軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話 祭りのない秋

「カブの甘煮に塩昆布を合わせたのは、奥様だけでございました」——エルザの手紙に、そう書いてあった。

この二週間で、食堂の仕事にも慣れてきた。

昨日はルシアンと秋の魚介スープの試作をした。港で揚がったばかりの鱈と、蛤と、セロリ。

私が「白葡萄酒を少し入れたらどうですか」と提案すると、ルシアンは黙って瓶を差し出した。

否定しないのが、この人の肯定の仕方だ。

出来上がったスープをルシアンが一口飲んで、「ちょうどいい」と言った。最上級の褒め言葉だ。

私も一口飲んだ。美味しかった。

二人で作ると、こういう味になるのだ。一人では辿り着かない味。

——そんな穏やかな日に、手紙は届いた。

◇◇◇

手紙が届いたのは、港町に来て二週間目の朝だった。

食堂の裏口に、馬便の届け人が立っていた。封蝋はヴァルフォート家の紋章。見慣れた紋章。でも、もう自分のものではない紋章だ。

中身を読んだのは、仕込みが終わった昼過ぎだった。ルシアンが昼の休憩で厨房を離れた隙に、裏口の階段に座って封を切った。

エルザの字は相変わらず几帳面だった。一文字一文字が端正に並んでいる。

内容は——二つ。

一つ目。収穫祭が崩壊したという報告。

ヴァルフォート領の秋の収穫祭は、領地最大の行事だ。毎年私が祭事料理を統括していた。

領民百五十人分の煮込み、パイ、焼き菓子、保存食の仕込み。三日がかりの仕事だ。

食材の手配は二ヶ月前から始まる。大麦の収穫量を確認してパンの量を決め、今年の林檎の出来を見てタルトの数を調整し、羊肉の塩漬けは一ヶ月前に仕込む。

子供たちには蜂蜜飴を配り、高齢の領民には柔らかく煮た根菜のポタージュを別に用意する。全部で二十二品目。

私の頭の中に、すべての段取りが入っていた。

今年、それをやる人間がいなかった。

トマスが代わりを務めたらしいが、祭事料理の全体設計は私の頭の中にしかなかった。

どの料理をどの順番で出すか、子供向けの甘味をいつ配るか、高齢の領民には柔らかく煮た特別な一品を用意するか。トマスは料理は作れても、「祭りを設計する」能力は持っていなかった。

結果、料理の量が足りず、味も違い、「あの味がない祭りなんて」と領民から不満が上がったという。使用人の中からも離職者が出始めた。

「伯爵夫人の味がない祭りなんて」。

エルザの手紙には、そう記されていた。他人の言葉として。

◇◇◇

二つ目。嘆願。

エルザが明日、港町に来るという。領民からの嘆願書を携えて。「どうか一度だけでもお戻りいただけないか」と。

手紙を折り畳んだ。膝の上に置いた。

嘆願書に、料理長トマスの名前があるだろう。あの人の字は相変わらず下手くそだろう。角ばっていて、インクが滲んでいて、でも一字一字に力が入っている字。

泣きそうになった。泣かなかった。

◇◇◇

翌朝、エルザが来た。

食堂の入口に立っていた彼女を見た瞬間、胸が痛んだ。白髪がまた増えている。二週間で増えたのだろう。目の下に隈がある。

この人は私のために走り回ってくれたのだ。離縁の前も、離縁の後も。

「奥様」

「エルザ。遠かったでしょう。座って」

カウンター席に座ってもらった。スープを出した。ルシアンのスープだ。

エルザは一口飲んで、「美味しゅうございます」と言った。律儀な人だ。

嘆願書を差し出された。

羊皮紙に署名が二十四。一番上にトマスの字があった。予想通り下手くそだった。角ばっていて、「ト」の横棒が長すぎて、インクが少し滲んでいた。

その下にハンナの丸い字。フリッツの几帳面な字。名前を知らない使用人の字もあった。

二十四人。この屋敷で私のことを覚えていてくれた人が、二十四人。

「領民の方々が、伯爵夫人の味を恋しがっております。収穫祭の料理が——」

「エルザ」

遮った。静かに。でも、はっきりと。

「もう私の食卓ではありません」

言葉が、自分の口から出ていった。

三年前に決めたことだ。あの夜、厨房に立ち続けると決めた時に、同時に「いつか立ち去る」とも決めた。

「奥様。領民は奥様を——」

「領民の皆様には感謝しています。でも、私はもうヴァルフォートの人間ではありません」

エルザの目から涙がこぼれた。音もなく。頬を伝って、カウンターの上に落ちた。

私もこぼれそうになった。こぼさなかった。代わりに水を飲んだ。いつもの、感情を押し込める方法。

「エルザ。あなたに謝らなければならないことがあります」

「……何でございましょう」

「蜂蜜の量を、教えなかったこと」

エルザは目を瞬いた。

「あの日、あなたに告げかけて、やめたでしょう。スープの蜂蜜の量。あれは——意地でした」

「教えれば、トマスが再現できたかもしれない。領民の皆様も、もう少し楽だったかもしれない。でも教えたくなかった」

「あのスープだけは、私のものでいたかった。八年間で唯一、私だけのものだった」

声が少し揺れた。自分でわかった。でも崩れなかった。

エルザが泣いた。今度は声を出して。テーブルの上に手を置いて、肩を震わせた。

「奥様は……何も悪く……ございません……」

私は泣かなかった。

代わりに水を飲んだ。グラスの底まで全部飲み干してから、嘆願書を丁寧に折り畳んで、エルザに返した。

「グレン様によろしくとは言いません。ただ——トマスには、冬の根菜は弱火で二時間煮ると伝えてください。それだけ」

最後の引き継ぎだった。蜂蜜以外の、たった一つだけの。

◇◇◇

エルザが帰った後、夜になった。

港の堤防に座って、暗い海を見ていた。波の音が規則正しく繰り返されている。寄せて、返して、寄せて、返して。

足音がした。

ルシアンだった。何も言わずに、私の隣に立った。手に、小さな器を持っていた。

「……冷める」

スープだった。

受け取った。温かかった。今日何杯目のスープだろう。この人は、言葉の代わりにスープを差し出す人だ。

「ルシアンさん」

「……ああ」

「明日、新しいメニューを試してもいいですか。秋の魚介を使った——」

「好きにしろ」

素っ気なかった。でも、背中を向ける時に少しだけ間があった。断るつもりなら、間は要らない。

スープを飲んだ。温かかった。

潮風の中で飲むスープは、厨房で飲むよりも少しだけ塩味が強く感じた。

——大丈夫。ここにいる。明日は、二人で作った新しいスープを出す日だ。