軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23.希望

夏も終わりを見せかけ、少しずつ日が短くなってきた頃、エンカー地方はにわかに人の流入が激しくなった。

収穫し麻袋に詰められたトウモロコシを公爵家に雇われた人足たちが次々と運び出していく。近隣の村の集積場や領都まで運んではとんぼ返りしてくるので、列は途切れることなく続いていた。

トウモロコシはそのまま、乾燥させたもの、それを房から外して粒にしたものと三種類ある。当然後にいくほど軽く、かさばらないのだけれど、乾燥が間に合わずにそのまま運ぶ荷馬車の数も相当だった。

こちらは比較的近い農村や街の集積場に運ばれ、すでに乾燥が済んでいるものは優先的に領都に運ばれることになっている。

「お昼はこちらでどうぞー! エンカー村名物、平焼きパンのサンドイッチですよ!」

「こちらもどうぞ! 今日の具は卵と豚肉の赤ソース添えです!」

人の出入りが増えれば、それに合わせて商売をする者も自然と増える。人足やその誘導、警備をしている騎士や役人を相手に昼食やコーン茶を販売し、かなりの銅貨を懐に収めた村人もいるようだ。

昼食前にルッツから相談されていた問題について視察をしておこうと領主邸を出たメルフィーナは、相変わらずの人の熱気にほう、と息を漏らす。

「こんにちは、私にもひとつ頂ける?」

「メルフィーナ様!? 今新しく作りますので、少しお待ちいただけますか!?」

「いえ、そちらの作り置きで構わないわ。とても美味しそうだもの」

ひとつ鉄貨三枚とあるので、銅貨一枚でみっつ購入し、おつりは取っておくように告げる。鉄貨一枚は百円ほどなので、領都の屋台と比べるとやや割高だけれど、月兎の葉で包まれたサンドイッチには肉も野菜も惜しみなく挟まれていた。

「とてもボリュームがあるのね」

「腹いっぱい食べたらたくさん働けると、俺達も教えてもらったので!」

「ひもじいのは辛いですから!」

自宅から持ってきたらしいテーブルを屋台代わりにしている二人の若者は、口々にそう言った。どちらも熱気があって、やる気に満ちている。

「お邪魔してごめんなさい。お仕事頑張ってね」

「はい!」

「メルフィーナ様もお気をつけて!」

まだ温かいサンドイッチをどこかで座って食べられないかと周囲を見回すものの、生憎座れるような場所はどこにもない。

そもそもエンカー村にはベンチもなければ広場もなく、この通りもたまたま家と家の間が大きく空いていて、自然と大通りのような感じになっているだけの道だ。土は剥き出しで、人の行き来が多い分、少し埃っぽい。

「領都では、屋台を出す時は出店税を払う必要があるのですが」

マリーが思わし気に呟く。

道は基本的に公共の場、つまりその土地を治める者の所有物とされるので、市を開くときは使用料を払うのが一般的だ。代金も露店と屋台では値段が違い、使えるスペースも厳密に決められていることが多い。

「これまでエンカー村で食べ物を売るなんてこと、なかったものね」

どの家も自給自足が基本で、必要なものを求める場合は物々交換が当たり前なので、販売という行為はこの土地では非常に新しい文化だ。

税金に関しても農地の面積に合わせた収穫量から決まった割合で納めてもらう決まりがあるだけで、商業活動に関しては制定されていない。これまでその必要が無かったのだ。

――そもそも、徴税に関しては領主や代官も手間がかかりすぎて、徴税人に丸投げということも少なくないものね。

徴税人は前世での税務署職員のような職務を、領主や代官が知識階級の個人に委託したものだ。

徴税人は自分に割り当てられた土地の農民や商人から税を取り立て、それを領主や代官に納めるのだけれど、その際あれこれと理由を付けて取り立てる額を増やすことでその差額を自分の利益にすることが許されている。

――聖書が編纂された時代からフランス革命まで、徴税人って悪人の代名詞みたいなところがあるのよね。

そもそも個人の判断で税額を増減できるというのが、不正を発生させる前提のようなシステムなのだ。それでも前世では二千年に亘りそのシステムが運用されていた。徴税というのは恨みを買っても平然としていられる人間に任せなければならないくらい、面倒な仕事と言える。

――これも、考えていかなければならないことだわ。少なくともそのやり方の歪みで、苦しむ人が少しでも少なく済むように。

「それにしても、こんなに人が歩いているなんて、不思議な感じね」

「ええ、少し前では考えられないことです」

ちょうど昼の休憩時間なのだろう、壁際に置いた木箱や樽を椅子代わりに食事をしている者もいれば、気にせず剥き出しの土の上で胡坐をかいている集団もいる。どこかでエールを売っているらしく、あちこちでジョッキを傾けながら笑い声が響いていた。

――治安、悪く感じるわね。

食糧の移送は公爵家の急務であり、仕事と食糧を必要とする人間をかき集めたのだろう。元々エンカー村は住人の大半が土を耕して暮らしている村なので、日中はほとんどの家が留守に近くなる。

エンカー村と公爵家の間でトラブルにならないように公爵家の派遣した騎士が見回りをしてくれているけれど、敷地内に入った、鶏にちょっかいをかけた、風体の良くない男が家の傍で排泄しているところを若い娘が見てしまったなど、すでに問題はあちこちで起きている。

「ああ、あれね、ルッツが言っていたのは」

村の囲いから外に出ると、街道に沿う形でいくつもテントが張られていた。テントとは言っても蝋を塗った布を木の枝から紐で吊り下げて、荷物と最低限人間を覆っているだけの、粗末なものだ。

その奥にはロバが繋がれたままの荷馬車が止められていて、ところどころ過密状態になっている。

「結構いるのね……」

「はい、今あるテントは翌日には引き揚げますが、すぐに次が来るので、きりがないようです。使えなくなった古布や排泄物を捨てていくので、見た目もよくありません」

マリーの言葉に、ううん、と小さく唸る。

エンカー村は北部の端の端で、宿がある隣の村までそれなりの距離がある。人足たちは運んだ木箱や樽の数でその日の日当を貰うので、隣の村まで出発するには遅くたどり着いた者や、一晩休んで翌朝荷を積んで出発したい者が村の外にテントを張っていると苦情が来ていた。

エンカー村の住人は、とりたててよそ者への警戒が強いわけではないけれど、荷運びを仕事にしている屈強な見た目の人たちがテントを張ってたむろしているのは、やはり落ち着かないだろう。

夜間は煮炊きと獣避けのために火を焚いているようなので火事の心配もあるし、騎士団も荷物のチェックや村中の警備は担当してくれているけれど、村の敷地を出ている者に対してはノータッチである。

「これは、散らしても他のところでテントを張るわよねえ」

「空の荷馬車で隣村まで移動するわけにはいきませんし、今から荷を積んで出発しては夜になってしまいます」

「ご命令とあらば、現在村にいる騎士たちで追い立てますが」

「そこまでしなくていいわ」

久しぶりに過激なセドリックが出た。だが、彼らが何か悪さをしたわけではないのだ。

村の外で野宿をしてはならないという法はないし、城塞都市の周辺でも寝泊まりする者は当たり前にいる。

ただ、やはり圧があるのは否めない。エンカー村でそんなことは起きないとは思うけれど、こうした場所に居ついた者が集まって、それがスラムの温床になるのもよくあることだ。

「テントを張る場所をこちらで指定して、それ以外の場所にテントを張るのは撤去か罰金ということにすればいいかもしれないけれど、反発が出るわよねえ」

村の近くは街道を残せばほとんど畑にしてしまっている。キャンプ場を作るにしても、かなり森側に近くなってしまうだろう。

「彼らも一度でも多くエンカー村と集積場を往復しようと頑張っている結果ですので、難しいですね」

こうやって人が溢れてしまうのは、結局、それを迎え入れるだけのキャパシティがエンカー村には存在しないという理由も大きい。

木賃宿のような、労働者が安く泊まれる宿があれば、彼らもそこを利用してくれるかもしれないけれど、今のエンカー村には宿どころか軽食を出す食堂すらないのだ。

エンカー村は決して規模の大きい農村ではない。住人の家だって五十戸余りの村だ。農奴の集落を全て合わせても人口は三百人を少し余る程度で、これまで北端の開拓村ということで遍歴に訪れる職人もおらず、大半のことを自給自足で賄ってきた。

――今後、村を発展させるつもりなら多少大きく手を入れる必要があるわ。

けれど、それを行うべきなのか、メルフィーナは迷っていた。

荷運びの行列はあと一か月も続かない。全ての収穫が終わり公爵家と取引をした食糧の受け渡しが終われば途切れることが分かっている。

来年は他の地域でもトウモロコシを作っているはずなので、その混乱は今年よりずっと軽微になるだろう。再来年以降はほとんど起きないこともメルフィーナには分かっている。

――それなのに、あえて今を変えようとするのは、自分のエゴではないのかしら。

物質的に豊かであるだけが幸福ではないのだと、今のメルフィーナは知っている。

どれだけ贅を尽くしても、本当に欲しいものが手に入らなければ、それは幸福とは呼べない。お前は恵まれているのだと言われても、満たされないものを抱えたままでは心はずっと凍えたままだ。

――北端の開拓村として静かに暮らしていけるなら、そのほうがいいのかもしれない。

豊かになれば、それを目的に人が集まって来る。人口が増えれば出来ることも多くなるけれど、色々な人間が集まればトラブルだって大きくなるだろう。

――まして、私はずっとここにいるのかすらわからないのに。

アレクシスと離縁することになった後も、メルフィーナはここで暮らしていくつもりだ。だがそこでクロフォード家が沈黙し続けるという保証もない。

メルフィーナはクロフォード侯爵家の一人娘である。後継ぎは弟のルドルフがいるし、実家では半ば無い者のように扱われていたので、今更出戻りされるくらいなら放置する方を選ぶだろうとは思う。

けれど、下手に外で血を増やされることはお家騒動につながると思われる可能性だって、ゼロではない。

領主とはいえ後ろ盾のない娘一人を強引に連れ出して辺境の修道院に放り込むくらい、やろうと思えば簡単に出来る力がある実家なのだ。

手を入れ続けた揚げ句、中途半端に放り出すことになれば、被害を受けるのはエンカー地方に住む人々だ。

夏の盛りが終わった、甘く柔らかい風が吹き、メルフィーナの金の髪を揺らす。

収穫が終わった後のトウモロコシ畑は、甘く乾いた 黍(きび) に似た匂いがする。

「メルフィーナ様」

「え? どうしたの、マリー」

「いえ……メルフィーナ様が」

「うん」

「……遠くに行かれてしまうような顔をしている気がして。申し訳ありません。おかしいですよね」

「……あは」

笑って、何だか泣きたいような気持ちにもなる。

――何を気弱になっているのよ、メルフィーナ。

メルフィーナは聖女ではない。すべての人に行き渡るだけの食料と救いを用意するなんて土台無理だけれど、自分の手の届く範囲だけはひとまず守ることが出来た。

領主という立場で彼らを守れなかったらという不安もあった。

飢饉が来ると自分だけが知っている間、奇妙に見られていることを理解していても、微笑みながら受け入れられやすい嘘をついたこともあった。

それが一段落した気がして、きっと少し、不安になってしまったのだ。

「ねえマリー、セドリック。もっともっと、エンカー地方を強く、大きくして行けたら素敵じゃない? 色んなことにチャレンジして、沢山、面白いものを作っていって、暮らしを豊かにしていくの」

「自然とそうなるでしょう。メルフィーナ様がいらっしゃるのですから」

「私もそう思います」

秘書も護衛騎士も、まるで当たり前のように頷いてくれる。

優しくなった風の中で、光が眩しくて、まるでこの先、何もかも上手くいくような気持ちになってしまって。

メルフィーナは笑っていた。

「そうよね。やりたいことを全部やりましょう。それで、私達、みんなで幸せになりましょうね」

しばらくして、メルフィーナは猟犬を卸している繁殖家に願い出て、一匹の子犬を領主邸に迎えることになる。

焼き立ての白パンのような色合いで、大きくぴんと立った耳を持つ牧羊犬だ。

家畜を追い、土地を守る、人と寄り添う最良のパートナーとなる犬を傍に置くのを選んだのは、メルフィーナなりの覚悟の現れだった。

――自分が望む限り、この地で生きていこう。

その願いをこめて迎えた子犬に、 フェリーチェ(幸運) という名を与えることになった。

のちに北端の貴婦人と呼ばれる女性が愛した犬種として名を馳せる、それが最初の一頭になることを、その時はまだ誰も知らなかった。