軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67.マフラーと姉心と手紙

「メルフィーナ様、馬車の用意が出来ました」

「すぐ行くわ。あ、セレーネ、ちょっと待って」

意気揚々と団欒室から出て行こうとするセレーネを呼び止めて、籠にしまってあったマフラーをその首に巻き付ける。

「姉様、これ、僕にですか」

「ええ、セレーネ用に編んだから、使ってちょうだい」

「わあ、ありがとうございます! 大事にします!」

声を弾ませてその場でくるりと一回転し、マフラーの裾をゆらゆらとはためかせて、セレーネは嬉しそうに笑っている。

「体を回すと立ち眩みしやすいから、ゆっくりね。階段や段差がある時は、必ずローランドかジグムントにエスコートをしてもらって」

「はい!」

セレーネの声には、以前は無かった張りが込められている。最近は食べる量も増えてきて、元々肌が白いので分かりにくいけれど足取りは軽く、久しぶりの外出に浮かれている様子が伝わってくる。

「マリー、セドリックにも、どうぞ」

マリーには色違いのマフラーと手袋を、馬に乗るセドリックには風でほどけないよう、ネックウォーマーを渡す。

「私たちにもですか?」

「勿論、領主邸のみんなの分もあるわよ」

この世界にはクリスマスに該当する催しや、誕生日を個別に祝う習慣もない。成人や結婚のお祝いなど、よほど特別な時でない限り、プレゼントを贈り合う機会がほとんどないのだ。

ただし、上の立場の者がねぎらいを込めて贈り物や振る舞いをすることは珍しくなく、その中に衣類や身に着けるものも含まれる。

――記憶を取り戻す前のメルフィーナは、家族と贈り物をする機会もなかったし、一度してみたかったのよね。

「春から秋までずっと忙しかったけれど、作っている間、皆のことをゆっくり考えることが出来て、楽しかったわ」

「メルフィーナ様……大事にします」

「私も、大切に使わせてもらいます」

二人とも喜んでくれたようで何よりだ。

階下に降り、用意された箱馬車に乗り込む。それほど大きなものではなく、メルフィーナとマリー、小柄なセレーネならそう窮屈に感じない程度の大きさだ。

脚が短いフェリーチェは、マリーが抱き上げて馬車に乗せる。マリーはメルフィーナの隣に座り、手にはめた手袋にそっと触れた。

「毛糸の手袋というのは初めてですが、暖かいものですね」

「布の手袋の上から着けるともっと暖かいわよ。冷え込む夜は、子羊の手袋のほうがいいと思うけど」

「いえ、とても暖かいです」

「僕も! すごくあったかいです姉様!」

「喜んでもらえて嬉しいわ」

箱馬車はゆっくりと進む。外はもう大分冷え込むのに、豆の収穫をしている村人もいて、時々ガラス越しに手を振った。

今日の目的は、モルトル湖近くの草原でピクニックである。

モルトルの森から湖まで道は造られているのに、これまでメルフィーナは湖に近づいたことはなかった。

エンカー地方に来てからずっと忙しかったということもあるけれど、子供たちにベリーを摘みにいかないかとか、美しい景色なので是非足を運んでみて欲しいと村人たちに水を向けられることもあったけれど、それとなくかわし続けてきた。

――あそこは、アレクシスとマリアの思い出の場所なのよね。

今のメルフィーナにとって、その展開は分岐し来ることのなかった未来のようなものだけれど、満天の星空と、それを映して輝く夜の湖で二人が寄りそうスチルが描かれた場所に、悪役令嬢であるメルフィーナが行くことになんとなく、抵抗があった。

ゲームのメルフィーナにとって、マリアは憎き敵であり、アレクシスは自分を手ひどく拒み最後には捨てた男ではあるけれど、「私」自身は乙女ゲーム「ハートの国のマリア」のかなりコアなユーザーでもあったのだ。時間を掛けてすべてのモードをクリアしたし、マリアへの好感度も高く、どのシナリオの攻略キャラクターもそれぞれ魅力的で、好きだった。

どちらかと言えば難易度の高いゲームをクリアすることに夢中になっていて、前世で彼らを恋愛対象として見ていたわけではないけれど、中々に複雑な感情がそこにはあった。

――まあ、もうエンカー地方は私の領地だしね。

マリアがエンカー地方にやってくるのは、アレクシスルートのハードモードで飢饉を鎮めるため、北部での農業改革を行う時だけだ。マリアが現れる前にそれが成された今、アレクシスルートに入ったとしても、マリアがここを訪れる理由はなくなった。

モルトル湖は、エンカー地方の重要な資源の一部でもある。いつまでも行かず嫌いをしているのも良くないと思っていたので、今日の計画は渡りに船と言えるだろう。

小一時間ほど進んだところで馬車が止まり、扉が開いた途端、飛び出して矢のように走っていったフェリーチェに、ローランドのエスコートで馬車から降りたセレーネが手を振る。

「フェリーチェ! こっちにおいで!」

その声が届いたのだろう、ぎゅん、と勢いよく方向転換したフェリーチェが戻って来る。セレーネは身を低くして手を広げ、飛び込んできたフェリーチェを危なげなく抱き留めた。

「あはは、いい子だね、フェリーチェ!」

草原を転がるセレーネに別の馬車でやってきたサイモンはハラハラした様子だけれど、楽しそうに笑っているのを見て、安堵したように表情をほころばせている。

防寒のために厚着をしているし、ここしばらくのセレーネは血色も戻りつつあり、咳もほとんど出ていない。

こうして犬とじゃれあっていると、普通の子供のようにしか見えなかった。

「メルフィーナ様、よろしければ天幕へどうぞ」

「ええ、ありがとう」

先行していたセレーネの身辺を警護する兵士たちが張ってくれていた天幕に向かう。

布をまくって中に入ると、足元は毛皮が敷かれ、ソファが置かれている。天井から魔石のランプが吊るされているため内側は十分に明るく、また、暖かかった。

「移動用のストーブはすごいですね。馬車の中より暖かいです」

天幕用の簡易ストーブは、鍛冶師のロイとカールに注文して作ってもらったものだ。足つきの箱の片面に丸い穴が開いていて、そこから薪を入れて火をつける。上部から煙突が飛び出している簡単な構造だが、十分実用に足るストーブだ。

ストーブの上に鍋を載せ、昼食に出すスープを掛けておく。スープに具材を浸けただけのものなので、昼食の時間になれば火が通っているだろう。

それとは別に、エバミルクにカットしたクリームチーズを入れた小鍋も用意して、これは煮立たせないようストーブの近くに蓋をして置いておく。

「セルレイネ殿下! どうか走らないでください!」

「大丈夫! 今日はすごく調子がいいんだ!」

ハラハラした騎士たちとセレーネの声が聞こえてきて、マリーと顔を見合わせ、笑い合う。

「男の子ってすぐ無茶をするのよね。困ったものだわ」

実弟のルドルフはメルフィーナの三歳年下、セレーネよりひとつ上だったけれど、とてもやんちゃな子供だった。庭師が育てた庭から根ごとバラを引き抜いてメルフィーナに持ってきてくれたことも、蝶を追いかけて木に登り、降りられなくなったこともある。

ルドルフはクロフォード家の跡取り息子である。北部に嫁ぎ、社交する気もなく国の北端のエンカー地方で領主に納まったメルフィーナと、一生のうちにあと何度会う機会があるだろう。

手紙を書くと約束したのに、一度も果たしていないことを、セレーネの声を聞いて思い出してしまった。

「私の弟は、とても大人しい子でした。今思うと、私と話す時は、いつも緊張していたんでしょうね」

マリーの声には、ほんの少し、寂しさがにじんでいるようだった。

マリーはかなり早いうちから公爵家に奉公に上がったと聞いている。実際弟と一緒に過ごした時期はほとんどない様子だけれど、時々口にする言葉から、マリーが弟を可愛いと感じているのは伝わってきていた。

家族には色々な形があるし、よく知らない他人が安易に口出し出来るようなものでもないけれど、メルフィーナの前ではいつも穏やかに振る舞っているマリーの僅かに滲ませた寂しさのようなものに、つい口を開いてしまっていた。

「それは、きっと猫を被っているのではないかしら」

「猫ですか?」

不思議そうに問い返されて、猫を被るという慣用句がこの世界には無いのだと思い出す。

「ええと、猫って慣れない場所では大人しくしているのだけれど、それ以外の場所ではネズミを追いかけて暴れまわったり、カーテンに登ったり食べ物をかすめ取ったりと悪さをするの。だから、本当はヤンチャだけど、特定の人の前では大人しく振る舞うことを猫を被っているみたいだなって」

「ああ、なるほど」

「多分、マリーに落ち着いてしっかりしているって思って欲しかったんじゃないかしら」

マリーは息を呑んで、それからふふ、と軽く声に出して笑う。

「話をしていると、なんだか、弟に会いたくなりました。元気にしているといいのですが」

「ちょうど私もそう思っていたの。マリーの弟も、王都にいるのよね? 帰ったら手紙を書かない?」

よほど雪が深く身動きできない時期はともかく、冬の間でも細々とだが他の地方との流通はある。

王都まで行く者に手紙を預け、そこから郵便を受け付けている商業ギルドか神殿、もしくは教会に手紙を託せば届くはずだ。

商業ギルドは比較的安価で冬の間も行き来しているけれど手紙の紛失も多く、神殿は手ごろな価格ではありそれなりに確実に届くけれど、時間がかかる。

そして教会は最も高価で、かつどのルートよりも早いと、それぞれのニーズに合わせた方法に分かれていた。

メルフィーナの身分では、商業ギルドは委縮させてしまう可能性があるので、今回は心づけを多めに渡して教会に頼むのがいいだろう。

「手紙ですか……。書いたことがないので、急に手紙が届いたら、驚かせてしまうかもしれません」

「いいじゃない、嬉しい驚きってあるものよ」

マリーは少し考え込むように黙り込み、そっと首に巻いたマフラーに触れた。

「……そうですね、嬉しい驚きは、ありますね」

そうして、優しく優しく、微笑んだ。

「私も、手紙が書きたいです、今年は本当に色々とあったのだと、弟に伝えたいと思います」

「――なんだか、今、マリーの妹になりたいってすごく思っちゃったわ」

マリーの笑顔があまりに「姉」だったので、いつも見せているクールな様子や、本当にたまに見せてくれる甘えをにじませた妹のような表情とのギャップに、少しドキドキしてしまった。

「駄目ですよ、メルフィーナ様」

クールな表情に戻って、マリーは言う。

「私はメルフィーナ様の「妹」ですから、この座は明け渡す気はありません」

そうして、可愛い「妹」に、メルフィーナの姉心は鷲掴みにされてしまうのだった。