軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 水神様、初めてのノード解放で足腰バフを得る

慶長十七年、旧暦十一月初旬。

初冬の江戸の朝は、七つの子供の身体には普通に寒かった。

吐く息は白く、廊下の板は冷たく、厚手の小袖を重ねても首筋に冷気が忍び込んでくる。

「寒い。眠い。歩きたくない」

俺は出発前から、心の底から本音を漏らしていた。

今日はいよいよ、初めての水源巡回である。

目的地は江戸近郊の古道沿いにある、古い水守りの祠。

大きな神社でも寺でもない。村人と旅人が昔から細々と祀ってきた、小さな水神・道祖神・地蔵が混じったような民間信仰の場所らしい。

俺としては、ただの現地調査だ。

水源と祠の状態を見て、端末のマップを解放し、追加試験地を選ぶための情報を集める。

それだけのはずである。

「若君。帳面、筆、予備の水札、御清め作法の控え、すべて揃っております」

小栗半兵衛は、なぜか俺よりもずっと張り切っていた。

護衛の武士たちも、冬の朝にもかかわらず表情を引き締めて待機している。

そして、天海僧正は静かに微笑んでいた。

「……天海様、なんでそんなに楽しそうなんですか」

「神仏の御使いが、初めて荒れた祠を巡られるのです。見届けぬわけには参りませぬ」

「その言い方、やめてください。私は水源と祠の状態確認をするだけです」

「はい。表向きは、そのように承っております」

「表向きとか言わないでください!」

出発前、竹千代兄上からは、これでもかというほど念押しをされた。

「国松。余計なことを言うな」

「はい」

「勝手に神仏の御声を代弁するな」

「はい」

「水源を見つけても、即座に掘れとは言うな」

「はい」

「年貢、土地、宗門、南蛮、この四つに関わる話題は絶対に軽々しく口にするな」

「はい」

「判断に迷えば、必ず通話札で私へ確認せよ」

「兄上、私への信用が低すぎませんか?」

「信用しているから通話札を持たせている。だが、信用と警戒は別だ」

完璧な正論だった。

城を出てしばらくは、駕籠に乗っていた。

だが、目的地に近づくにつれて、俺は結局、自分の足で歩くことになった。

理由は簡単だ。

端末が、歩けと言ってきたからである。

『徒歩巡回による地形情報取得を推奨』

『現地歩行データ不足』

『小水脈候補の精度向上には接地移動が有効』

「歩かないとマップが埋まらないタイプのゲームかよ……」

俺は小声で毒づきながら、霜の残る古道を歩いた。

初冬の道は思った以上に歩きにくい。

朝露で湿った土はぬかるみ、小石は足裏に響き、ほんの少しの坂道でも七つの身体には普通に堪える。

半刻も歩かないうちに、俺は息が上がり始めていた。

「若君。出発より半刻に満たず、一度目の休憩にございます」

「半兵衛、そういうことを記録するな」

「巡回時の若君の御体力を把握することは、今後の行程を組む上で必要にございます」

「正論で俺の体力不足を帳面に残すな!」

護衛たちは心配そうに俺を見ている。

天海だけは、静かに俺の歩き方と息遣いを観察していた。

嫌な予感しかしない。

やがて、目的地の祠に到着した。

古道の脇、小さな雑木林の入口に、その祠は半ば埋もれるように建っていた。

屋根は少し傾き、落ち葉が積もり、水鉢には泥が詰まっている。

祠の横には、半ば土に沈んだ道祖神らしき石像と、小さな地蔵が並んでいた。

近くには湧水跡らしき窪みがあるが、水は細く、泥と枯葉で詰まりかけている。

俺が祠の前に立った瞬間、視界の端に青白い文字が浮かんだ。

『未解放信仰ノードを検出』

『種別:水守り・道行き複合小ノード』

『状態:休眠/信仰低下/水路詰まり/道標情報欠損』

『推奨:清掃・供物・水路泥除去・石像再配置』

「思ったよりメンテ項目が多いな……」

俺が思わず呟くと、天海の視線が鋭くなった。

「何か、見えておられますな」

「見えてません。いや、見えてますけど、神仏の御声ではなく、管理ログです」

「神仏の御記録、ということですな」

「違います!」

違う、と言い切りたい。

言い切りたいのだが、この世界では神仏が本当にいる。

そして俺には、それが端末やノードやログという、SFめいた形で見えている。

つまり、天海の解釈も完全には間違っていない。

そこが一番厄介だった。

まずは掃除から始めた。

護衛たちに頼んで落ち葉を払ってもらい、水鉢の泥を掻き出し、半ば埋もれていた道祖神の石像を丁寧に起こす。

地蔵の周囲の雑草を取り、祠の傾いた屋根には、持ってきた縄と板で仮の補修を施した。

近くの湧水跡は、いきなり深く掘らず、詰まった枯葉と泥を少しだけ取り除くに留める。

「祠を触る前と後は、ちゃんと手を洗え。供物を泥だらけの手で触るなよ」

俺がそう言うと、周囲の村人たちがざわめいた。

「水神様の御清め作法……」

「だから、またそれか!」

近くの村から集まってきた者たちは、最初はただ恐る恐る俺たちを見ていた。

やがて、一人の年配の男が、この祠の由来を語ってくれた。

「昔は、この道を通る旅人が、ここで水を飲み、道祖神様へ手を合わせたものでございます。地蔵様も、道に迷った子を守ると伝えられておりました。ですが近年は、水も細り、若い者もあまり参らなくなりまして……」

「信仰が薄れたからノードが休眠したのか、水が弱ったから信仰が薄れたのか。……たぶん、両方だな」

「水と信仰は、互いに支え合うものにございます」

天海が静かに言った。

「天海様、そこは普通に良いことを言いますね」

「常に良いことを申しております」

「自覚があるんですね」

掃除と簡単な補修が終わると、祠の前の空気が少しだけ澄んだように感じられた。

俺は水鉢に新しい水を入れ、小さな供物を置き、祠の前で手を合わせた。

これは形式だ。

けれど、この世界では、形式にも意味がある。

神仏は本当にいて、ただし俺にはそれがSFじみたノードやログとして見えている。

ならば、祠に手を合わせることは、システム操作であり、信仰であり、メンテナンスの完了報告でもある。

(今後は村の人たちがちゃんと掃除しますので、できれば、この周辺の水路と道の情報を少しだけ返してください)

心の中で、そう願う。

半兵衛が息を呑んだ気配がした。

「若君……神仏と交渉しておられる……」

天海の表情も、静かに引き締まっていた。

次の瞬間、視界に文字が走った。

『清掃完了』

『水路詰まり軽減』

『地域信仰接続:微弱回復』

『管理者候補認証:部分一致』

『水守り・道行き複合小ノード:再起動』

祠の周囲の空気が、ふっと変わった。

派手な光が出たわけではない。

神々しい声が響いたわけでもない。

だが、確かに何かが繋がり直した感覚があった。

同時に、端末の地図が一気に更新される。

『地図情報拡張』

『古道ルート復元』

『小水脈候補:二件』

『湧水回復可能性:低〜中』

『水害リスク地点:一件』

『道迷い多発地点:一件』

『未解放小ノード候補:追加二件』

「おおお……マップが埋まった!」

俺は思わず声を漏らした。

オープンワールドのゲームで、塔を解放して周辺マップが一気に開ける、あの快感である。

「おーぷん……?」

「いえ、なんでもありません」

そして、その直後だった。

足元から、じんわりと温かさが上ってきた。

冷えていた指先がほぐれ、背筋が自然と伸びる。

さっきまで少し重かった足が、驚くほど軽くなった。

息もしやすい。

初冬の風も、さほど刺さらない。

端末に新しい表示が出る。

『初回信仰ノード解放報酬』

『巡行補助:初段を付与』

『歩行時疲労軽減:小』

『悪路歩行安定:小』

『体温維持補助:小』

『水辺転倒回避補正:小』

『道行き直感補助:小』

俺は、表面上は必死に平静を装った。

だが、内心では盛大にガッツポーズをしていた。

(きたああああああ!! チート! チート来た!!)

知識チートもありがたい。

端末もありがたい。

だが、七つの子供の身体であちこち歩き回らなければならない今、体力と移動補助は本気で助かる。

端末にKAMI様の通知が重なる。

『KAMI:おめでとう。初回ノード解放ボーナスよ』

『KAMI:水神巡回者向けの基礎身体補助ね』

「身体補助! これこれ! こういうのでいいんだよ!」

『KAMI:勘違いしないこと。今は初段だから、せいぜい「妙に疲れにくい七つの子供」程度よ』

『KAMI:戦闘力は一ミリも上がらないわ。腕力が大人並みになるわけでもないし、剣豪になれるわけでもない』

『KAMI:これは戦うための力じゃなくて、歩いて、見て、直すための力。無理をすれば普通に疲れるし、熱も出すわよ』

「十分! むしろ最高だ! 戦う力より、歩いても疲れない力の方が今の俺には百倍ありがたい!」

『KAMI:単純ねぇ』

「徒歩移動が楽になるありがたみを、神様は分かってない!」

俺は戦うつもりなど全くない。

剣豪にも忍者にもなる気はない。

だが、泥道を転ばず歩けて、寒さで震えにくくなり、長く歩いても疲れにくい。

それだけで、俺にとっては十分すぎるほどの神チートだった。

半兵衛が、俺の顔をじっと見つめていた。

「若君。お顔色が、先ほどよりよろしゅうございますな」

護衛の一人も、不思議そうに言う。

「先ほどまでは少々お疲れのご様子でしたが、急に足取りが……」

天海は、さらに深く俺を観察していた。

俺の体勢、呼吸、足の運び、手先の冷え。

その全てを見て、彼の目が静かに細められる。

(祠を整えた瞬間、幼い御身に加護が宿った。水神、道祖神、地蔵……道行きを守る神仏が、国松様の巡幸を支え始めたか)

天海の内心など、俺には分からない。

俺はただ、歩行バフのありがたみにニヤついていただけだ。

帰り道。

俺は、明らかに行きよりも楽に歩けていた。

泥道でも足を取られにくい。

坂道でも息が乱れにくい。

石段を下りる時、足元が妙に安定している。

「若君様、そろそろ駕籠にお戻りになられては」

護衛が心配そうに声をかけてくる。

「いや、歩ける。むしろ歩きたい」

半兵衛が筆を走らせる音がした。

「帰路、若君は休憩回数少なく、歩幅も安定。泥道での転倒なし……と」

「身体測定みたいに記録するな!」

「神仏の加護の実証記録にございます」

「違う! 移動補助バフだ!」

「ばふ、とは加護のことでございましょう」

天海が当然のように翻訳する。

「翻訳しないでください!」

帰路の途中、端末のマップに青い点が浮かんだ。

俺はうっかり足を止める。

「あ、この先の窪地、浅い水脈っぽいな」

周囲が一斉に静まり返った。

俺は自分の口を押さえた。

「……あ」

天海が静かにこちらを見る。

「今、何と?」

「いや、掘れと言っているわけではありません! 候補です! まだ確認が必要です! 七割もありません!」

半兵衛が筆を走らせる。

「浅き水脈候補、窪地の先……」

「記録はしていいけど、神託扱いするな!」

村人たちは、すでに祈るような目で俺を見ていた。

「水神様が、新たな水の筋を……」

「だから候補だってば!」

発言には気をつける。

そう誓った翌日にこれである。

俺は自分の口を信用できなくなってきた。

帰路の途中、通話札で竹千代兄上へ報告を入れた。

「兄上。初回巡回、祠の簡易修繕と水路確認を終えました」

『聞いている。問題は』

「大きな問題はありません。地図情報が広がりました。水脈候補と、道迷いが多そうな古道も拾えました」

『そうか』

「それと……少し、身体が楽になりました」

通話札の向こうで、竹千代が黙った。

『身体が楽に?』

「はい。歩いてもあまり疲れません。たぶん、道行きの加護……いや、ノード報酬です」

『国松』

「はい」

『お前は、いよいよ神仏寄りになっていないか』

「兄上まで!?」

俺は思わず声を上げた。

「違います。これは巡回用の補助機能です。戦うための力ではありません。歩いて、見て、直すための補助です」

『補助機能という言葉で誤魔化しているが、要は加護だろう』

「否定しきれないのが悔しい!」

『無茶はするな。疲れにくくなったからといって、遠くまで歩くな』

「はい。そこは肝に銘じます」

『それと、天海を見張れ。お前を妙な方向へ祭り上げるな』

俺はちらりと天海を見た。

静かな笑みを浮かべている。

「……兄上。もう遅い気がします」

江戸城に戻ると、半兵衛はさっそく報告書を書き始めた。

表題を見て、俺は叫んだ。

『水神様初巡幸并御足加護之覚』

「やめろ!!」

「では、こちらで」

『近郊水源祠巡回 初回報告』

「それで!」

俺が安心したのも束の間、半兵衛は欄外に小さく書き添えた。

『御足軽やか』

「見えてるぞ!」

報告内容は、確かに重要だった。

祠一件の簡易修繕。

水鉢清掃。

水路詰まりの軽減。

湧水候補一件。

古道情報の更新。

道迷い多発地点。

追加ノード候補。

そして、なぜか俺の疲労軽減。

「最後は削れ」

「重要です」

「重要じゃない!」

「いいえ、若君の御身体に関わることは、巡回計画上、極めて重要にございます」

正論だった。

正論なのが腹立たしい。

一方その頃。

天海僧正は、家康のもとへ静かな報告を上げていた。

「国松様は、荒れた祠を整えた後、明らかに御身体の様子が変わられました」

「ほう」

家康は、面白がるように目を細めた。

「水だけでなく、道もか」

「はい。水神、道祖神、地蔵。道行きを守る神仏が、若君様の巡幸を支え始めたものと見受けます」

「いよいよ、ただの童ではなくなってきたな」

家康は笑っていた。

だが、その目は笑っていなかった。

そこにあるのは、面白がる老人の目であると同時に、天下人としての冷静な警戒と保護の意思でもあった。

「守らねばならん。……そして、見誤ってもならん」

天海は、静かに頭を下げた。

夜。

布団の中で端末を開くと、ステータスのような表示が増えていた。

『巡行補助:初段』

『歩行疲労軽減:小』

『悪路歩行安定:小』

『体温維持補助:小』

『次回ノード候補:道祖神系/地蔵系』

『推奨:近距離巡回継続』

「これは良い」

俺は素直に頷いた。

「俺、今後はちゃんと歩くわ。歩けばマップが埋まるし、疲れにくくなるし、健康にもいい。最高じゃん」

KAMI様の声が端末から響いた。

『七つの子供が徒歩巡回に目覚めたわね』

「歩行チートは素晴らしい。知識チートより即効性がある」

『その代わり、歩ける場所が増えると仕事も増えるわよ』

「知ってた。でも今回は許す」

初めてのノード解放で、俺はほんの少しだけ、歩くための身体を手に入れた。

戦うための力ではない。

誰かを殴るための力でもない。

ただ、遠くの水源へ行き、荒れた祠を見つけ、泥道を転ばずに歩くための力。

俺にとっては、それで十分すぎるほどのチートだった。

「く〜、ありがてぇ。これなら次も歩けるな!」

『そうして水神様は、日ノ本を歩き始めるわけね』

「水神じゃないけどな!!」

俺の抗議は、初冬の夜気に軽く溶けていった。