軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12

黒髪の華のような――美女。

だが、時折見せる表情はまだ少女。その微笑みは妖艶さとあどけなさの、絶妙な危うさにあり、よりいっそう彼女を美しく謎めかせていた。

彼女は帝国の客人と通訳なしに、むしろ彼女が通訳の役目をしているかのように談笑している。

ジェイラスはその少女から目が離せなくなった。

わからない。どうしてか、本当にわからない。

けれども心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。

その黒髪は漆黒に艶めき、彼女が動く度に銀色の輝きが煌めく。その黒が輝きを引き立てるのだと気がついたとき――その黒にまさに心臓を貫かれた。

その眼差しに。

こちらをちらりと見たその眼差しは――嗚呼、なんて魅惑的なのだ。

その眼差しに魅了された。

こちらを見たその一瞬、一際自分の心臓が大きな音をたてる。

彼女はこちらを見て――そしてこちらに歩いてくる。その歩みのなんて静かで滑らかなことか。

銀と紫。

変わったドレスと装飾品のその輝きが、漆黒の女神像を動かしているようだ。

「……ああ」

気がついた。

それは自分の婚約者だ。

やはり(・・・) 、 なんて美しい(・・・・・・) 。

ジェイラスは自分に歩いてきた女神に手をのばし――。

「スピカ! 使者様がこのドレスの説明をしてほしいそうよ?」

自分を見ることなく素通りした彼女がこちらに歩いてきた理由が、自分の少し後ろにいたスピカ嬢であったことに。

そうだ自分はセオドアに誰を教えてもらってそちらを見たのだったか。セオドアたちはまだ側にいて。リーシャがこちらを見た理由が、こちらに来た理由が、彼らであったことに。

「あ……」

自分は、素通りされた。

一瞥もなく。

そのことに、ジェイラスは愕然となった。

「あ、やぁ、リーシャ」

振り返り、何度も鏡を見て練習した微笑みを浮かべた。

王都に来てから周りの洗練された皆に負けまいと、ジェイラスは鏡を見てその佇まいや微笑みを練習したことがある。田舎者の自分には、効果はあった。

だからリーシャにも教えてあげたのだ。

「鏡を見ろ」

と。

それは言葉が足らなかった。

そしてとてつもなく失礼な話だった。

自分がそうして練習したからといって、リーシャに強要するべきなものではなかったのだから。

だけれど彼は。今の彼は。

リーシャが自分が言った言葉を受け入れ、頑張ったのだと思った――思ってしまった。

「やあ、リーシャ」

「あ……ディーラー様……」

振り返ったリーシャが「ジェイラス」と数週間前のように呼ばなかったことを彼は気がつかなかった。

そもそも、もう――前を正しく向いたリーシャの眼中にすら、彼は。

「素晴らしいよ、リーシャ。僕のアドバイスをようやく理解できたのだね。その華やかさだよ! そう、次はそうした姿を維持できるように頑張りましょうね。あ、そうだ目はもう少し大きくしても良いんじゃないかな? 鏡をみての微笑みの練習は――」

「……は?」

その低い声は誰からだ。

リーシャの側にいる誰かからだ……。

けれども三人が三人とも、眉をひそめてジェイラスを睨んでくる。

もしや三人とも、そんな声を?

自分がそんな声音を向けれるはずがないと、ジェイラスは気を取り直してリーシャに改めて手をのばした。

「さあ、よく頑張りましたね。僕の――」

「あなたのために頑張ったんじゃあないです」

間髪入れずに。

リーシャはものすごく、嫌そうに。

その口調が乱れかけたほどに。

親友のスピカや信頼するミリアムの。本心からの言葉が訛るように、悪くなるように。

そしてジェイラスが誘うためにのばした手が、空しくかわされる。

「これは私のため。私自身のための頑張りです」

リーシャはその目を――散々馬鹿にされたその目を細めて、微笑んだ。

リーシャはその眼差し一つで、ジェイラスの言葉も動きも止めた。

「それにスピカやグレイス様、ミリアムやお母さま。皆が私を思って頑張ってくれたわ」

その中に、絶対にジェイラスの名前を加えることはない。

絶対に。

「絶対に、あなたのためじゃあない」

これは一人の少女が、自らの頑張りで内面を磨いたお話だ。ひっそりと長く、今日までずっと、彼女は自力で磨いてきていた。それを気がついていなかった者たちの多いことよ。

そして友人がそのコンプレックスであった外見を、決してそれは欠点ではないのだ――個性であると教えて導いた話。

きっかけとなったことは認めよう。

だが!

絶対に、斜め上からの押し付けを受け入れた話ではないのである。

「私、あなたのためには頑張りません」

「え……」

「私には挨拶でも話しかけてこないでもらえます?」

「あ……」

フランター伯爵には挨拶程度はと、許された。

その本当の意味を、ジェイラスはようやく理解した。

そうだ、もう名前も呼んでくれていない。

リーシャのその煌めく黒い宝石のような瞳が、言っている。

言葉に、口にされなくても伝わる。

挨拶すら許されないほど――嫌われている。