? 決まっている」

そしてこちらを見上げてきた。

「エレノアが世継ぎを産めば、その子に第一位の王位継承権が移る。その子の子がまた王位を継ぐ。その次も。私に王位は巡ってこない」

そうだ。普通はそうなのだ。

私はそのことに気付き、口をつぐむ。

でも、私は知っている。クロヴィスさまが王位を継ぐ方法を。

私の気持ちひとつで、彼は王位を継ぐことができるのだ。

私がシルヴィスさまの提案を拒否しなければ、クロヴィスさまはいずれ、アダルベラスの王となる。

私がそのとき出す決断は、ひどく残酷なものになるように、思えた。