軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十七話 接待された侯爵令嬢

ブラウンウォルスにあるセデクの居館は、それほど広くない。

そのため、侯爵令嬢を迎えたはいいものの、簡単に鉢合わせてしまうのでセデクはさっさとドラロの商館に逃げていた。

「こんなところで絵を描くなバカ領主! ここで!!」

「下書きまでだから、良いではないか」

「ここは商館の応接室だぞ!?」

「はっはっは、細かいことを気にするな。ハゲるぞ」

「もうハゲておるわ!」

しょうもない言い争いに、ドラロはため息を吐いた。

つかつかと歩み寄り、セデクに紙束を投げつける。

「おおっと、これはなんだ?」

「クレセール侯爵令嬢が、船に山と積んできた荷物の目録だ。侯爵家と伯爵家から、おぬしに贈り物だと」

贈り物の山。大型船で乗り付けてきたのは聞いていたが、積み荷がそんなものだったとは。

「やれやれ、貴族はやることが回りくどい」

ブラウンウォルス子爵家当主が、画材を置いてそんなことをのたまう。

「だが、侯爵家はまともだな。家畜やら小麦やら、気配りの範囲だ」

羊や山羊。それにガチョウやクジャクなど。生きたまま運び込まれた家畜。上物の小麦やビール。ぶどう酒。果物まで。

侯爵家からは、令嬢が滞在する間に食べ物として消費できそうなものばかりだ。しかも肉や素材として上等なものが揃っている。

「どうだか。『辺境には余裕が無いだろう』と言われるも同然だぞ?」

こんなものは、令嬢の外遊を迎えると応じた子爵家が用意すればいい。それをあえて贈り物という名義で用意するなど、ドラロの言うとおり裏の意味が含まれているに他ならない。

だが、

「あちらが余裕を見せたいのなら、存分に堪能するのが傭兵の作法よ」

セデクは気にしなかった。戦場で貴族から金を引き出すために、相手の傭兵と通謀して戦っているフリすらしたことがある。

含意を無視すれば、上等な肉をくれただけだ。

「そんなやり口だから、妻に別居されるのだお前は」

「む、ぬぅ……」

「ん?」

珍しく渋い顔をしたセデクを不思議に思いつつ、ドラロは目録の残りに目をやる。

「見ろ、伯爵家などはもっと露骨だ」

「ザメス伯爵が、贈り物を?」

セデクは首を傾げる。一応門下というか養子にされて派閥に入れられたが、伯爵はいかにも嫌々ながらという様子だった。

贈り物など領地を下賜された時にすら、形式的な祝いの言葉以外には、何も受け取っていない。

というか、裏でこっそり金を要求されたことすらある。セデクは金をさっさと支払って、ほぼ関係を清算したつもりですらあった。

そんな伯爵が、何を贈ってきたというのか。

「首飾りに布地。詩集やら家具やら。さらには馬と馬具だ」

「ずいぶん豪勢なことだな。馬以外はいらんが」

首をさらに傾げる。辺境で役に立ちそうなものではない。

「……これで令嬢の無聊を慰めてはどうか、と言われておるんだ」

「おお、そういうことか!」

令嬢が辺境へ外遊しに来たのは、本人が来たがったからではない。

侯爵家の仕事として、責務を果たしに来たのだ。

お役目とはいえこんな僻地に送られて、令嬢は退屈するだろう。そういう意味だ。

「ついでに言うと、おぬしが妻と別居しておって令嬢しか使う人がおらんだろう。という意味で、一つずつしか送られておらん」

「どいつもこいつも、嫌味だけなら天才だな貴族という奴らは!」

セデクは目録を投げ捨てて怒声を上げた。

「で、どうする?」

「喧嘩を売られて買うかどうかの話か?」

「贈り物への返礼の話だ」

「……面倒よなぁ」

かつてセデクの世話をした貴族達から、たくさんの贈り物を受けた。

これにセデクから返礼品を何か贈らなければ、貴族社会の噂は領地の批判にまでつながるだろう。

「侯爵令嬢がどのくらい滞在するか次第、ではあるが」

「ほう? どういう意味だ、ドラロ」

「この贈り物はブラウンウォルス家というより、ほぼ令嬢に向けられている」

「うむ」

「これほど持参品があるのに令嬢が早く帰れば、『ブラウンウォルス家は物の使い道を知らない』と堂々と言える。王にも『成り上がりの面倒は我らが見なければならない』と進言できるだろう」

「……たかが、もてなしで?」

「これほど大金をかければ、もっともらしくもなろうよ」

贈られた品々は、大船で運び込まれたほどの質と量がある。

金額で説得力を持たせるやり口は、商人からすれば慣れ親しんだものだ。

「重要なのは令嬢の様子だな。どんな様子だ? どれくらい、滞在すると思う」

ドラロが尋ねると、セデクは肩をすくめた。

「さすがに一日や二日ではなあ。わからんよ」

「それはそうだろうが、到着は昨日だったろう。朝の様子はどうだった」

「いや、朝は体調が優れないとかで、部屋から出てこなかったぞ」

「それは……まずいのではないか?」

ドラロがぎゅっと眉をしかめた。

水が合わないことで体調を崩したのなら、すぐに滞在を切り上げるには十分な理由だ。

「オレもそう思った。しかし、こうして昼を回っても、何も知らせが来ない。重大なことなら、接待役のセヴリアスが何か言ってくるはずだ」

「ふむ……若殿は、なんと言っておるのだ?」

「なにも言ってこない。つまり、心配無いということよ」

「それでいいのか?」

「なあに、オレが息子に任せたのだ。失敗したらオレの責任よ」

うははは、とセデクは豪快に笑ってのけた。ドラロはそれ以上の追及をやめた。

「なら、もうこの件はいい。儂は伝えるだけは伝えたからな」

「おう。いつも世話になるな。さて、それではオレの絵を見ていくか!?」

「妻の工房に行ってくる」

「オレの芸術を見るべきだろうドラロ!」

「聞こえんわバカ画家気取り!!」

外にまで響きそうな怒鳴り合いをしてから、商人はさっさと立ち去っていった。

「体調は大丈夫?」

「私としたことが、お恥ずかしい限りですわ。おかげさまで、もう快復いたしました」

「船旅で、疲れてたんでしょ」

セヴリアスは、昼を過ぎてようやく姿を見せたメアリと面会していた。

令嬢は体調不良と侍女は言っていたが、セヴリアスにはなんとなく見当がついていた。

寝坊したなこれ。

船旅は慣れない身には辛い。船の軋みや揺れが気になって、とても快眠することはできない。

よく寝付けなければ、昨日のようにイライラもする。

そんな時に”あの部屋”に入ったら、昼まで寝ても責められない。

「あ、あの、失礼なお願いなのですけれど」

「うん? 言ってみて」

「ご用意いただいた部屋の、素晴らしい寝具をお譲りいただくことはできませんかしら……?」

それは、総次郎が作ったエアーベッドだ。

「ん、んー……」

セヴリアスは困った。 神璽(レガリア) のおもてなしグッズ、おそるべし。

たった一晩で、侯爵令嬢が骨抜きにされている。

「あれは特別な人に、特別に作ってもらったから……」

「あのソファでも構いませんわ。私あれで寝られます」

モスファーで侯爵令嬢が寝る姿は、どうなんだろう。

座ってみれば分かるが、あれはかなりだらしない格好で沈むのがいちばん気持ち良い。

「あれも同じだから、ちょっと難しいかもで」

「もちろん返礼はいたしますわ。いえ、その特別な人をお教えいただくだけでも、私は感謝いたしますわよ」

どうしても引き下がってもらえない。

「特別な人は特別だから、特別なんだよね。その人に偶然とかで会って、気に入ってもらえないと作ってもらえなくて……」

セヴリアスは本当とも嘘とも言える、微妙なラインで話してみる。

「偶然……どこで会えますの……?」

「この街か、森かな。いやでもほら、すぐ会えるかどうか怪しい人だから」

もはや、セヴリアスの方がたじろぐほどの熱意である。だから、ちょっと難しいことを言ってみた。

「遊びに来ただけのお嬢様と会える場所には、あんまりいないし」

カッ! と侯爵令嬢が目を見開いた。

「そういえば私! お父様からお預かりした密命がありましたわ」

「密命なのに、一日で暴露するの?」

「王宮への召喚状を預かっていますの。渡す相手は〈黒き海〉のイオノですわ!」

「いやほんとに密命っぽいんだけど」

まさかの王宮の召喚状。それは王の署名とか、入ってておかしくなくないものだ。というか、イオノがらみなら間違いなく入っている。

「ブラウンウォルス家が信用に値すると判断できたら、協力を仰ぐように言われておりましたの。私は、貴方を信用いたしますわ! どうぞ、メアリと呼んでくださいまし」

「一日足らずで? わりと嫌われてなかったっけ……?」

「イオノを見つけ出し、書状を渡す。それが叶うまで、あの部屋──ではなく、この地に逗留させていただきますわね!」

セヴリアスの言うことを全て無視して、侯爵令嬢メアリはそう主張した。

セヴリアスは虚空を見上げて少し考えて、

「いや、イオノならギルドに──」

「絶対に! 私の手で密命を果たしますわ!」

「あー、うん。そう」

「たとえどれほど時間がかかっても、密命のためにがんばりますわ!」

「まあえっと……頑張って」

接待役としては、さっさと帰れなどとは言うわけにもいかず。

メアリの滞在がいつまでになるか、もはや運次第としか言えなくなってしまった瞬間だった。