作品タイトル不明
最終話 真実の愛
「やはりセリーヌ様のお気持ちは変わっていなかったのよ!」
興奮と熱気に満ちた大聖堂での特別礼拝が終わった後。
帰りの馬車に乗り込むと、私は高揚した気分のままにユベール様に言いました。
「セリーヌ様はルシアン様を見つめていたわ。愛は冷めてなんかいなかった。真実の愛だったのよ。アメリ様とマルク様にも報告しなければ。賭けは私の勝ちですわ!」
学院時代に、セリーヌ様の真実の愛が本物か否か、私たちは賭けをしました。
ユベール様とアメリ様とマルク様は、セリーヌ様の愛は冷めると主張しましたが、私はセリーヌ様の真実の愛に賭けたのです。
「そうですね。真実の愛でしょう。愛し合う二人が結婚できるよう、私も出来る限りの助力をしたいと思います」
「……え?」
私は首を傾げました。
ユベール様なら、ここは、セリーヌ様の真実の愛を否定してくるところです。
セリーヌ様の真実の愛を肯定するなんてユベール様らしくないです。
「ユベール様、どうなさったんですの? セリーヌ様の真実の愛をお認めになるなんて、悪魔にでも取り憑かれましたか?」
「ひどい言われ様ですね」
「ユベール様なら、セリーヌ様は流行に影響されてルシアン様の人気に魅力を感じただけと言いそうなのだもの。いつものユベール様らしくないわ」
「私もフェリシアと一緒に、セリーヌ嬢の真実の愛を応援したくなったのですよ」
「その真意は?」
「本心です」
「ユベール様の愛は疑っておりませんわ。でもユベール様は一石二鳥で私利私欲もついでに満たそうとするお方。他にも意図がおありよね?」
ユベール様にぐっと顔を近づけて、私は問い詰めました。
「正直にお話になってくださいな」
「……やはりフェリシアにはかなわないですね」
困ったような顔で笑うと、ユベール様はすらすらと白状しました。
「ルシアンの人気と影響力に脅威を感じました。このまま彼の影響力が大きくなると厄介なことになる予感がしたのです」
ユベール様は苦笑しました。
「修道士ルシアンの後ろ盾は教会ですから、以前のように教会の力を借りて邪魔者を潰す手は封じられています。非常に厄介です」
「たしかに……。人気のあるルシアン様を教会が後援したら、強い勢力になりそうですね。ルシアン様はピュアですから、誰かに騙されて利用されることも考えられます」
私がそう考えを述べると、ユベール様は眉間にしわを刻んで頷きました。
「ルシアンと教会は、良くない組み合わせだと気付いたのです」
「水を得た魚のようでしたものね」
「正にそれです。私たちは、ルシアンを修道院に追放することで……」
苦悩の表情でユベール様は言いました。
「怪物を誕生させてしまったかもしれない!」
災厄を予言したユベール様は、生温かい微笑を浮かべました。
「いっそフェリシアが言うように、セリーヌ嬢が真実の愛でルシアンを籠絡してくれればと思いました。結婚するなら彼は還俗しなければならない。ルシアンが還俗してくれたら、こちらは大いにありがたい。ルシアンを教会から切り離せば、ルシアンの力を削ぐことができます。それに……」
ユベール様は少し悪い顔で微笑みました。
「ルシアンが結婚すれば、女性たちの熱も冷めるでしょう」
「ルシアン様とセリーヌ様はきっと結婚しますわ。……セリーヌ様はまだ、私に駆け落ちの相談はしてくださいませんが……。でも真実の愛ですもの。ルシアン様だって、今でもセリーヌ様のことを想っておられるはずです」
「そうであれば好都合です。セリーヌ嬢は本当に天使かもしれない」
「そうなのです! セリーヌ様は救いの天使です。ユベール様、解ってくださったのね」
「はい」
「やはり私たちは気が合いますね」
私はユベール様と意見が一致して嬉しくなりました。
セリーヌ様の真実の愛については、私たちは結婚前からずっと意見が対立していたのですが、ようやく二人の意見が一致しました。
「……ルシアンは王太子だったときも厄介でしたが」
ユベール様は少し遠い目をして言いました。
「修道士となってさらに厄介な存在となりました。彼には本当に、何か、悪魔的なものが憑いているのかもしれません」
「ルシアン様は天才だと思うのです」
「道化師としては天才だと思っていましたが、まさか教会を背景にあんな進化をするとは予想外でした。どこまでも邪魔な男です」
呪詛を吐くようにユベール様は言いました。
「フェリシアを繋ぐ鎖を維持するためにも、私の地位を脅かす存在は排除せねばなりません。セリーヌ嬢にはぜひ頑張っていただき、ルシアンと結婚して、彼を下界に引きずり下ろしてもらいたい」
「きっと大丈夫です。それに鎖などなくても私はずっとユベール様をお支えしますわ。神の前で誓いましたもの」
「私がフェリシアに最高のものをプレゼントしたいのです。私の望みです」
ユベール様ったら。
相変わらず私利私欲ですね。
「ユベール様、ルシアン様の行動は予測が難しく厄介ですが、セリーヌ様をこちらの陣営に引き込み、セリーヌ様の真実の愛でルシアン様の手綱を握っていただいたらどうでしょう。そうすればある程度は管理ができると思うのです」
私が思い付きを言うと、ユベール様は一瞬考えるような顔をして、そして微笑みました。
「さすがはフェリシア。それは良い案かもしれません」
「お茶会でもサロンでも何でもして、まずはセリーヌ様に接近しますわ」
「お願いします。フェリシアが仕事をしやすいように、アメリ嬢に辞令を出して臨時にフェリシアの秘書官としましょうか」
「それではアメリ様にご負担をかけてしまうわ。財務室のお仕事が中断されてしまいますもの」
「では、まず、アメリ嬢の都合を聞いてみましょう。財務室の仕事と折り合いをつけフェリシアの補佐ができるか打診して、無理なら、補佐の適任者を紹介してもらいましょう。アメリ嬢は学院時代には、特に女子生徒たちに一目置かれていたので、多くの伝手を持っています。セリーヌ嬢とブランシュ嬢とも面識がありますから、きっとフェリシアの役に立つでしょう」
「……!」
ユベール様にそう言われて、私は気付きました。
学院の生徒たちの交流状況や親密度を、戦闘力として数値化するとしたら、私は戦闘力ゼロだということに。
学院時代の私にはお友達がいなくて、ユベール様と婚約するまではいつも一人でしたもの……。
一方、アメリ様は、交友関係がとても広くていらっしゃって、セリーヌ様やブランシュ様にも一目置かれる存在だったのです。
学院の生徒たちの交流状況において、アメリ様の戦闘力は非常に高く、一騎当千の猛者と言っても過言ではありません。
「そうですね……。セリーヌ様に接近するにはアメリ様の協力は必要かもしれません……」
私はユベール様と一緒に、天才ルシアン様を無力化するための策を練りました。
ルシアン様の行動は突拍子もなくて予測不可能ではありますが。
修道院へ行かれる以前には、ルシアン様はセリーヌ様のことは婚約者として大切にしていらっしゃいましたので、私はこの作戦はかなりの高確率で成功すると思っております。
「ユベール様、お気付きですか。ルシアン様とセリーヌ様の真実の愛が証明されたときには、私はあの賭けに勝利したことになりますのよ」
すでに勝利を確信している私は言いました。
「ルシアン様とセリーヌ様がご結婚なさったら、ユベール様とアメリ様とマルク様には、カフェで私に奢るという約束を果たしていただきますわ」
「フェリシア、ぜひ勝ってください。そのほうが国も私の地位も安泰です」
「では作戦が成功した暁には、カフェに集合ですわよ」
「本当にカフェに行くのですか?」
「そういう約束ですわ」
「何もカフェに行かなくても……。アメリ嬢とマルク殿を王太子宮に招待して、フェリシアの勝利を祝う昼食会をしたらどうでしょう」
「いいえ、カフェでなければ駄目です。カフェで私の一人勝ちを祝っていただきます。約束は守ってくださいな」
私が頑なに譲らずそう我儘を言うと、ユベール様は少し困ったように笑いながら承諾しました。
「解りました。フェリシアが勝利したら四人でカフェに行きましょう。私がカフェを貸し切ります。マルク殿が仕事を理由に欠席しようとするかもしれませんが、そのときは父に頼んで王命を使ってやります」
「さすがはユベール様ですわ。容赦がないですね。でも権力で部下の私生活まで支配するのは悪い上司ではありませんか?」
「王命で休日を与えてやるだけです」
「あ、なるほど」
「フェリシアの望みは何でも叶えてみせます」
良い笑顔を浮かべたユベール様に、私は念を押しました。
「約束ですよ」
「はい。約束します」
修道士ルシアン様と天使セリーヌ様の真実の愛を実らせるため、あるいは、修道士ルシアン様の影響力を削ぐため。
私とユベール様は知恵を出し合いました。
私とユベール様はこの先もずっと国家の憂いを払うために、こうして足並みを揃えて、支え合い、策略を巡らせ、長い道のりを二人で歩んで行くのでしょう。
そういう地位を手に入れてしまったのですもの。
策略を巡らせる私たちの馬車の窓の外は、夕暮れの藍色に染まり始めています。
薄暮の中で影絵のように沈んだ王都の街並みには、たくさんの明かり灯り始めていました。
この平穏な日常の風景を守ることが為政者となった私たちの責務です。
私とは違う考えを持つ為政者もいるかもしれませんが、私はそう思うのです。
「それがフェリシアの望みなら叶えましょう」
「真意は何ですの?」
「本心です。私の真実の愛ですよ」
「それは存じております。ユベール様は他にも目的がおありですよね」
「平穏な国になればフェリシアと二人でのんびり刺繍をする時間が持てます」
「あ、それは素敵ですね。のんびりしたいわ」
「そうでしょう。君主が暇していられる平穏な国を目指したいです」
「では平穏な国を目指して、一緒に天使セリーヌ様の真実の愛を応援しましょう」
「はい。『真実の愛』作戦を頑張りましょう。どんな手を使っても。力技でも何でも使って真実の愛を実らせましょう」
「力技など必要ありませんわ。だって真実の愛がありますもの!」
いつものようにじゃれ合う私たちを乗せて、馬車は王宮の門をくぐりました。
夜の 帳(とばり) が下りた空には、ぽっかりと月が浮かんでいます。
「ユベール様、月が綺麗ですね」
「そうですね。良い月夜ですね」
――完――