軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22話

「なあ親父、あとどれくらいで着くんだ?」

2頭の馬に引かれた大衆馬車に揺られながら目を輝かせた少年が隣にいた自身の父親にそう尋ねる。そわそわとして落ち着かない挙動からして目的地への到着が待ちきれない、といった様子だった。

それに対して少年の父親は気が逸る我が子を抑えるように答える。

「もうすぐだから大人しくしてろ」

「さっきからそればっかりじゃん!もうすぐ、は聞き飽きたっての」

「わたしはライナーの“あとどれくらい?”の方が聞き飽きたけどね」

父親とは反対側を陣取り体育座りという窮屈な姿勢を余儀なくされている金髪の少女が、さも呆れたように赤い髪の少年へそんな言葉を向ける。

二人から諌められる形となった少年、ライナー。しかし彼がこんな状態になっているのには訳があった。

「初めての都会だぜ?ワクワクするだろ?」

ブローシュという3方を山に囲まれた田舎で育ったライナーは、これまで遠出といっても近隣の村や町に行く程度だった。

だが今回は違う。生まれて初めて領外へ出たのだ。

「都会といってもデルフィトだけどね。王都に行くわけでもないのにそんなにはしゃいでたら田舎者だって丸分かりだよ」

「そりゃブローシュは田舎だし」

「そういう意味じゃなくて……」

にぎやかなやり取りだがそれを注意する者はいない。元より人がごった返しており、そこかしこで各々が好き勝手に世間話を繰り広げられているので気に留めるような人間は皆無だ。

しかしその中の一人、恰幅のよいアゴ髭を蓄えた壮年の男性が今の会話を耳にしてライナーの父親に話しかけてきた。

「お前さんらはブローシュから来たのか?」

「ええ。ブローシュをご存じで?」

「バラック子爵が治めている領地の端っこにある村だろ?」

「よく知ってますね」

「あの人とは懇意にしてるからな」

そう言って、男性は空の右手を口の前で自分の方へくいっと傾ける。その動作で彼が言わんとしていることを理解した。

「お酒の関係ですか」

「おうよ!『ベイルの酒蔵』といやぁ巷じゃそれなりに通った名だぜ」

ガハハハと男はその風貌に似つかわしい豪快な笑い声を上げる。

バラック子爵は無類の酒好きとして有名だ。毎晩浴びるように酒を呑んでいるだとか度々町の酒屋で一杯引っかけている、という噂話は領内に住む者なら誰もが一度は耳にしている。

彼、ベイルの話を聞けば子爵は今の領地を治める前に彼が酒蔵を経営している街にいたらしい。その時からベイルの酒を気に入っていたといい、子爵として独り立ちしてからも定期的に買い付けてくれているそうだ。

しかし金額がそれなりで安定している取引口とはいえ、バラック領までは決して近いとは言い難い。そこで今は買い付けに乗じてバラック領内での販路を拡大しようとしている最中なのである。

ブローシュにはまだ訪れたことはないが村の名前と地理だけは頭に入っていた、というわけだ。

「にしてもブローシュからとなるとずいぶん足を伸ばしたもんだ。デルフィトが目的地か?あんまり子連れの観光にゃ向かんぞ」

海洋都市デルフィト。その名の通り海に面して発展した街であり漁業と交易が盛んな都市である。

海と接する部分の大半は港になっているので船の往来がかなり多く、海水浴を楽しむためのビーチがあるわけでもない。少しばかり港から離れて船の通りがない海岸線ならまた話は別だが、その辺りには普通にモンスターが出る。

海洋を巡る客船も出ているがライナー達の装いは3ヶ月以上かかる長い船旅を楽しむものにはみえなかった。となると魚介の幸を味わうくらいだが。

「観光じゃなくて闘技大会に出るんだぜ!」

ベイルの疑問にライナーはキッパリとそう言い切った。

デルフィトは海洋都市――言い方を変えると漁師の街だ。そのため腕っぷし自慢や血気盛んな男が多い。

その気風に由来してかデルフィトでは古くから年に一度、闘技大会というものが開かれている。

大漁と海上での安全を祈願する、などといった建前で日頃の鬱憤を晴らすかただ単に暴れたいだけの者が集まって開催されたのが起源なのだが、この荒々しい催し物はデルフィトの街に住まう人間との相性が抜群によかった。

年を重ねるごとに参加人数は増え、その規模もどんどん拡大されていった。開始から20年も経つ頃には専用のステージまで用意されるようになり、今ではデルフィトのみならず周囲の街々からも参加者が現れるなど名物となっている。

そういえばもうそんな季節になったかとベイルは得心しつつ、息巻くライナーをしげしげも見つめてからこんな言葉を口にした。

「闘技大会ねぇ。坊主がか?」

「な、なんだよ?その反応」

「別に坊主を弱いというわけじゃねぇが、デルフィトの闘技大会はかなり本格的だからな。でかい怪我だけはしねぇようにな」

「大丈夫だって。俺は優勝するからさ!」

「ほぉ、それはまた大きく出たもんだ」

「まあコイツが出場するのは13歳以下の部門ですけどね」

父親がライナーの頭をガシガシとなで回す。それに「やめろー!」と抗議の声を上げて父親の手を払い除けようとする姿は微笑ましくはあっても、闘技大会を勝ち抜けるような強者の風格は感じられなかった。

などと騒いでいると不意にシャツの裾を引かれてそちらに目をむける。

「なんだ?」

「見えてきたよ、デルフィト」

「え、ほんとにっ!?」

言うや否やライナーは馬車の窓から顔だけに留まらず体を半分ほど外に出してデルフィトの街を視界に捉える。

天にも届きそうな、といえば大袈裟だろうが、それでもレイツェにはない高い建物がいくつも確認できた。自分達が通っている街道には沿うように露店が居を構えており、行き交う人々によってその多くが賑わっている。

まだ街へと入る前、それも遠目から眺めているだけでこの活気。あの街へと足を踏み入れたらどれだけ見たことも聞いたこともないモノが溢れているのだろうかとライナーの心が踊る。

その横では澄ました顔をしながらも、何だかんだで気になるのか少女もチラチラと窓の外を気にしていた。

「おー、すっげー!」

「ライナー、騒ぐな!あと危ないから引っ込め!」

「大丈夫だって!うわ、何だあれ?」

待ちに待ったデルフィトへ到着したことでライナーのテンションは上昇の一途を辿る。結局街へと入り馬車から降りるまでライナーの興奮は続いた。

そしていざデルフィトの地に自らの足で立つとそのボルテージは最高潮に達する。

「人が多い!建物がデカイ!鉄の船がある!」

「それは船の銅像だ!」

とりあえず見たままを叫ぶライナー。中央広場の噴水、その中心に鎮座する巨大な船のモニュメントにすら興奮を隠せない。

そんな少年を街の人間はクスクスと、微笑ましいものを見るように笑う。ライナーはそんな周囲の状況に気付かないほど舞い上がっているが、一緒にいる二人としてはなかなかに恥ずかしい。

「ちょっとライナー、興奮しすぎだよ!早く出場登録に行かないと」

「そんなのあとあと!オレ海の方まで行ってくる!」

「あ……もうっ!」

じっとなどしていられないライナーは止める間もなくそう言い残して駆け出していく。

その後ろ姿はすぐに人混みの中に紛れて見えなくなった。

「ったく、相変わらず落ち着きのねぇ……。俺が出場登録を済ましてくるからアイツを頼む。首根っこを取っ捕まえたらこの噴水前に集合だ」

「はい、分かりました」

ここで仕方なく二手に別れる。

ライナーという少年は放っておくと遊び疲れるまで延々と動き回る。今は海を見るために港の方へ向かったが、次はどこに行くのか分からない。さっさと追いかけなければ面倒なことになるのは目に見えていた。

はぁ、とひとつため息をつきながら小走りで人の間を縫うように駆けていく。小柄で俊敏性に長けた子どもだからこそできる芸当である。

とはいえライナーと同郷の彼女もこれほどの人波を目にするのは初めてだ。曲がり角から現れた人影と衝突してしまう。

「きゃあ!」

ドン、という衝撃を受けて思わず尻餅をつく。相手は歩いていたようなので幸いにも怪我をするようなことはなかった。

しかしそれは自分自身の話である。ぶつかってしまった相手の無事を確認しようと起き上がる。

「ご、ごめんなさい!大丈夫ですかっ?」

「ええ、平気です」

涼やかなその声は賑やかな雑踏の中にありながら掻き消されることなく少女の耳に届いた。

それだけでも人の気を引き付ける代物ではあったが、次に声の主である自分とそう年の変わらない少女の姿を目の当たりにして息を飲む。

(か、可愛い……!)

なんの捻りもない、しかし何よりも率直な感想だった。

肩よりやや伸ばした位置で切り揃えられた艶やかな黒髪。陶器のように白く透き通った肌。髪と同色のオリエンタルな魅力を漂わせる瞳。

幼さの中に相反する大人びた雰囲気を併せ持った少女は、『美少女』という言葉に体を与えたのだと言われれば疑うことなく信じてしまいそうになるほど整った容姿をしていた。

「貴女こそ大丈夫ですか?何やら茫然としていますけど……」

「へ?……あっ、すみません!何でもないです!あの、本当に怪我とかしてませんか?」

こんな美少女にたとえかすり傷でも付けてしまったらどうしよう。この黒髪少女はそんな畏怖にも近い思いを抱かせる可憐さをまとっていた。

「そんなに心配なさらないで。彼女が咄嗟に抱えてくれたので転びもしていません」

「彼女?」

少女に目を奪われていたため気付かなかったが、彼女の背後には栗色の髪と割烹着が特徴的な20代前半の女性が控えていた。

付き人だろうか。よく見れば黒髪少女の装いは見たこともない華麗な衣装だ。まず間違いなく貴族の身分だろう。

「そういえば貴女は急いでいたのではないですか?」

「あ、そうだった。でも……」

気持ちとしてはライナーを追いかけたい。しかしまともな謝罪をしないままに去るのは気が引ける。

そんな葛藤を察したのか、少女は見る者を安心させるような慈愛の笑みを浮かべた。

「私のことはお気になさらず。むしろ私達の間に出会う縁があったということです」

「出会う縁……」

「これが強い結び付きならばいずれまた出会うことができるでしょう。ですから再会した暁には……そうですね、私とお友達になってください」

「お、お友達?」

微塵も予想だにしていなかった申し出に目が丸くなる。

「嫌ですか?」

「とと、とんでもない!むしろわたしなんかで良いのかなーって……」

「もう一度出会うことがあれば私達の縁は本物だという証なのですからお友達になるのは自然なことでしょう?」

「そういうものなの……かな?」

「ええ。なので今貴女の心の中にある想いは再会の時まで取っておいてくださいね?」

「は、はい!」

正直なところ彼女の言い分はよく理解できなかったが、なぜかすんなりと受け止めることができた。

それも彼女の持つ魅力によるものなのかもしれない。

「それではまたどこかで。行きましょう、ユノ」

「はい~」

絶え間なく人が行き交う街の中を黒髪の少女とその付き人らしい女性は悠然とした足取りで去っていった。

その後我に返りライナーを捕獲し、引きずるようにしながら集合場所の噴水に辿り着いたのは陽も傾き始めた頃だった。

普段ならば迷惑をかけられたことに対してライナーに小言のひとつもぶつけるところだが、この日ばかりはあの不思議な少女との出会いに胸のざわつきを感じていた。

上手く言葉では説明できないが、まるで運命の歯車が回り出したような、そんな不安とも高揚ともつかない気持ち。

そんな風にどこかもやもやしたものを感じながら迎えた翌朝。

闘技大会の当日ということでいつも元気が有り余っているが、それよりさらに3倍増しでみなぎっているライナーを先頭に会場入りし、そこで昨日とは比較にならない衝撃の出会いを果たすことになる。

いや、正確に言うならば、それは出会いではなく“再会”だった。

ライナーを含めて13歳以下の大会参加者が専用ステージ脇の詰め所に集められ、彼らが自分の名前が呼ばれるのを待っている時のこと。

大会が始まりライナーの出番を待っていた彼女に目を疑う人物が映った。

記憶とは違う名で呼ばれた、しかし3 年前(・・・) のあの日から忘れたことのない彼の姿が。

命の恩人を見間違うわけがない。背は伸び、顔付きは精悍さを増してはいるものの、あの日の面影を色濃く残している。

偶然にも彼の視線が少女を捉えた。強い意志を表したような深紅の瞳はあの時の記憶のままだった。

目が合い、息が詰まる。視線の交錯はほんの一瞬。

彼の視線が逸らされると肺に溜まっていた空気を思い出したように吐き出す。それと共に金髪の少女――コレット・アメレールは再会を果たした少年の名を、噛み締めるように口にした。

「……ハロルド、様」