軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28話

ライナーとハロルドの試合に決着がついた。その光景を呆けたように見つめていたコレットは、次の瞬間には我に返り、倒れたライナーの元へと駆け出していた。

最後にハロルドが放った魔法。直撃こそしなかったがライナーが無事である保証はない。隣にいたライナーの父親、オルベルの制止も聞かず、不安に駆られて足を動かす。

しかし救護室まであと少しのところで人垣に行く手を阻まれる。

なんでこんなに、と思いながらもコレットは果敢に人混みへと突入し、「すみません!」「通してください!」と声を上げながら、そのか細い腕で人々を掻き分けていく。

その人垣は唐突に拓けた。

急に立ち塞がる圧力がなくなったことで、コレットは勢い余って前方につんのめり、それでも持ち前のバランス感覚で体勢を立て直して踏み留まる。

そして顔を上げてハロルドと目が合った。

「あっ……」

思わず声が漏れる。

どうやらこの人垣はハロルドを避けたことによって形成されたものらしい。見回せば彼を中心に円に近い空間ができあがっていた。

確かにあの雷を目撃した直後では腰が引けるのも頷ける。コレットもハロルドに助けられた過去がなければ彼らと同じような態度を取っただろう。

だが、だからと言って咄嗟に言葉が出てくるわけでもなかった。

伝えたい感謝も言葉も山ほどある。

しかし命の恩人と大切な幼馴染みの戦いを目にして、なんとも不安定な気持ちになっている今この時に限っては言葉をまとめられない。

そんなコレットの心中を察したわけではないだろうが、ハロルドの方から話しかけてきた。

「あれが貴様の見込んだ男か?」

「え……?あ!は、はい!」

相当気が動転しているせいで受け答えも覚束ないコレット。それでもハロルドに何を言われたのかは理解して答えを返す。

「あれは貴様を守れるような男に渡せと言ったはずだぞ?なぜわざわざあんな雑魚を選んだ?」

あれ、とは3年前にハロルドが渡してくれたネックレスのことだろう。ライナーはネックレスを受け取ったその日から、肌身離さず常に首から下げている。

ハロルドは戦いの中でライナーがコレットを守る騎士だということに気付いたのだ。

「ら、ライナーは弱くなんてありません。わたしを守ってくれてます」

そう返すコレットの声は弱々しい。それでも瞳だけは逸らさずにしっかりとハロルドを捉えて離さない。

「ふん、まあ貴様が守られているだけで満足ならそれでいい。雑魚が守るにはお似合いの腰抜けだ。精々ライナーの足を引っ張ることくらいしかできないだろう」

「なんでそんなこと言うんですか……」

どうしてハロルドが自分やライナーを叱責するのか、その理由がコレットには理解できない。

ただ、ハロルドに批難を受けるのは耐えがたいほどに辛いことだった。

「弱くあることがいかに無力か、貴様は身をもって知ったと思っていたがな。それでもなお弱者として生きる道を選ぶなら好きにしろ。俺の知ったことじゃない」

それだけ言うと、ハロルドはまるでコレットに興味などないかのように去っていった。

命の恩人との再会は、たった数回のやり取りで終わってしまった。それも一方的に見限られるという形で。

なぜ、という疑問だけがコレットの頭の中をぐるぐると駆け回る。どうして自分や母を救ってくれたハロルドがあんなに厳しい言葉を浴びせかけたのか。

意味が分からず、気が付けば視界には涙が浮かんでいた。

それはハロルドの理不尽な言動に対してであり、彼に見放されたことへの悲しみに対するものでもあった。

溢れ落ちそうになる涙を袖口で拭う。ハロルドが去っていった方へ目を向ければ、その背中はとても遠いものに見えた。

それが彼との間にある隔たりのように思えて無性にコレットの胸を締め付ける。

「……そうだ、ライナーのところに行かなきゃ」

力なく、自分にそう言い聞かせるコレット。見たくないものから逃げるように、ハロルドとは反対の方向へと駆け出す。

そうしてたどり着いた救護室で、ライナーは目を閉じて横たわっていた。コレットに少し遅れて到着したオルベルが医師と話していたのを聞く限り、どうやら疲労で倒れただけで外傷はほとんどないらしい。

回復魔法はすでにかけたのですぐに目が覚めるだろうともその医者は言った。

ライナーが意識を取り戻したのはそれからおよそ10分後のことだった。

うっ、という呻き声と共にライナーの瞼が開く。

「ライナー!?」

「コレット……?うわっ!」

目を覚ましたライナーに、コレットが覆い被さるように抱きついた。

突然のことに混乱するライナーだったが、状況を理解してだんだんと赤面していく。オルベルを含めた周りの大人達は空気を察知して音も立てずに退室していった。

そんな周囲の反応など目に入っていないコレットはライナーを強く抱き締める。

「よかったよぉ……」

「よかったって……あ、そっか。負けたんだった、おれ」

ベッドに寝かされていることに気付いて先程までの試合を思い出す。

全身が気怠いが、痛む箇所はなかった。

「大丈夫?痛いところとかない?」

「平気だって。ハロルドが手加減してくれたし」

不意にライナーの口からハロルドの名前が飛び出してコレットの表情が曇る。本当ならこんな態度は取りたくないのだが、ついさっきのハロルドを思い出してしまって気持ちが掻き乱れてしまう。

そんなコレットの顔をライナーが覗き込む。

「何かあったのか?」

真剣に心配するようなライナーの瞳と声色。約束を交わしたあの日から、ライナーはずっとコレットを守ろうとしてくれている。

そんなライナーだからこそコレットは信頼しているし、たとえハロルドが相手でもライナーを貶めることは許せなかった。

「ねぇ、ライナー」

「ん?」

「ライナーはわたしを守ってくれるんだよね?」

「おう、そう約束したからな!……まあ今日は負けちまったけど」

決まりが悪そうにライナーは頭をガリガリと掻いた。

そんな彼を励ますようにコレットは笑いかける。

「ライナーは弱くなんてないよ」

「えっ?」

「ハロルド様には負けちゃったけど、次は勝てるかもしれないし」

「かもかよ……ってハロルド様?コレットはハロルドのこと知ってるのか?」

「うん。昔ママと一緒に助けてもらったことがあって。ライナーにあげた騎士団のネックレスもハロルド様からもらったんだよ」

「そうだったのか……なあ、もしかしてアイツって貴族様?」

「そうだよ」

「やっぱりか。すげーなぁアイツ。強いし、魔法も使えるし、貴族だし」

凄い、というなんとも単純な感想。だが本当にそうだ、とコレットも思う。ライナーとの試合でハロルドが見せ付けたのは格の違いだった。

これでもライナーは村の子どもの中では1番強い。一人で凶暴なモンスターを倒したこともある。そんなライナーをハロルドは圧倒した。

戦う強さも、人を守る強さも持っている、そんな人間だ。だからこそハロルドには感謝しているし、尊敬の対象でもある。

それだけに突き放されたことがショックだった。

「それにしてもアイツ厳しすぎだぜ。最後おれになんて言ったと思う?『バカが。あれができるなら最初からやれ』だぜ?」

ハロルドの口調を真似しながら愚痴るライナー。しかしその姿には馬鹿にされた怒りも、負けたことへの悲愴も漂っていなかった。

ライナーが最後に見せた炎は今出せる全力の一撃だったのは間違いない。それをものの見事に跳ね返されたのだ。

負けず嫌いのライナーが何も感じていないはずがない。

「悔しくないの?」

「悔しいよ、悔しいに決まってるじゃん。でもさ、それ以上に……うーん、なんて言ったらいいんだろ?」

腕を組み、頭を捻るライナー。そうしてひとしきり唸ったあとに、こんな言葉を吐き出した。

「よく分かんないけど嫌な感じはしなかったんだよな。最初からやれってのもバカにされたとかじゃなくて、なんかこう……母ちゃんにボコボコにされた時みたいだった」

ライナーの母親、レオナ。普段こそ優しい彼女はライナーとの訓練になると口は悪く、手も早くなる。

しかしそれはライナーの夢を後押しするための、レオナなりの愛情表現のひとつだ。ライナーはハロルドにそれと似たものを感じたらしい。

打ちのめされることで愛を感じるライナーの感性は不憫と言えなくもないが、そんな彼だからこそ読み取れたハロルドの想いというものがあるのだろうか。

「それに次に戦うことがあったらその時は絶対におれが勝つ!」

「……そっか。頑張ってね」

「?なんか元気なくないか?」

「そんなことないよ?」

喉元まで込み上げた言葉を押し止めて、コレットは笑った。

自身が誇る剣で負けて、それでもこうして前を向いているライナーが今のコレットには眩しい。その光がまるで自分の弱さを浮き彫りにするような気がして、堪らずに目を逸らした。

「そうだ、先生とオルベルさんを呼んでくるね!ライナーが起きたのにいなくなるなんて困っちゃうなぁもう」

そんな乾いた笑みと空回りした台詞を残して、コレットは救護室から姿を消した。

久しく忘れていた昂揚感。それに突き動かされるまま、いつものヘラヘラとした表情をさらに弛ませたコーディーは、周囲から向けられた奇異な視線など意に介さず大通りを疾走する。

部下達に見つかっても構わない。そんな些末事よりも、今はあの黒髪の少年に接触するのが最優先事項だ。

ロードの剣と魔法の才覚は本物だ。しかもそれを現時点でかなり鍛え上げている。

だがそれでいて技術も体もまだまだ未完成。豊富な伸び代を残しているように感じられた。

なんとも末恐ろしい。彼ならばゆくゆくはフィンセントに並ぶ、もしくはそれ以上の傑物となるかもしれない。

だからこそ有望であり、それ故に危険。

他と隔絶した力を持つからこそ、力の使い方を誤れば甚大な被害をもたらしかねない。

ならばどうすればいいか。その答えは単純だ。力ある者達の巣窟へと放り込めばいい。

「というわけで 騎士団(ウチ) に入ってみないかい?」

「何が“というわけで”だ。貴様の頭は涌いてるのか?」

風を切って現れたかと思えばあいさつも前置きもなくいきなり誘い文句を吐き出すコーディーに、ロードは動じるでもなく辛辣な言葉を浴びせかける。

ロードと並んで歩いていた青年は怪しさ満点のコーディーを警戒するが、ロード本人がそれを制した。

「落ち着け。こいつはこれでも騎士団の人間だ」

「この人が……?」

青年は怪訝な顔をするがそれも無理はない。初対面ではただでさえ軽薄な印象を受けるコーディーが、今は騎士団の証である甲冑を脱ぎ捨てて街に溶け込むような装いをしているのだ。

騎士団の人間と言われてもにわかには信じがたい。

「あっははー!今はちょっと訳があってこんな格好だけど、一応歴とした騎士団員だよ」

「で、何をしに来た?」

「いやね、さっきも言った通り騎士団に入ってみない?っていう勧誘でさ。ロード君ならもう充分ウチでやれると思うんだよねぇ」

「……ひとつ言っておく。俺の名前はロードではなくハロルドだ。二度とその名で呼ぶな」

「ありゃ?」

「そんなに嫌かい?この名前」

「思わず貴様をぶちのめしそうになる程度にはな」

「どうやら複雑な事情があるみたいだねぇ。その辺も含めてちょっとお話ししない?」

コーディーが親指で自分の背後に構えていた店を指し示す。酒場が目につくデルフィトにおいて数少ない、アルコール以外のドリンクを多く扱っている店だ。

その誘いにハロルドは特に文句を吐くこともなく乗ってきた。

通りの喧騒に比べればいくらか物静かな店内は、カウンターを含めても30に満たない座席しかないが、その内の8割が埋まっていてそれなりに繁盛しているようだ。唯一三人が揃って座れる丸テーブルの席に腰を下ろしたコーディーと、躊躇なくその真向かいを陣取るハロルド。

対してそんな二人の間に座った青年はやはりまだ警戒が抜け切らないのか、銘々が軽い自己紹介を終えた後でもしきりにコーディーの様子を窺っている。ハロルドが自らの素性やこの大会に出場する経緯を語る時もあまりいい顔はしていなかった。

それでもハロルドのすることに口を挟むつもりはないらしく、時折飲み物に口をつけながら静かに対話に耳を傾けている。

「ほほー、両親の目を欺くための偽名ねぇ。何でそこまでしてこの大会に?」

「ただの腕試しだ。生憎と試すこともできない雑魚ばかりだったがな」

確かにあれだけの実力差では拍子抜けもいいところだろう。もしわずかでも歯応えのあった相手と言えば……。

「でも決勝で当たったあの赤い髪の子。彼は結構良かったんじゃない?」

「はっ、笑わせるなよ。あのレベルでは路傍に転がっている石と大差はない」

「手厳しいねぇ。オレとしては彼にも声をかけてみたいところ――」

「なんだと?」

和やかとは言わないまでも決して険悪ではなかったその場の空気が一瞬で固まる。突如としてハロルドが発したのは紛れもない怒気。

気圧されるほどの重々しいプレッシャーに晒されてコーディーは思わずたじろいだ。今の会話の何がハロルドの琴線に触れたのか分からないが、コーディーがライナーに接触することに関して拒否反応を示している。

「……というのは気の迷いだったなぁ。あっはっはっ、参ったねぇ。どうも最近思い違いが増えてきたよ。オレも歳かな?」

「ふん」

下手な誤魔化しではあったが、とりあえず事なきを得たらしい。

しかし何故ハロルドはライナーに手出しされることをこれほどまで嫌がるのだろうか。

(彼に何か思い入れでもあるのかねぇ。そう言えば決勝の戦い方もどこか指南してるようにも見えないこともない)

最初はいたぶるつもりかとも思ったのだが、結局ライナーを直接攻撃することはなかった。それはハロルドの大会を通じて共通した戦い方ではあったが、それまでの相手は瞬く間に退けていたのにライナーに対してだけは違った。

最大の武器であろう速さを使わず、ライナーの攻撃を受け止め、いなし、躱した。そうすることでライナーは追い詰められ、そして限界を超えた力を発揮したのだ。

見方を変えればハロルドがそれを引き出したとも言える。

(まあ真相は彼のみぞ知る、ってところか)

気にはなるがさしあたって必要な情報でもない。最も重要なのはハロルドが騎士団に入る意思があるかどうかだ。

強張った空気をほぐすようにコーディーは再び軽い口調で話を切り出す。

「さてと、気を取り直して本題だ。ハロルド君、聖王騎士団に入ってみない?」

「……」

腕を組み、押し黙るハロルド。彼としても色々考えることが多いのだろう。

すると沈黙が降りた隙を見計らってイツキが口を開いた。

「あの、コーディーさん。聖王騎士団は確か16歳以上でないと入れなかったと思うんですが。ハロルド君はまだ13歳ですよ?」

「ん、まあ原則的にはそうなってるねぇ。ただし何事にも例外というのは存在するんだよ。オレの知り合いにも弱冠14歳で入団したのもいるし」

「例外、ですか」

「そそっ!まあ実際、滅多にいるもんじゃないよ。オレはハロルド君にそれだけの才能と可能性を感じたってわけ」

これは純然たる事実だ。

才能と可能性、という言葉を聞いてイツキも口をつぐむ。コーディーよりも間近でハロルドを見てきた彼だからこそ、思い当たる節も多いのだろう。

「その例外の中で最年少で入団したのは誰だ?」

黙して思考を重ねていたハロルドがそんなことを尋ねる。

「今話題に出した14歳の少年だよ。名前は――フィンセント」

言外に知っているだろう?という意味を込めてコーディーはその名前を口にする。

フィンセント・ファン・ヴェステルフォールト。

聖王騎士団において“最強”と名高い怪物にして、多くの者が羨望する英雄。

「……良いだろう。俺を騎士団に入れろ」

だがその名前を耳にして、ハロルドは笑った。まるで最強へと挑みかかってやる、という思いを表したように。