軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十七話 忍び寄る毒

ユージーンの先導でたどり着いたのは、院内の奥。

まるで隔離されたような場所にある部屋の前だった。

「ここ、ですか?」

「ああ。静かだろう。人目につかないよう、他の患者とは別にしてるんだ」

ということは、この部屋の中にも患者がいるということだ。しかも、特別な。

わずかに緊張しながら中に入ると、薄暗い部屋にはベッドがひとつだけあり、若い男性が横たわっていた。

ベッドやカーテン、壁に飾られた絵画など、調度品の質が他の病室とは違う。貴族だろうことはすぐにわかった。

二十代ほどの男性は意識がない様子だが、額に脂汗を浮かばせながら苦しそうに呻いている。

「この方、見覚えが……」

「彼はエドガー・ヘイウッド。王族派のヘイウッド伯爵のご子息です」

「そして僕の近衛騎士のひとりだ」

ノアの騎士だから見覚えがあったのか。

王室の近衛騎士は数が多い。外では見たことがない気がするので、恐らく王宮内での護衛を担当しているのだろう。

「この方にも、例の症状が……?」

ノアは頷き、エドガーの掛布をめくって見せた。

露わになった彼の体を見て、私は息を呑んだ。

「そんな、右腕に……!」

エドガーは右手から肘にかけて、赤黒く変色してしまっていた。触らずとも、岩肌のようになった右腕の硬さが想像できる。

近衛騎士が右腕を失えば、それは同時に騎士の資格を失うということになる。

だから表の患者と違い、患部を切り落とすことができずにいるのだろう。

命か誇りか。どちらがより大切であるかは、その人の価値観次第だ。誇りを何よりも重んずる貴族は大勢いる。

「切らずにいるのは、ご本人の意思ですか……?」

「ああ。エドガー本人の強い意思だ。僕としても、信頼できる数少ない騎士のひとりであるエドガーを失いたくない。母が存命の頃から僕を支持してくれているヘイウッド伯爵のことも、悲しませたくないからね……」

ノアにとってもエドガーと伯爵は大切な存在らしい。

だがこのままにしていては、騎士生命どころか本人の命自体が危険だ。そして私がここに呼ばれたということは、つまり——。

「これは、毒なのですか?」

私の視線を受けとめ、ノアは頷いた。

「僕とユージーンはそう見ている。患者の数から最初伝染病を疑ったが、治癒院の医師が見たところ感染する類のものではないとわかったんだ」

「国中で起きているにしては、広がりや発生の仕方が散発的です。以上のことから伝染病ではなく、新たな病か、もしくは毒による症状ではないかと」

なるほど。やはり毒の疑いがあったから私が呼ばれたのか。

私の毒スキルについては隠しているわけではないが、完全に公にしているわけでもない。

対外的には、王太子を毒から救ったのは神子の力、ということになっている。まあ、毒スキルは創造神がくれた力なので間違ってはいない。毒スキル、と説明していないだけで。

ユージーンも私が神子の力で解毒ができると認識しているのだろう。

ノアには毒スキルのことは説明済みだが、彼にさえ全てを打ち明けているわけではない。私のオリヴィアとしての人生が二度目であることや、前回は毒殺されたこと、デミウルの気まぐれでもう時間を巻き戻されたこと等は、ノアも知らない秘密だ。

一度目の人生では、ノアは私と出会う前に毒殺されていた、などと知ったらどう思うだろう。もちろんこれは話すつもりはないことだ。ギルバートと婚約していたことが知られたら、業火担がどんな反応をするか……想像するだけで震えが走る。

でもいつか、前世のことも含め笑って話せるときが来ればいいな、とも思う。

「オリヴィア……エドガーを診てやってくれるかい?」

「私で役に立てるかわかりませんが……やってみます」

迷うことなく患者たちを救いに行った、セレナの背中が頭に浮かんだ。

私は聖女ではないし、神子という肩書も信じられずにいる悪役令嬢だ。けれど悪役令嬢ではいたくない。ノアとハッピーエンドを迎える為にも、一度目の私とは違う自分になりたい。

こんな私にも出来ることがあるのなら、人の役に立てるのなら、やるしかないだろう。

うなされているエドガーの、痛々しい右腕に手を伸ばす。

硬くなった皮膚に触れた瞬間、頭の中に電子音が鳴り響いた。

————————————————

【エドガー・ヘイウッド】

性別:男 年齢:25

状態:急性中毒(???:毒Lv.???) 職業:イグバーン王国王室近衛騎士

————————————————

(は……はあぁぁぁっ⁉ ちょっと何よ! 【???】って!)

エドガーはノアたちの予想通り毒にやられていた。だが、肝心の毒についてはバグでも起きたかのように情報が見えない。

これは初めてのパターンだ。私のスキルレベルが足りないからだろうか。それとも他に理由があるのか。不親切仕様な創造神システムは、毎度のことながら説明が足りない。

「騎士様は、間違いなく毒に侵されています」

「やはりそうか……」

「神子様には、こんなに簡単に毒症状だと判別できるのですか」

ユージーンが、感心しているのか怪しんでいるのかわからないような声音で呟いた。

どうしてわかるのだ、などと聞かれでもしたら厄介だなと考えてしまう。ステータス画面を他人に見せられれば一発なのだが……上手く説明できる気がしない。

いや、今はそれよりも毒の名前やレベルについてだ。

「シロ、出てきて」

うんざりしながらデミウルの遣いであるポメラニアン神獣を呼ぶと、シロは『はいは~い』と緩い返事をしながら宙に現れた。

「このステータス表示、どうなってるの? 毒の表示が伏せられてるんだけど」

小声で問いかけたが、シロはそれどころではない様子で部屋を見回していた。なぜか鼻の上にシワを寄せて、嫌~な顔をしている。

「ちょっと、シロ? 聞いてる?」

『オリヴィア~。何でこんな所に呼びだすのさぁ。この部屋、嫌な匂いがするよぅ』

「嫌な匂い? 治癒院だもの。薬の匂いがするのは当然じゃない」

『そうじゃなくてさぁ……』

シロはエドガーを見てベッドから距離をとると、次に入り口に控えていたヴィンセントを見て逆側の壁へと逃げるように移動した。

なんて感じの悪い神獣だ。無表情だが、さすがにヴィンセントも傷つくだろう。

「匂いはどうでもいいから。それより、ステータス表示がおかしいのよ」

『全然どうでもよくないよ~』

「いいから聞いて。毒の表示の部分、伏せられていて見えないの。毒の名前も、レベルもよ。一体どうなってるの?」

『どうなってるも何も、そのままだよぅ。正体不明の毒ってことでしょ』

「何よそれ。創造神にもわからないってこと?」

『どうかなぁ。それは本人に会ったとき聞いてみたら?』

簡単に言ってくれるが、会いたいときに会えるなら、今日まで苦労していない。

ほいほい簡単に会えるような相手なら、すでに百発は殴っているところだ。

『ちなみに、毒の正体がわからないと、無効化や吸収は使えないと思うよ~』

「は⁉ 何よそれ、聞いてない!」

『だから今言ったじゃぁん。この部屋臭うから、僕もう帰るね~』

「あ、こら! 待ちなさいシロ!」

私が引き留めるのにも構わず、シロはくるりと宙を舞い、光の粒子をまき散らしながら消えてしまった。完全な言い逃げである。

(本当に……何て穴だらけのスキルなのよー!!)

ここが病室でなければ確実に叫んでいただろう。

創造神出てこいや、と。