軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118 結婚式(1)

いよいよ結婚式当日になった。式は午前十時開始。場所はハウラー家のホール。

幸いなことに天気は晴れ。朝の五時半には馬車が迎えに来た。ヘンリーさんは八時に来ればいいと言われているが、私は六時。

恐ろしいことに、ヘンリーさんは城で仕事を確認してから実家に向かうと言う。

「結婚式当日に?」

「川の護岸工事がどうなったか報告書を確かめたいんです。マイさんが嫌なら人に頼みますが」

「花婿さんは身支度に時間がかからないから大丈夫。どうぞ」

「理解がある。助かります」

そう言ってお城に行ってしまった。まあ、いいんだ。そういう仕事大好きマンを好きになったのは私だ。

迎えに来てくれた御者さんは「本日はおめでとうございます」と満面の笑み。

ハウラー家は遠くから見てもわかるくらい、門にたくさんの花が飾り付けてある。

私がお屋敷にたどり着くと執事さんとコンスタンス様が現れた。コンスタンス様はまだ正装はしていないものの、髪は華やかに結い上げて金色の飾りピンがあちこちに刺してある。いつもは緑がかった茶色の瞳が、今日は緑色が強くなっているように見える。

「マイさん、おはよう。ヘンリーと一緒じゃないの?」

「ヘンリーさんは確認したい仕事があるそうで、お城に行きました」

「……そう。あの子はそういう子でした。油断していたわ。最終確認したいことがあるのに。マイさん、朝食は? まだなら摘めるものを用意したわ。食べながら準備をしてね」

「はい」

コンスタンス様のお顔は笑っていらっしゃるのに目は笑ってない。その手のことに鈍感な私でも、確かに殺気を感じる。美人が殺気立つと迫力があるんだと学びましたよ。

子爵様はのんびりしていて、お茶を飲みながら執事さんとおしゃべりしている。ご挨拶だけして私はお化粧に入った。

二時間以上かけてお化粧と身支度を済ませ、やっとひと息ついたところへコンスタンス様が入ってきた。

「まあ……。きれい。美しい花嫁さんだわ。ドレスがよく似合っていること」

コンスタンス様の目が赤くなって、侍女さんたちが「奥様、泣いたらお化粧が」と慌てている。私は(本物の身内が一人もいない結婚式ってどんな感じかな)と思っていた。でも、こうやって私の花嫁姿を見て涙を浮かべてくれる人がいた。それが本当に嬉しく、ありがたい。

「マイさん、アクセサリーは用意してあるとヘンリーが言っていたけれど、一応見せてくれる?」

「はい、これです」

自作の薄い木の箱に真珠のネックレスとピアスを入れてある。どうなるかなあと思いながらパカリと箱のふたを開けたら、コンスタンス様が動きを止めた。

「これは……真珠?」

「はい。このドレスに合うのは真珠かなと思って」

「ちょ、ちょっと見せてもらえるかしら」

「どうぞ」

コンスタンス様は真珠をじっくり眺めているものの何もおっしゃらない。

「やっぱり、これはまずいでしょうか」

「いいえ。ミッチェルからマイさんのダイヤの話を聞いていたからダイヤなのかと思っていたの。真珠とはねえ。それもまた見たことがないほどの粒ぞろいで素晴らしい……。いいわね。そのドレスによく似合います。皆さんがさぞかし驚くでしょう。ふふっ」

コンスタンス様はご機嫌さんになって部屋を出ていった。私が作ったのかと聞かれなかった。人がいるから聞けなかったのかも。

ネックレスとピアスをつけ、白い手袋はギリギリでいいと言われて椅子に座っていると、コンスタンス様が私の養子先のリッチモンド夫人を連れて戻ってきた。コンスタンス様は濃紺のドレスに着替えていた。知的で上品で美しい。バーバラ様はえんじ色のドレスで華やかだ。

「まあ! 美しい花嫁さんだこと」

「ありがとうございます。バーバラ様もコンスタンス様もお美しいです」

「ヘンリーはどこなのかしら? お祝いを言いたいのだけど」

バーバラ様の何げない言葉を聞いて、コンスタンス様に再び殺気が漂う。

「ヘンリーならもうすぐ来ると思います。ちょっと用事があるらしくて……」

「ここにいますよ、母上」

「ヘンリー! よかった、いたのね」

ドアによりかかるようにして立っているヘンリーさんはもう、モデル? 俳優? と思うほどかっこいい。前髪を上げて額を出している髪形を初めて見たけれど、イイ! イケメンが過ぎる。品がいいし足が長いし、顔がスンとしていて、何もかもかっこいい。

「うわぁ」

「マイさん、よだれが出そうですよ」

「え? やだ、ほんとに?」

「嘘です。すごくきれいだ」

コンスタンス様とバーバラ様が「あらあら。おじゃまかしらね」と笑いながら部屋を出ていった。ヘンリーさんは私に近づいてジッと見てくる。

「どこか変でしょうか。私、ドレスなんて着たことないから。服に着られているでしょうね」

「いいえ。こんなにきれいなマイさんを他の男に見せるのは嫌だなあと思っているところです。他の男に笑顔は向けないようにしてくださいね」

「何を言っているんですか。今日は笑顔で通しますよ。列席される本物のご令嬢は、きっときれいなんでしょうねえ」

「他の女性がどんなに着飾っても、マイさんにはかないませんよ」

全くもう。真顔でぬけぬけと。

「ヘンリー様、皆さんがお揃いです」

「では行きますか」

執事さんに声をかけられ、私はヘンリーさんの腕に手を添えた。ホールに向かう私たちの前後を歩く侍女さんたちが嬉しそうだ。結婚にいいイメージがなかった私だが、(なるほど、結婚はこうやって多くの方に喜んでもらうことにも意味があるんだね)と思う。

神殿から神官様が来て、私たちの結婚を神に宣言してくれた。

神への宣言のあとは参列してくれた貴族たちへの挨拶の時間だ。コンスタンス様によると、ホールに集まっている貴族の顔ぶれはそうそうたるものだそうだ。お客様たちが近寄って来ては口々に「さすがは次期宰相様と言われることはある。これだけの顔ぶれが揃う結婚式は珍しい」と言う。

ヘンリーさんは笑顔で「私には皆さんのお力添えが必要です。よろしくお願いします」と殊勝な返事をしている。

私たちの結婚の立会人は、婚約式に続いて宰相様だ。ヘンリーさんがハルフォード侯爵様に挨拶をしている間に、宰相様が私にだけ聞こえるように、こんなことをささやいてきた。

「ハルフォード侯爵家当主がヘンリーの結婚式に顔を出している。マイ、これは大変なことだよ。今までは代理が顔を出すのが常だった。ハルフォード侯爵は中立派の要。王家派だけでなく、中立派もヘンリーに期待しているということだ。ヘンリーに寄せられる期待はとんでもなく大きい。期待が大きいと言うことは、何かあればヘンリーに吹き当たる風も強くなると言うことだ。どうかマイは、ヘンリーにとって心を休める枝であってほしい」

「心がけます」

「頼むよ。きっとこの国はヘンリーが導いてくれる。あれは類まれな才能の持ち主だ。ヘンリーが『こうすべき』と私に進言して間違いだったことがない」

宰相様大絶賛。

私は子供のころから千住のドラ猫と言われて好きなように生きてきた。ヘンリーさんのように重い期待を背負わされたことがない。おばあちゃんはなんでも私のやりたいようにさせてくれた。そんな私が今度はヘンリーさんに、やりたいことをやりたいようにやらせてあげたい。

ハルフォード侯爵様と話をしているヘンリーさんを見て、(背中は私に任せろ)と思う。

その後は(結婚式の日に思い出す私もどうなの)という過去を思い出していた。私に好きな人ができて全力で追いかけ、おばあちゃんが激怒した時のことだ。

「あの男だけはやめなさい! 私は博之さんと絵里からお前を預かっているんだ。あの男だけは許さないよ!」

まだ二十歳になったばかりだった私は、反対されればされるほど、(私だけがあの人の良さを理解できる)と猛進した。突っ走った結果、適当に遊ばれて捨てられた。ま、相手は全然本気じゃなかったわけだ。

茫然として食事もできなくなった私におばあちゃんは何も言わなかったが、腑抜けになって三日目に、私の好きな卵焼きやなめこのお味噌汁などを載せたお盆を運んできて、ひと言こう言った。

「縁がなかったんだよ」

ほら見たことかでもなく、だから言っただろうでもなく、あの男と縁が切れてよかったでもなかった。

縁がなかったとだけ言って、おばあちゃんは一人で日本酒を飲み始めた。

「私も飲む」

「一合までね。ぐい呑みを持っておいで。戸棚に 蛎(かき) のオイル煮の缶詰があっただろ? あれで飲もうか」

「うん。他にも適当におつまみを出すね」

おばあちゃんが作ってくれた食事も肴にして、テーブルいっぱいに好きなものを並べて、何も言わずに二人で飲んだ。しばらく無言の時間が続いてから、お酒の力を借りておばあちゃんに聞いてみた。

「ねえおばあちゃん、なんであの人のことを反対したの? どこがダメだと思った?」

「言葉じゃ上手く言えないけどさ、あの男には『 実(じつ) 』がなかった」

「『実』って?」

「優しいことを言う男が人として優しいとは限らない、ってことかな」

「ふうん」

そんなことをぼんやり考えていたら、ヘンリーさんが戻ってきた。

「疲れましたか?」

「いいえ、全く。これから二人で皆さんに挨拶して回るんですよね?」

「ええ。マイさん、貴族の名前を頑張って憶えていましたよね。成果の見せどころですよ」

「頑張ります」

「真珠のことを聞かれたら、何も答えず、曖昧に笑ってください。みんな、そのネックレスのことを相当気にしています」

「あら」

そこでヘンリーさんがいたずらっ子みたいな顔をした。

「庭に振る舞いの料理と酒が用意されているのですが、貴族への挨拶が終わったらそちらにも顔を出しましょう。ソフィアちゃんやロミさんが待っています。インゴさんとエラさんも来ていますよ」

「ええっ!」

「オーブ村の村長に手紙を出したら、連絡を取ってくれたのです。俺が宿を用意して招待しました。俺がマイさんに出会えたのは、その二人がいたからこそですからね」

ぶわっと涙が出た。

おばあちゃん、『実』のある男がここにいたよ。