軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

内なる本能

「やったぜ兄貴!」

見事なバックドロップを決め、立ち上がったレウスは俺たちに向かって勝鬨を挙げていた。

嬉しいのはわかるが、お前が倒したのは一応王子なので派手に喜ばれても困るんだがな。

俺は席を立ち、対戦相手であるイザベラと一緒に試合場へ下りてからレウスに声をかけていた。

「おめでとうレウス。だけど、早く彼を抜いてあげなさい」

「あ、そうだったな。大丈夫かキース?」

上半身が地面に埋まり、下半身が飛び出すコントのような状態のキースに駆け寄ったレウスは、足を掴んで一気に引っこ抜いていた。

まるで野菜を抜くように地面から救出されたキースは、一瞬何が起こったのか判別出来ていなかったが、周囲とレウスの姿を見て思い出したようである。

「そうか。俺は……負けたのだな」

「結構本気でやっちゃったけど、体は大丈夫か?」

「うむ。母上の訓練に比べれば大した事じゃない。むしろ……」

「……鍛え直さないと駄目ね」

「母上!? こ、これは……その……」

試合後の方が大変そうである。

音もなく背後に立ったイザベラに、キースは滝のような汗を流しながら固まっていた。

今にも教育が始まりそうな状況だったが、イザベラは息子を静かに見つめるだけで何もしなかった。

「あの……母上?」

「……今のはどちらが勝ってもおかしくはなかった。負けた理由はわかる?」

「ああ、理解している。油断と焦りで冷静さを失っていたようです」

「ならいい。だから後で……さっきの技の練習台になって」

「…………はい」

イザベラはバックドロップが気に入ったらしい。

後に待つ地獄に顔を青くしているキースを見たレウスは、肩を叩いて慰めていた。

「持ち上げられても冷静に動けば何とかなるぜ。たとえば、持ち上げられた瞬間に足をかけるとかさ」

「食らうの前提か! だが……覚えておこう」

慰めているのか微妙な気がするが、とにかく一度ぶつかり合った御蔭で二人の仲が深まっていた。まあ……色々あったが結果オーライとしよう。

さり気なくキースに触れて『スキャン』を行ったところ、後遺症らしき怪我はなさそうだ。

頑丈で良かったと安堵していると、リースも試合場へと降りてきて二人の治療をしてくれた。

「レウスもキース様も浅い傷ばかりだから良かった。すぐに治してあげるからね」

「いや、俺はいい。この程度の怪我、少し我慢していたらー……」

「駄目です! 傷が化膿したら大変なんだから、嫌でも治療を受けてもらいます。レウス!」

「だから必要ないー……な、何をする貴様!」

「諦めてくれキース。怪我に関してはリース姉に逆らうだけ無駄なんだよ」

レウスに羽交い絞めされ、キースの治療は強引に行われていた。

そんな騒がしい光景を眺めていると、イザベラが俺に近づいてきて試合場の中心を指差していたのである。

「じゃあ……今度は私たちの番。やろう?」

その時、ほんの僅かであるがイザベラは笑っていた。

とても二人の子供がいるとは思えない、妖艶さを感じさせる美人の微笑は男を惹き付けて止まないだろうが、それと同じく放たれる威圧感と殺気によって見事に相殺されている。

早く戦いたいようなので、治療を済ませた二人に観客席へ行くように視線を向けたのだが、レウスだけ真剣な様子のままイザベラに視線を向けていた。

「兄貴。一回だけイザベラさんと戦ってみたいんだけど……駄目か?」

「別に構わないけど。イザベラ様はどうでしょうか?」

「……いいよ」

反応は鈍いが、レウスの言葉にイザベラは頷いてこちらを見ていた獣王へと視線を向けた。

その視線を受けた獣王は、エミリアと少し会話をしてからレウスの相棒である大剣をこっちへ放り投げてきたのである。あの大剣は相当な重さだが、獣王は片手で軽々と投げていたな。

飛んできた相棒を受け止めたレウスを確認したイザベラは、試合場の中心に立ちながら小さく呟いていた。

「けど、本気で……」

「えーと……兄貴?」

「構わん。全力でやってこい」

己の大剣を本気で振れば城壁ですら容易く切断するので、さすがのレウスも全力と言われて躊躇いを見せていた。

だが、それは無用な心配だろう。お前はすでに相手が格上であると本能で理解しているのだから。

「俺に挑むつもりで戦ってこい」

「……おう!」

今では時折だが、レウスとは木剣ではなく本物の武器を使った模擬戦をしているからな。

覚悟を決めたレウスは試合場の中心へ向かい、イザベラと対峙して大剣を構えた。

「いつでも……来て」

「…………」

集中しているレウスは静かに頷き、剣を上段に構えたまま呼吸を整えながら相手の隙を窺っていたが、イザベラは先手を譲るつもりなのか少し腰を落として待ち受けるだけである。

本来なら下手に攻めるなと言いたいところだが、レウスの剛破一刀流は攻めの剣。

待ち構えている相手だろうと正面から真っ二つにする必殺の流派であり、それを可能とする技術を鍛えてきた。

しばらく睨み合いは続いていたが、胸を借りるつもりで挑んでいると思い出したレウスは覚悟を決めて飛び出した。

「どらっしゃああぁぁ――っ!」

地面を踏み砕く勢いで駆けだし、レウスは一足ではなく何度も地面を踏み締めながら前へ出ていた。あの動きは相手がどのような動きをしても即座に対応出来るよう、地に足を付けた状態でいる為だ。

しかしレウスが目前に迫ろうとイザベラは微動だにせず、大剣が振り下ろされ加速する直前に……イザベラは消えた。

「右か!?」

イザベラは残像を作る速度で右手に回っていたのが見えたが、目の前のレウスからすれば消えたようにしか見えまい。

だがレウスは本能と、俺と戦って鍛えた動体視力から位置は掴んだようだ。

振り下ろした剣の軌道を強引に変え、斬り上げで回り込んだイザベラを薙ぎ払おうとしたようだが……。

「真っ直ぐな……良い目」

「っ!?」

すでにイザベラは足を振りかぶっていて、レウスの剣より速いのは明らかであった。

しかしレウスは、俺との模擬戦でこういう事は何度も経験済みだ。レウスは大剣を振るのを諦め、体を捻りながら剣を最短距離で引き戻して防御に切り替える。

その御蔭で防御は間に合ったが、激しい衝撃を不安定な体勢で受けたせいか剣が弾かれて観客席へと飛んで行ってしまった。

それでもレウスは諦めず、倒れるのを承知で蹴りを放っていたが……イザベラは再び消えていた。

「どっちー……」

「諦めないのは……嫌いじゃない」

再びイザベラの姿を捉えた時、彼女は背後に回り込んでレウスの腰に手を回していた。

もしかして……あれはバックドロップか?

息子の仇討ちをするつもりー……いや、興味津々だったし、単純にやってみたかっただけかもしれない。

だがレウスはその技を師匠から何度も食らっているので、対処方は知って―……。

「その技はー……ふぐっ!?」

おそらくレウスは相手の体に手か足をかけようとしたのだろうが、それよりも早くイザベラのバックドロップが炸裂していた。

師匠の時は遊び半分でゆっくりだったが、イザベラの場合は圧倒的な速度で放たれたので対処が間に合わなかったようだ。

結果……レウスの上半身は地面に埋まり、キースの時と同じ状況になっていた。

新たなオブジェを誕生させたイザベラは満足気な表情を浮かべ、キースは慌てた様子でレウスへと駆け寄っていた。

「……うん。悪くない技」

「だ、大丈夫かレウスよ!」

「ぐ……ぶはっ!? だ、大丈夫……だ」

それでもレウスは自力で脱出し、体をふらつかせながらも立ち上がっていた。レウスの頑丈さに加え、やはり師匠の一撃より軽かった御蔭だろう。

「俺はまだ……やれるー……わぷっ!?」

「はい、もう駄目だよ」

それでもレウスは頭を少し切って血を流していたので、リースによるドクターストップが入り、水の塊で顔を包まれて強制的に治療されていた。

そんな様子を眺めていたイザベラは、戦闘前にも見せた笑みを再び浮かべながらレウスを指差していた。

「……君は合格」

「く……仕方あるまい。俺も認めてやる」

「へ? は、はぁ……」

水から解放されたレウスは急な手の平返しに戸惑っているが、とにかく戦う事によって認められたらしい。

「勘違いするなよ、俺は妹に近づくのを許しただけだ! 我が妹の恋人になるのを許したわけではー……」

「いや、俺はもう恋人がいるからそんなつもりないし、兄貴だって恋人がいるんだぜ?」

「何だと!?」

「…………」

元々キースはメアに近づく男を許せないから挑んできたようなので、これでもう無闇に噛み付いてこないだろう。

そんなキースと違い、イザベラはある程度状況を理解していたようだが……。

「でも……貴方はまだ。だから戦おう?」

やはり戦わないと認めてくれないらしい。

今更戦わないつもりはないので、治療の終わったレウスとキース、そしてリースが観客席の方へ戻ったのを確認してから、俺は試合場の中心で待つイザベラの前に立った。

「こちらの準備は出来ていますので、いつでもどうぞ」

「……ん」

静かに頷いたイザベラが観客席の夫へと視線を送れば、獣王は大きな声で宣言していた。

「始めよ!」

殺し合うわけではないので、今回の戦いで持ってきた武器は師匠から貰った木製ナイフだけである。

何せこのナイフ、材質は木製でも鉱石より遥かに頑丈で、魔力を流せばミスリルナイフ以上の切れ味を持つ謎の存在であるが、刀身に魔力を流さなければただの頑丈なナイフとして使えるので模擬戦にも向いているのだ。他にも色々な機能もあるが、今は使わないので割愛する。

それに対してイザベラは徒手空拳だ。レウスの時に確信はしていたが、やはり己の体を武器にするのか。

「……来ないの?」

獣王の宣言によってすでに戦いは始まったのだが、俺たちは一歩も動かず睨み合いを続けていた。

一瞬の油断が勝敗を決める程にイザベラは速いので、下手に攻めたらレウスの二の舞になりかねないからだ。単純な速度なら俺より向こうの方が上だろうし。

「じゃあ、今度は私から……行くよ」

地面を踏み砕いて飛び出したレウスと違い、イザベラの移動は足音を立てない静かな移動だった。

まるで瞬間移動のように目の前に現れて拳を放ってきたが……俺は正面から掌で受け止めていた。

「……準備運動は済みましたか?」

瞬間的に『ブースト』で身体能力を引き上げ、衝撃を受け流した上での感想だが……思った以上に一撃は軽かった。

鍛えられた肉体の均整はとれているが、やはり全体的に線が細いので一撃の重さが少しだけ軽いのだ。おそらく彼女の力はレウスの三分の二くらいだろう。それでも種族による差なのか、俺より倍近い差はあるだろうが。

とにかく直撃するか、今のように掌で止めたり受け流す分は何とかなりそうである。

今のところ……だ。

そんな挑発するような俺の言葉を聞いたイザベラは不敵に笑うだけだった。

「当然。速さ……上げるよ?」

「念の為聞きますが、現在はどれくらいでしょうか?」

「……まだ半分」

そりゃあ不味いかも……と返す前に、イザベラは反対の手で俺の顔面を狙ってきたので首を捻って避ける。

流れるように体を捻って放たれた蹴りは木製ナイフで受け流したが、続けざまに放たれた虎尻尾の一撃は流石に受け止められないので屈んで避けた。

うーむ……敵ながら見事だ。四肢だけでなく尻尾も立派な武器として使っていらっしゃる。

「もっと……行くよ!」

「こっちも行きます!」

相手の速度が上がると同時に俺も『ブースト』を本格的に発動させ、拳を払い、体を捻り、飛び、屈み、更に速度が上がり続ける攻撃を俺は捌いていく。

もはやイザベラの速度は『 蜃気楼(ミラージュ) 』でもないのに残像が出来そうな勢いで、思考は追いついても体の反応速度が間に合わなくなってきた。

それでも俺は培ってきた経験と、 並列思考(マルチタスク) による先読みによって何とか対応していた。

そして速度が上がるにつれ、イザベラに変化が起き始めていたのである。

「ふふ……はは……あはは! きた……来たよ! 久しぶりの感覚よ!」

眠たげだった細い目が大きく開かれ、消え去りそうな呟きも打って変わって大声で笑い出していたのである。

戦いによってアドレナリンが分泌されたのだろうか? 完全な興奮状態でハイになっているらしく、あまりの変化っぷりに驚いて攻撃を避け損なうところだった。

とにかく静と動が極端な御方のようだな。

「うーむ……妻のあの姿を見るのも十年ぶりだな。やはりそれ程の相手だったか」

「親父、母上は一体どうしたんだよ?」

「イザベラは闘争本能が高まると感情を爆発させ、見ての通り本性が露わとなるのだ。つまり、本気を出したわけだな」

「……お母さん」

「あはは! これも避けられるわよね!」

獰猛に笑いながら放たれた拳を避け損ない、俺の頬を少し切り裂きながらイザベラは吠え続ける。

「ここまで興奮させるなんて私の夫以来よ! さあ、もっと貴方の力を見せて!」

「光栄ですよ……っと!」

背後に回り込まれても『 蜃気楼(ミラージュ) 』で残像を作りながら避けたが、反撃とばかりに放った蹴りもあっさりと避けられた。

「もっとよ……もっと……もっと……貴方の本気を見せなさい! 土よ昇れ! 『 岩昇弾(グランブレイク) 』」

イザベラが詠唱と同時に地面を踏み砕けば、俺の足元がひび割れて火山が噴火するように上空へ向かって衝撃と無数の岩が噴き出したのである。

あの魔法は……任意の場所に上空へ向かって岩と衝撃を放つ、土属性の中級魔法か。

更に詠唱も短くし、攻撃の合間に上手く挟み込みながら魔法を放つ戦いの上手さ……本当に油断ならない相手だ。

魔法によって上空へ飛ばされた俺へ真下から岩が迫ってくるが、逆にその岩を足場にして回避していった。

「凄いじゃない! 私以外にそれが出来る人がいたのね!」

その宣言通り、城の三階の高さまで飛んでいる俺を追って飛んだイザベラが岩を蹴りながら迫ってきた。

だが空中戦なら『エアステップ』が使える俺に分がある。

イザベラは岩を蹴りながら何度も俺に向かってくるが、同じく岩を蹴ったり、交差する直前で怪しまれない程度に魔力の足場を作って回避していく。

蹴った岩があちこちに飛び散って観客席に降っているようだが、残念ながら今の俺は気にする余裕がない。

まあ、俺の仲間たちと獣王なら岩が降ったところで問題はないだろう。

「メアリーよ、危ないから父さんの近くに来るのだ!」

「いや、こっちだメアリー! お兄ちゃんの傍ならお前には岩の欠片一つ当てないと誓うぞ!」

「風で防御しているから、あまり動いちゃ駄目よメアちゃん」

「わぁ……フィアお姉ちゃん凄いね!」

「「…………」」

そして蹴る岩が無くなり地面に着地した俺はすぐさま横へ飛ぼうとしたが、それよりも早くイザベラは俺の背後に回り込んで腰に手を回してきた。

この流れ……またバックドロップか! 本当にバックドロップが気に入ったんだな。

「これはどうかしら!」

「させん!」

俺は咄嗟に両手を真上に伸ばし、地面に叩きつけられる直前で『インパクト』を放っていた。

放たれた衝撃によって俺たちの体は地面を砕きながらも飛び、再び空中に身を躍らせたところで大きく体を捻って腰に回されたイザベラの腕を外す。

その行動に驚きながらもイザベラが放った蹴りを両手で受け止め、俺はその足を掴んだまま『エアステップ』で足場を作りながら振り回して試合場の壁へ向かって投げつけた。

「予想以上に強いわね! だけど……」

投げられながらも体勢を立て直し、壁へ着地すると同時に蹴って飛んだイザベラは、拳を振りかぶりながら試合場の中心に着地した俺へ迫ってきた。

相手の動きを見極めようと、迫る相手に視線を向けたその時……イザベラは笑みではなく初めて見せる真剣な表情で叫んだ。

「これほどの力を持つ貴方が、私の娘に近づいて何を企んでいる!」

それは戦士ではなく……母親としての言葉だった。

その言葉を聞いた瞬間、幾つか浮かんでいた疑問が解消した。

それは昨夜の話だ。

城から宿へ帰る直前、獣王が俺だけ呼びつけた時の会話である。

メアから魔力によって目が少し見えるようになったと聞いて、俺に改めて礼を言いたかったらしいが、ついでもあり俺は何となく聞いてみたのである。

何故メアは目が悪いのか……と。

先天性なのか、病気のせいなのか疑問だったが、獣王から返ってきた言葉は……。

『メアリーは、毒に体を蝕まれた事があるのだ』

メアは生まれてから家族だけでなく城中の者たちからも愛されていた。

しかし一年前……メアに毒が盛られる悲劇が起こる。

何とか一命は取り留めたが、そのせいもあって視力が極端に落ちてしまったのだ。

おまけに無意識に食事を受け付けなくなってしまい、最近になってようやく誰かが毒味したものなら食べられるようになったわけである。

毒を盛ったのは恨みでも政治による陰謀でもない、メアに美味しい物を食べさせようと張り切り過ぎた料理人のミスである。

故意ではないとはいえ、罪悪感に耐え切れなかった料理人は自害したそうだ。

誰も浮かばれない、悲惨な結末である。

それ以来、メアの体調に関して周囲は非常に敏感となった。

その御蔭もあり、それ以来メアは病気も怪我もなく元気に過ごし、ようやく過去の傷痕が薄れたと思った頃……俺たちがこの町へ来た。

魔力枯渇で倒れたにしては過剰反応だと思ったが、大袈裟に騒ぐ理由はそこにあったのだ。

皆から騒がれる程に好かれているメアだが、唯一冷静なのが一人だけいた。

それがイザベラだ。

メアが倒れた時は慌てて駆けつけたそうだが、命を取り留めたと判明するなりいつも通りに戻ったらしい。

娘と顔を会わせても遠くからじっと睨みつけるだけで、己と息子のキースを鍛える日々を繰り返しているそうだ。

『もう一つ質問があります。イザベラ様ですが、メアにはいつもあのような態度なのですか?』

『あれは不器用なだけよ。我が妻なだけあって可愛いものじゃないか、ははは!』

『睨みつけるのが不器用なのか……』

それが原因でメアは母親に近寄り辛くなり、周囲からは娘の事をあまり気にしていない冷たい母親だとも思われていたそうだとか。

だが……それは全くの見当違いであり、全て獣王の言葉通りだったのだ。

普段のイザベラは極端の口下手で、お互いにぶつかりあって語り合う性格なのは十分理解出来た。更に現在のように、本気を出さなければ本音を語ろうとしないとも。

獣王によれば、イザベラは強い相手だけでなくメアに近づいた相手とも手合わせしてきたそうだ。

つまりイザベラは誰よりも娘を心配しており、メアに近づく相手とぶつかりあって本音を知ろうとしているのだ。

己を鍛えているのは、娘を守る力を研ぎ澄ます為に。

メアを睨むのも、口下手かつ拳をぶつけ合う事でしか本音を語り合えない為。

勿論、強い相手と戦いたいのもあるだろう。

だが一番の理由は、この相手は娘へ近づくに値する相手なのか……と、判断する為に戦いを挑んでいるわけだ。

「答えなさい! そして貴方の本音を……私にぶつけてみなさい!」

しかし……正直に言わせてもらうなら、俺の方に深い理由はなかったりする。

メアとは偶然出会い、困っていたから助けた。それ以上もそれ以下でもない、ただの気まぐれなのだから。

それを口で説明しても納得はしないと思うので、この一撃は避けたら駄目だろうな。

難儀な女性であるが、その真っ直ぐな愛情は嫌いじゃないし、向こうが良ければレウスの訓練相手になってもらうつもりなので……本気で付き合うとしよう。

俺は腰を落とし、普段より念入りに全身に魔力を漲らせてから右手を振りかぶり、迫るイザベラへと渾身の一撃を放った。

「上に立ち導く者として、俺は困っている子供を助けただけだ!」

拳を振ると同時に『インパクト』を肘近くで爆発させ、衝撃によって加速された拳を放つ。

俺が現在放てる全力の拳で原理はパイルバンカーに近いが、強化した肉体でも負担が大きいので多用はしたくない。

直撃寸前に『インパクト』を放つ俺の拳とイザベラの拳がぶつかり合い、レウスとキースがぶつかった以上の衝撃が巻き起こる。

そして右腕から少し嫌な音が聞こえると同時に俺たちは弾かれるように後方へ吹っ飛び、地面を数回転がってから試合場の壁に激突して止まった。

「そこまでだ!」

これ以上続けると生死に関わると判断したのだろう。獣王は強制的に戦いを終わらせていた。

まだ戦えない事もないが、さすがに疲れたので俺は試合場の壁に寄り掛かったままでいた。

イザベラも俺と同じ状況らしく立ち上がる素振りは見せなかったが、充実した戦いの御蔭かその表情は満足気であった。こうして眺めていると非常に魅力的な笑みだが、それを引き出す為に戦わないといけないので苦労しそうである。

「シリウス様!」

終了宣言と同時に飛んできたエミリアが心配そうに顔を覗き込んできたので、俺は大丈夫と口にして安心させてやった。

俺がこれ程消耗するのを見たのは初めてかもしれないので、エミリアは大泣きするんじゃないかと思ったが……意外にも冷静な表情をしていた。

ああ、お前も成長しー……。

「シリウス様をここまで追い詰めた相手ですが、あちらもすでに手負い。後は私にお任せください。あの御方を完全に屈服させてこの国を手中にー……」

……泣くより性質が悪かった。

左手でエミリアの頭を撫でて落ち着かせながら、俺は己の怪我を確認し始めた。

ふむ……痛みは激しいが右腕の骨は折れていないようだな。しかし魔力枯渇の倦怠感と、イザベラの攻撃を捌き続けた肉体疲労もあるので今日はもう安静にしていよう。

体の分析が終わった頃には、俺の仲間たちが周囲に全員揃っていた。

「傷は少ないけど、すぐに治すから動かないでね」

「無事で良かったわ。それにしても、貴方がここまで疲れているのって初めてじゃない?」

「身の周りの世話は全て私がしますので、本日は安静にしてくださいね」

「兄貴に近づく奴は全てぶっ飛ばす!」

「クゥーン……」

「そこまで酷いわけじゃないから、とにかく落ち着きなさい」

姉弟が騒ぐ中でリースの治療が終わり、エミリアに肩を借りながら立ち上がれば、イザベラも獣王とキースに支えられながら立ち上がっていた。

もはや言葉は不要なのだろう。近づいてきたイザベラが穏やかな表情で手を伸ばしてきたので、俺はその手を取って握手を交わしていた。

「うむ、見事な戦いであったな。そして妻が認めたのなら、城の者もお前たちを完全に認めざるを得まい」

「まさか母上とここまで戦える奴がいるとは思わなかったな。おい、怪我が治ったら俺と戦ってくれよ!」

「最後の言葉と拳に嘘偽りは感じなかった。シリウス君は……大丈夫」

獣王の言葉通り、観客席にいた獣人たちは驚きながらも俺へ惜しみない拍手を送ってくれていた。

キースも認めてくれたようだし、これで解決……かと思ったが、メアの様子がおかしい事に気付いた。俺たちから少しだけ距離を置き、困惑した表情で固まっているのだ。

獣王の話によれば、イザベラが興奮して饒舌に語った姿を見るのは初めてらしい。

おそらく、甘えたくても顔を合わせる度に睨まれ、自分は嫌われていると思いこんでいた母親の本音を聞いて戸惑っているのだろう。

ここでイザベラがはっきりと本音を口にすれば良いのだろうが、残念ながらすでに興奮が冷めていつもの状態に戻っていた。

相変わらずメアを睨んでいるが、真相を知った今は娘にどう声を掛けるべきか困り果てている母親にしか見えない。

そんなイザベラの隣に寄り添った獣王は、笑い声を響かせながら彼女の頭に手を乗せていた。

「イザベラよ、もっと素直になったらどうだ? あれだけ猛々しく戦えるのだから、メアリーにぶつけるのも難しくないだろう?」

「だって……どう声を掛けたらいいかわからない。ずっと……甘えさせられなかったから……」

「私とキースのように言えば良いのだ。私はお前を誰よりも愛しているぞ! ……とな!」

「……それは無理」

何かもう見ていられないので、俺は思わず助言していた。

「言葉が無理なら行動です。メアの頭を撫でてあげてはどうですか?」

「っ!?」

その助言が天啓だったのか、イザベラは目を大きく見開きながら俺を睨みつけてきた。

「ほら、威圧出ていますよ。娘さんは逃げませんから、落ち着いて……ね?」

「……ん」

静かに頷き、呆然と立ち尽くすメアに近づいたイザベラは、そっと愛娘の頭に手を乗せてゆっくりと撫で始めた。

「お母……さん?」

「…………メアリー」

「う、うん。何?」

「…………好きよ」

「……本当?」

「……うん」

拙いながらも、徐々に母子らしいやりとりを始めていた。

何だかリースが父親と和解した時を思い出させる光景だな。

そして俺と同じ記憶を思い出したリースが恥ずかしそうにする中、イザベラはメアの頭を撫で続けながら俺に顔を向けてきた。

「シリウス君。娘の教育係……やってみない?」