軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

禁じられた美酒

さて、もう一人の当事者、アルヘナ伯爵である。

ガイカクは当然、そちらへも挨拶に向かった。

総騎士団長から送り込まれてきたガイカクは、当然ながら強い権威を持っている。

彼に会わないというのは、やましいことがあると自ら告白するようなもの。

なんなら、それを口実に騎士団の敵=悪、という認定になりかねない。

とんでもなく正当性のある理由でもない限り、会わないという選択肢はないのだ。

だからこそワサト伯爵はすんなり会って、一対一で赤裸々な話をした。

ではアルヘナ伯爵はどうか。

まあぶっちゃけると、彼は周囲の疑い通り、実際に悪事の黒幕をしていた。

山賊団をけしかけてワサト伯爵との間の交易を妨害し、その山賊団をある程度保護していたのだ。

なので腹を探られると、大変に困るのだった。

奇術騎士団団長が、自分の領地へ来る。

ティストリアを通して正式に通知が来た時から、アルヘナ伯爵は大いに焦っていた。

まず山賊団をいくつかの空き家に分けてかくまい、騎士団が帰るまで隠れるように命じた。

そのうえで可能な限り疑われないように歓待しつつ、『最近出ませんな』『騎士団が来たので解散したのでしょう』という具合に、有耶無耶にしようと画策していた。

それはそれで解決と言えなくもない、少なくとも言い張ることはできる。

実際のところ一般人も『騎士団が討伐に来たから解散して逃げた? そりゃそうだ、俺でもそうする』と納得する。

被害者としては加害者になんの罰もないことに腹を立てるだろうが、本当に逃げ散ってはどうしようもないので泣き寝入りとなる。

それを目指す形で、アルヘナ伯爵は計画を練っていた。

まずその一手として、直接、二人きりで会わないようにしたのである。

「ガイカク・ヒクメ卿がいらっしゃるということで、ちょっとしたパーティーを催すことにした……それは伝えてあるかな?」

「はい、快く招待を受けてくださいました。いささか、いえ、不気味なほど 下手(したて) でしたが……」

アルヘナ伯爵は、最近代替わりをした若い執事と打ち合わせをしていた。

その執事にも自分の悪事は隠しているが、なんとかごまかせてもいた。

「そうか……私見を聞きたいが、どうだ、怪しかったか?」

「はい、とんでもなく」

ぶっちゃけ、ガイカクが怪しすぎた。

「何と言いますか……とてもではありませんが、騎士団長には見えません。本当に噂通りに、正体不明を装おうとしています。役者が『怪しい男』を演じているようで……」

「そうか……ならば一対一で会うことは避けるべきだな」

「賢明かと」

(いぃよっし!)

アルヘナ伯爵、四十代前半。

既に孫もいる男は、心の中でガッツポーズを決めていた。

自分から率先して『何があっても二人っきりにならない!』とか言い出したら執事からも怪しい目で見られる。

だが執事から見て、あるいは他の者たちから見ても『二人っきりにならないほうがいいですよ』と思われるガイカクが相手なら、自然な感じにできた。

「そうか……騎士団長と一対一で会わないというのは有罪を疑われかねないが、相手がそうならば仕方ないな」

「ええ、そうした方が賢明かと」

「ワサト伯爵は直接会ったというが……その差が、心証を悪くしないだろうか?」

「それは若さゆえの蛮勇でしょう。アルヘナ伯爵様は、危ない橋を渡るべきではありませぬ。聞くところによれば、ティストリア様さえも彼に操られている……という噂さえあるのです」

「市民の根拠がない噂は、酒宴の笑い話ぐらいにとどめておけ」

「も、もうしわけありません!」

(しめしめ……)

アルヘナ伯爵、四十代前半。

自分の子供と大差のない執事との会話で、内心小躍りしていた。

「とはいえだ……警戒をするに越したことはない。失礼にならない範囲で、疑ってかかるとしよう。何かおかしなことはあったか?」

「はい」

「……いっそすがすがしいな」

アルヘナ伯爵、四十代前半。

事があまりにも順調すぎて、いっそびっくりするほどである。

「実は、歓迎のパーティーに自分からも品を出したいと……」

「ほう、何をだ?」

「酒です」

「……もしや私は、バカにされているのか?」

アルヘナ伯爵は、呆れた顔をしていた。

アルヘナ伯爵が大の酒好き、いやさ酒に精通していることは有名である。

まったく隠していないし、むしろ宣伝さえしている。

先日の利き酒大会でも準優勝という好成績を収めたが、それ以外の大会でも大体優勝やそれに近い順位を獲得している。

だがさすがに、怪しい男が持ってきた『お酒』を無条件で飲むほどバカではない。

なんか酒を出せば飲むだろうとか、酒を出せば気前が良くなるだろうとか、酒を出せば罪を認めるだろうとか……会ったこともない奴に思われていたら、さすがに心外である。

「おっしゃりたいことはわかります。とはいえ、押し返すのも変な話でしょう」

「それはそうだな……自分が主賓となるパーティーに酒を出すのは、主催者である私が酒好きであることを抜きにしても普通だ」

「それに……ボトル一本ではなく、樽二つをこちらへ渡してきたのです」

「パーティーの参加者全員へ配れる量か?」

「はい、十分いきわたるかと……」

例えばワインボトル一本を渡してきて『伯爵様おひとりで飲んでください……お一人だけですよ』とか言ってきたらそれこそ疑うどころではない。

だが樽二つを渡してきたのだから、パーティーに参加した全員を巻き込む気概でないかぎり、毒の類は入っていまい。

「……銘柄は?」

「は?」

「銘柄だ。まあいくらでも偽装が利くが……」

「自分の所で作っている酒、とおっしゃっていました。私に耳打ちして『密造酒です』とまで……」

「……まあ私も他人のことをとやかくは言わんが、密造だというのは凄いな。で、一応確認するが、毒見は済ませたか?」

「はい、それはもちろん。パーティーに出す料理と一緒に食べた時の反応なども見ましたが、何もおかしなことはありませんでした。一定時間、経過も観察しましたが、特になにもなく……」

「そうなると、出さないわけにはいかないな……いや待て、当たり前すぎて確認しなかったが、味はどうだ? よほどマズければ、それを軸にして断れるだろう?」

さて、酒好きの伯爵である。

しかも後輩へ酒を教えるほどの酒好きである。

その彼の執事である若者も、当然酒を教えられていた。

その執事は、にやりと笑った。この時の彼は執事ではなく、酒の感想を言う若者だった。

「素人が作った、というのは本当だと思いました。その、少し雑味があると言いますか……」

「まあそれはそれで趣はあるがな……」

「ただ、それを含めても美味でした。香りも豊潤で、度数も控えめ。年配の方からお若い女性まで楽しめる酒かと……ただ、今まで飲んだことのない酒でした。その点は、怪しく思いましたが……」

「……お前にそこまで言わせるとはな」

執事に酒を教えた伯爵は、当然大抵の酒をちょろっと飲ませている。

それはコレクションを自慢する意味もあるし、教養を持たせたいという目的もあった。

その執事が知らない、飲んだことがないというのだから、下手をすれば自分も知らない酒である可能性さえあった。

「いかがしましょうか? 料理の味に合わない、ということもできますが……」

「それはそれで、我が家の沽券にかかわる。というか、ここまで来ると私も飲みたくなってきたぞ」

「も、申し訳ございません! そそのかすような真似を!」

「構わん。どのみち、無礼のないように接さなければならないのだしな」

なんだかんだ言って、身元はティストリアが保証している。

彼女の推薦した者が出してくる酒が露骨に危険ということはあるまい。

などと自己弁護しつつ、彼は山賊の黒幕であることなど忘れて、酒宴を待っていた。

さて、アルヘナ伯爵の居城である。

そのパーティー会場には、その地の名士たちが集まっていた。

彼らの目当ては、もちろん主賓だ。

現在噂になっている『奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ』である。

「げひひひ! 総騎士団長、ティストリア様の忠実なるしもべ! 奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメにございます! 紳士淑女の皆様! どうかよろしくお願いします!」

(凄いな! 本当に噂通りだ!)

(道化師にしかみえないわ?!)

(こんなんで騎士団長が務まるのかよ?! 俺でもいけるんじゃねえの?!)

(奇術云々はまったくそのとおりだが、騎士団にふさわしいとはとても……)

絵に描いたような色物芸人を演じるガイカクをみて、紳士淑女たちは慄いていた。

これが騎士団の団長、それも総騎士団長の推薦だというのだから驚くしかない。

いっそそういう設定の芸人なのだと思いたいところだが、本当に騎士団の団長なのだから笑えない。

「この度は皆さまのために! 私秘蔵の酒をお持ちしました! 紳士淑女の皆様、どうぞお楽しみください!」

さて……酒である。

ただでさえ酩酊させる効果をもつ、一種の薬と言っても過言ではない。味次第ではアルコール度数をごまかして、気になる相手をベッドへお持ち帰りすることもできる。

普通の酒でもそうなのだから、悪意を以て何かを仕込めば、それこそ殺すこともできるだろう。

だがしかし、この場はそんなことがなかった。

なにせ一応とはいえ、騎士団長が出した酒。しかも領主の宴で、不特定多数が、同じ樽から酒を配られている。

それこそ全員をまとめて毒殺する気合でもない限り、作為を持たせるなど不可能だ。それこそどんな手品師でも不可能だろう。

さて、高級なガラス製のワイングラス。

酒を注がれたそれを手に、客たちはくい、と飲んでいく。

「まあ……」

「おお……」

男女を問わず、うっとりとしていた。

アルヘナ伯爵ほどではないにしても、舌の肥えた客たちである。

彼ら彼女らが等しく、酩酊ならぬ陶酔に浸っていた。

「とても飲みやすいわ……香りもいいし、なんのお酒かしら?」

「酔狂な振る舞いをなさるお方だからこそ、奇をてらう酒かと思ったが……ははは、逆に意表を突かれましたな」

「でも、さすがはアルヘナ伯爵へお出しする品ね。私では何の酒か、さっぱりわからないわ」

「ああ、だがいい酒だ。下品に度の高い酒ではなく、かといって気難しくもない。どんなつまみにも合いそうで……悪酔いもしそうにないな」

何かの漫画のように、オーバーリアクションはない。

しかしその一方で、誰もが心底から、この酒は美味しいと褒めていた。

伯爵家のパーティーに呼ばれている者といっても、年齢や性別は異なっている。

全員が人間であり、お酒の飲める年齢ではあるが、それでも嗜好は違っているはず。

それでも全員が『普通においしい』と褒めているのは、一種奇妙にも思えた。

(さすがに考えすぎだな……)

そう思いかけたアルヘナ伯爵は、自嘲しつつ考えを改めた。

伯爵家のパーティーで、騎士団長の出したお酒が、特に味が濃いわけでもなく度が高いわけでもないのなら、普通は普通に褒める。

よって、アルヘナ伯爵は少し安心していた。

そしてここで、ガイカクへ話しかけた。

「ガイカク・ヒクメ卿。どうやら皆様は、貴方の品に満足しておいでのようだ」

「おお、伯爵! 皆さまが喜んでくださり、私も安心しておりますですはい! 伯爵様のテーブルを汚さずに済み、安堵以外に言葉がありませぬ!」

「……お恥ずかしい話ですが、私は少々疑心暗鬼に陥っていたようだ。貴方が酒に無粋なものを混ぜる輩とだと警戒し、今の今まで飲んでいなかったのです」

「おお……」

「まあ、パーティーに出されるまでは内緒だった、ということで」

「はい、わかっておりますとも! では利き酒など、期待してもよろしいので?」

「ええ、応えさせていただきます」

出席者の誰もが、既に酒を飲んでいる。

誰もかれもが、『飲んだことがない酒だ』と首をひねっている。

さて、満を持して、利き酒の名手がその酒を飲もうとしている。

来客たち、およびガイカク、そして屋敷の者たちは全員がその姿を見ていた。

「ではまず、皆さんがお褒めになる香りから……」

まるでソムリエのように、彼はワイングラスに鼻を近づけた。

そしてごく普通に、その匂いを確かめる。

誓って、彼は、それしかしていなかった。

ガイカクがカーテンで隠していたとか、そんなことはなかった。

衆人環視の前で、ガイカクの協力者でもなんでもないアルヘナ伯爵は、本当にソレしかしなかった。

彼は、ワインを一滴たりとも飲まなかったのだ。

「?!」

その瞬間、彼の顔色が変わった。

伯爵であり、孫がおり、パーティーの主催者であり、全員の注目を集めている中で。

彼は奇声を押し殺しながら顔をひきつらせた。

「な……あ……あ?!」

そしてぎこちなく、ガイカクを見る。

まるで背中を刺されたかのように、彼は血相を変えていたのである。

その姿に、来客たちも驚いていた。

「き、き、き、きさま?!」

「なんでしょうか、伯爵様?」

ガイカクだけは、とぼけていた。

だがそのとぼけ振りが、余りにも雄弁だった。

計画通りに事が運んでいると、大いに笑っていたのだ。

「おい! お前たち! これは本当に、同じ酒樽から出したものだろうな?!」

「は、はい!」

「そ、そんなバカな?!」

伯爵は取り乱しながらも、震える手を押さえながら手にしていたグラスを、酒をこぼさないようにテーブルへ置いた。

そしてそのまま、一切の礼儀を忘れたかのように、他の客が飲み干したグラスを奪い取り、その中に残った匂いを確認していく。

「ばかな、ばかな、ばかな?!」

淑女の持っていたグラスにさえも、彼は鼻を突っ込んでいく。

それは余りにも下品な行為に見えたが、それを誰も咎めない。

彼の振る舞いが、余りにも異様だったからだ。

普段のアルヘナ伯爵を知るものからすれば、震天動地の異常である。

「ばかな!!!!」

「何をそんなに不思議がっておられるのですか、アルヘナ伯爵」

だがガイカクだけは、ほくそ笑んでいた。

「あの酒を、お下げましょうか?」

「やめろ!!」

異様だった。

あまりにも、異様だった。

例えば彼が最初に酒を飲んで、同じように取り乱していたのならわかる。

その酒に、何かの仕掛けがあったのかと考える。

いや、それしか考えられない。

だがしかし、既にほとんどの客がその酒を飲んでいる。

にも拘わらず、何も起きていない。

全員が心配になって互いを見るが、少なくとも興奮状態にはなっていない。

そしてなにより、アルヘナ伯爵は一滴も酒を飲んでいない。

ただ匂いをかいだだけで、怪しい薬でもうたれたかのように取り乱している。

(彼の酒だけに、何かを混ぜたのか? においだけで発狂するような、危険な薬を……)

(いや、それはないだろう。グラスはこの屋敷のもの、私たちが使っているものと同じだ。伯爵専用の特別なグラス、というわけでもない)

(それに樽から酒を注いだのも、グラスを運んでいたのも、この屋敷の人間だ!)

(買収された? いや、それにしては……屋敷の使用人全員が青ざめている)

一体何が起きているのか、全員わからなかった。

いや、わかっているのはガイカクと……。

「いかがしましたか、伯爵。よろしければ、あの樽も開けていただこうかと思っているのですが?」

「……!」

他でもない、伯爵自身だった。

そう、アルヘナ伯爵は正気を失っていない。

ガイカクを除いて、彼だけが状況を、異常を把握している。

「……」

彼は努めて、冷静になろうとした。

その姿を見て、客たちや使用人たちも安堵する。

彼が次に何をするのか、黙って見守っていた。

「たいへん、たいへん、お見苦しいところをお見せした」

なんとか彼は取り繕おうとしてきた。

正直言って何も隠せていないが、なんとか正常な状態に戻そうとしている。それだけは、ありがたいことだった。

「ガイカク殿、この酒についてですが……よろしければ、後ほど……個室で、一対一で答え合わせをする場をいただきたい」

「げひひひひ! 伯爵様! 望むところにございます!」

伯爵が自ら『一対一』で問答をしたいと言い出したことに、使用人たちや、一部の来賓たちも驚きを隠せない。

この怪しい男と、密談をしようという気が知れないのだ。

それもこのパーティーの場で、どう考えても後で弁解のつかない場で。

「これだけの酒を出されては、私もコレクションの一部を開かねばなりますまい。お前たち、コレクションのボトルを、『上』からもってこい」

「は、はっ!!」

「おお……では私がさらに酒を出しては多くなりすぎる。酒は適量を楽しむのが紳士……私のもう一つの樽は、そのままということで」

一体何が起きているのか、二人以外は把握できない。

そしてだれもかれもが、奇術騎士団の意味を知るのだ。

(どんな手品を使ったのだ?!)

誰もが困惑する中、酒宴は終わった。

伯爵は使用人や家族から心配されつつも、しかしそれらを説き伏せて、個室にガイカクを招いた。

彼の城の中にある個室に、ガイカクと伯爵自身の外には、空になった酒樽と、まだ中身の入っている酒樽しかない。

「伯爵様……いやあ、まさかあそこまで取り乱してくださるとは……。正直に言って、感無量。道化冥利に尽きます」

「道化、冥利? それこそ悪い冗談だ、洒落が利いているどころではない……!」

笑っているガイカクに対して、伯爵は怒りのような、困惑のような感情を向けている。

「貴殿は、一体何者だ?! なぜあんなに、あれだけ……大盤振る舞いができる!」

伯爵は自分のグラスの香りを嗅いだ後、あわてて他のグラスを確かめた。

自分のグラスと他人のグラスには、別の酒が入っていたはずだと。

そして伯爵は確認したのだ、全員に 同じ酒(・・・) が配られていたと。

「貴殿が皆に振る舞った酒は……そしてこの樽に残っている酒は! 歴史に消えた三大希酒が一つ! キャララであろう!」

「げひひひひひひひ! 如何にも! 製造すること が(・) 固く法で禁じられた、密造酒にございます!」

三大希酒が一つ、キャララ。

この酒の特徴は、『樽』にある。

この酒の名前の由来となった、『キャララ』という 木(・) を使った樽で熟成させたこの酒は、同じ材料で作った酒よりも味が良く、香りもよくなるという。

「この世に出て禁じられた物には! 必ず相応の理由がある! それは、万人が納得する理由とは限らない! しかし、しかし、しかし! このキャララ、理由を聞けば万人が納得するしかない理由で、製造 が(・) 禁じられた酒にございます!」

このキャララ、製造が禁じられた酒である。

なぜ製造が禁じられているのか、その理由は早々思いつくものではない。

麻薬のごとき中毒性がある? 否。

実は有毒である? 否。

敵国で発案された酒なので、戦時中に禁止された? 否。

口噛みの酒がごとく、不衛生に思われる製法だった? 否。

だが聞いてみれば……。

極めて単純で、わかりやすく、議論の余地がない理由である。

「当然知っている! キャララの木が、原木が 絶滅(・・) したからだ!」

「ええ、その通り! キャララという酒は、老若男女に人気が爆発。それゆえにキャララの木で作った酒樽の需要が高まり、乱獲伐採が極まってしまった。その結果資源の枯渇が心配され、国家の法によって製造が禁じられました。しかし時すでに遅し、枯渇寸前だからこそかえって需要が高まり、密 漁(・) ならぬ密伐採まではじまって、ついには絶滅と相成りました」

答えは単純、キャララの木が伐採され過ぎて絶滅したからである。

その手前で国家は歯止めをかけようとして、法律で製造を禁止した。だが間に合わず絶滅し、法律だけが残った。

その酒自体に罪はないが、しいて言えば美味しすぎたことが罪だったのだろう。

そのとばっちりを受けたのが、酒樽の原料となったキャララの木なのだから笑えない。

「しかし、酒そのものは、誰でも親しめる美味しいお酒。飲むことも所持することも違法とはならなかった。加えて酒という物の都合上、長期保存も可能だった。それゆえ味を知る者も……いないではない。貴方もその一人のようで」

「……若いころ、父に飲ませてもらった。父が『特別な酒だ』と言ってな……初めての酒だった」

アルヘナ伯爵は、亡き父をしばらく想った。

だがそれをすぐに切り替えると、ガイカクをにらむ。

「私でも、飲んだのはその一度きりだ。はっきり言って、とっくに飲み干されているはずだった。品のない言い方をするが……もしも樽一つがマーケットに出れば、値段が付かないほどの品になるだろうな。もちろん、いい意味でだが」

「ははは! みなさん、大騒ぎが好きですからねえ! 珍しいというだけで、値段をふっかけあうでしょう!」

「貴殿はそれを、惜しげもなく振る舞った。その銘柄さえも告げずに……正気とは思えん」

希少価値を知るものからすれば、宝石の詰まった袋を配るよりも無茶な大盤振る舞いだった。

だからこそ、アルヘナ伯爵は仰天し、全員のグラスを確認したのである。

「いや、正気かどうか以前に……なぜ二つも樽を持っている。しかも、……若い樽だ。倉庫にたまたま残っていた樽を見つけた、というわけではあるまい!」

「そこまでわかりますか? まあ現物がここにありますからね」

「……まさか、貴殿は」

「げひひひひひひ!」

ガイカクは、愉快そうに笑った。

「私は、キャララの木の苗を持っております」

「~~!」

「もちろん、今後も植林の予定があります。つまり私にとって、あの樽はそれなりに用意できるもの。売りさばくほどの量はありませんが、こうして宴で振る舞うには十分な量が 生産(・・) できます」

場合によっては、殺人事件が起こりそうな話だった。

下品な話だが、それだけの金額が動きうるのである。

「まあ普通なら詐欺と笑うところですが、こうして現物を見た貴方は、疑うことはありますまい。いえ、疑ったとしても、もう一つの樽については信じてくださるはず」

「……」

「お譲りしても、かまいませんよ?」

ここに来て、アルヘナ伯爵は冷静になっていた。

「……一応、言っておく」

「なんでしょうか?」

「いろいろとあけすけな言い方をするが、まさか『この酒が欲しかったら、すべての罪を 被れ(みとめろ) 』などとは言うまいな?」

これは、当初の話に戻る。

いくら酒が好きだと言っても、いくら思い出の酒だと言っても、これで何もかもを投げ出すか、という話だ。

アルヘナ伯爵も、そこまで馬鹿ではない。

「まさか」

ガイカクは、露骨に肩をすくめた。

「はっきり申し上げますがね、私は『真実』を暴く気などありません」

清濁併せ飲む、どころではない。

濁々(だくだく) 飲む、という具合だった。

「私が知りたいことは、山賊の居場所だけ。山賊たちを捕まえて晒し上げ、被害者たちがスカッとしたうえで、今後しばらく山賊行為が鎮まればそれでよい。貴方がこの件にどのように関わっているのか、表に引きずり出す気など毛頭なく」

「……居場所を探る、手伝いをしろと」

「はい、元々その予定ですので」

アルヘナ伯爵は、ある程度答えを持ったうえで、質問を投げた。

「捕えた山賊が、私を陥れようとするかもしれんぞ」

「そうですねえ、そういう噂もありますからねぇ。ですが……幸いと言うべきでしょう、貴方には弟分がいる。そして私という第三者もいる」

そう、アルヘナ伯爵はここに来て思い出した。

この男は、自分よりも先にワサト伯爵へ、もう一人の責任者へ会っていると。

「この三人がそろって笑いあえば、その手の噂は風と消えるでしょう」

「……」

これが、奇術騎士団の団長。

アルヘナ伯爵は、その力量に脱力した。

彼は降参したように、個室の中の椅子に座った。

「奇術騎士団、団長、ガイカク・ヒクメ卿」

「はい」

「この度は我が領地を騒がす山賊の討伐においでくださり、感謝の言葉もありませぬ。我が領地で起こったことながら、非力を恥じるばかり……」

どんな無法者よりも、政治家の方があくどい。

まったく、世界は偉い者が勝つようにできている。

「全面協力を、お約束いたします」

「私が来たからには、もうご安心を。万事お任せください」

そして、一対一で会う時点で、相手には話を受け入れる準備があったということだ。