軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

115話

しばし呆然としていたフィオナは我に返るとこれはどういうことなのかとハロルド達に詰め寄ってくる。それに答えたのはもちろんハロルドではなかった。

「見ての通り何者かが坑道内に手を加えています」

「……元々こういった補強を行っていたのでは?」

「そうだとしたら何故レンガ壁を隠すようなカモフラージュをしたのでしょう?」

「それは……」

フィオナも内心では明らかにおかしなことだと分かっているのだろう。それ以上反論することはなかった。

しかしそれで追及が止まることはない。

「では誰がこんなことを?」

「疑っている人物はおりますが目的を含め確証を得ているわけではないので明言は避けさせていただきます」

二人の会話を聞きながらまあ十中八九ユストゥスだと思うけどな、と内心でこぼしつつ、ハロルドは無言で坑道の奥へと進んでいく。

それからしばらくすると、明かりを手にしていた男の足が止まった。

「ここです」

なんの変哲もない坑道の通路。何か変わったものがあるわけでも、道が分かれているわけでもない。

しかし男は懐から銀色の楔のようなものを取り出して、それを壁に打ち込んだ。

「あの、それは?」

「マジックアイテムですよ。これに魔力を流してあげると……」

言うや否や、そこにあったはずの岩壁がまるで切り取られたかのように消え失せた。

「ご覧の通り一定の範囲内に掛けられている魔法の効果の一切を無効化します」

「……かなり貴重なものとお見受けしますが」

「知り合いにマジックアイテムに精通する好事家がおりまして」

男はフィオナの追及をのらりくらりと躱していく。そんな態度にフィオナも思うところはあるようだったが、やはりここまで様々な細工が施されている坑道に何があるのかが気になっているようで必要以上に踏み込んではこなかった。

姿を現した隠し通路。傍目には枝分かれした坑道のようにも見えたが、しばらく進むとそれも一変し、完全に人の手が加えられた人工物の通路となった。

「何なんですか、これは……」

いくらなんでもこんな設備があるのは予想外過ぎたのかフィオナが漏らした言葉は少しだけ震えていた。

ハロルドからすれば日本は元よりユストゥスの研究所でも見慣れた作りではあるが、バーストンからほとんど出ることなく暮らしてきたフィオナにとっては初めて目にするようなものかもしれない。おまけにそんなものが坑道内にあるのだからここまで驚愕するもの頷ける。

「呆けてないでさっさとこい」

「あ、ま、待ってください!」

しかし本題はこの先にあるのでハロルドは付き合うことなく足を進める。

電気でも通っているのか天井には蛍光灯のような光が灯っていて、もはやランプなど必要なかった。

無機質な通路にコツン、コツン、と三人分の足音が響く。事前に聞いた話ではモンスター以外の存在は確認できなかったそうだが無人というわけではないだろう。何が起きても対応できるようハロルドはより一層警戒を強める。

その緊張感が伝播したのかフィオナたちも押し黙り、空気が張り詰めていく。

やけに長く感じる一本の通路。その先にようやく曲がり角が見えてきた。目配せをすると男は無言で頷いた。

恐らくそこに偵察班が目にした光景が待ち構えているのだろう。人の気配がないことを確認してからハロルドは角を曲がる。

まず目に入ったのは目算で横幅四メートル以上はありそうな大きなガラス。それが円形になった通路の内側の壁に沿うように取り付けられていて反対側まで見渡せるようになっている。

他にも通路には部屋の入口らしき扉があるのも確認できた。あそこから人でも出てくればすぐに発見されるだろう。

(あまり長居はしたくないな)

そんなことを考えながらハロルドはガラス窓に歩み寄り、そこに広がる光景を眼下に見た。

スメラギ領でも目にした夥しい数のモンスター。報告では五千ほどだと聞いているが、それよりも多く見えるのはひしめき合っているからだろうか。

「ヒッ……!」

これを全部処理するのは骨が折れるな……などと考えていたハロルドの隣で、同じくガラス窓を覗き見たフィオナが小さく短い悲鳴を上げた。叫ばずに飲み込んだだけ肝が据わっているのかもしれない。

しかしそれでも強気な表情はすっかり青く染まっていたが。そんな彼女を前にしてハロルドはあることを思いつく。

(ここで不安を煽っておけば住民の避難に協力してくれるのでは?)

原作のハロルドかと見間違うほどの外道な発想である。一応善意に基づく行動ではあるのだが、この世界で生き残るために手段を選ばなくなった弊害でもあった。

「目的は不明だが坑道に手を加え、こんな施設まで秘密裏に作ったのはあのモンスターが原因だろう」

半分嘘である。モンスターを収容しておく理由も何かあるのだろうが、ここまで手の込んだ施設を作ったということは予想した通りエネルギーポータル関連ではないかとハロルドは睨んでいる。

だがこれをフィオナに説明したところで意味はなく理解も難しいので触れないでおく。

「な、なんのためにこんなことを?」

「目的は不明、と言っただろうが。まあ状況から推測できないこともないがな」

フィオナの目がそれはなんなのか、と訴えかけてくる。

自分達の住む町の下にこんなものが眠っていたとなればそれはもうかなりの不安と恐怖だろう。酷な話だが、町議である彼女にはそれをしっかり持ち帰ってもらわなければならない。

「考えられるのはあのモンスター共を用いて地上の侵略。坑道内が拡張されていたのはアイツらが通れるように、ってところだろう」

「で、では……」

「貴様が想像する通りだ。まず標的にされるのはバーストンだろう」

その様を幻視したのかフィオナはさらに顔を青ざめさせる。立っているのもやっとという状態だ。申し訳ないと思いつつ、これだけ煽ればこの後の説得にも協力してくれるだろうと非常に打算的な思考を展開するハロルド。

そこでふと、あるものが目に留まった。大空洞の底にはモンスター達がうごめいていて、彼らの通用口になるのだろう巨大な扉がある。しかしそれとは別に、普通の人間のサイズに合わせたような扉が底から十メートルほどの位置に設置されていた。

何よりも違和感を抱くのがその扉に到達するためのルートだ。壁を階段状に削り、鉄製の柵で転落を防止しただけの、安全対策などはるか彼方に置き去りにしたような非常に危険な作り。

どう見ても後から無理やり備え付けた階段にしか見えない。確かにあの位置ならばモンスターの攻撃が届くことはなさそうではあるが、ユストゥスがあれほど雑なものを作るだろうか。

「いかがなさいましたか?」

「……なんでもない。これ以上の長居は無用だ、さっさと戻るぞ」

気になりはしたが行ってみなければ分からない。そして今はその時ではなかった。

ショックのあまり足元がおぼつかないフィオナを男に任せ、今度はハロルドがランプを携えてきた道を戻っていく。

侵入が察知されていれば襲われるかもしれないと右手に剣を握りっていたが、拍子抜けするほどあっさりと坑道から脱出することができた。往復にかかった時間は四時間ほどだろうか。

「おい、貴様」

「……なんでしょうか?」

すっかり憔悴したフィオナが久しぶりに口を開いた。

有事でなければゆっくり休むことをお勧めするのだが、彼女にはこれから疲れた心身に鞭を打って一仕事してもらわなければならない。

「貴様はこれからどう動くつもりだ?」

「どう動くって、まずは事態の周知を……いえ、これをいきなり公表しても混乱を招くだけ。町長から領主様へと話を通してもらってから、何か口実を作って避難を始めるべきか……」

頭が働き始めたのかフィオナがぶつぶつと呟きながら行動を模索し始める。

「その手順を踏んだ場合、避難の開始までかかる期間は?」

「……最短でも一ヵ月」

「だそうだが?」

「正直に言えば間に合わない可能性が高いかと」

「そう考える根拠は何ですか?」

「私共はここ以外にもモンスターが集積された場所を把握しております。今目にしたあれ等はかなり活動的になっていますので一ヵ月以内には動き出すでしょう」

「そんな……!ではどうしろと!?」

「バーストンの町主導ですぐに避難し領主様の庇護を求めるべきです。間に合わなければ死にますよ、この町の人間は」

男はきっぱりと言い切った。

まあこの辺の判断は難しいだろう。そもそもフィオナが避難の決定権を握っているわけではないのだ。

「それが嫌ならこの町の代表者を集めろ。こちらの持っている情報を開示してやる」

「そうすれば即時避難ができる、と?」

「当然だ」

「……明日の昼頃、町の集会所に人を集めます」

「上出来だ。言うまでもないだろうがあれを見た以上、貴様はこちら側に立ってもらうぞ」

「分かっているわ……」

いつもの上から目線。坑道に入る前のフィオナであれば思うところもあっただろうが、今の彼女にはそれ程の余裕もないらしく重たい足取りで町の中へと消えて行った。

これでひとまず下準備の、そのまた下準備くらいはできただろう。あとは最悪でも後陣の到着まで事態が膠着してくれていることを祈るばかりだ。

ひとまず今日はここまでかな、と気持ちを切り替える。どうせライナー達がユストゥスの計画を阻止するまで嫌でも面倒事が立て続けに起こるのは決定事項だ。心も体も休める時に休んでおく必要がある。

「おい、宿に案内しろ」

「畏まりました。どうぞこちらに」

そういやこの人の名前なんてんだろ、と今さら聞くタイミングを逃したことを考えながらキース達の待つ宿へと向かう。

外傷は癒えたものの実のところ体力や運動機能は完調とは言い難い状態なのである。シャワーで汗を流し、腹を満たして早々に寝てしまいたい。

が、そんな小さな希望も中々叶わないのがハロルド・ストークスという男なのだ。宿までもう少しというところで何やら騒ぎ立てる一団を発見した。看板を見るにどうやら飯屋の前で口論しているらしい。

日も暮れる前から酒でも飲んで出来上がった奴が騒いでんのかな、と遠目に見ながら素通りしようとした。

……したのだが騒いでいる連中は見慣れた顔だった。というかフリエリの一員だった。

(は?何やってんのアイツら?)

ものすごくナチュラルにキレそうになった。事態を把握していてなお、なぜ騒ぎを起こしているのか意味が分からない。

これ以上迷惑をかける前に力づくで鎮圧しよう。傭兵崩れとはいえあまりにも稚拙な行動に、ハロルドもつい短絡的な解消法に走った。

……走ってしまった。口論をしている相手まで確認していれば不用意に割って入ることなどしなかっただろう。

「貴様ら、一体何をやっている……?」

「うおっ、ハロルドの旦那!?いや、違うんです!」

「何が違うと?」

「誤解、誤解なんですよこれは!」

気炎が立ち昇るハロルドに気圧されてフリエリのメンバー二人もさすがに後退る。

しかし彼らは表情を引き攣らせながらも弁明の言葉を口にした。

「俺らは普通にメシ食ってるだけだったんですよぉ!」

「そんでめっちゃウマかったんです、メシが!」

それがどうしてこうなるんだよ、と心の中で突っ込みつつ目で先を促す。

「だからシェフにお礼をするっていうのやってみようぜって!」

「そうなんですよ!あれカッコよかったんで!だから俺らも――」

――旦那みたいにって!

「あ?」

二人の言葉が重なる。旦那みたいに、ということはつまりこの場合、不本意ながらハロルドを指す言葉である。

そして言われて思い出した。フリエリの人員が少し増えた頃、一応の責任者として顔合わせと慰労を兼ねて懇親会のようなものを開催した。

貸し切りにしたとはいえ二十人近い屈強な男達が食うは飲むわの大騒ぎだ。とはいえ暴れ回っているわけでもないのだし注意をするのも難しく、悩んだ末に宴もたけなわとなったところでハロルドはその店のシェフを呼びつけた。

ガラの悪い男共を引き連れた貴族様。それが傍から見たハロルドであり、店側からはそれはもう怖がられていた。

当然ガタガタ震えながら現れたシェフに、余計なことは言わないようハロルドは端的に告げた。

『悪くない味だった。取っておけ』

そんな言葉と共に金貨が詰まった袋を投げて渡したのだ。

迷惑料を含めても高過ぎたとは思ったが、それでもスメラギ経由で貯蓄されるLP農法の資金を持っているハロルドからすればチップ程度の感覚だった。

ハロルドとしては成金貴族の嫌な奴の如き言動だと思っていたのだが、いい感じにアルコールを摂取していた彼らにはあれが格好良く見えたらしい。

「でも俺らってガラもよくねぇし、なんか怖がられちまって……」

「だろうな」

「んで、周りの連中も店主が絡まれると思ったらしく……」

「慣れないことをするからだバカが」

「「すんません……」」

またもや二人の言葉が重なる。だがまあ彼らの言い分が真実なら悪気はないのだし、こうして関わった以上は責任者として解決するのが筋だろう。

そう考えて口論していた相手へと向き直る。

そして今度はハロルドが、嘲笑する時以外は硬い表情筋をわずかばかりではあったが引き攣らせる番だった。

まだ幼さの残っていた顔付きはしっかりと大人としてのものになっていたが、獅子のたてがみを連想させる橙色の髪はあの頃と変わらないままだ。

彼が誰なのかは一目で理解できた。

「お、お前は……ハロルド、なのか……?」

かつて騎士団で、たった数ヵ月ではあったが仲間として時間を共にした男。

シドがそこにいた。