軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13

「リーシャの目は、欠点やあらしまへん」

親友は胸を張って言い切った。

「一重も個性ですわ」

個性。

そう、すべては人それぞれの良さなのだ。だからそう思うスピカはリーシャの悩みに気がついてやれなかったと。

それにうなずいたのはグレイス嬢。

今や彼女もリーシャたちの友人だ。

彼女は自分の家の侍女たちに持たせた荷物とともに参戦してきた。

「化粧とは……いざ、女の戦支度ですわ!」

グレイス嬢のシールズ家はこうした良い化粧品を輸入するために、遠縁であった侯爵家と改めて縁を繋ぐのであり。その販路は既に。

荷物。

それは様々な紅や白粉、色粉。しかも肌に良いと評判のものを。

彼女が持参したのは、女たちには宝の山。

「もちろん、使っていただいての感想は頂きますわ」

そうしたものも大事。

かつての恩返しもあるが――それは、それ。

むしろその方が気兼ねがないと、スピカとリーシャはぐっと手を握った。

そして真打。

「お母さまもまーぜーて?」

その美貌をもってフランター伯爵家に嫁いだリーシャの母は、愛しい旦那様に似た、また愛しい娘が奮起したことに大層お喜びであった。

帝国からのお客様をもてなすために旦那様はお城に勤めているが、今回のことに財布に制限はつけないと、これまた良い笑顔で奥様に告げてお勤めにお出かけになっていた。

ご夫妻はリーシャに良い友人たちができたことに、一番喜んでいた。あの内向気味な娘が、顔を上げ前を向いたことに感謝を。

決して、婚約者からの酷い言葉からではない。友人たちからの想いで彼女は顔を上げた。

リーシャの母は自分だけでなく侍女たちにも宝石箱を持たせていた。それほどのお宝をすべて娘のために。

「使えるものあるかしら?」

その宝石箱は伯爵夫人の手持ちから、フランター伯爵家に伝わる家宝まで。

いずれすべてリーシャのものになるものだ。ならばいずれではなく、今使っても構いはしない。

むしろ今こそ、彼女のために。

それらの中に繊細な紫水晶と鎖飾りの銀の簪があった。

スピカは語る。

黒が地味だなんてとんでもない、と

「黒はこの世で一等、派手な色」

そして究極の色である。

もっとも尊い色でもある。

だから葬儀に皆は喪服として身に着ける。

「お葬式は哀しいから、故人さまが心配しないよう一等派手な色で見送るんです」

そして残された家族が黒や灰色で過ごすのも、派手な服を着て大丈夫だと故人を安心させるため。

「そんな考え方もあるそうで」

諸説あるが、スピカはその説が好きだった。

――残して来た姉が、元気でいてくれたらよいが。

「もっとも、故人を偲ぶためのもっとも尊い色てのもまた色々あるけれど」

スピカが語る。遠い遠い国の女王さまは、連れ合いを亡くしたのちは黒い服。そして黒い宝石――ジェットを身に着けていたとか。

「黒い宝石だって、世の中にはありますんや」

しかももっとも尊く、格式高い宝石として。

「そんな考え方もあるのね……」

リーシャとグレイスは思いもしなかった考え方に黒色の印象が変わる。

「絵の具を混ぜると、最終的に黒になるのはご存知で?」

今日はグレイスがいるためにそのちぐはぐな訛りは少しばかり抑え気味のスピカ。

「だから黒は他のどんな色にも合わせることができるのです」

黒は他の色を引き立てる事もあれば黒こそがもっとも尊く――派手で。

「言い換えれば、リーシャは一等派手で……何の色も似合うんやで?」

リーシャの何かがバリンと音を立て、壊れた。

それは鏡を見るたびにうつむいていた彼女の――その心の中の鏡だ。

「鏡をみたら」

なんて、婚約者に言われるまえに。

彼女だって何度もみている。

その黒髪を、瞳を鏡をみる度に嫌いになっていた――のに。

「黒は一等、良い色ですわ」

親友の一言が。

凝り固まったリーシャの認識を、叩いて砕いた。

「……と、いうわけで」

前置きは長くなったが、スピカは伯爵夫人がもってきた宝石箱をありがたく開ける。

「色んな宝石ありますわぁ」

眼福。

宝石やその装飾の意匠は自分には描けないものもある。さすがと唸るスピカに、見方が違うわと皆は思ったり。

「控えたら良い色とかありますので?」

それは禁忌だったり、ある程度の地位がなければ身に着けることを許されなかったり。

そうしたことがあるならば避けねばならぬ。

「今回は帝国の方々をお出迎えだけれど、別に禁止されているのはないわよ?」

伯爵夫人はそうしたことは誰よりもきちんとしていらっしゃった。彼女は他国の禁止事項にも詳しく。外交に関わる夫の不利にならないように。

だから夫人はあらかじめそうしたものは省いて少女たちにもってきていた。スピカがきちんと確認したことに、ちょっと感心したほどだ。

「まぁ、うちは王太子殿下の執着がすごいから、彼の色を使うと婚約者のアスター公爵令嬢に被る……くらいね」

部屋にいる一同が無言でうなずいた。

すでにこの国の暗黙の了解、王太子。

「でもその色を禁止していたら、皆困るものだから」

そう、何せこの国の貴族は金髪が多い。王家にその色を使用禁止されたら――逆に王家が反発をくらうだろう。

「……じゃあ、この銀と紫も、大丈夫かしら」

今回、それを選んだのはリーシャ自身だった。

リーシャの目に。

母の宝石箱のなかで、彼女が惹かれたものがあった。

銀の土台は一見地味な風にもみえるのだが、その刻まれた細工の細やかさに気がつけばもう目が離せない。

銀細工に紫水晶のまた細やかな破片のようなものが房を垂れるように。

銀の鎖飾りのようなものや、その紫水晶の飾りは動くたびにシャラシャラと心地良い音を奏でる。

「リーシャがそれを気に入ったなら」

それが一番だ。

それはリーシャの、くだんの黒髪の曾祖母さまがお嫁入りしたときにお持ちになった髪飾りだった。

「これ、どうやって使うものかわからないのよね……」

家宝として保存はされてはいたが、今では扱い方が解らないと、まさにお蔵入りしていたものだった。

夫人はふと――どうしてこれを持ち出してきたのだろうと首を傾げた。

宝物置き場に行ったら、どうしてかこの髪飾りや他にも曾祖母さまの嫁入りの数々が。いつもは奥にしまってあったはずのこれらが、きれいに並んでいたのだ。

まるで今こそ活躍の時。出番であると、輝きを取り戻したように。

不思議――けれども。

ここには、それをただの髪飾りではなく「簪」だと解る存在がいた。

「お任せください!!」

シャシャシャシャシャシャ――ッ!

スケッチブックにペンが走る。

描かれていく複雑な髪型。だがしかし、流れるような黒髪に刺された簪が、花を――藤の花をモチーフにしていることを、スピカだけが気がついた。

ならば描く。イメージする。

親友がもっとも美しくなる姿を。

「藤娘なら確か黒……」

記憶にあった歌舞伎も思い出す。

やはり黒は美しい色なのだ。

スピカがぶつぶつつぶやくのはリーシャはすでに慣れていた。

けれどもじわじわとリーシャの目が開く。

描かれていく、その黒が――黒いのに華やかなドレスや髪型。

それは己のために描かれている。

――着たい。

服飾好きで、母の趣味は店のもあり様々なドレスに触れていたリーシャが。産まれて初めて心底から思った。

「髪型も大事やった……! ドレスだけやない……!」

スピカもここに、レベルアップを果たした。

ドレスのデザインだけでなく、髪型やその飾り。そして――メイクまで。人間一人丸ごとデザインを果たしたのだ。

親友のために使わないで、何が転生か!

前世の知識か!

今、使わなければ宝の持ち腐れ!

スピカは今こそ、自分が生まれ変わった意味はこれだと思ったのだった。

シンプルながらも複雑に編み込みされ、流される黒髪。そこに輝く銀細工に紫水晶の藤の花。

ならば化粧も花の精のように。

「目尻にこう……」

「細い筆がいるわね!」

デザインには化粧のイメージ画も。

スピカはグレイスにそのための色はあるかと問えば、彼女は目尻にラインを引くものからすでに用意してあると頼もしく。スピカの描く化粧の図案に、見ながらグレイスはすでに手持ちの化粧品をリストアップしていたのだ。

そしてラインを引き、瞼に輝きを混ぜた影を入れる。

ただそれだけで。

「……目が、すごく……」

リーシャの印象が、変わった。

あどけない少女から――妖艶さを漂わせる、謎めいた雰囲気を持つ美女がそこに。

「こんな……これは……」

少しだけ、やはり頑張りが、努力が足りなかったのかもしれない。リーシャはジェイラスの言った言葉の数々を思い出す。

けれども、それを跳ね返す言葉を親友はくれる。

「化粧は化けるとも書くけれど、粧う――装うて意味や」

「……装う」

「化粧は女の鎧や」

同じ年であるというのに、どうしてスピカはこんなにも深い考えがあるのだろう。

「グレイスさんも戦支度て、言うたやろう」

悔しいが。本当に悔しいが。

「 友人(スピカ) を見習え」

それだけは認めてやる。

親友が作ってくれた鎧を、リーシャはまとって戦いに行く。

――顔を上げて、前を向く。

「簪の挿し方は私が教えます!」

誰もがその髪飾り――簪の使い方が、わからなかった。髪飾りであるのは保存場所から把握はしてはいたが。

時を超えていま、曾孫のためにその簪は輝く。

「なので……できますか、ミリアム先輩!」

「お任せください!」

侍女科目には髪結いの授業もある。

貴族女性の身体に触れることもまた、彼女らの大事な仕事。

リーシャの髪が、肌が、いつも艷やかなのもまた彼女がきちんと仕事をこなしてきていた証しである。

彼女はスピカが描いた通りの難しい髪型を再現した。

簪も数十年ぶりに輝きを放つ。

「さすが侍女科首席卒業生!」

ミリアム、やはりスピカが尊敬の目で見るほどの存在であった。

そしてドレスもフランター家御用達のお針子さんたちが頑張ってくれた。フランター伯爵の財布の制限なしな臨時ボーナスもあったろうが、皆さんリーシャのためならと。

ミリアムのように、雇われる側もまた雇い主のために頑張りたいと思うこともあるのだ。

「銀と紫がメインやけど、黒が一等大切ですわ! ジェットを隠し味に、差し色も……」

お針子さんたちもスピカの訛りをいつの間にか受け入れていた。

こうしてリーシャは夜会に舞い降りた。

皆の頑張りをその身すべてで受けとって。

磨いた内面と知識で。

顔を上げ、前を向き、一人で立ち。

頑張りながら。