軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

09

その日。

王家主催の夜会で。

黒髪の美女が皆の視線と話題をさらった。

――その後ろで拳を握りしめ、うなずく少女たち。

ささっ、ささっ、とスピカのペンが走る。

「そもそも、ドレスだけやのうて、髪やメイクもちゃんとせなあかんわ……それが、いやそこまでやっての調和やったんやな……」

描きながらぶつぶつとつぶやくのはスピカの癖で、リーシャは慣れているが、初めてのグレイス嬢は目を丸くしていた。

「これがフランター伯爵夫人のお店の、噂のデザイナーの姿……」

今ではそれはスピカで、王太子殿下お気に入りというのも明らかにされてはいるが。

いっときはその正体は謎に包まれていたのである。

まぁ、スケッチブックに何かしら描いている姿を良く見られていて、やがてリーシャが親しくしている姿も見られたことから、クラスメイトたちは薄っすらと気がついていたのだけれど。

こちらのグレイス嬢も気がついたひとりだ。

彼女はグレイス・シールズ伯爵令嬢。

彼女は婚約者からなんとも破廉恥なドレスを贈られて、悩んだ末にスピカたちに相談した。ドレスの悩みは彼女たちにと、そんなありがたい噂がクラスにあったことから。

「夜のお仕事のおねえさんでもよう着れんわ、これ……」

あまりの肌面積の露出に、スピカが思わず「親御さんに相談」と提案したくらい。

未だ未成年の婚約者にこんな破廉恥なドレスを贈ってきた彼女の婚約者は、格上のロンベル侯爵家の令息だったらしいのだが。

「そんな身体しているグレイスが悪い! 私を誘惑したいのだろう!? だからそういうドレスを気を利かせて贈ってやったのに!? いいじゃないか、どうせあと数年で結婚するのだから――今から手を出したって」

と、自分のせいではないと言い逃れた。

侯爵子息はグレイスより七つも年上で、立派な成人男性である。貴族ならばありえる年の差ではあるが、ならば婚約者が成人するまで待つのもまた、当たり前である。

「……こんな、胸っ! もういや!」

グレイス嬢はとても豊かなお胸の持ち主だった。けれどもちゃんと腰はくびれて。そしてまた見事な曲線を描く尻のライン。

グレイス嬢、まだ未成年ながらも既に成熟したお身体の持ち主であった。

スピカとリーシャが思わず自分の胸を見下ろす。うん、ちゃんとヘソが見える。

「お母様も、お姉様も、そして伯母様も苦労なさったから、話を聞いてくださったの……」

グレイス嬢はスピカたちのアドバイスに背中を押されて。家族に相談することができた。

「じゃなかったら、あのドレスを着て……呼ばれたままに婚約者の家に行っていたら……」

危なかった。

しかも相手はグレイスにそんな格好をさせて、自分は誘惑された側だと、責任逃れすら計画していたのだ。

特に若い頃にグレイスと同じような嫌な経験をした伯母様が怒髪天をついて、グレイスの婚約者の家に乗り込んでくれたらしい。

グレイス嬢の母方の御実家はなかなかの武闘派。伯母様の嫁いだ先も。

「伯母様に踏みつけられて泣いてる婚約者、ちょっといい気味だったわ……」

「あかん扉、開いたらあきまへんで?」

幸い、グレイス嬢の扉はかろうじて開かず、女性陣のお力で彼女の婚約者は反省を余儀なくされた。もちろんお父上も娘を破廉恥な目で見られていたことにお怒りで、婚約白紙の予定で進められているという。

いかに婚約者とはいえ未成年にふらちなことをしようとしていたこともあり、犯罪でもある。

「白紙でよろしいのです?」

今回のは、明らかに相手有責。破棄としてきちんと慰謝料なりなんなりとあっても良いパターンだ。

リーシャも現在、同じような状況だったから。いや、まだ口だけで品物を贈られることはないからグレイスの方が酷いかもだが。

そのうち、鬘か色粉が送られてきたら――とは、悩みもしていた。

「ええ、ロンベル侯爵家とはまだ良い関係でありたいので」

グレイスもやはり貴族である。家同士の関わりをしっかりと考えていた。

「ロンベル侯爵家の方から、新しいお相手をご紹介頂くことになっていますの」

侯爵家は子息のやらかしを――子息には姉妹がいて、彼女らが兄弟であるその跡取り息子を嫌悪しまくっていたこともあり。娘たちの話を良く聞くべきであったと反省なされた。

こいつはやらかすぞと、姉妹たちは何度も嫡男の一人息子を甘やかす親に言ってくれていたらしいのだが。

「ご息女たちは家から離れたいと見切りをつけられ、早々に婚姻して良家に嫁がれていましたから」

「あらま」

「ではロンベル侯爵家の跡取りは?」

やらかした彼をそのままにはいかないと、さすがに侯爵は目を覚された。グレイスだけでなく他にも被害者が現れるまえに。

「侯爵の遠縁から養子を取られるの」

今はその選別の最中だとか。

そしてその養子が――グレイスの新しい婚約者となるわけで。

「もしくは私自身を養子に……という話もありますわ」

そもそもグレイスのシールズ伯爵家がロンベル侯爵家と縁戚である。その繋がりでの今回の婚約でもあった。

遠縁に良い男子がいなければグレイスが継ぐ。今現在はその可能性が高いという。

侯爵家のご姉妹と御母上は、グレイスを迎えることに賛成で。女は強し。一人息子を甘やかしていた侯爵は今や小さくなったとか。

「なるほど、そうしたところに落ち着きましたか」

「ええ、貴方たちのおかげで」

だからグレイスはスピカとリーシャに感謝していた。

いずれ侯爵家に縁付いた暁には、さらに力になりたいとも。

「婚約者選びには伯母様の方からもお口添えしていただくの」

ならば生半可な野郎にはなりますまい。

聞けば近衛騎士団長夫人。夫人も元騎士。

めちゃくちゃ武闘派でした。

その伯母様も若い頃にお胸で苦労なさったと話を聞いて。

「伯母様は布などを巻いていたらしいわ」

騎士団は男社会なところもある。今では女性騎士も活躍の場はあるが、伯母様の世代は大変だっただろう。

それはもう大変だったろうと、同じように今悩むグレイスは涙がおさえられない。

まぁ、そんなところであっても高潔だった近衛騎士団長だからこそ、伯母様のお眼鏡に適ったともいえる。騎士団長夫妻の仲が良いのは。そして騎士団長が愛妻家なのは有名で。

近衛騎士団長はアルフレッド王太子殿下の婚約者の惚気についていける数少ない人間であることも、また有名である。

「うーん……スポーツブラ……いや、和装のブラの方が……」

スピカはまた、何かしら閃いているようだが。

「うーん……この国の縫製技術が……私はデザインばかりで、材料や材質に詳しくないのがなぁ……」

目下、それが悩みのスピカだ。

「もっときちんと勉強したら良かった……」

好きこそものの上手なれ――と、好きなデザインばかりしていて、材質には詳しくないのがスピカの弱点だ。

現在はアルフレッド王太子の「婚約者には最高のものを」のお言葉の下、おこぼれでシルクや良い材質の品を仕入れてもらえているが。

「どこかにそうしたスペシャリストがいてはらんやろか……」

そしてグレイスのお家と当初はお嫁に行く予定だった侯爵家の、その政略の内容は。

「化粧品の輸入を」

その販路を広げるために。

この国にスペシャリストが――良い化粧品がないならば、他国にも手を伸ばそう。

……他国。

「……なんかまた、婚約者さま第一の誰かさんの手のひら伸ばされそうやわ」

「呼んだ?」

――ひぃ!?