軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誰でも備える作戦

とある病院の一室。

特別な患者の寝ているその一室には、特別な見舞客が訪れていた。

総騎士団長ティストリアである。

誰よりも美しく、そして恐るべき怪物。

今回の一件を 平ら(・・) に収めたこともあって周囲からの再評価は高く、そして恐ろしくなっている。

そのような彼女が見舞いをしている相手は、当然ながら少年騎士であった。

現在蠍騎士団の正騎士として騎士団に所属している少年は、ベッドで横になっている。それもまったく動けない状態だった。

それでもしっかりと意識はある。彼は母親と話をして、自分の記憶などをしっかりと伝えられるほどだった。

そのような彼は、少し拗ねた顔をしている。それはそれで意思が表明できていると言えなくもない。

「総騎士団長殿。私は……奇術騎士団団長であるヒクメ卿より、魔術を使うなと医療面での指示を受けていました」

命令ではなく指示。

彼は正騎士ではあるが、所属が違うためガイカクの命令に従う必要はない。だが医療面におけることであったため、指示には従うつもりだった。

「使ったら死ぬ、と言われていました。最初は脅しかと思いましたが、この状態が幸運であるというのなら事実だったのでしょう」

「ですが使用しました。そうですね?」

「……自分は間違ったことをしたとは思っていません」

少年はまっすぐだった。

総騎士団長になれるほどの高いスペックを持って生まれ、だからこそ正しく生きていこうと決めていた。

彼の人生はいつでも正道を歩んできた。騎士養成校に入ってからもそれは変わらない。

周囲の人々からもそう言われてきたが、たとえ周囲に反するとしても貫くべきが正しさと思っている。

「私は貴方と同じトップエリートヒューマン。あらゆる数値が最大を誇る強者です。その我々は正しくなければなりません。私はあの時の判断が間違っていると思っていませんし、同じような状況であれば同じことをするでしょう」

困っている人を見捨てて何が正義、何が騎士、何がエリートか。

彼は今も後遺症に苦しめられているが、それでも自分は同じことをすると宣言する。

気高い言葉だった。

胸を打たれる人がいるかもしれない。

ティストリアは笑顔のままだった。

「そうですか」

「……セフェウ先生やオリオン先生のように咎めないのですか?」

「私は少し現実的な話をしに来ました」

彼は総騎士団長候補でもあるため、『模範的な総騎士団長であるティストリア』についてよく聞かされている。

ただの事実として、ガイカクが騎士団長として 総騎士団長(・・・・・) に従っているのも、相手がティストリアだからである。

他の誰であっても、自分の上位者として心服し、騎士団長として戦うことは無いだろう。

彼女には仕事への感情がない。熱意も主義もない。命がけの仕事なのにライフワークだとすら思っていない。

彼女は他の一般的な仕事についている者と同じく、自分の能力に合った職に就いて業務をこなしているだけだ。

彼女にとって総騎士団長という座がそれというだけで。

少年からすれば信じられないことだったが、彼女の表情からは事実だとしか読み取れない。

「貴方が今回行ったことは明確に命令違反です。正直なのは結構ですが、再度繰り返すと宣言するのならば解雇せざるを得ません」

騎士団の品位を著しく下げるというほどではないが、命令に違反したことは事実である。

任務で傷を負うのは良いが、任務の傷を癒しているさなかで勝手にケガをするのは違反だ。

「その場合貴方への治療は中断します。ヒクメ卿による治療から常識的な治療に切り替えられますが、その場合貴方の体は動かないままだと思ってください」

「覚悟の上です」

「そのうえで貴方の治療にかかった費用を騎士団から貴方の実家へ請求します」

ティストリアは無感情に、まだ少し赤い少年の眼に請求書の金額を見せた。

少年の目玉が、また飛び出しそうになった。

「あ、あの、これ……」

「貴方にわかりやすく説明しましょう。橋の工事を想像してください。たくさんの人たちが汗まみれになりながら、大きな石を積み、木を組み、巨大な橋を完成させようと一丸になっている。その橋の建築費用が高すぎる、作業員のがんばりなんてどうでもいい、材料費だけで何とかするようにしろ、もっと安くしろ、とは言えませんね?」

「はい……」

「貴方への治療も同じです。奇術騎士団の砲兵隊が作成した多くの薬品や人工臓器、動力騎兵隊が作成したメスなどの医療器具。それらをヒクメ卿が使用し夜間偵察兵隊などと協力し、数日かけて貴方への治療を行いました。さらにその後も多くの手間や労力がつぎ込まれました。それでこの金額は高い、払う価値がないと言えますか?」

「……言えません」

相場はわからないので『自分の実家や親族が全員破産する額』に驚いていたが、 不当に(・・・) 高いわけではないとティストリアは説明している。

ここで彼が『はいどうぞ』と巨額の治療費をぽんと支払えるのならば、それは 完全に正しい(・・・・・・) 。

彼は自分の正しさに伴う費用を自腹で清算しているのだから。

だが今の彼はそれをしていないので、正しさとしては中途半端だ。

彼は苦しい思いをしているというだけで、まだ自分の行動の代償を支払っていないのだ。

「時間はあります。ご親族ともよく相談することですね」

「ずるいですよ……こんなの事実上一択じゃないですか」

「治療費を請求することの何がずるいというのですか?」

少年騎士はもだえた。

病院で『けが人や病人に金を請求するな』なんて口が裂けても言えるはずがない。

それがどれだけ失礼かわからないほど彼は愚か者ではない。

自分が見ようとしていなかった、そして気付くと当然すぎる請求。

信念に基づき人を無償で助けるのは美しい。

だが助けてくれた他人へ『無償にしてください』というのは醜い。

「私はまだしばらく総本部で事務作業に入ります。考えが決まったのならいつでも連絡をどうぞ」

正義と現実のはざまに苦しむ……という贅沢すぎる悩みに悶える少年に、ティストリアは最後の言葉をかけた。

そう……普通は『一択』なんてものはない。

ここまで肉体がズタボロになれば、詰みの人生しかない。

仮に復帰しても支払い能力などなく、一族郎党子々孫々まで負債を支払い続ける羽目になる。

総騎士団長にすらなれる彼ならば、一人で自分の行動の代償を背負える。

そして、今回彼が救った人々に向かって『心配をかけてしまったね! この通りだから安心してくれ!』と言えるのだ。

騎士団総本部に戻ったティストリアは、会議室に全騎士団長を招集した。

本来なら……本当に理論値的な意味でなら、騎士の出動は稀であるべきなので、この光景はありふれたものなのだろう。

だが今回は非常事態により全員を集めざるを得なくなっただけであり、もうすぐこの光景も見納めとなる。

「全騎士団長、招集に応じてくださって結構です。これより『任務』の再開について説明をさせていただきます」

現在この部屋に憲兵はいない。

それの意味するところは、騎士団への嫌疑が晴れたということだろう。

ある種形式的なものだったが、それも終わったのだ。

「まず、箒騎士団は各地を巡る任務を解きます。懲罰的な意味もありましたが、もう十分でしょう」

「はわわわありがとうございます私は大丈夫でしたが他の子たちは気にしていたので通常任務に復帰できてなによりですいますぐみんなに伝えたいぐらいですがそれは我慢しますねありがとうございますティストリア様」

「そのうえで、全騎士団は本来の任務……最前線で戦う軍への救援についていただきます」

騎士団への内部監査が入っていたため、各地では『今は騎士団が助けにこれないんだぜぐへへへ』と大いに押し込まれていた。

これを押し返すべく、この場の全騎士団が前線へ向かう手はずとなっている。

「まず私とその直属騎士、加えて水晶騎士団でアサブカブ地方へ」

「わ~~! 総騎士団長様と一緒か~~~! みんな喜ぶぞ~~!」

「ついで豪傑騎士団、貝紫騎士団、箒騎士団でラジェンア地方へ。そして……」

(イヤな予感がする……というか引き算的に……)

「三ツ星騎士団、奇術騎士団、蠍騎士団をルビース平原へ」

ガイカクは露骨に嫌そうな顔をした。

他の騎士団長たちは『だろうな』という顔をしている。

ガイカクは基本的に子供や若者が嫌い……というより、約束事や筋道、自分の段取りを乱されることを極めて嫌う。

蠍騎士団はその典型だった。

彼の施術を受けておいて、勝手な行動で復帰までの期間を延ばしてしまったのだから嫌われて当然だろう。

「現行の貝紫騎士団、三ツ星騎士団は引退を決めました。引継ぎの段階に入ったということです。両騎士団は騎士養成校を卒業した者だけで構成されており、その継承者にも同様の経歴が求められます。候補としては水晶騎士団、箒騎士団、蠍騎士団。あとは私やその直属の騎士団に当たりますね」

これは仮の話だが、ティストリアが現役の状態で、なおかつティストリアよりも総騎士団長にふさわしいものが現れた場合。

ティストリアが総騎士団長の座を譲り、三ツ星騎士団や貝紫騎士団の団長に就く……。という可能性がないでもない。

「貝紫騎士団は箒騎士団、三ツ星騎士団は蠍騎士団をそれぞれ後継者と認めました。よって今後は両騎士団が常に一緒に行動し、教導することとなっています」

(三ツ星騎士団と同盟にある俺たちも、蠍騎士団と一緒に行動するのかよ……イヤだなあ……)

「あの!? なんか私たち水晶騎士団にそういう話来なかったんですけど! なんでですか!?」

水晶騎士団団長であるルナはセフェウとオリオンに対して、涙目で抗議していた。

三ツ星騎士団団長になった私、貝紫騎士団団長になった私、を想像しないでもなかったルナ。

もちろん有資格者なので想像する権利も主張する権利もあるのだが……。

「ルナ卿。貴殿に貝紫騎士団団長の継承権があることは認めるが、それ以上に現団長である私にこそ次期後継者を決める権利がある。私の判断は箒騎士団に譲る、というものだ。それだけだ」

「あ~~、そのなんだ。私は獣人なので難しいことを言うつもりはない。君はなんか三ツ星騎士団の旗に似合わない気がした。うん、それだけだ」

「が~~ん!」

彼女が悪いわけではないのだろうが、他の候補者が良かったということだろう。

がっかりする彼女に対して、箒騎士団団長たるイオンは申し訳なさそうに視線をそらしている。

「あ~~、おい。騎士団の内輪話は終わったか?」

「はい、お時間を取らせました」

退屈そうなヘーラの言葉に謝罪をすると、ティストリアは改めて宣言する。

「我ら騎士団の精強さは、今後も証明し続けなければなりません。各騎士の奮戦に期待します」

奇術騎士団に限らず、騎士団とは癖の強い集団なのだろう。

だがそれを補って余りあるほど利用価値のある、最強の軍事組織である。

それを証明し続けることの方が、監査を受けるよりもよほど大変なことなのだろう。

それでも騎士団長たちは不敵に笑う。

今までやってきたことをこれからも続ける、それだけのことだった。

会議から一週間後。

奇術騎士団、三ツ星騎士団、蠍騎士団はルビース平原へ向かって進軍していた。

今回は動力付き気球を使用していないため、 動力車両(ライヴス) が含まれていることを除けば普通の騎士団である。

三ツ星騎士団の面々は『これ以上恥をさらさないでくれよ』と時折不安げに蠍騎士団を見つめており、蠍騎士団もまたそれを感じて『これ以上の痴態はさらせない』と緊張していた。

一方で奇術騎士団の面々は非常に張り切っている。

先の戦争では卑劣な罠によって辛酸をなめさせられたのである。彼女らの気持ちを盛り上げるのは勝利の美酒以外にありえない。

それこそ手品のようにスカッと勝って、敵の敗走を眺めつつ乾杯する心持であった。

彼女らの考えは妄想ではない。彼女ら自身が製作した『手品のタネ』は動力車両に満載されており、戦場に到着次第敵兵の度肝を抜くのだろう。

勝負は鞘の内にあり、段取り八分。

彼女らは既に勝利を確信していたのだった。

そのような騎士たちを束ねるオリオン、ガイカク。そして騎士団長代理の座に就いたセフェウの娘アンドロメダ。

三人は大量の騎士に護衛されつつ、乗馬したままゆっくりと進んでいた。

「彼女らは先の戦いで、虜囚としてひどい扱いを受けていました。それを実際に見た私としては、彼女らの心が折れている可能性を考えざるを得ませんでしたが……まさか脱落者ゼロとは。さすがに驚きましたよ」

「私の部下は私に会う前から、落ちるところまで落ちていますからねえ。十分な時間と休息さえ挟めば再起できるのですよ。その点は落ちこぼれ故の強さかもしれません。これは私の力とは無関係でしょうな」

「いえいえ。貴方の実力あればこそ、彼女らは勝利の栄光を確信できるのです。私や他の騎士団長ではこう上手く行くとは思えませんな」

「それはご謙遜を。そもそも奮い立たせる必要がないからこそ騎士では」

(同盟関係にあるとは聞いていたけど、本当に仲がいいのね……)

他でもない蠍騎士団こそが、三ツ星騎士団と奇術騎士団の同盟を結ぶきっかけになっている。

奇妙な縁というべきか、それとも必然か。

いずれにせよ、両騎士団長の良好な関係を見て彼女は複雑な感情を抱いている。

しかしそれよりも大きな『問題意識』も抱いていた。

(私たちが三ツ星騎士団を引き継ぐとして、同盟は維持されるのかしら?)

彼女は理知的な種族たるエルフであり、その中でも聡明である。

だからこそ回答のわかりきっている質問はしなかった。

(決まっている……同盟関係を結ぶに足る実力があるか。それ次第と言われるわ)

奇人変人たるガイカクの為人は、それなりに理解していた。

天才魔導士を自称するだけあって、根っこの部分では合理主義者である。

先代から正当に継承した、という理由だけで『新生三ツ星騎士団』と同盟を維持するわけもない。

現在の三ツ星騎士団に勝るとも劣らぬ武勇、実力があることを示さなければならないのだ。

(まだ復帰が遠い彼だけじゃない、先を想えばヒクメ卿の魔導技術は必要になる。少なくとも、見放されるわけにはいかない!)

彼女は自分の頬を撫でる。

他の騎士と違って、彼女の頬に『毒針』の跡はない。

だがそれこそがガイカクの手腕の証明であった。

ないことを確かめる度に、ガイカクの凄さを痛感するのである。

「ごほん。アンドロメダ卿、よろしいか」

「は、はい! オリオンせんせ……オリオン卿!」

「この道の先には森がある。見通しは悪く、奇襲や罠などを用意しやすい場所だ。一応確認するが、斥候としての先遣隊は送っているのかな?」

「もちろんです! 従騎士を先行させ、偵察しております! 待ち伏せしている部隊がいれば、即座に発見し合図をくれる手はずです!」

オリオンからの質問に、アンドロメダは慌てて応える。

もちろん口から出まかせを吐いたわけではない。

彼女は本当に先遣部隊を送り込んでおり、待ち伏せに備えていた。

「うむ、当然だな。それでは安心して進むとしよう」

オリオンもバカではない。先遣隊が出発していることなど把握している。

それでも彼女の行動をアピールするために、あえてガイカクの前で話を振ったのだ。

ガイカクもそれはわかっている。なのでおどけつつのっかっていた。

「騎士養成校を優秀な成績で卒業した騎士殿が先遣隊として偵察をなさってくれるとは! 実に心強いですな! ゲヒヒヒヒ!」

「いえ! 当然のことですから!」

すこしむっとさえしながら、アンドロメダは応じる。

見通しの悪い場所で襲撃を警戒するなど当然で、偵察をするなんて当たり前なのだから。

まるで子ども扱いされているようで、彼女も気分が良くなかった。

三つの騎士団の進行方向。

なだらかな森の中に通った舗装道路。

その周辺を、十名ほどの若き従騎士たちが偵察を行っていた。

「騎士養成校で習ったと思うが、こういう見通しの悪い地形は奇襲を受けやすい。いかな騎士団とはいえ、一方的に奇襲を受ければ大打撃は免れない。だからこそ先行して、敵の部隊や罠の有無を確かめなければならない!」

「わかっている! こういうところでしっかりやらなければ、いよいよ見捨てられてしまいかねないからな」

「元をただせば先日の苦戦も、敵の備えを軽く見たからだ。しっかりと偵察しないとな……」

一応(・・) 念のために明記するが、彼らはきちんと、教本通りに動いていた。

それこそどんな兵法指南書にも書いてあるような、視界の悪い土地で想定される罠、あるいは襲撃するための部隊を隠す場所。

それらを一人一つ分担し、しっかりと確認していく。

仮に三ツ星騎士団の従騎士が同行していても文句をつけず、また同じように 素通り(・・・) していた可能性が高いだろう。

よってこの場合は、従騎士を咎めるのではなく 敵(・) を褒めるべきであろう。

(従騎士が偵察に来やがったか……つまりもうすぐここを、騎士団が通る……!)

およそ一か月前にこの森に隠れるための穴を掘った。多くの手間をかけて雑草を自然に生やし穴を隠した。

とてもベーシックな、そして十分な手間を踏んだ偽装。

一か所だけを調べるのならまだしも、道周辺、森周辺を調べなければならない偵察隊としては発見が困難であった。

それでも、一部隊分用意すればさすがに発見されるだろう。

夜の闇の中ならともかく、真昼に従騎士が気付かないわけがない。

穴に潜む彼が発見されなかったのは、一人で潜伏していたからである。

そう……これから騎士団へ奇襲を仕掛けようという敵はたった一人であった。

(奴らが偵察を終えれば、俺の奇襲は一周回って絶対に成功する!)

いくら奇襲が成功するとしても、騎士団を相手にたった一人で何ができるのか。

普通ならば何もできずに自殺するだけだろう。

だが彼は、若きオーガのトップエリートである。

まだ全盛期手前だが、その実力はオーガの騎士にも見劣りしない。

(見ていてくれ、グリフッドの旦那! 俺は絶対に成功させてみせるぜ!)

それだけの益荒男が、ダークエルフのように潜み、単独で強襲をかける。

普通ならばありえざることだろう。

だがガイカクが、奇術騎士団が武勲を挙げたことによってこの奇襲が発生した。

そう、メラスの授けた作戦はこうだ。

移動中に奇襲を仕掛けて、魔導兵器を破壊すればいい。

この作戦が成功すれば、奇術騎士団の戦闘能力は大幅に激減する。