作品タイトル不明
色々吸収した結果
俺はまだ町を歩き回っていないが、エミリアとフィアから簡単にこの国について聞いている。
多くの獣人が住むアービトレイを治める獣王……名前はアイゼン・ディアルス。
その鍛え抜かれた筋肉に恥じぬ実力を持つだけでなく、獣王と呼ばれるに相応しい器を持つ獅子族の獣人である。
娘への溺愛ぶりが酷いと思うが、その娘が誰からも好かれているので、この国では些細な問題のようだ。
その獣王の娘である、メアリー・ディアルスとは色々あって知り合いになったが、獣王にはもう一人子供がいたようだ。
メアの兄でもある、キース・ディアルス。
俺より二つ年上の青年で、父のような獅子族ではなく虎族の獣人である。
そんなメアとキースの母親で、獣王の妻である女性が……。
「イザベラ。お前も心配で戻ってきたのか?」
イザベラ・ディアルスである。
レウスに迫る長身の女性で、モデルをやっていてもおかしくない均整のとれたプロポーションを持つ虎族の獣人だ。
雪のように白い長髪を靡かせながら、獣王の言葉に振り返ったイザベラは静かに頷いた。
キースの背中に乗ったままで。
「母上。どいてほしいんだけど……」
「…………」
当たり前のように息子の背中を踏んで登場したが、わざとではなかったらしい。
息子の訴えにそっと背中から下りたイザベラは立ち上がったキースの背後に控え、鋭い視線をメアへ向けたまま威圧感を放ち続けていた。
出鼻を挫かれたようだが、体に付いた埃を払ったキースは仕切り直しとばかりにこちらを指差してきた。
「伝令から聞いたぜ親父! 人族の冒険者がメアリーに魔法を教えたから倒れたってな!」
「落ち着けキース。それはもう解決しているのだ」
「てめえだな! 俺の妹に酷い事をしたそうだな!」
父親の制止も聞かずキースは俺を睨みながら近づいてきたが、レウスが間に入ってその歩みを止めていた。
「待てよ。兄貴に何をする気だ?」
「関係ない奴は黙っていてくれ。俺はこの男を許すわけにはいかんのだ!」
「関係あるから止めるんだ。俺を無視して兄貴に手を出せると思うなよ!」
こうして並んでみると、キースの方が若干背が高い。そしてレウスと同じく鍛え抜かれた筋肉からみて相当に鍛えられているのだろう。
そんな二人による睨み合いが続き、二人が同時に拳を握ったその時……。
「ハウスだ、レウス」
「おう!」
「落ち着けと言っておるだろうが!」
「ぐはっ!?」
流石にここで戦えば客間を壊しそうなので、俺の号令と獣王が振り下ろした拳骨によって戦いを強引に中断させた。
イザベラ程ではないが、獣王が見せた踏み込みの速さは実に見事であった。
「いてぇ! 何をしやがるんだ親父!」
「お前こそ何をするつもりだったのだ! いいからまずは私の話を聞け。イザベラもだぞ」
「…………」
ある一点を見つめ続けていたイザベラも獣王の言葉に頷き、三人は俺たちに背を向けて情報の共有を行っていた。
そしてイザベラから鋭い視線を向けられて震えていたメアにはうちの女性陣が近づいて話し掛けていた。
「メアちゃん、大丈夫かしら?」
「……大丈夫」
「あれがメア様の母上なのですね。その、非常に言い辛いのですが……」
「うん、凄く美人だけど……何であんなに睨んでくるんだろう?」
「お母さん……私にはいつもあんな感じなの」
母親が現れてからメアが妙に大人しくなっているが、あの鋭い眼光と威圧感をぶつけられれば委縮して当然だろう。
完全な苦手意識を感じているようで、親子だというのに面と向かって会話が出来ないようである。
「……というわけだ。だから彼等に失礼な行為は慎むのだぞ」
「だけど親父、可愛いメアリーが倒れた原因を作ったのは事実だぜ?」
「お前の気持ちはよくわかる。実際私もさっきまでそう思っていた。だが話してみたところ悪い者たちではないし、昨日今日会ったばかりなのにメアリーがあそこまで懐いているのだ。何より、お前はあそこにいらっしゃる御方が見えないのか?」
「何を言ってんだ親父ー……うおっ!? もしかしてあれは百狼様か!?」
「…………」
聴力を強化して獣王一家の会話を聞いていたが、どうやらメアの事に夢中でホクトの存在に気付いていなかったようだ。
遅れてホクトの存在に気付いたキースは驚いているが、母のイザベラは無表情のままである。強者ゆえの余裕だろうか?
そして家族相手でもエリュシオンの件は隠す事に決めたらしく、獣王は言葉を選びながら説得を続けていた。
「とにかくこれ以上は国の沽券に関わる。彼等に喧嘩を売るような愚かな真似は止すのだ」
「納得出来ねえぞ!」
「ええい、何が納得出来ないというのだ!」
「あの娘たちは良いけど、人族と獣人の男は駄目だ! メアリーに年頃の男を近づけるにはまだ早い!」
親馬鹿の子だけあって、彼も立派な兄馬鹿のようである。
物語でよくある、妹の男は自分が認めた相手じゃないと駄目というやつだろうか? この様子だと妹と仲良くなるには相当……いや、天辺が見えないくらいにハードルが高そうだ。
メアだけじゃなく、この兄も将来結婚出来るのか不安になってくるな。
「その気持ちもよくわかるぞ! だがあれほど懐いている以上、無理に引き剥がせばメアリーを悲しませるだけだ。お前は泣いたあの子を見たいのか?」
「くっ……仕方ねえ。しばらく俺が付きっきりで警護しねえと駄目だな」
「それは私が言って断られたから止めておけ。それよりちゃんと挨拶をする方がー……」
「……戦う」
そしてようやく話の着地点が見えたところで、唐突にイザベラが口を開いた。
俺たちの前に現れて初めて喋ったかと思えば実に好戦的な言葉で、さすがの獣王も驚きを隠せなかったようだ。
「……イザベラ、本気なのか?」
「……戦いたい」
「事情を知った上で言っておるのだろうな?」
父ではなく王として獣王は問い詰めているが、イザベラは淡々と頷くだけだった。
そのまま夫婦は鋭い視線で見つめ合っていたが、しばらくして獣王は諦めたかのように溜息を吐いた。
「……交渉はしてみよう」
「親父! 俺もだ!」
「騒ぐな、全ては向こう次第だ」
話が纏まったところで、獣王は妻と息子を連れて俺の前へやってきた。
ちなみに家族会議の声量は段々大きくなっていたので、途中から聴力を強化するまでもなく聞こえていた。
「騒がせてすまなかったな。まずは私の家族を紹介しよう。私の妻であるイザベラと、こっちは息子のキースだ」
「……さっきはすまなかったな。俺はキースだ」
「…………イザベラ」
「こちらこそ初めまして、シリウスと申します」
「実はだな、お主をあのような目に遭わせてしまい、非常に頼み辛い事があるのだが……」
「途中から聞こえていましたが、つまりイザベラ様は俺たちと戦いたいという事でしょうか?」
「理解が早くて助かる。私の妻はお主たちのような強者を見つけると戦いたがるのだよ」
見た目は長身モデルのような美しい女性だが、中身は武闘派というわけだな。
彼女から放たれる威圧感にライオルの爺さんを思い出すが、あの剣の変態と違って積極性が少し足りないようだ。爺さんなら問答無用で剣を振って来るからな。
「これはメアリーの事も何も関係ない。ただ己の力をぶつけ合う戦いをしたいだけだ。欲しければ報酬も出そう」
「私が断ったとしたら?」
「それでも良い。元々強制なんて出来ぬからな。だが……妻があそこまで積極的に戦いたいと口にするのは久しぶりでな。一応聞いてみたのだよ」
「少し皆と話し合ってきてもいいですか?」
「構わぬ。検討してくれるだけでも十分だ」
あれで積極的なのかと突っ込みたいのを我慢しつつ、俺は獣王から離れて弟子たちを集めた。
すでに答えは出ているが、きちんとみんなに報告しておくべきだろう。まあ、弟子たちの表情からして俺の考えは察しているようだけど。
「どうやら返事は決まってるみたいね」
「戦うつもり……なんだよね?」
「ああ、戦ってみようと思っている。向こうもそれを望んでいるようだし」
イザベラは無表情だったが、とにかく戦いたいという気持ちだけははっきりと伝わってきた。
そして息子であるキースを含め、こういう手合いは一度本気でぶつからないと慣れ合えない性質だと思うので、戦わなかった方が後々面倒になるかもしれない。
「兄貴。キース様とは俺と戦わせてくれよ」
「元からそのつもりだ。訓練の成果を見せてやるといい」
「おう! 任せておけ!」
「怪我するのは仕方がないけど、危ないと思ったらすぐに止めさせてもらうからね」
強者同士になれば、一つのミスが致命的となり死ぬ可能性も出てくる。相手は王族だし、もし大怪我させてしまえば面倒事になるのは確実である。
それでも戦おうと決めたのは、レウスに経験させる為だ。
レウスが超えようと思っているライオルの爺さんも、様々な強者と戦って強くなってきたのだから。
俺の予想ではキースの実力はレウスに近いだろう。余裕があれば、格上と思われるイザベラとも戦わせてみようと思っている。
勿論、交渉して何があっても責任にはしないと約束させた上での話だが。
話し合いが終わったところで、家族の下ではなく俺たちの側にいたメアが納得のいかない様子で呟いていた。
「お母さん。何でそんなに戦いたいんだろう?」
「そんなに……って事は、いつもこんな感じなのかしら?」
「私もここへ来た時にイザベラ様と戦った。あっという間に負けちゃったけど、その御蔭でメアリー様の護衛を任せてもらえるようになった」
「お兄ちゃんは鍛えているのに、私の事はいつも睨んでばかり。私も強くならないと駄目……なのかな?」
怖くて近寄りがたいようだが、やはり母親には構ってほしいのかもしれないな。
何か助言でもしてやりたいところだが、イザベラについて何もわかっていないので下手な憶測で勘違いさせるわけにもいかない。
寂しそうな表情を浮かべるメアに背を向け、俺は獣王の下へ返事をしに向かうのだった。
交渉が終わった頃にはすでに夜も遅くなっていたので、戦うのは明日の昼過ぎから行う事に決まった。
このまま城へ泊まっても良いと言われたが、準備もあるので馬車を預けている王狼館の方が良いので丁重に断っておいた。
「すでにお主たちの事は城中の者が知っているから、門で止められる事はあるまい。明日は安心して城へ来てほしい」
「絶対に来いよ。逃げるなんて許さないからな!」
「また明日ね!」
「…………」
そして城から出た俺たちは獣王一家の多種多様な表情で見送られながら宿へ戻り、明日の戦いに備えるのだった。
翌日……城へやってきた俺たちは、獣王の言葉通りあっさりと門を通してもらい、城内だというのに大きな屋外広場へと案内された。
ちょっとした闘技場のようで、観客席には身形の良い獣人や、武人のような雰囲気を放つ獣人も座っていた。
「ここは儀式や腕試しを行う時に使う試合場だ。頑丈に作ってあるから、多少暴れても大丈夫だぞ」
「見物する人がかなりいますね」
「城の連中をほとんど集めたからな。親父の思惑通りだ」
俺たちの案内役を任せられたキースは渋々といった様子であるが、聞けばしっかりと答えてくれる律儀さを見せていた。
そして獣王の思惑とは、城に勤めている者たちにこの試合を見学させる事である。
ここアービトレイでは実力者は評価されるので、俺の話を聞いてもメアの事を納得していない少数を納得させる為でもあるそうだ。
実際イザベラと戦うという事は相当な実力者の証拠らしく、興味本位や憐れみの視線はあっても、殺気や怒りの視線は一切感じなかった。
余談だが、この模擬戦が行われるのが昼からなのは、城中への伝達と獣王がメアに構って遅れてしまった政務を済ませるという私情もあったりする。
「あ、お兄さん! ホクト様!」
「来たか」
「…………」
試合場の中心に獣王夫妻とメアが立っていたが、俺たちに気付いたメアはこちらに向かって走り……。
「おお! 我が妹よ、お兄ちゃんは絶対に負けー……」
「いらっしゃいお兄さん。今日は頑張ってね」
「うおおぉ……メアリーよぉ……」
「「「メアリー様っ!?」」」
そして手を広げて待つキースを避けて、俺の胸元に飛び込んできたのである。
これも親子なのだろうか、父親である獣王と全く同じ展開だ。
更にメアが抱き付いてきた光景を目の当たりにした獣人たちの悲鳴が響き渡り、無数の妬みと殺気が俺に向かって放たれた。
しかしメアはそんな状況を全く気にする事なく、続いてホクトに抱き付いて楽しそうに笑っている。まだ少女であるが、もはや魔性の女だな。
「兄貴に殺気を放ちやがって。こっちも放って黙らせてやる!」
「シリウス様に挑むつもりでしょうか? 返り討ちにしてさしあげましょう」
「落ち着けお前たち。どうやら手を出す必要はなさそうだぞ」
怒号が響き渡る中、イザベラが地面に尻尾を叩きつけながら威圧を放てば……試合場は一瞬にして静かになっていた。
観客席に座る獣人たちの尻尾が一斉にピンと立ち、更に怯えるように耳も垂れ下がっているので、完全な上下関係が出来ているようである。
「皆も落ち着いたところで始めるとしよう。まずはキースと客人であるレウスとの勝負からだ」
静かになった試合場で獣王が場を仕切り、レウスとキースを残して俺たちは試合場から離れた。
「レウス。弟子としてシリウス様に失礼な事をしようとした相手に負けてはいけませんよ」
「おう! わかっているぜ姉ちゃん」
「キース様とは私が戦ってもよかったのですが、私の魔法では切断してしまいそうなので今回は貴方に任せます」
「姉ちゃん、俺だって剣で斬る可能性もあるんだけど……」
「貴方は加減が出来るでしょう?」
「それもそうだな」
離れ際に姉弟が物騒な会話をしていたが、俺は聞かなかった事にしておいた。何せエミリアの最大魔法は切断魔法なので、今はただ戦うのを控えてくれて安堵するばかりである。
そして対戦相手であるキースとイザベラを見れば、二人もまた向かい合って会話をしていた。
「…………」
「大丈夫だ母上。俺は全力で戦うだけだよ」
「…………」
「わかってるさ、あいつは強い。油断はしねえ!」
といっても、ひたすら無言のイザベラにキースが一人で頷いているだけにしか見えないのだが……。
試合場から離れた俺たちは、獣王が用意してくれた席に座っていた。少し高い位置にあるので試合を観戦しやすく、防護壁もあるので戦いの余波も多少は防げるだろう。
どうやら王族用の場所らしいが、獣王が許可しているので俺たちが座っても構わないらしい。
柔らかい素材で作られたクッションも置かれていて、座り心地は悪くないのだが……。
「シリウスよ。隣に座らせてもらうぞ」
「…………座る」
獣王とイザベラが俺を挟むように座ってきたので非常に居心地が悪い。
別に二人を嫌っているわけじゃないから構わないのだが……落ち着かないな。
ホクトの背中に乗って、うちの女性陣と楽しそうに談笑しているメアが少し羨ましかった。
「さて、我が息子は勝てるかどうか……」
「ご子息を信じていないのですか?」
「息子の実力は信じている。だが、お主の弟子であるレウスから感じる強さは息子に負けておらんからだ。息子として、無様な戦いだけは見せてほしくないものだな」
娘にはとことん甘いが、息子には厳しいようだ。
考えてみればキースは跡継ぎでもあるので、父親が厳しく接するのも当然かもしれない。
では……母親の方はどうだろうか?
「……負けたらお仕置き」
どちらもスパルタのようである。
そんなイザベラの呟きに、試合場でレウスと対峙しているキースは体を震わせるのだった。
昨夜決めた戦いのルールだが、どちらかが戦闘不能になるか、相手が敗北を認めれば勝敗が決まる流れだ。
現在一定の距離をとって対峙している両者だが、互いの手にはまだ武器が握られていない。
普段使っている武器で戦うと非常に危険という事で、武器は獣王たちが用意すると言っていた。なのでレウスの相棒である大剣は俺の足元に置かれている。
「レウスよ、これを受け取れ」
キースは兵士が二人掛かりで持ってきた大剣を投げて渡していたが、何故か自分の武器である大きな戦斧……ハルバードも渡していた。
首を傾げつつも空中で両方の武器を掴んだレウスは、大剣の方を軽く振り回してから頷いた。
「うん……相棒より軽いけど悪くないな。ところで、キース様の武器も渡した理由は?」
「俺の事はキースでいい。口調も普通で構わん。今の俺はお前と戦う相手であり、身分なんて関係ないのだからな。そして俺の武器を渡したのは、細工がされていないか確かめろって事だ」
「そういう事か。じゃあ……うん、問題ないぜキース!」
その言葉にレウスは笑みを浮かべてからハルバードを振り回し、何もないと確認してから投げ返していた。
なるほど……妹との絡みで変な男だと思っていたが、礼節は重んじるようだ。
その光景を眺めていると隣の獣王が少し補足してくれた。王自ら解説してくれる状況なので、少し贅沢な気分かもしれない。
「武器の刃は完全に潰してある。互いの実力から安全とは言えないが、危険は減った筈だ」
「おそらくあの二人なら直撃の一回くらいなら耐えられるでしょう。ただ、武器の方がレウスの力に耐えられない気がしますね」
「それは我が息子にも言えるし、仕方があるまい。武器が壊れたら中断させるとしようか」
「……私が教えた格闘術がある。止める必要はない」
「そうですね、レウスにも俺の格闘術を教えてますので、武器が壊れても大丈夫かと」
「そうか。ならば好きにやらせておくとするか」
「……シリウスさん、二人の間にいても全く違和感なくなっているよね?」
「ええ、見事に溶け込んでいるわ」
「シリウス様は王族として振る舞っても問題ないという証拠です」
いや……この場合は王族というより親の気持ちだと思う。
外野からの突っ込みにそう返そうとしたが、二人の戦いが始まったので俺は試合場へと意識を向けるのだった。
「行くぞレウス!」
「おう! どらっしゃああぁぁ――っ!」
二人がほぼ同時に飛び出して武器を振るい、互いの武器がぶつかるなり激しい轟音を響かせていた。
そのまま鍔迫り合いが続くかと思ったが、一瞬だけ拮抗して弾き飛ばされたのは……レウスであった。
「嘘!? レウスが力で負けてるわよ!」
「力はほとんど互角と思いますので、おそらく踏み込みの速さで負けたと思います」
「レウスの剣は借り物だから慣れていなかったせいもあるだろう。けどレウスはまだ諦めていないさ」
弾き飛ばされた勢いでハルバードの範囲から外れたレウスは、弾かれた勢いを殺さずにその場で回転して剣を全力で薙いでいた。
追撃しようと前へ踏み込みながら武器を振りかぶったキースだが、相手が来るとわかって振っていたレウスの剣の方が若干速く、今度はキースの方が力負けして弾き飛ばされていた。
「くっ……まさか年下にここまで押し込まれるとは。だが妹の為にも俺は負けん!」
「俺だって兄貴の弟子として負けてられねえんだ!」
「貴様! 妹よりその兄貴の方が良いのか!」
「訳のわからない事言ってんじゃねえ!」
微妙にずれた会話を続けながらも二人の戦いは続く。
レウスも剣の感覚を掴んだのか、今度は弾き飛ばされずに拮抗し、互いにその場で踏ん張りながら武器をぶつけ合い続けた。
一振り、二振り……斬り結んだ数が十を越えたところで、互いに差し合わせたように全力で振りかぶった。
「「うおおおぉぉ――っ!」」
二人同時に放たれた渾身の一撃により、遂に互いの武器が限界を越えて砕けて無数の破片が観客席まで飛び散ったのである。
観戦していた獣人たちは慌てて回避していたが、その中で一際大きい破片が俺たちの下へ飛んできたので俺は『マグナム』で叩き落とそうとしたが、それよりも速く獣王とイザベラが腕を伸ばし……。
「あの馬鹿者めが。メアリーに当たったらどうするつもりだ」
「……後でお仕置き」
まるで羽虫を捕まえるように、素手で掴んで止めていたのである。ついでにキースの未来も地獄行きが確定していた。
互いの武器が使えなくなっても、破片によって浅い傷を作ろうと二人は止まらない。砕けた武器を放り、互いに拳を振るってぶつけ合っていたのである。
拳同士がぶつかって生じた衝撃波は凄まじく、二人の周囲に埃や砂塵を舞わせる威力だった。
「妹に近づける男は肉体も心も強くなければならないのだ! お前の本気を見せてみろ!」
「言われなくても見せてやらぁ!」
叫びながら一歩も引く事なく拳を振るい合い、時々体に当たりながらも致命的な一撃にはならず、二人の殴り合いはしばらく続いた。
ほとんど互角に見える戦いであったが、年期の差か気迫の差なのか……徐々にレウスの手数が減り始めて防戦一方になっていた。
そして……遂に均衡が崩れる。
「これで終わりだ!」
拳の一撃によって防御が崩され、レウスに致命的な隙が出来たのである。
その生まれた一瞬の隙をキースは見逃さず、瞬時に槍のような蹴りを放ってレウスの腹部を貫いた。
だが……。
「っ!? 手応えがー……」
「こっちだ!」
キースが貫いたレウスは魔力によって生み出された残像である。
その隙に相手の背後へ回り込んだレウスはキースの腰に手を回し……。
「どらっしゃあああぁぁぁ――っ!」
「う……おおおおおぉぉぉっ!?」
そのまま自身がブリッジを描くように持ち上げ、見事なバックドロップを決めたのである。
キースを後頭部から地面へ叩きつけると同時に小規模の地震を思わせる衝撃が発生し、彼の上半身は地面に埋まって見事なオブジェと化していた。
死んでも不思議ではない一撃だったが、本能か鍛え抜かれた経験と肉体の御蔭か、キースは頭を腕で守っていたので致命傷は避けたようである。『サーチ』で魔力の流れは感じるので生存は確認出来た。
「うーむ、お主の弟子は大胆かつ見事な技を使うのだな」
「正直に言いますと、私も予想外でした」
「……面白そう」
それにしても俺が教えた『 蜃気楼(ミラージュ) 』を咄嗟に使ったのは見事だと思うが、まさか師匠から食らったプロレス技まで使うとは思わなかった。
素人が使うには危険な技だが、レウスは師匠から何度も食らってコツを掴んでいる。俺に何度かやり方も聞いてきたので、実はプロレスが気に入っているのだろうか?
ちなみに対処法は幾らでもある技だが、初見かつ残像によって動揺したキースは見事に食らってしまったようである。
キースが倒されて静かになった試合場の中、レウスはゆっくりと立ち上がって俺たちに手を振っていた。
「悔しいが、完全に息子の負けだな」
「……鍛え直さないと駄目」
息子が負けて面白くない筈だが、獣王は敗北を認めるどころか不敵な笑みを浮かべていたので器の大きさを感じさせた。
そしてイザベラもまたキースに厳しい目を向けつつも、レウスの勝利に文句は無いようであった。
「双方、見事な戦いであった。この勝負、冒険者レウスの勝ちである!」
自国の王子が倒されたというのに、獣王の宣言によって獣人たちは拍手でレウスを称えてくれていた。
この戦いは俺たちの実力を見る為のものであって、国と面子は関係ないと事前に伝えているからだ。
だが……これはあくまで前哨戦に過ぎない。
「……次は私」
ゆっくりと立ち上がったイザベラは、抑えていた威圧を解き放ちながらゆっくりと俺を見下ろしてきた。
まだ手すら合わせた事もないが、すでに彼女は俺を一人の戦士として認め、俺もまた彼女が強いと確信している。
本当の戦いはこれからだろう。