軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

住む場所を周旋してくれるという世話役のおばちゃんが一軒の家に俺とロクサーヌを案内した。

モルタル塗り二階建ての白い家だ。

この辺りやベイルの町でもよく見かける、普通の家という感じだろう。

それでも結構大きいように感じるのは、日本人の悲しい性か。

この世界が現代日本よりも進んでいるところがもう一つあった。

町から少し出ただけで森が広がっているし、土地はあるのだろう。

一つはイヌミミ様ですが何か。

「木窓の修復は行っているので、家具を運び込めばすぐにも住める状態です」

おばちゃんが鍵を開ける。

家の中はコンクリートむき出しの無機質な部屋が広がっていた。

やはり大きい。

日本的感覚では、もう邸宅といっていい。

「ほう」

「前の住人がいろいろと手直しをしてしまっているので、中はどんな改装をしてもかまいません。特に手を加えてしまったのは、水洗トイレですね」

おばちゃんが部屋の中をずんずんと進んで、奥の部屋のドアを開ける。

向こうの小部屋がトイレになっていた。

「水洗トイレ?」

「上の容器に水を入れると、外のドブヘ流れるようになっています。ドブには近くの川から取水していますが、こちらが上流側なので十分きれいです」

トイレは排水口に直接つながっているだけの便座だ。

上のタンクに水を入れると、その勢いで流れるようになっているのだろう。

水洗というのもおこがましいが、甕に糞尿をためて捨てに行くよりはよっぽどいい。

「ふむ」

「ここに作っても不便なんですけどね。前の住人の趣味です。二階にも作ろうとしたので、それはやめさせました」

「二階にもトイレが?」

「やめさせたので、二階には排水口だけがつながっています」

トイレの隣の部屋は、シンクや台があるところを見ると、キッチンだろう。

ロクサーヌがおばちゃんに質問している。

「ではちょっと二階を見てくる」

世話役のおばちゃんがロクサーヌに捕まっているのをこれ幸いと、二階に上がった。

ワープの実験をしなければならない。

階段を上がると、ロクサーヌがどこにいるか分かるようになった。

これがパーティーの効果か。

用心のためロクサーヌをパーティーからはずし、隣の部屋を思い浮かべて、部屋の壁に向かってワープと念じる。

移動はパーティー単位なので、ロクサーヌがいないときにどう動作するか分からない。

目の前に黒い壁ができた。

通ってみる。

見事に隣の部屋に抜けた。

成功だ。

フィールドウォークは駄目らしいがワープならできる。

迷宮内にも移動できるし、ワープは使い勝手がいい。

ただし、厄介なことが一つ増えた。

ワープでどこにでも移動するのは避けた方がいい。

移動した先がフィールドウォークやダンジョンウォークでは移動できない場所だったりしたら大変だ。

フィールドウォークやダンジョンウォークが通じる場所であることを確認してから、移動すべきだろう。

冒険者ギルドの内壁や迷宮内の小部屋以外にはあまり移動していないので、今までとたいして変わりはない。

ロクサーヌを得る資金を稼いだとき盗賊たちがのん気に眠りこけていたあの岩穴にも、ひょっとしたら遮蔽セメントが使われていたのかもしれない。

深夜早朝とはいえ、追われている盗賊が見張りも立てずに全員寝ていたのは無用心すぎる。

フィールドウォークが使えない場所だったので、誰も来ないと安心していたのではないだろうか。

不自然に思われないように二階も多少見て回ってから、一階に下りた。

「いかがでしょうか。この家の欠点は他に、井戸が遠いので少し離れたところまで水を汲みに行かなければいけないことです。ですが問題ないでしょう」

下に来た俺をおばちゃんが迎える。

最後にちらりとロクサーヌの方を見ながら。

井戸が離れた場所にあっても奴隷に汲みに行かせるなら問題ないということだろう。

「私なら大丈夫です。よい物件だと思います」

ロクサーヌがどこまで本気なのかは分からない。

水は魔法で作り出せることを分かっているのだろうか。

「そうだな」

ワープとウォーターウォールが使えるので、俺にはこの家の欠点が欠点にはならない。

よい物件だといえるだろう。

問題は、最初の一軒めで決めてしまっていいかということだ。

ただ、いろいろ調べれば時間がかかる。

宿屋に住むよりは安いのだから、とりあえずここに決めて、駄目なら後で他の場所に移ってもいい。

ロクサーヌもよい物件だと言っているから、悪い家ではないだろう。

「この家なら一年契約で四万五千ナール。契約は、今日はもう引越しもできないでしょうから、明日からなら来年の春の十三日までになります」

つまり、今日は春の十三日か。

相場というものがあるから、値段的にも悪いものではないはずだ。

世話役の人も悪人ではないだろう。

ロクサーヌを奴隷と見定めた眼力。明日からの契約にしてくれる優しさ。

世話役にはそれなりの人物が選ばれるだろうし、一区から六区まで複数人の世話役がいるなら競争もある。

客をだますようなあくどい世話役ではやっていけないだろう。

一度ロクサーヌを見ると、ロクサーヌが大きくうなずいた。

「分かった。この家を契約しよう」

その後、歩いて騎士団の詰め所に連れて行かれ、俺のインテリジェンスカードをチェックされた。

世話役といってもジョブが商人ではインテリジェンスカードのスキルは使えないらしい。

「契約書類を作りますが、字が書けますか」

金物屋に帰ってくると、おばちゃんが訊いてくる。

字の書けない人はやはり多いようだ。

「代筆でかまわないか」

「もちろんです」

「では、ロクサーヌ、頼む」

「かしこまりました」

おばちゃんとロクサーヌが書類を準備している間、店を見回した。

中華鍋が置いてある。

「これは?」

「それはプロの料理人が使う鍋です。強い火力で調理するときに使います」

「ふむ」

完全に中華鍋というわけでもないのだろうが、似ている。

目的は同じだから、同じような形にはなるのかもしれない。

懐かしい感じがして、俺はしばらく中華鍋に見入った。

「この辺りではうちでしか扱っていないものです。あまり見かけないかもしれません」

「では家賃とあわせてこれももらおう。全部でいくらだ」

「うち特製の鍋を気に入っていただけたようでこっちも嬉しくなります。ですから特別にサービスして、全部で三万一千八百五十ナールでいいでしょう」

よっしゃ。

ダメモトでやってみたが、やはり商人相手だと三割引が効くようだ。

金貨三枚に加えて、銀貨と銅貨を出して支払う。

おばちゃんがさっきの家の鍵を渡してきた。

家具もベッドもないので、今日はベイル亭に帰ることにする。

クーラタルの冒険者ギルドから、いったん借りた家に飛んだ。

契約は明日からだが、かまわないだろう。

「この家には遮蔽セメントが使われているという話ではありませんでしたか」

中華鍋を適当にその辺に転がすと、ロクサーヌが声をかけてきた。

おまえは何を言っているんだ。

「いや。ちゃんと使えるかどうか試したから。フィールドウォークは使えなくても、俺のワープなら大丈夫らしい」

ワープが使えなかったら契約するはずがない。

「え? ……それって、すごいことでは」

「どうだろうな」

現代日本なら、密室殺人でも完全犯罪でもやりたい放題だが。

この世界に銀行の貸し金庫のようなものがあるかどうか、調べてみてもいいかもしれない。

やらないけどね。

というか、遮蔽セメントでワープが使えない場合、ロクサーヌはこの家から毎回迷宮なり冒険者ギルドなりまで歩くつもりだったのだろうか。

まあそんなものか。

あるいは、玄関脇に塀でも作ればいいのか。

家の外になるから、それもめんどくさいが。

俺がだらけすぎなのか。

移動魔法の味を一度知ってしまうと、歩いて移動するのは面倒だ。

家を借りたのだって、ベイル亭では冒険者ギルドまでいちいち歩かなければならない、という理由が大きい。

自分の家なら誰にはばかることなくワープできる。非常に楽だ。

家からベイルの冒険者ギルドにワープした。

ベイルの町は夕方。

クーラタルの方が若干西にある感じだろうか。

一泊分の料金を払って部屋に入る。

ベッドに腰かけると、すぐにロクサーヌが横に座ってきた。

そうするようにと命令したからか。

ロクサーヌが隣に来て嬉しいが、なんか申し訳ない感じだ。

それに押し倒すのも駄目なのだ。

最初からやり直したい気分である。

しょうがないので、しばらく我慢する。

装備品を手入れし、食事を終えて再び部屋に上がってくるまで。

「じゃあ、身体拭くので、脱いで」

「いけません。ご主人様をお拭きするのが先です」

しかしここまで我慢したのに断られましたですよ。

議論する暇も惜しいので、全部脱いで背中を拭いてもらう。

その後でたっぷり拭いた。

拭きたおした。

思うがまま拭き尽くした。

背中から前に手を回して、気高くも美しい霊峰を拭き清める。

丹念に。丁寧に。繊細に。

一平方ミクロンの拭き残しもないように。

一ピコグラムの垢も残さないように。

何回も。何度も。何度でも。

心ゆくまで。心飽くまで。

満足である。

まあ直後にはもっと満足したわけだが。

翌朝、暗いうちはベイルの迷宮に入り、朝食の後、引っ越した。

宿屋の部屋と家をワープでつなぎ、メイド服の入ったケースと荷物を詰めたロクサーヌのリュックサックを家に置いてくる。

体を半分出し、一度のワープで荷物だけを移動させる作戦だ。

ケースも手荷物扱いでよかったらしく、無事成功した。

ベイル亭を引き払い、居を移す。

クーラタルの町で、ベッド、机とイス、戸棚、クローゼットといった最低限の家具と、調理器具、掃除用具、日用品などで必要なものを買いそろえた。

家具は店の人が荷車で家まで運んでくれるらしい。

家具はすべて中古品だが、ベッドのマットレスは新品に換えてくれるらしいので、かまわないだろう。

中心街の端にある冒険者ギルドと新居を何度もワープで往復する。

それだけで一日仕事だ。

ちなみに、絨毯は高級品で、クーラタルでは売っていなかった。

行商人から手に入れるか、帝都に行かなければないそうだ。

「それでは水を汲みにいってきますね」

水がめを買って家に帰ってくると、それを持ってロクサーヌが告げる。

やっぱり分かっていなかったのか。

「水は魔法で作れるから問題ない」

「よろしいのですか。魔法を使うのはかなり大変だと聞きますが」

「ロクサーヌが手伝ってくれれば大丈夫だ」

「えっと。何をすればよろしいのでしょう」

デュランダルを出して、迷宮に飛んだ。

玄関も開けずに仕事場直行とか。まじ便利。

「じゃあ、魔物を探して」

朝からワープを繰り返したため、ちょっと気が重い。

MPの使いすぎだろう。

「はい。それでは、装備品を貸してもらえますか」

「一匹か二匹狩るだけだから」

「いけません。迷宮では何が起こるか分かりません。準備は怠りなくやるべきです」

ロクサーヌに促され、皮の帽子と皮のグローブを着ける。

めんどくさい。

ロクサーヌがすぐに見つけたミノ二匹の団体をデュランダルで屠り、MPを回復した。

ロクサーヌ、まじ便利。

帰ってきてから、排水口のある二階の部屋に水がめを四つ並べ、その上にウォーターウォールを作る。

一回の魔法で、満杯とはいかなくても半分以上は水が溜まった。

効率はあまりよくないが、しょうがないだろう。

昼過ぎに家具が届き、少しは住居らしくなった。

一応人の住める場所になっただろうか。

二階の一部屋を寝室と定め、ロクサーヌと二人でベッドを運ぶ。

クローゼットは他の部屋に置いたので、ひどく殺風景だ。

壁紙もない広い部屋の真ん中に、ベッドだけが一つ置かれている。

ロクサーヌがシーツと布団カバーを用意し、ベッドの横にマットを敷いて、多少は寝室らしくなっただろうか。

「やはり最初になすべきことは、ベッドの使用感を確かめることだと思うのだが、どうか」

ロクサーヌを軽く抱き寄せ訊いてみる。

「え? は、はい……んっ」

肯定と受け取って、唇をふさいだ。

そっと舌を差し入れても受け入れてくれたので、勘違いではないだろう。

ベッドに寝かせて、使用感を確かめる。

もちろんベッドの使用感は最高でした。

何の使用感だか、分かったものではない。

その後、二人で夕食を作った。

時間もないので、クーラタルの迷宮には行っていない。

話だけを聞く。

クーラタルの迷宮は、もっとも古くから存在しており、どこまでの大きさがあるのか、最上階のボスを倒した人はいないので、知られていない。

一般に、迷宮は五十階層の大きさになると、入り口を出して人を誘うようになるそうだ。

その後も、人を消化しながら、ゆっくりと成長していく。

クーラタルの迷宮の最高到達記録は九十一階層。

それも初代皇帝パーティーが成し遂げたという伝説的記録であり、現状では八十階層台まで行ければ十分に一流と認められるらしい。

迷宮のどの階層にどの魔物が出るかは、ある程度の決まりはあるものの、迷宮ごとに異なる。

クーラタルの迷宮は、一階層がコボルト、二階層がナイーブオリーブ、三階層がスパイスパイダー。

コボルトは弱くて初心者向きなので、クーラタル迷宮の一階層は新しく迷宮に入ろうとする者の見学先として人気があるらしい。

以上、ロクサーヌが料理を作りながら教えてくれた。

ロクサーヌは寸胴鍋で野菜シチューを作り、俺は中華鍋で肉を炒める。

味は、食べられないほどではなかった、とだけ。

野菜シチューなんかはもっと煮込めばよいのだろうが、ガスコンロでなく柴木を使うこのキッチンで長時間煮込むのは現実的でないだろう。

誰かが火の前にいてずっと見張っていなければならないし、それでは迷宮に入れない。

つまり、俺の肉炒めがもっとがんばらないといけなかったということだ。

初日なのでしょうがないといえばしょうがない。

調味料や香辛料もいろいろと探してみるべきだろう。

この世界ではおそらく、美食は一日中料理だけをしていればいいコックを雇えるような富裕階層の特権だ。

化学調味料も固形ダシも粉末のスープの素もないのだし。

夕食後にお湯を沸かしたところで日没。

薄暗い中、ロクサーヌの身体を拭いた。

「蝋燭が一本あるが」

「燭台がありません」

蝋燭、燭台、蝋燭消しはセットで必要なものらしい。

知らなかった。

確かに、ケーキにローソクを立てるようなわけにはいかないよな。

「今日買っておけばよかった」

「すみません。蝋燭は安いものではないので、必要ないかと思いました」

まあロクサーヌの胸の弾力は視覚に頼らずとも楽しめる。

手のひらに与えるどっしりとした重量感。

収まりきれずにこぼれだしそうな躍動感。

柔らかく、なめらかで、拭こうとした手を押し返してくる弾力もある。

むしろ視界に頼らない分、神経を手のひらに集中させることができた。

明かりがないので恥ずかしくないだろうから、前の方も拭かせてもらう。

昼間にベッドの使い心地を試しているが、関係ない。

夜は別腹だ。