軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

本編その後番外編【海と少年とハネムーン】⓾

「王太子夫妻のご入場です!」

扉が開かれると、シャンデリアが煌々と輝き、色とりどりのドレスを着た貴婦人たちや、それをエスコートする貴族男性で溢れる大広間が目の前に現れた。

その眩しさに目を細めながら、ノアにエスコートされ一歩踏み出した。

王太子妃らしい微笑を浮かべながら進んでいくと、拍手と歓声の合間にあちこちから招待客たちの囁き声が漏れ聞こえてくる。

「なんて美しいおふたり……」

「まだお若いが、未来の国王たる堂々とした姿だな」

「王太子妃殿下は神子様でもあらせられるのでしょう? 神秘的な御髪ですこと」

よしよし、概ね好印象のようだ。

地方での初めての社交の場なので少し緊張していたけれど、笑顔の下でほっとした。

招待客たちが話しかけたそうにウズウズしているのが伝わってくる中、歩み出てきたのは主催者であるブラウン伯爵夫妻だ。

「王太子殿下、妃殿下」

「ブラウン伯爵。私たちの為にこのような盛大な宴を感謝する」

「もったいないお言葉。両殿下にご出席いただき、光栄の至りでございます」

慇懃に礼をとる伯爵の顔を見て、私はあることが気になった。

ノアも気づいたようで「どうかしたか伯爵」と問いかける。

「目が赤いようだが」

「これは……見苦しいものをお見せしてしまいました」

ハッとしたようにブラウン伯爵が目元を手で隠し俯く。

「何かあったのか?」

「いえ、大したことではございません。ただ、久しぶりに上の息子と会話ができまして。つい気持ちが高ぶってしまい……」

そう言ってわずかに顔を上げたブラウン伯爵は、照れ笑いのようなものを浮かべている。

私とノアは顔を見合わせ、お互い安心して笑った。

「いやあ、お恥ずかしい……。年を取ると涙もろくていけませんね」

涙ぐむブラウン伯爵の隣で、夫人も目元を赤くして頷いている。

血の繋がりだけが家族ではないのだなと、幸せそうな表情の夫妻を見て感じた。

「良かったですね、伯爵」

「ありがとうございます、王太子妃殿下」

心から出た私の言葉に、ブラウン伯爵夫妻が丁寧な礼をとる。

本当に良かった、と私はひとり満足した気持ちで笑った。

「では、子息はこのパーティーに参加しているのか?」

「はい。あの奥の椅子にいるのがそうでございます。連れてまいりますので、少々お待ちを」

「いや。我々も一緒に行こう。構わないだろう? オリヴィア」

「はい。もちろん」

ブラウン夫妻について行くと、窓際のベンチで小さな子どもとたわむれる少年がいた。

幼子はブラウン伯爵の次男で、嬉しそうに少年に向かって騎士の人形を見せている。それに少しぎこちない笑顔で返しているのは――。

海辺で出会った少年、アーサーだった。

年の離れた兄弟の微笑ましい姿に、私はひとり胸を撫でおろす。

ブラウン伯爵夫妻の様子から、彼らの関係が良い方向に行っただろうことは想像できたけれど、本当に和解できたようで良かった。

「アーサー。両殿下にご挨拶を」

「げっ」

伯爵に声をかけられ、アーサーの顔が一瞬で強張る。

「げっ、とは何だ馬鹿者っ」

背後にいる私たちを気遣ってか、わずかに焦った声になる伯爵。

アーサーは弟を腕に抱き立ち上がると、勘弁してくれとばかりに後ずさりする。

「だって殿下に挨拶とか無理む、り……」

そこで父親の後ろにその両殿下がいると気づいたらしいアーサー。

こちらを見てギクリと固まった後、私と目が合いハッとした顔になる。

まあ、そうなるよね。

こちらの正体は明かさなかったし、ケイトも本人が海辺で降りることを希望したので、伯爵邸までは送らなかったと言っていた。

私たちが王太子妃殿下ご一行だとは、きっと想像もしなかっただろう。

「君がブラウン伯爵の後継者か」

「は……」

ノアに声をかけられても、アーサーは動揺し過ぎでまともな返事も出来ず、礼をとることもできず、ただただ固まっている。

というか、ポカンとした顔で私を見ている。

「こら、アーサー! しっかり挨拶せんか!」

「あ、う……」

その動揺ぶりにあまりにも可哀そうになり、私はなるべく柔らかな表情と声でアーサーに話しかけることにした。

「先ほどはありがとう、アーサー」

「……!」

途端にアーサーの顔が真っ赤になる。大丈夫だろうか。

私が王太子妃だったとわかり、先ほどの自分の言動を思い出して焦っているのだろう。顔が赤くなった次は、心配になるくらい青くなっている。

「先ほどは……? どういうことかな、オリヴィア」

私とアーサーの様子に、すかさず業火担が怖い笑顔で割り込んできた。

おっといけない。こちらにも誤解がないようにしっかり説明しておかないと。

そうしないと、伯爵領が雷の雨で壊滅してしまう。

「偶然海で会い、街を案内してもらったのです。ノア様へのお土産も、彼が紹介してくれた店で見つけたんですよ。自領を愛する、とても良い伯爵の後継者です」

「そうか……その辺りのことは、あとでじっくり話を聞かせてもらおうかな」

ひぃ、目が笑ってない!

やましいことは何もないけれど、これは宥めるのに苦労しそうだ。最良の言い訳を考えておかなければ。

私も内心青くなっていると、アーサーが恐る恐るといった風に声をかけてきた。

「名前、ヴィヴィアンじゃ……」

偽名のまま別れてしまったことを、少し申し訳なく思い眉を下げる。

「ごめんなさい。本当の名前はオリヴィアなの」

「オリヴィア、様」

「オリヴィア・ベル・アーヴァイン。アーヴァイン侯爵の娘で、今はイグバーン王太子殿下の妃。少し羽を伸ばしたかっただけで、あなたを騙すつもりはなかったのよ。許してくれる?」

アーサーはグッと言葉を詰まらせたような表情のあと、黙ってうなずいてくれた。

「な、何か息子が粗相をしたのでは……」

「いいえ、伯爵。ご子息にはとても良くしていただきました。彼のおかげで私、この街がとても好きになりましたもの」

アーサーに向かって「ね?」と笑いかけると、彼は嬉しそうに頬を赤らめ頷く。

素直で可愛らしい反応に、私は思わずフフッと忍び笑いをした。

「ヴィア……」

「ノア様、怒らないでくださいね。私が無理を言ってお願いしたんですから」

ため息をついたあと、ノアは私の耳元でいつになく低い声で囁いた。

「秘密は女性の魅力だが……すべて話してもらうよ。寝台で、たっぷりと時間をかけて、ね」

「お、お手柔らかにぃ……」

今夜で私の命は終わるかもしれない。

愛は毒より恐ろしい。

わりと本気でそう思うのだった。