軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08

ジェイラスはディーラー家の次男だ。

ディーラー家は長い歴史がある家だが――あるのは歴史だけ。爵位は伯爵であるが、遥か昔に先祖が戦働きで叙勲しただけの、今ではほどほど農家だ。

あまり大きくない領地だが、いざとなれば辺境伯の指揮のもと出陣することになる。領地の男共は平時は農民だが、いざとなれば兵士としても働けるように。鍬作務や土の運搬は体力作りだ。

そうした領地で、爵位だ。

特産は、蕪と豚。昨今は芋も。芋は祖父の代に国から推奨されて育て始めた。

蕪だけでは男共の身体作りには物足りないと、辺境伯が国の偉い人たちと考えたのだという。

その際に、他の国に参考になるものはと――その偉い人たちが色々と、それはもう色々と考えてくれたのだという。

その話を聞いて育ったジェイラスは、自分もそうした偉い人になりたいと思った。

何より彼は――畑仕事が嫌いだった。

産まれたときから先にいる兄のサイモンは、ジェイラスと違って、実にディーラー家らしい男だった。

「サイモンと違ってジェイラスは細いなぁ……」

祖父の落胆したような声を忘れられない。

初めて鍬をもってひっくり返った時に。

始まりはさておき、男は日に焼け、いざとなれば剣を振るってこそと、家訓にもあった。麦わら帽子と鉄兜が縁のどの家の男児にも与えられる。

ジェイラスは金髪碧眼で、貴族らしい顔立ちをしていた。何代か重ねるうちに貴族の繋がりで良い家と繋がれたこともあったり――田舎に押し付けるしかない問題児の受け入れにもなったりしたからだ。

だからこそ伯爵位が続いたのもあろう。

――だからこそ、ジェイラスのように貴族らしい顔立ちや色目の子どもも産まれたりする。

その分、祖父たちには軟弱にも思われたのだろう。

けれども父や、その兄はジェイラスに優しかったが。

「爺さま、時代は変わってきてるんだよ」

兄は領地の農民たちに混じり自ら鍬を振るいながら――いざというときの体力を作りながらも。

比べられるのは、兄も同じ金髪碧眼であるから――。

「ジェイラスみたいな頭の良い奴も必要さな」

そう言って大きな手で背中を叩く。

そんな兄が大好きで――大嫌いだった。

兄が耕す、黒い土。

それが大嫌いだった。

畑作業より宮廷に士官したいというジェイラスのために、父や叔父や兄たちが、彼らの持てる伝手を使って憧れの外交官――フランター伯爵に繋いでくれたのは嬉しかったが。

フランター伯爵はジェイラスの憧れで、しかも娘の婿には悩んでいたから是非にと請われた。ジェイラスのような優秀な婿を待っていたのだと。

自分の価値をフランター伯爵は欲しがっている。自分はそうした存在。

その頃には祖父の世代も少しは丸くなっていた。むしろ外国語を理解するジェイラスを「我が孫は天才だ」と行く行くは大臣様だと自慢するようになった。

祖父たちのおかげで辺境伯さまにも勉学を褒められたジェイラスも鼻高く。

辺境伯は外交官として有名なフランター伯爵と己の配下が縁付いたことを喜んでいた。

そんな優秀な子が領地にいたことが誇らしいと。

そうして胸を高鳴らせて会わせて頂いたお嬢様――婚約者に。

――落胆した。

王都で出会った洗練された淑女たち。

その美しさ。可愛らしいさ。華やかさ。

領地の女たちが芋に思えた。でこぼことした、汚らしい、芋に。

中でもフランター伯爵夫人は。

自らも夫の外交の手助けをなされる夫人は、神々しいほどに美しい方だった。フランター伯爵もジェイラスの憧れの方なら、その奥方もジェイラスの中ではもっとも尊い女性だった。

そのドレス、アクセサリー、髪型。おくれ毛さえももしや角度を考えられているのではないかとすら思える美しさ。

そしてそのセンスの良さ。

フランター伯爵夫人のセンスの良さは社交界でも有名だった。夫人は趣味がこうじて己のセンスのお裾分けをするために、店舗さえ開いていらっしゃるという。

なにより黄金を糸に紡いだように輝く髪に、その春の新緑の如く煌めく瞳。

これぞまさしく貴族の妻。田舎の汚らしい色とは違う。

そんな方の娘の婿に選ばれたと胸が高鳴った。

自分もやがてフランター伯爵として、彼女のような美しい妻を連れて揚々と諸外国の皆さまと――。

――と、思って高鳴った胸の鼓動は。

「リーシャ・フランターと申します……」

黒髪に――伏せているのでもないのに細い目。

髪も真っ直ぐなだけでなんの面白味もない。

ドレスは、さすがにセンスが良い。さては母の夫人に選んでもらったのかと、勝手に落胆した。後日、彼女自身もセンスが良いと解ったが、第一印象は変わらない。

せめて瞳くらいは――と、若葉色を期待したのに。

薄っすら開かれた、それもまた。

――大嫌いな黒、だった。

どうしてかリーシャを目の前にすると心は苛立つ。

きっと嫌いな黒色だったからだ。

だからきっと――大嫌いなはずだ。

それ以外に胸がざわつく理由はない。

ジェイラスはリーシャにアドバイスをすることにした。それが婚約者の役目だ。

フランター伯爵も夫人もそれをお望みだろう。

「変えたいとは思わないのかい?」

「え……」

何を、と解らず尋ね返してくる愚鈍さ。

だからフランター伯爵は自分のような優秀な 跡取り(・・・) が欲しかったのだろう。

「それは、中身の話……ですよね?」

ならば学校の方で今は――などと、意味のない話を続ける始末。

だから彼は告げた。教えてあげた。

「鏡を見なさい。もっと頑張りなさい。君には素晴らしいお手本が――母君がいらっしゃるだろう?」

自分の隣に立ちたいというのならば。

彼女もきっと――黒が嫌いなはずだ。

自分と同じように。

だからこそ、きっと――変わってくれるはず。頑張ってくれるはず。

ああ、きっと――そのために自分は婚約者に選ばれたんだ。

それが幼少期に容姿を従姉妹に馬鹿にされ、リーシャの一番触れられたくないところだとは知らなくても。