軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あり得ざる奇襲

ルビース平原付近の野営地。

数千からなる軍の、その中央部。

幕僚たちが寝泊まりをするテントの一つで、若き人間の青年が机に座っていた。

それだけならおかしなことではないが、彼は机の上に地図の一枚すらおいていない。

彼はこれから起きる戦場について想いを馳せているのではない、その手前、現在の段階について想いを馳せているのである。

(タルシス……)

行軍中の敵を横から殴りつけるという、奇策とも言えぬ凡策に身を投じている同志に想いを馳せていた。

マルセロの弟子であり、大規模な戦略的視点に優れる彼だからこそ、タルシスというエリートオーガの潜伏にも全面協力をすることができた。

自分は人事を尽くした。敵方が『一人のエリートオーガが潜伏している』という事前情報を得ていない限り、発見されることは無いだろう。

だがこれには一つの前提がある。

潜伏している本人が真面目に潜伏していることだ。

潜伏がしんどくて投げ出したとか。

来る日を間違えてそもそも潜伏していなかったとか。

どうせバレへんやろと思って焚火をしていたとか。

景気づけに酒を飲んで臭いが残っていたとか。

そういうやってはいけないことを平気でやるのがオーガだ。

事前に説明しても忘れるか、覚えていても無視するのがオーガだ。

それは種族性であり、個性だとかそういうものではない。

だからこそ、マルセロが生きていればそんな作戦は考えもせず、誰かが提案しても乗らないだろう。

だが……若き人間の青年は成功すると 信じていた(・・・・・) 。

それは若さであり、人を信じてしまっているということであり、感情論でしかない。

だがそれでも成功すると彼は考えている。

(マルセロ様が生きていれば、こんな作戦を許可なさらないでしょう。それどころか『このような提案をすればオーガは怒って殴ってくるぞ』ともおっしゃるはず。それは正しい。ですが……私はこの作戦が成功すると信じています)

今回の作戦は、トップエリートオーガが能動的に協力することが前提となる。

マクロな視点からすれば再現性に欠ける愚策だ。

だが今回は条件が整っている。ミクロな視点、当人を見たうえでの視点ならば成功を確信できる。

(余裕のない作戦は破綻する。それがマルセロ様のお言葉でした。それは正しい。ですが余裕がないからこそ成立する作戦もある。それも……真実なのでしょう。それはきっと、貴方ご自身も死ぬ間際に知ったはずです)

先日の騎士団による動力付き気球を使った奇襲も、ある意味では余裕のなさが生んだ愚策だ。

嵐の夜に希少戦力を乗せた船を出すような、危うすぎる賭けだった。

普通なら許可が下りることもない作戦だったが、マルセロの作戦が完璧すぎたために実行に移されてしまった。

それは今回も同じだ。

奇術騎士団は鮮やかに勝ちすぎた。マルセロやグリフッドの名誉が地に落ち、その後継者たちの余裕を奪った。

だからこそ、到底成立しない作戦が成立するのだ。

そしてそれは、やはり残酷な結論に達する。

(であれば、マルセロ様。今回の作戦が上手く行くということは……貴方の思想そのものが間違っていたということなのでしょう。もしもことが成れば、私は……いえ、貴方を否定することになったとしても、私は勝つために最善を尽くします)

若き志士は、その残酷さを呑み込む覚悟をして、机に向き合っていた。

若きトップエリートオーガ、タルシス。

彼もまたライナガンマ攻略戦に参加し、何が何やらわからぬうちに撤退した兵の一人であった。

また、総大将であるマルセロの護衛を務めた、グリフッドを尊敬する男でもあった。

グリフッドは、偉大な男 だった(・・・) 。

全盛期には多くの戦場で暴威を振るい、全盛期が過ぎた後には落ち着きのあるオーガとして本陣防衛の要として機能していた。

心理的な揺れを不安要素としてとらえるマルセロが側近としていたことからも、彼の精神的な強さはうかがえるだろう。

彼は多くの種族、多くの将兵から信頼を受ける偉大な男だった。

だが先の敗戦によって、その武名は地に落ちた。

現場に居合わせながら、マルセロを守れなかった敗者。

周囲に十万の兵がいてなお総大将を守れなかった役立たず。

彼への嫉妬にかられていた者、あるいは強く信じていたからこそ裏切られたことに耐えられない者、あるいはマルセロを敬愛していた者たち。

彼らはグリフッドを強くこき下ろした。

タルシスはそれを止めなかった。

たとえば、その場にグリフッドがいなかったのなら、それを知っていたのなら、暴力に訴えてでも黙らせただろう。

だが彼はグリフッドがマルセロの傍にいたことを、マルセロの護衛を務めていたことを知っている。

であればどうののしられても仕方がない。責任ある持ち場について、守り切れなかったことは事実なのだから。

だが憤慨していなかったわけではない。

憎むべきは死者を冒涜する阿呆ではなく、畏れるに足る勝者、騎士団だけだ。

わけても奇術騎士団への敬意、怒りはすさまじい。

刺し違えてでも倒すに足る敵だと認識していた。

だからこそタルシスは、森の中を通る道付近で潜伏をしていた。

まさしく臥薪嘗胆の気構えで、オーガのトップエリートにあるまじき、ダークエルフの如き潜伏に成功していた。

現在彼は、小さなのぞき穴から道を進む騎士団を見つめている。

蠍騎士団、三ツ星騎士団、奇術騎士団の旗が見えている。

この時点で彼の潜伏は成功していた。

オーガの足は長距離走に向かないが、短距離ならば人間より早い。

ここから飛び出せば『一定の戦果』は挙げられる。

だが『一定の戦果』が文字通り一定の戦果では困るのだ。

その一定の戦果は、相手のクリティカルな部分でなければならない。

だからこそ彼は、狭い穴の中で大きな体を自ら律していた。

鋼の肉体を抑え込む鋼の忍耐力。

その均衡が極まったのは、ほどなくしてのことである。

騎乗し、談笑する二人の騎士団長。

三ツ星騎士団団長オリオンと奇術騎士団団長ガイカク・ヒクメ。

二人とも、明らかに自分に気付いていない。

守りと言えるほどの護衛の兵もおらず、あまりにも無防備だ。

自分がいま飛び出せば二人とも殺せるかもしれない。

いや、殺せる。絶対に殺せる。

ここでタルシスの理性と本能は、綱引きのように肉体を引っ張り合った。

片方は全力で動こうとして、もう片方は全力で押しとどめていた。

作戦の趣旨として彼はとどまらなければならない。それも武者震いさえ許されぬ、文字通りの不動が求められている。

もしも無様に身じろぎすれば、オリオンや他の正騎士が気付くかもしれない。そうなれば自分はいよいよ無能な間抜けである。

ゆっくりと騎士団長たちが進んでいく。

今からでも間に合うという事実と戦いながら、彼はなんとか持ちこたえることができた。

これによって、彼の、残りの人生の集中力は著しいものになった。

死の間際の集中力。

いよいよ自分は、仕損じることが許されなくなった。

大将首と呼ぶに足るオリオンとガイカクを見送ったのだ、何が何でも『手品』を潰さなければならない。

彼は水中のウツボのように、潜伏する捕食者として完璧に仕上がっていた。

そして、その時が来る。

四台からなる動力付き車両。

奇術騎士団の奇策を支える手品のタネを満載した車両が、彼の正面を通り過ぎようとしたのだ。

まさに満を持して、彼は飛び出す。

奇術騎士団と三ツ星騎士団を負かすために、栄光ある自分の人生を賭して穴から出撃したのだった。

「うぉおおおおおおお!」

この時点で彼の成功は確定していた。

彼は周囲の従騎士や奇術騎士団の団員を一切無視して、穴に隠していたこん棒を振りかぶり、動力付き車両に突っ込んだのである。

敵襲、敵襲!

との声がガイカク、オリオンたちの耳に届いたのはそのすぐ後のことであった。

二人と一緒に進んでいたアンドロメダは血相を変えていた。

そんな、自分達はちゃんと偵察をしていたはずなのに。

失敗したというの?!

という、自分の失敗、取り返しのつかない失敗への恐怖が生じてしまっていた。

一方でオリオンは下馬し、走り出していた。

何が起きているとしても、自分は現場に向かわなくてはいけないという判断である。

そしてガイカクは脳裏にいくつかの『論理展開』が生じていた。

きちんと教育を受けた騎士養成校の卒業生である蠍騎士団の従騎士が偵察をしたにもかかわらず奇襲を受けた。

相手はそれだけ本気で奇襲をしかけたということ。

もっとも狙われるべき自分やオリオンが狙われていない。

であれば敵はもっと狙いやすいものを叩くために動いた。

自分たちの次に価値があり、今叩かれて困るもの。

それは動力付き車両に満載されている魔導兵器。

敵は本気で動力付き車両を潰そうとしている。

己は対策を練っていたか? 否。

であれば……。

「奇術騎士団!」

ガイカクの判断も早かった。

まさに武将のような大声で、自分の後方に向かって怒鳴りつけていた。

「全員、動力付き車両から離れろ!」

彼の指示が適切だったかはともかく、奇術騎士団の全団員はその命令を聞くや否や、アリが散るように動力付き車両から逃げ出していった。

動力付き車両に乗っていた 動力騎兵隊(ドワーフ) や 工兵隊(ゴブリン) も、操縦も何もかもを放り出して車の外へ駆け出していく。

その直後に、タルシスのこん棒が一両目を破壊していた。

以前にケンタウロスのエリートの攻撃に耐えた動力付き車両は、アップデートを繰り返したことにより装甲面でも強化されている。

だがそれでも、エリートオーガからの攻撃に耐えることはできない。

鈍行であったこともあり、一両目は一撃で真っ二つに折れ、更に何度も潰されることで粉砕されていく。

のんびりと行軍しているはずだったのに、いきなりの強襲。

こういうことだったのかと驚く奇術騎士団の団員たちだが、誰もそれを止めることは無い。

重歩兵隊(オーガ) や 歩兵隊(にんげん) 、 高機動擲弾兵(じゅうじん) たちは後ろ髪をひかれたが、それでも全力で離れ続けている。

自分ならやれる、自分なら被害を抑えられる……などと考えて、自分の判断で行動しようとしない。

これが、彼女たちの数少ない、優秀な兵としての能力。

上官の命令に従う、というシンプルな強さ。

ガイカクへの絶対的な依存心、自分が大したものではないという理解力。

彼女らは迷うことなく指示に従う。

(さすがだな……)

道が開けたことにより、オリオンは速やかに状況を把握、指揮を開始する。

(相手はエリートオーガか……よほどの覚悟でここにいる。私たちではなく動力付き車両を狙ったことも含めて……この作戦はもう成功している! 止められない!)

オリオンの目の前で、動力付き車両の三両目が破壊されていた。

してやられた、と思いながらも彼はそこで足を止める。

「蠍騎士団、三ツ星騎士団の従騎士! 遠距離攻撃を仕掛けろ! 絶対に近づくな!」

ここでうかつに近づけば、下手をすれば自分も死にかねない。

それを防ぐためにも、敵の狙いはあえて見過ごすことにした。

彼の命令の意図を読み取れるものばかりではないが、それでも従騎士たちは、攻撃魔術や弓矢などでタルシスへ攻撃を仕掛ける。

彼は金属製の防具を身に着けていなかったため、矢も魔術も刺さっていく。

彼の巨体はズタボロになっていき、致命傷すら受けていた。

それでもタルシスは止まらない。

むしろ大いに笑いながら、最後の一両に殴りかかった。

その車両には、高機動擲弾兵の扱う爆弾が搭載されていた。

強い衝撃、火花。それらによって車両は内側から爆発し炎上する。

蠍騎士団も三ツ星騎士団も、そして奇術騎士団も。近くにいなかったからこそ、その爆発に巻き込まれることは無かった。

だが攻撃したタルシスはモロに食らっていた。

もはや判別もつかぬほどズタボロの体になり、大の字になって地面に横たわる。

目も鼻も耳も、あごすらもない顔の彼は、それでも……。

喉だけで大いに笑って、そのまま果てたのであった。

「……完全に、やられたな」

下馬し、ゆっくりと死体に近づくガイカク。

彼はまさしく智将の顔をして、自分の戦術を破壊しきった傑物に最大の賛辞を送っていた。

彼の言葉を聞く者たちは理解する。

これは本当に手品でも何でもなく、敵の作戦に負けただけなのだと。