軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53話 天使の憂鬱

翌日、私が学院へ行くとセリーヌ様に声を掛けられました。

「フェリシア様、あの、お尋ねしたいことが……」

「はい、何でしょう」

「ルシアン殿下が学院をお休みなさっているようですが……。フェリシア様は何かご存知ではないでしょうか」

セリーヌ様は私の顔色を伺うようにしてそう問いかけてきました。

ルシアン殿下が昨日、教会で魂の識別を受けたことはまだ公にされていません。

しかしセリーヌ様はルシアン殿下のご婚約者でいらっしゃいます。

ルシアン殿下が教会に呼ばれていたことを、セリーヌ様がルシアン殿下ご本人から内々に伝えられていたとしても不思議ではありません。

また私とユベール様は、当然ながらヴェルニエ公爵派閥です。

ヴェルニエ公爵派閥が教会と足並みを揃えているという社交界の噂をセリーヌ様は知っていて、私が教会側の情報を知っているかもしれないと考えたのでしょう。

当たっていますわ。

「ルシアン殿下は当分、学院にはいらっしゃいません。近々セリーヌ様にもお知らせが届くことと思います」

「どういうことですか?!」

「お父君のラルベル公爵にお尋ねなさいませ。ラルベル公爵に王宮からお知らせが届くはずです」

セリーヌ様とルシアン殿下のご結婚にも関わることですもの。

王家がラルベル公爵家に知らせないはずがありません。

昨日、ルシアン殿下は聖騎士に連れられて修道院へ行き、そのまま修道士となったのです。

修道士に結婚は許されていません。

ルシアン殿下とセリーヌ様との婚約は必然的に解消となりますので、セリーヌ様のお父君ラルベル公爵には、国王陛下から必ず説明があるはずです。

ルシアン殿下の廃太子についても近々正式に発表されるでしょう。

「フェリシア様は何かご存知なのですね。教えていただけませんか」

「いずれ正式な発表があることです。それまでは発言を控えさせていただきます。ただ一つ言えることは……」

私はセリーヌ様のご不安が少しでもやわらぐようにと、言える範囲のことを教えました。

「ルシアン殿下はお元気です。ご健康については心配ありません」

昨日、ヴァレリウス猊下に聖水を浴びせかけられて、ルシアン殿下はずぶ濡れでいらっしゃいましたが。

何とかは風邪をひかないと言いますから、きっと大丈夫でしょう。

「大聖堂で何があったのですか?!」

顔色を悪くしながら、核心を突いて来たセリーヌ様のその問いに、私は言葉を濁しました。

「ご想像におまかせしますわ」

「まさか……修道院に……?」

その、まさかです。

「セリーヌ様、私はずっと待っていたのです。セリーヌ様が私に駆け落ちの相談をしてくださることを……。ですが、大きな障害ができてしまいましたので、当面はルシアン殿下にはお会いすることができなくなりました。お二人が幸せになれるようお助けしたくとも今は無理な状況です」

ルシアン殿下を今、修道院から脱走させるのは少々厳しいです。

正式に悪魔憑きだったと認められたばかりですから、今消えたら捜索されます。

悪魔の器だった者が消えてしまったら、教会としてはそうせざるを得ないからです。

また修道院から脱走するという神に逆らうような真似をしたら、ヴァレリウス猊下の悪魔祓いの成功にもケチがつくことになりますので、今すぐの脱走は政治的によろしくないです。

今度こそ教皇庁に睨まれます。

お二人を逃がしてさしあげるには時間が必要となりました。

「セリーヌ様、もしルシアン殿下と駆け落ちしたいとお考えなら、早まったことをする前に、私に相談してくださいませ」

「フェリシア様は、私とルシアン殿下を遠ざけたいとお考えなのですか?」

探るような目でそう問いかけてきたセリーヌ様に、私は本心を語りました。

「お二人には幸せになっていただきたいのです」

「……ユベール様が王太子となれば、フェリシア様は王太子妃ですものね」

「それは結果論ですわ。逆にお尋ねいたしますが、セリーヌ様はルシアン殿下に政治ができるとお思いですか?」

「……」

「もしルシアン殿下が国王に即位したとして、老獪な貴族たちをまとめ上げることができるとお思いですか? 貴族たちに揚げ足をとられ、失笑され、政策会議から追い出されたルシアン殿下に」

「……」

セリーヌ様は俯いて黙りこくりました。

「セリーヌ様、ルシアン殿下に優秀であることを望んで、ルシアン殿下にご無理をさせていらっしゃるのは王妃様です。ルシアン殿下ご本人は、政治にはまったくご興味がないのです。虎視眈々と己の利益を狙う腹黒い貴族たちが集う政治の中枢は、ルシアン殿下がご自分らしく生きられる場所ではないのです」

王宮は、隙あらば誰かの足を引っ張ろうとする老獪な権力者たちが集う魔窟。

ピュアなルシアン殿下には、そんな汚れた場所は似合わないのです。

「ルシアン殿下がご自分らしく生きられる場所は、陰謀渦巻く魔窟ではなく、自由な大草原ですわ。私はルシアン殿下には、王妃様の呪縛から逃れてご自分らしく生きていただきたいと思っております」

私も王妃教育で、王妃様に呪縛されていました。

だからこそ同じく王妃様に呪縛されているルシアン殿下にも自由になっていただきたいと願うのです。

「ルシアン殿下が自由になったときに、愛し合うセリーヌ様がルシアン殿下の隣にいらしたら、とても素敵だと思うのです」

この時点の私はまだ、このあとには平穏な残務整理があるのみで、あとは時間が解決してくれると信じていました。

しかしこの日、別の場所では、事態はすでに急変していました。

その日、王妃様の魔女裁判が行われる予定だった大聖堂で、事態は大きく動いていたのです。

私が事態の急変を知ったのは、その日の夕方にヴェルニエ公爵邸へ立ち寄ったときでした。