軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

449.散策と思い出のお土産

見慣れた街道の左右が背の高い木々に囲まれると、もうメルフィーナにはなじみのない風景だった。

正確には、公爵家から飛び出してエンカー地方に向かう時に一度は通った道ではあるけれど、当時は税の麦を運ぶためと、多少の流通のための馬車が行き来する 轍(わだち) があるだけの道だった。

あの頃から比べれば、今は街道の整備が進み、道幅も広くなって三台の馬車がすれ違えるほどになっているので、ほとんど初見という印象になっている。

今日も北部の冬らしく曇り空であることと、左右を木々で囲まれているため、街道は薄暗く、なんとなく圧迫感があるけれど、それが童話のなかの馬車にでも乗っているような気分にさせられた。

一時間ほどでその木々も途切れると、ぱっと視界が明るく開ける。一度街道の傍の休憩所で御者をしてくれているラッドも交えて昼食を取り、やや大きな川に架かった橋を渡って隣村に着いたのは、午後を少し回った頃だった。

エンカー地方がメルフィーナに割譲され、今は公爵領の最北端に位置することになったクーフルト村は、畜産を主に営んでいるという。

馬車でゆっくりと進んで半日かからない程度の距離とはいえ、エンカー地方のものともまた趣が違っていた。休耕している畑は、夏には納税用の麦を植えているのだろうけれど、エンカー地方のそれより背の低い作物が植えられた畑が多く、飼料用の作物が多く育てられているらしい。

見慣れない馬車に、畑で作業をしている者が顔を上げ、すぐに興味を失くしたように仕事に戻る。この時期にはやや珍しいにせよ、春から秋にかけてはよくエンカー地方と行き来をしている商人の馬車だと思ったのだろう。

一度完全に村の再開発を行ったエンカー村やメルト村と比べると、古い家屋が目立つ。畜産を主な産業としているということもあるのだろう、村の規模の割に住人はそれほど多くはないらしく、一軒一軒は立派なものの、家屋の数はそう多くはないようだった。

やがて宿や酒場、日用品などを売る店が並ぶ区画に入る。ここがこの村の中心部らしい。この辺りになるとそれなりに賑わっていて、特に市が開かれているらしい辺りには活気があった。

嫁入りの移動の時もいくつも町や村を通り過ぎたけれど、ゆっくりと見ている時間などはなかったし、前世の記憶が戻った今はまた別の感慨もある。

宿の前で馬車が止まり、アレクシスのエスコートで馬車を降りる。

「メルフィーナ様、部屋で休みますか?」

「いえ、折角明るい時間に着いたのだし、少し村を見て回りたいわ。――構わないかしら?」

「勿論、君の望むままに」

アレクシスの言葉にぱっと笑って、それから口元を手で押さえて、ずっと上がりそうになる口角をもごもごとする。あまりストレートに感情を出すのは貴族の夫人としてははしたない行いだけれど、楽しくて、つい気持ちが浮足立ってしまう。

「私は荷物を部屋に運んでもらいますね。明日の昼食を少し早めに済ませて、出発ということでいいでしょうか」

「ええ、ありがとうラッド。あなたものんびりしていてちょうだい」

心づけとしてラッドに銀貨を渡し、荷物を任せてアレクシスと腕を組み、にぎやかな方へと歩き出す。

いつもより簡素な分、楽なドレスのスカートは軽く、その分少し寒い。露店は農作物や樽に詰めた麦などが並べられていて、小樽でワインや籠に盛られた卵、壺に入れられたミルクなどが売られている。

エンカー地方よりやや割高なのは、市税の影響だろう。エンカー地方には水運があるため、比較的物資が安く入ってくるということもある。

この辺りは冬の手仕事が盛んなようで、細かく彫り込みを入れた木製の食器なども多く置かれていた。

「欲しいのか?」

「そうね、お土産にちょうどいいし、それに私たちと、マリーとウィリアムと四人で、何かお揃いのものがあればいいなと思ったのだけれど」

こちらの世界では食器は財産の一部でもあるので、貴族でも自前の食器を持ち歩くことも少なくない。壊れやすい陶器の食器は高価でその家の家格の目安になるし、丈夫な木製の食器は安価なうえに長く使うことが出来る。

今の二人も、公爵とその夫人という身分から変装をしているため、それぞれ自分用の木皿は懐に、カップは腰から提げて持ち歩いていた。これは旅行が決まってからクリフが見繕ってくれて、あまりに新しいと却って目立つからとエドが何度か料理を載せて振る舞ってくれたものだ。まだ使用感はそれほど染みついていないものの、料理の脂や匂いが少し移り、彫った跡が少しずつ丸くなり始めている。

「あなたは移動している時間が長いし、ウィリアムもいずれはそうなるでしょう? 離れている時に、揃いのカップでお茶を飲んでいると思うのも、いいと思うわ」

マリーはずっと傍にいてくれるけれど、アレクシスが多忙であることは今更だし、公爵家の跡取りであるウィリアムはあと数年もすれば公爵領のある程度の規模の街に封ぜられ、そこで領地の経営を学ぶことになる。

離れている時間の方がずっと長く、それはこの先、更に長くなることはあっても、共に過ごせる時間はとても限られたものになっていくだろう。

こうして過ごせる今、離れて過ごす間も思い出になる何かがあれば、寂しい時間を慰めることも出来るのではないだろうか。

「不思議ね。一緒にいる時は思い出になるものをなんて思いつかなかったのに、こうして旅先でそんなことを考えるなんて」

公爵家への嫁入りのために立派な支度をされたにも関わらず、そのほとんどを公爵家に残してきた。あの時のメルフィーナにはこれだけは持って行きたいと思うものがなかったけれど、これから先、そうしたものが増えていけばいいと思う。

露店の前でうずくまって、これは彫りの目がいい、小さな花が入っていて可愛い、馬の彫り込みがいいと手に取って見比べる。アレクシスは意匠にはあまりこだわりがないようだけれど、メルフィーナに付き合うのは苦ではないらしく、手に取ってみてほしいと言えば握りやすいとかたくさん入るサイズがいいと意見をくれる。そうしてメルフィーナが四つのカップを決めると、気前よく銀貨を払ってくれた。

良い匂いに惹かれて食べ物の屋台を見れば、トウモロコシの平焼きパンのサンドイッチが売られていて、なんだか嬉しい気持ちになる。エンカー村で売っているものと味は違うのだろうか? 気にはなったものの、昼食は済ませたのでひとつは入りそうもない。

明日の昼食に機会があれば買おうかと思っていると、視線に気づいたようでアレクシスがとっととひとつ購入した。体格のいい客に店の主人は一瞬絶句したものの、すぐに気を取り直したらしい。

「お兄さん、体格いいねえ。この辺りでは見ない顔だけど、初めてのお客さんだよね?」

「ああ、行きは通り過ぎただけで、先ほど商談を終えて戻ってきたところだ」

「あはは、この村はあんまり特産品もないけど、飯は美味いからね。そっちは奥さん?」

「ああ、先日迎えたばかりの妻だ」

視線を向けられて、どう反応したものか少し焦っていると、アレクシスがあっさりとそう紹介してくれる。

「新婚かぁー。いいねぇ、今が一番楽しい時期だろう?」

北部の男性の不愛想な振る舞いにも慣れているようで、おまけしとくからさ! そう言ってアレクシスの出した木皿にサンドイッチを載せてくれる。

「――二人で分ければちょうどいいだろう」

「ふふ、ありがとう」

「少し人の少ない所に移動したほうがいいな」

そう言って歩き出したアレクシスに寄り添いながら、市場の店頭に並べられた商品に視線を向ける。

畜産を扱う村らしく、香辛料の種類が多く、消費量も多いためかエンカー村よりやや安価に売られているものが多いようだった。こちらは明日のもう少し早い時間に見て回ることにして、値段や種類だけを頭の片隅にメモしておくことにする。

市場はそう長くはなく、歩いているうちに道が細くなって、建物もまばらになっていく。柵で囲われた放牧地で羊が草を食んでいて、なんとものんびりとした光景が広がっていた。

「私、エンカー地方の外に出るの、ダンテス伯爵の領地に行った時以来だけれど、楽しいわね」

エンカー地方にいる時は、それがどこであってもメルフィーナは領主であり、それなりの態度と視線を向けられる立場だった。

そんなにうまく行くだろうかと思っていたものの、写真や映像が広がっていないこの世界では、安価な服に身を包み村を一つ離れれば、当たり前にメルフィーナが「誰」か分からなくなってしまうものらしい。

それがとても新鮮で、楽しい。

エンカー地方のことはとても大切に思っているけれど、ただのメルフィーナ個人として振る舞うのは、なんだか本当に久しぶりな気がした。