軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第50話 森の中にお風呂を作る

実のところ、川辺にお風呂を作る計画はずっとあった。

他に作るものがいろいろとあったので後回しにしていた。川で沐浴をするだけで、グリフィンの爪がかなり体を綺麗にしてくれるので。

しかし、ラスリューがくれた宝珠からは、少しずつだがこんこんと水が湧き続ける。しかも、左手の指で触れて時計回りに回すとだんだん温度が上がる機能もついていた。

「水の加護を蓄えるついでに、何か面白みを少しつけられないかなあとね。素材に火の気配があったもので、つい一手間をつけてみたくなった宝珠です。おかげで二百年以上もかかってしまって」

とのこと。

ミスティアによれば、宝石を珠玉に変換するのに数十年。宝珠にするのに、百年くらいはかかる。

一手間を入れてみたくなる個数は作ってるということなので、ラスリューが生きた時間はよほど長そうだ。

いつも作るモノだけで物足りなくなるというのは、こだわりを感じる話だ。ものづくりを楽しむ者として、なんだか共感してしまう。

そんなものをもらっておいて、作為を感じないというのも無理な話だ。

つまり彼は「これでできますよね。やらないんですか?」と言外に誘っているようなものである。

ここへきて、違う分野の職人がいきなり隣に現れたような気分だ。

張り合いがある。

というわけで、俺はさっそく浴場を作ることにした。

あまり難しいものを作るつもりはない。

とりあえず浴槽を置いて、周囲を三和土と板材で囲うくらいか。

まずは浴槽を置くための基礎だ。

川辺で建設予定地を選ぶ。川べり近くの土手の上にちょうど良さそうな場所があったので、そこにした。というか、もともと探しておいた候補地の一つだ。

まずは浴場を作る予定地に棒を立てて、縄を張る。これが建設予定地だ。次に、草や石を除くために土手を広く浅く掘り返して、余計なものを取り除く。土がむき出しになった土手に、杭と板で土留を作っておく。

これで下準備完了か。

次に祈る。今から頑張りますという気持ちで手を合わせておく。誰に? 女神様に。

そんな俺の前で、地面の上を走り回るウカタマ。

「どうですか親方?」

遊んでいるわけじゃない。水平を確認しているのだ。遊んでいるのは、その隣を走るマツカゼである。穴掘りしようとしたら縄張りの内側からは追い出そう。

ウカタマが親指を立てたのでOKだ。まだ地均しなので大体でいいしな。都度見ていこう。

地面を浅く広く掘ってから、全体をタコ──これは工具の『蛸胴突き』だ──で突き固め、ウカタマに樹皮の水道管を渡して設置してもらう。

今度は千種の出番だ。

闇魔法で地面に砕石を広げてもらう。風呂の計画は以前からあったので、素材は割と集めてあったのだ。

千種の影がするっと地を舐めるだけで、そこには砕石が敷いてある。その上から、もう一度タコで突き固めていく。

全体に三和土を乗せる。三和土とは、昔ながらの和製コンクリートである。

ウカタマが掘ってきた粘土と砂土。ミスティアが持ってきてくれた卵の殻を、魔法で焼いてから粉末にしたもの。そして水。

と、なぜかムスビがこれも混ぜろと鱗粉のようなものを振りかけた。ちょっと粘度が増した気がする。

切り株をくり抜いて作った容器に全部入れて、千種の蛸足がぐるぐる回して混ぜ合わせた。

粘土質だからか、砕石と違って魔法では敷けなかったので、ウカタマと俺で広げて叩いた。

〈クラフトギア〉の力か土の精霊獣の力なのか、砂でも伸ばしているかのように簡単だった。叩き締めるのも、一発で石のように硬くなる。

ここで乾かすまで時間がかかる──予定だったんだが、ミスティアが魔法ですぐ乾燥させてしまった。

ここまででも、けっこう日数がかかるはずの工程をかなり短縮している。

しかし、これはブッシュクラフトであって建築ではない。

「これは建築じゃない」

「えっ……?」

ついそう独りごちると、千種がなんだか妙に疑わしいような顔をしてくる。

「ただの趣味の手探り手作業で、思ったとおりの予定にはならない時もある。そう思わないか?」

「あっ、はい。……普通は、予定延びるんじゃないです、か?」

なんだか首をかしげながら、そんなことを言う千種。

「正論言わないでくれ」

「え、ご、ごめんなさい」

なんだかブッシュクラフトから、片足くらい外れているような気はしてるんだ。自分でも。

趣味で作るにはちょうどいい程度の負担で、ここまでできてしまっていいのかな、という気持ちがあった。

あったが、やはりお風呂はほしいので、まあいいか。

浴槽を作ろう。

かなり大きなものだ。なにしろ露天風呂なので。

当然だが、板材は使いたい放題なので、香りの良いヒノキに似た樹を選んで加工する。

贅沢にも節が無くて綺麗な白い肌をした板材だけを集め、継ぎ手を組んで伸ばし、巨大な浴槽を作り上げていく。

浴槽を大きくすると当然ながら水の重量に耐えなければならないので、けっこう分厚くした。

分厚くしなくても耐えられそうな堅さしてるけど、気分だ。

一度に十人くらいは入れるんじゃないか、という広さの長方形の浴槽ができた。

木工はずっとやってきていたから、これくらいの加工はもはやお手の物である。

あとは外側に、防水用のフィルムを貼って完成だ。

次はこれを設置しないとならない。

先ほど作った基礎の底部を、さらに自然石と三和土を使って硬く補強しておく。

そして、木で浴槽を置く足を作っておく。乾いた基礎の穴の底に、四角く加工した硬い木を置いて、自作の水平器で水平を取っていく。

穴の底は排水管に向かって全体的にわずかながら勾配が作ってあるので、木の足を置いて調整するやり方だ。

足を基礎に『固定』して、浴槽を穴にはめ込んだら、足と『固定』する。

物が大きいので、千種の無重力魔法と蛸足だけでなく、ミスティアにも手伝ってもらって慎重にはめた。

「オーライ、オーライ、オーライ……ストップ!」

「あっ、あハイ!」

「なんだか呪文でやりとりしてる……」

あとは、簡単な話だ。

自然石と三和土で、張り石構造にしながら周囲を固める。水回りに気を配って、ウカタマが作ってくれる排水口にいくように調整。

簀の子と簡単な棚を置いて、脱衣所を設置。

「浄めの水が湧く宝珠を使うのに、体を洗う必要なんてあるわけないじゃないか」

というアイレスからの言葉で、湯船さえあればいいことが判明したので、これ以上は拡張無しでいく。

いずれは屋根とかもつけたいが、ともあれ、準備は整った。

「後は『天龍の湯』にするか、それとも『女神の湯』にするか……」

「どうぞ、女神様の湯でいいですよ」

というのが、宝珠を提供してくれたラスリューからの提案だったので、言われたとおりにしておく。

宝珠を安置するために、女神の像を彫った。よくある『水瓶を持つ乙女の像』を、女神様に似せたものだ。水瓶からお湯が湧き続ける。

この像を湯船の近くに置いて、常に沸き続けるお湯を浴槽に注がれるようにすれば、源泉掛け流しのお風呂が完成だ。

「わあー、すごくいいわね! こんなの思いつきませんでした! 才能あるのね! え、異世界によくあるもの? でも作っておこうって思えるのは、センスだからいいじゃない!」

と、ミスティアはこの仕掛けをとても褒めてくれた。

物珍しいのかもしれない。

「あの、天龍の湯にしてたら、龍の像だったんです、か?」

「そうだけど。口からお湯を出す感じで」

「……それって、手水舎では?」

……べつにいいじゃないか。手水舎で入浴しても。

いやダメか。ダメかもしれない。うむむ。

宝珠の仕組み的に、源泉掛け流しがいちばんいいだろうとラスリューに言われたので、お風呂のお湯は常に溢れることになった。

排水についてはウカタマが水路を掘ってくれている。川の水と混ぜて温度を下げてから、川へとそのまま捨てることになる。

温泉のように鉱泉が湧いているわけでもなく、川の生き物にも悪しき者以外には無害だそうだから、まあいいかとなった。

「ただ、イビルスライムはここより上流にしかいなくなるかもしれません」

「あれって悪しきものだったんだ……。ソファーにしてたら、ダメか?」

「大丈夫。神器で削られて、浄化されないものなど、ありません」

ともあれ、とにかく。

「お風呂が完成してしまった……!」

感慨深い。ついに達成してしまった。

なんということでしょう。森の中のその奥で、緑多い景色を眺めながら川の水音を楽しむ、開放的で癒やしの空間を実現した露天風呂が。

「混浴なのかい? また一緒に入れるねぇ」

「あ」

ここ最近、ずっとみんなで沐浴していたから、そのあたり考えてなかった。

……衝立でも作るか。

「せっかく広々と作ったんだ。別にいいんじゃあないかな? それに、衝立だけがあったところで、間抜けになっちゃうよ」

アイレスは気楽な調子でそう言った。

そういうものだろうか。たしかに、屋根も壁も無いのに衝立だけ作ると見栄えが悪いけど。

……見栄えが悪いか。見栄えが悪いのは、ちょっとなぁ。

「直してって言われたら、直そう」

ぶっちゃけて言うと、もう今すぐ入りたかった。

ちなみに今は、形だけ仕上がったのが昨日の夕方で、宝珠を設置してお湯が溜まるのを一晩待っての早朝だ。

こんなにも我慢強く入浴を心待ちにしてから、今さら作り直しにかかるのは無理な相談だ。

まあまだ屋根とか、作りたいところは残っている。後で考えよう、後で。

「女神の湯、さっそく味わおう……!」

なんだかものすごく久しぶりのお風呂というイベントに、さすがに俺は高ぶる衝動を押さえきれず、朝風呂へと突撃するのだった。