軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十四話 変革の足音

「何か、あったのですか?」

私が尋ねると、セレナも自分でハッとしたように口元を押さえた。

そして暗い顔をして目を伏せる。

寂しそうなその姿に、胸がキュッと苦しくなった。

ヒロインのこんな姿を見たら、手を差し伸べたくなるのでは? とヴィンセントをちらりと見たが、攻略対象者であるはずの騎士様は、木陰でお昼寝中のシロになぜか熱い視線を送っていた。

うん。今日もしっかりポンコツだ。

「……なんだか最近ギルバート殿下に、距離を置かれているような気がして」

ため息まじりのセレナの言葉に、私はパチパチと瞬きした。

「距離を……?」

私はノアをちらりと見た。ノアも私を見て、軽く首を振る。

ノアは特にギルバートたちのことについては知らないようだ。

「何と言うか……気のせいではありませんか?」

「そうだな。愚弟はあれでいて義理堅い奴だ。聖女の後見役を引き受けておいて、途中で投げ出すような男ではないよ」

「ええ、そうですね。きっとご公務でお忙しいだけです」

私とノアがそうフォローしても、セレナは力なく首を横に振る。

「でも、ギルバート殿下は私の身柄を大神殿に移そうとお考えのようで……」

思いもしなかった言葉に、私とノアは再び目を合わせる。

「大神殿に?」

「まさか。……いや、それなら、今度の大神官の王都入りはそれが目的か……?」

そうだ。先ほどケイトたちと大神官の話をしたばかりだ。

本当に大神官の王都訪問が、セレナに関係しているというのだろうか。

「どうして急にそのような話に? セレナ様はそれを承諾したのですか?」

「いいえ。殿下から直接何かを言われたわけではないんです。ただ、文官の方がそんな話をしていて。それについて殿下に聞こうとしても、なかなか王宮でもお会いすることができなくて……」

「セレナ様……」

いまにも泣き出しそうなセレナ。

やはり、セレナはギルバートを選んだのだ。ヒロインに選ばれたというのに、ギルバートは一体何をしているのか。

どんな言葉をかけていいのかわからず、彼女の細い肩に手を置いたとき、回廊の方が騒がしくなった。

そちらに顔を向けると、ギルバートが護衛や側近を連れて回廊を歩いていく姿が見えた。

「あ……」

セレナが思わずといった風に立ち上がる。

ギルバートが一瞬、こちらを見て足を止めた。だが本当に短い時間のことで、すぐにまた歩き出す。

私たちに気づいただろうに、ギルバートはそのまま無言で去っていってしまった。

まるで私たちを、聖女セレナを拒絶しているようにも見えた。

セレナは力が抜けたように、ストンと席に腰を戻した。

「私は、何かギルバート殿下のお気に障ることをしてしまったんでしょうか……」

可愛いヒロインにこんなことを言わせるなんて。

ギルバートに対して怒りが沸き始めた時、再び回廊の方が騒がしくなった。

「殿下! 至急お耳に入れたいことが――」

慌ただしく中庭に現れたユージーンが、真っ先にノアへと駆け寄る。

他の生徒には聞こえないようユージーンは小声でノアに耳打ちした。けれど、ノアの隣にいた私には聞こえてしまった。

その内容に、思わず声を上げそうになり、慌てて自分の口を手で覆う。

自分の耳を疑った。私の聞き間違いでなければ、ユージーンはこう言った。

『国王陛下がお倒れになりました』

突然の報告に、ノアの星空の瞳が見開かれる。

ユージーンがこんな冗談を言うはずがない。

冷静沈着なユージーンもさすがに動揺を隠しきれない様子で、強張った顔でこう続けた。

『医官の見立てでは、恐らく毒ではないかと――』

私がびくりと体を跳ねさせたせいで、傍にあったティーカップが固いタイルの床へと落ちていった。

イグバーン国王が病に伏すのとほぼ同時に、各地の水源が毒に汚染される被害報告が相次いだ。

しかし王宮では国王不在により、王妃と王太子の対立が表面化。国政も立ち行かなくなり、事態は混乱を極めていく。

内乱の兆しに、貴族から徐々に一般市民へと不安が広がり始めるのだった。

朽ちかけた祭壇に立つ少年は、宙に浮く巨大な水球に映る人間たちの姿を憂いの表情で見つめていた。

やがて銀の髪の少女が映り、強い意思を湛える瞳に、少年は「オリヴィア……」と名前を呼んだ。

水球に映る少女が反応を示すことはないが、少年は構わずに続ける。

「悲劇の少女よ。滅びの時は近づいている。君は気づいているか?」

少年――この世界の創造神であるデミウルには、ずっと声が聞こえていた。

滅びを告げる、苦しみを叫ぶ、健気で哀れな者の声が。

誰にも届かない声を、デミウルだけが知っていた。知っていても、彼は見届けることしかできない。

世界とは、神とは、そういう理で出来ている。

その理から外れた唯一の存在。

それがいま水球に映っている悲劇の少女だった。

彼女なら、滅びに向かう世界を救えるかもしれない。彼女なら、この声を拾うことができるかもしれない。

デミウルはオリヴィアに希望と祝福を届ける為に、目を閉じた。

水球から少女の姿が消え、代わりに深い森が映る。

森の下には広く深い水の世界が広がり、静かに、そして悲しげに、泡がいくつも空を目指して浮かんでいくのだった。

第二部・完