軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 ブラザーコンプレックス王子

私の記憶にある姿よりも、少し幼いギルバートが目の前にいる。

幼いとは言っても、ギルバートはギルバートだ。私を蔑むばかりだった元婚約者。二度と顔も見たくないと思っていた相手。

ここはひとつ形だけでも礼儀として頭を下げ、さっさと離れよう。そう思いながらちらりとギルバートの表情を確認したのが間違いだった。

「……どうせお前もあいつらみたいに、俺をバカにしているんだろう」

拗ねたように言ったギルバートの瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちるのを見てしまった。

(あ~~~。やっぱりさっきのメイドたちの話、聞こえちゃってたかぁ)

ギルバートは悔しそうな顔で、ぐいと目元を拭う。何度も何度も苛立たしげに拭うものだから、目元がこすれて真っ赤になっていく。

その姿は私の知っているギルバートとはかけ離れていて、目の前にいる彼には恐怖や嫌悪はまったく湧かず、ただ不憫だなと思うだけだ。

なるべくギルバートには関わりたくない。だが泣いている子どもをそのまま放置するのも気が引ける。私もいまは子どもだけれど、前世アラサーの記憶持ちなのだ。でもやはり自分の身の安全のためには接触は避けるのが吉で……。

うだうだと悩んでいた私だが、結局ギルバートのグスッと鼻を鳴らす音に耐え切れなくなり、ため息をついた。

「ギルバート王子殿下。どうぞお使いください」

エプロンから取り出したハンカチを差し出して言った。

ギルバートが赤くなった目で見上げてくる。睨むような目なのは、泣いている姿を見られた恥ずかしさからだろうか。

「そんなに擦ると、赤くなってしまいます。使ってください。誰にも言いませんから」

メイドのくせに同情するのか、などと言われるかと思ったが、ギルバートは無言だ。少し戸惑った様子で私とハンカチを交互に見たあと、おそるおそる受け取って目元を拭う。

予想外に素直で私も戸惑ってしまった。

一度目の人生では「勘ちがいをするな」とか「婚約者だからと図に乗っているだろう」など冷たい言葉しかかけられたことがなかったので、目の前のギルバートが別人のように思えてくる。

王子である彼が地面に座りこんでいるのに、私が立って見下ろしているのは不敬になるかと、少し距離を置いて私も芝生に腰を下ろした。

「……さっきあのメイドたちを追い払ったのはお前か。王太子宮にいるということは、兄上のメイドか?」

しばらく無言の時間が続いたが、涙が収まったのかギルバートから口を開いた。

「おっしゃる通り、私は王太子宮で働くメイドです」

決して悪役令嬢オリヴィアなどではございません、という意味をこめ答える。いまの私は地味で何の変哲もないただのメイドだ。

「恵まれているな。素晴らしい兄上のもとで働けて。優秀で、人格者な兄上に仕える毎日は、さぞ幸せだろう」

(う~ん。卑屈だわ)

もしかして、ノアが毒殺されず生き続けた場合、ギルバートはこんな風に卑屈なまま成長するのだろうか。

(攻略対象者筆頭が卑屈って、どんな乙女ゲームだよ)

前世でゲームをプレイしていたとき、ギルバートは頼れる俺様王子として人気のキャラだった。私は俺様キャラはまったく好みではなかったけれど、卑屈よりは俺様のほうがマシだと思う。

「なぜ俺は兄上のように優秀ではないのだろう。やっぱり、王の瞳を持っていないからか……」

赤くなった目元に触れ、ギルバートが呟く。

どうやらギルバートが卑屈なのは、ノアの存在だけが理由ではないらしい。

王の瞳というのは、ノアの持つあの星空を閉じこめたような青い瞳のことだ。歴代の王は皆、王の瞳を有している。継承権争いでの暗殺や病気など、様々な理由で王の瞳ではない王族が王位に即く場合もあったそうだが、そのときは国が荒れ、王も早逝したといわれている。

言わばあの星空のような青い瞳は、正当な王の証明のようなものなのだ。

そしてギルバートの瞳は青ではない。王妃と同じ美しい緑眼だ。

(あー、思い出した。王の瞳を持っていないギルバートの心の傷を、主人公の聖女が癒し慰めるシーンがあったっけ)

瞳の色がコンプレックス、ということなのだろう。

聖女はどんな風に慰めるのだっただろう。確か、あなたの瞳の色が好きよ、的なことを言うのではなかったか。

まあ私は心優しい聖女ではないので、そんな風に甘い慰めをするつもりはない。

コンプレックスというものは、周りが何を言ったところでどうにかなるものではなく、結局自分で乗り越えたり、折り合いをつけていくしかないのだ。

メイクやデトックスは、そういう方法のひとつでもある。前世、私が接客した女性たちにもコンプレックスを持った方は多かった。目が小さい、鼻が大きい、目立つシミがある。そういったコンプレックスと向き合い、なんとかしたいと願うお客さまが、私の伝えるメイクで笑顔になる瞬間は本当に幸せだった。

「王の瞳については、メイドの私にはわかりかねますが……」

ぼんやり王太子宮の庭に目をやりながら口を開く。

「王太子殿下は、とても努力をされている方です」

「え……?」

「国王陛下の政務の補佐をしながら、寝る間も惜しんで勉学や鍛錬に励まれていらっしゃるようです」

「そんなの俺だって——!」

「はい。ギルバート王子殿下も努力をされているのでしょう」

庭から隣りへ視線を移す。

ギルバートは怒っているのか戸惑っているのか、はっきりしない顔で私を見ていた。

「つまり、優秀な方は皆さま、努力されているということです」

同じなのだ。優秀な人間も、最初から優秀だったわけではない。努力した結果なのだ。努力した人すべてが報われるわけではないことは、前世アラサーな私は知っている。だが、努力しなければ輝かしい場所に立つ資格さえ得られないのもまた真理だった。

ギルバートは己を卑下しているが、やはり頭がいいのだろう。私の言葉の意味を理解したようで、表情を引き締めた。

「じゃあ……俺は兄上の倍努力しなければいけないな」

「努力も結構ですが、休息も必要ですよ。健康がいちばん大切ですから」

ギルバートが立ち上がったので、私もそれに倣う。

「王太子殿下に会っていかれますか?」

「何を言ってる。戻って授業を受けるに決まってるだろ」

ツンとした態度だったが、どこか恥ずかしそうでもあった。

緑の目に輝きを取り戻したギルバートは、もう大丈夫だろう。私は「良ければおやつにどうぞ」と、クッキーの包みをギルバートに手渡した。シロ用のデトックスクッキーなのだが、また作ればいい。

「王太子殿下は優秀な方ですが、苦手なこともあるでしょう。人には長所と短所、得手不得手がございますから」

悪役令嬢の強火担、というのは明らかな欠点だろうし、と内心思いながら言う。

「ギルバート王子殿下にも、あなただけの魅力があるはずですよ」

(たぶんね。私にはわからないけど)

何せゲームの攻略対象キャラの中では一番人気だったのだ。魅力がないはずがない。しつこいようだが、私にはわからないだけで。

「ふん。……お前がそんなに言うなら、いずれ俺のメイドにしてやってもいい」

「……は?」

「邪魔したな」

とんちんかんなことを言うと、なにやらすっきりした顔をしてギルバートは王太子宮を去っていった。

その背中を見送る私の胸に湧いてくる、このモヤモヤをどうしてくれる。

「やっぱりあの男、嫌いだわー」

ハンカチなんて貸さなければ良かった。そういえばそのまま持っていかれてしまった。あれは支給品なのに。

一気に疲労が溜まってしまった私は、シロをモフモフして癒してもらおうと、今度こそ王太子宮に戻るのだった。