軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十三話 ユージーン、お前もか!

セレナの治療を受ける姉の元から離れ、ユージーンが近づいてきた。

ヴィンセントをちらりと見て、それから再び頭を下げる。

「オリヴィア様。ありがとうございました」

簡単に他人に頭を下げなさそうなのに、姉のこととなると、この男はえらく素直になれるらしい。

本当にシスコンの鏡だなと内心苦笑しつつ、私は首を振る。

「私は私の出来ることをしただけです。ユージーン様やヴィンセント卿がそうしているように」

役に立てて良かったと笑えば、ユージーンも珍しく笑った。

こうして笑うと、彼も攻略対象者らしく素敵な男性だなと思える。普段は腹黒鬼畜メガネな上に、聖女どころか姉以外の女性には興味を示さないポンコツ具合だが。

「そういえば、あの戦いの夜、オリヴィア様に頬を叩かれましたね」

「えっ」

唐突に言われ、思わず固まってしまう。

そういえばそんなこともあったような。いや、あった。あったがあれは何と言うか、不可抗力と言うか。確かに叩きはしたけれど、まさかその話をされるとは。

「強烈な一発でした」

「おおお、覚えていらしたんですね! あれはなんというか、咄嗟のことで! 私も夢中で! その……力加減もできず、申し訳ありません」

しばらくネチネチ嫌味を言われるだろうかと覚悟して肩を落とした私に、ユージーンは小さな笑いを漏らした。

おや、と顔を上げる。怒っていないのだろうか。

「頬を叩かれたのは、姉以外ではあなたが初めてです」

「はあ……」

おもむろにユージーンは私の右手をとった。

「この細く小さな手で叩かれたことは、一生忘れないでしょう」

「いや、忘れてくれて全然構わな……!?」

まったく予想していなかったことが起きた。

ヴィンセントに続き、ユージーンまでもが私の指にそっと口づけたのだ。

「……束縛の激しい王太子殿下に愛想を尽かした際は、私のことを考えていただけると嬉しいですね」

眼鏡の奥で目を細めたユージーンは、何というか、凄かった。

初めて見せられた色気のようなものに、クラクラきた。これはとんでもない。頭の中で、ポンコツ攻略対象者のレッテルを勢いよく剥がした。

「き……聞かなかったことにします」

そう返すのがやっとだった私の横で、ヴィンセントがため息をつくのがわかった。

いまここにノアがいなくて良かった。

心からそう思った瞬間、遠くで雷鳴が轟いた気がした。

鳥の囀りが聞こえる、穏やかな昼下がり。

学園の中庭で私はセレナやケイトたち親衛隊員とティータイムを楽しんでいた。

「このスコーン、サクサクとしていて美味しいですわ~」

「こちらのクリームも! 甘さが控えめでさっぱりしていて、いくらでも食べてしまいます~」

「良かった。きな粉のスコーンの、豆乳クリーム添えです。食物繊維やオリゴ糖が豊富でデトックスにぴったりで、美肌効果も高いんですよ」

美肌と聞いて喜ぶケイトたちの愛らしさに癒される。

平和だ。学園で女子たちとおしゃべりをしている時が、一番平和を感じられるのではないだろうか。

「そういえば今度、大神官様が王都にいらっしゃるそうですよ」

ケイトが振った話題に、皆が「まぁ」と食いついた。

「大神官様がですか? 古都の大神殿から、滅多にお出にならないと有名ですのに」

「巡礼に出られるとか。それで王都に立ち寄られると、古都にいる姉から聞きましたの」

「でしたら、神子様や聖女様とお会いするのが目的かもしれませんね。オリヴィア様たちはご存知でした?」

神子と呼ばれることにいまだにしっくりきていない私は、微妙な気持ちになりながら首を振る。

「私は何も。セレナ様は?」

「私も特には」

「ではこれから何かお話があるかもしれませんね」

「うらやましいですわ。今代の大神官様は、とてもお美しい方だそうで」

「それにとてもお若くていらっしゃるとか」

逆行前の人生では、大神官には会ったことも姿を見かけたこともない。

巡礼という話も聞かなかった気がする。

ただ、何か引っかかるものを感じたけれど、すぐに霧散してしまった。

「若くして大神官になられるなんて、素晴らしい資質をお持ちの方なのでしょうね」

盛り上がるケイトたちに合わせてそう言った時、傍で護衛をしていたヴィンセントが頭を下げた。

ノアが護衛を連れて中庭に降り立ったのだ。

「オリヴィア」

「ノア様。いらしていたのですね。事件――公務は落ち着かれたのですか」

ケイトたちの手前、言い直す。

魔族と毒の件は、詳しいことは公にはされていない。王妃の派閥の貴族が関わっており、被害に至っては派閥関係なく想定していた以上に広がっていたためだ。魔族と契約した人間も見つかっておらず、調査はまだ継続されているらしい。

「ああ。ようやくまたここに通えるくらいにはね。寂しい思いをさせてすまなかったね、オリヴィア」

私を抱きしめ、頬にキスをしたノア様に、ケイトたちが小さく、けれど興奮を抑えきれない様子で騒ぎ出す。

「キャー、素敵!」

「本当になんて似合いのおふたりなのかしら~」

まるで見せつけているような状況に恥ずかしくなり、私は軽くノアを押し返す。

「わ、私は寂しいなどと言っておりませんが!」

「じゃあ寂しくはなかった? 僕は毎日枕を濡らして、君を想っていたのに……」

あからさまにシュンとして見せるノア様に、ケイトたちが黄色い悲鳴を上げる。

「ノ、ノア様! ここでそのようなお話は――」

「王太子殿下を夢中にさせてしまうオリヴィア様、さすがですわ~!」

「お似合いすぎますわ~!」

ケイトたちはそう言うが、私は気づいていた。彼がわざとこんな風に振舞っていることに。

こうすれば空気を読んで、親衛隊が立ち去ろうとするとノアはわかっているのだ。

実際にケイトたちが「私たち、お邪魔ですわね」と笑顔で囁き合い、席を立とうとしている。

業火坦は【あざとい】を覚えた! というウィンドウが表示されて見える気がした。

「仲睦まじいおふたりを見ると、ほっとします」

セレナがぽつりとそんなことを言ったので、私は慌てて首を振った。

ノアが不満げな顔をしたが、見なかったことにする。

「そ、そんなこと。セレナ様だって、ギルバート様と……」

「私とギルバート殿下は、そんな畏れ多い関係ではありませんから」

セレナがあまりに断定的な口調だったので、少し驚いてしまう。