軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六十五話 もう十分だ!!

ここはイルジュア。

「……」

の皇城の庭園にあるガゼボにて、私は顔を俯かせていた。

「で、なにか申し開きは?」

「……ありません」

はあああ、と大きな溜息をつく目の前の人の反応にビクッと肩が揺れる。

「僕はお前と友達だと思っていた。いや、今でも思っている」

「……」

ものすごーくデジャヴを感じるけれど、今は余計なことを言わないのが賢明に違いなかった。

「なにかあれば僕に言えと言っただろう……ッ」

震えた声に驚いて顔をあげると、目を吊り上げながら涙を零すラディの姿があった。

なんて器用なんだと思わず感心しそうになったけれど、そうじゃないと慌てて立ち上がってハンカチを差し出す。

それを大人しく受け取ったラディは目元を押さえながら私をキッと睨んだ。

「今度という今度は許さないからな」

「で、でも」

「でもじゃない!僕がどれだけ!どれだけッ!!……心配したと思ってるんだ……」

ラディが怒っている原因は私が窮地に陥った時にラディを頼らなかったことらしく、いつになく本気で叱られ、なにも言い返せない私はぺしょりと眉尻を垂らす。

「でも、……フーリンが無事でよかった」

優しい声が私の涙腺を刺激するものだから、両手で顔を覆う。

ここで泣くのは卑怯だと分かっているのに、涙は止まりそうになかった。

「心配かけて、ッ、ごめんなさいいいい」

こうして忙しい中急いで隣国から駆けつけてくれたのだ。ラディが私を心配する気持ちが痛いほど伝わって来た。

こうして二人して泣くものだから近くに控えていた侍従の間に動揺が走っていたけれど、それでもなにかを察してか近付いてくることはなかった。

「……ラディ」

「グスッ、なんだ」

「心配してくれて、ありがとうございます。私、ラディと出会えて、本当に、本当に、幸せです」

初めて会ったあの日から今日までのラディとの思い出がふいに蘇って来て、私はせっかく止まりそうだった涙が再び溢れてくるのを感じた。

「僕だってそうに決まってるだろ!」

なぜか逆ギレ口調で返されたのは今は置いておいて、私はゆっくりと深呼吸をして、滲む視界に映る金髪王子に向かってニッと口角を上げる。

涙と鼻水塗れになった笑顔はきっと見るに耐えないものだろうけれど、今さらこの人の前で取り繕う必要はなかった。

「私はきっとこれからも幸せです。……ギルフォード様のそばに、いることができるから」

「……」

「あ、マウントは取ってないです」

「分かってるよ!お前は空気が読めないのか!?」

「いやあ、それをラディに言われたくは……」

「なんだと!」

「なんでもないです!」

やっぱりラディ相手だと格好がつかない。

でもそれで良かった。

心を許せる友達ができるなんて考えたこともなかった、あの頃の私に言ってあげたい。

「私は自分の意思でギルフォード様のそばにいることを決めました。だから」

心配しないで、と。

「……お前も成長したな」

「なんですか、それ。私の親じゃないんですから」

ラディの言い草が面白くてクスクスと笑えば、ラディもつられたように表情を緩めた刹那。

「ほんとだよ、フーリンのおやはちゃんといるもんねー?」

空席だったはずの左隣から突然声が聞こえ、ラディが驚きに目を見張った。

「の、ノア?」

「やあ、おーじ。ひさしぶりだね、げんきしてた?」

「ま、まあ、変わりはないよ」

普通に会話を始めないでほしい。

周りに護衛や侍従がいるというのになぜ誰も反応しないのだろうか。

「もちろん、まほーですがたをかくしてるよ!」

「そ、そっか」

「ノアはなにしにきたんだ?」

「うふふー、フーリンにうんめーのはんりょについておしえてあげようとおもって」

「……どうして?」

「まだかんちがいしてるみたいだからさ」

「勘違い?」

「フーリン、こーぞくのうんめいのはんりょは、めがみがえらぶとおもってるでしょー」

「え、そうなんじゃないの?」

「ちがうちがう!むしろまったくのぎゃく!」

ノア曰く、皇族は自分が気にいる相手を無意識のうちに選び、女神に花紋を付けさせている。

言い換えれば女神が皇族を支配下に置いているのではなく、皇族が女神を利用しているのだと。

いろいろ気になるところはあるけれど、つまりは。

「……ギルフォード様は本当に私のことが好き?」

「そゆことー!」

肯定されたのに正直、全く信じられない。

「なんだ、フーリンは聖様に好かれてないと思っていたのか?」

「いえ、好かれてないというか、ギルフォード様は強制的に私を好きになっていると思っていて……」

「馬鹿野郎」

「へ」

「どう見ても聖様は心の底からお前のことが好きだろう!!」

「え、え、え」

「あの態度!あの目!あの口調!どこからどう見ても強制されてなんかない!!」

第三者に断言されたことで、しかも聖様をよく知るラディに断言されたことで、ボッと顔が熱くなる。

「ほ、本当に?」

「本当の本当の本当に!!……って、なぜ僕がこんなことを言わないといけないんだ。こういうことこそ本人に聞くべきだろう」

「う、それは、やっぱり怖くて……」

肩を落とした私の扱いに戸惑ったラディがおろおろし始めた時だった。

「おや、これは珍しいお客さんだね」

私たちのもとにやって来た黒髪の男性は、もう一つ空いていた席に座る。

「あ、貴方様は」

「こんにちは、フーさん、ラドニークくん、そしてノア」

楽しそうに肩を揺らすのはディーさん、改め、イルジュア帝国第三代皇帝クラウディオ様だった。

イルジュアのあらゆる平民、貴族、皇族の上位に立つ存在の人が突然現れたものだから、ラディは硬直してしまった。

「歓談中お邪魔してすまないね」

「い、いえ」

「久しぶりだね、ラドニークくん」

「っ、久しくご無沙汰を重ね、恐縮でございます」

「君の活躍は聞いてるよ」

「大変恐れ入ります」

ラディの王子様フェイスと、ディーさんの皇帝然とした表情を呆然と見比べていると、ディーさんが私と視線を合わせてきた。

なにかを言わなければと焦った私は、カラカラになった口を無理やり開く。

「わ、私を地下牢から出してくださったのは、陛下、であっていますか?」

「そうだよ。君が捕縛されたと聞いた時は心臓が飛び出るかと思ったねえ」

「その節は本当にありがとうございました。陛下のご温情に心から感謝しております」

頭を深く下げたにもかかわらず、なぜか皇帝陛下は悲しそうに眉尻を垂らして私を見ていた。

「私としてはいつもの通りに話してくれたら嬉しいんだけどなあ。フーさんだって、前から気付いていたでしょ」

「……ですが」

「フーさんは私の友人だから、その理由だけではだめかな?」

私を友人と呼ぶ皇帝陛下、否、ディーさんに、目を瞬かせる。

「これからも私とお話ししてくださいますか……?」

「むしろこちらからお願いしたいところだよ。あと、皇妃ともぜひ仲良くしてくれたら嬉しい」

「もちろんです!」

「そのネックレスは皇妃から貰ったものでしょう?よかったら大事にしてあげてね」

首元にぶら下がる立派なネックレスにディーさんの視線が行き、私は傷をつけないようそっと触れる。

「……あの、聞きたくはないんですが、聞いてもいいですか」

「うん」

「これ、──国宝とは言わないですよね?」

「はっはっはっ」

「ディーさん!?」

「それはもうフーさんの物なのだから国宝がどうとか気にする必要はないんだよ」

いやそれもう答え。

とんでもない物を身につけている事実に生気が抜けそうになる私になにを思ったのか、ラディが急に立ち上がり、

「お言葉ですがクラウディオ様、フーリンの一番の友人は僕ですので!」

「ラディ!?」

「おやおや、これは釘を刺されてしまったね」

どこに釘を刺す要素があったのか全く理解ができないけれど、ラディがとても失礼なことを言ったことは分かる。

「ダメですよ、ラディ」

「いいんだよ、フーさん。さすがに今一番になれないことは分かってるからね。ゆっくりいくさ」

「譲りません」

「ノアのこともわすれちゃこまるな〜」

「ノアだろうがクラウディオ様だろうが僕は負けない」

「ははは、望むところだよ」

なにがどうしてこうなった。

表面上は穏やかではあるものの私を除いた人間の間で睨み合いが勃発し、私は思わず目を回す。

「もうっ、いい加減にしてください!」

なかなか終わらない対立に、とうとう我慢ができなくなった私は声を張り上げた。

すると三人は一時停戦と言わんばかりに席に座り直す。

「ま、おーじだけじゃなくこーていもフーリンのことみててくれるならあんしんかなー。たのんだよー?こうていくん」

「言われずとも」

ノアはディーさんの返事に満足したのか、椅子から飛び降りこの場から去ろうした。

その時、ラディがノアを呼び止めた。

「どしたのー?」

「僕から君に依頼がある。君は情報屋だけじゃなく、それ以外のこともしてくれるんだろう?」

「まーそうだけどさー。おーじからのいらい?なにかなー?」

ラディがノアを呼び止めてまで依頼するなんてよっぽどのことなのだろう。

私もドキドキとして、耳をすました結果。

「ぎっ、ギルフォード様のサインを貰ってきてくれないか……!!」

私は椅子から崩れ落ち、ディーさんは苦笑した。

こうして告げられたラディの切実な願いは、

「……フーリンにたのんだらいいとおもうよ」

珍しくノアによって拒否されていた。

「フーリン」

「殿下?」

湯浴みを終え、いつものように自室へ戻ろうとした私のもとへギルフォード様がやってきた。

腰に手を回され、促されるままに廊下を歩き、着いた先は。

「俺の部屋だ」

やっぱり!

薄々嫌な予感はしていたけれど、まさかギルフォード様の部屋に連れてこられるなんて。

心の準備など微塵もしていなかった私は動揺してギルフォード様の袖を軽く引っ張る。

「あ、あの。自分の部屋に帰っちゃダメでしょうか?」

「……帰るのか?」

「うっ」

心の底から悲しそうな顔をしてくるものだから、なにも悪いことはしてないはずなのに自分の罪悪感が刺激される。

仕方なく頷いて部屋に足を踏みいれたのはいいものの、途端にギルフォード様の腕の中に囚われる。

「で、殿下」

「ようやくフーリンが俺の伴侶だと、正真正銘の伴侶だと公言できる日が来ようとは」

ジッと私の顔を見て目を細めたギルフォード様は、私に顔をゆっくり近付けてきて──。

「こ、こここういうことをするのは、ま、ままだ早いと思います!!」

私の全身全霊の叫びに固まったギルフォード様は、大きな溜息を吐いてこう言った。

「今さらじゃないか?もう二回はしている」

「うっ、それは……治療といいますか」

「じゃあ、これからが初めてだな」

「そういうことじゃなくてですね!」

「思いが通じているのだからもうなにも問題はないだろう?」

それが問題ありまくりなんです。

ギルフォード様が私のことを本当に好きなのならば、今までの彼の言動全て、本心からなされたものだということで。

その事実に気付いた私は、かつての言動を思い出しては羞恥に悶え、恥ずかしすぎて今目の前にいる御方を直視することができないのだ。

ましてやキスなんてしたら私の心臓は間違いなく止まる。

どうやってこの場から逃げようかと考えていたその時、ギルフォード様の目が鋭くなった。

「やっほ〜。どうもおじゃまむしでーす」

「ノア!どうしたの?」

突然部屋に現れた存在に驚いたのか、ギルフォード様が私を腕から解放する。

「さっきいいわすれたことがあったのおもいだしたのー!」

「言い忘れたこと?」

「そー!だからうるさいおーじはちょっとだまっててね〜」

「なにか余計なことをすれば」

「わかってるってー!」

「……それで、なにを忘れてたの?」

「あのときのおだい、まだもらってなかったとおもってさ〜」

あの時、とはいつだ。

急いで頭の中のバケツをひっくり返して記憶を漁ってみると、

『ノア、私はローズを助けたい。だから無事にローズを魔物から救える方法を知っていたら教えて欲しい。対価として私にできることなら何でもするから……っ!』

『なんでも?』

『何でも』

確かに思い当たる節があった。

「な、なにが望みなの?」

ノアはクスリと笑って怯える私の頭を撫で、耳元で囁いた。

「ちゃんと幸せになること、それが私の望みだよ」

「──え?」

聞き慣れない、……違う、聞き覚えのある大人びた声が、私の思考を一時停止させる。

ノアはバルコニーに立つと、ローブを風に靡かせた。

「じゃあね、フーちゃん」

決定的な証拠である私の愛称を呼んだその人は、ふっと笑って姿を消した。

追いかけることもできず、呆然と窓の外を眺めていると心配そうにギルフォード様が私の顔を覗き込んできた。

「フーリン」

いつのまにか頰に涙が伝っていた。

「だいじょ、ぶ、です。ただ嬉しくて……っ」

ずっとそばにいてくれた。ずっと見守られていた。生まれ変わってもなお、ずっと私を愛してくれていたのだ。

「そうか」

そう言って再び私を抱き締めようとしたギルフォード様は、そこで私がなにかを持っていることに気付いた。

私でさえいつ手にしていたのか分からなかったそれを私の手から抜き取り確認した瞬間、目が見開かれていく。

「これ、は……」

「それは、──!?!?」

なぜ!どうして!これがここにあるの!?!?

「いやっ、これはっ」

「……」

「み、見ないでくださいいい!」

『それ』を凝視した後、ギルフォード様はボソリと呟いた。

「………………可愛い」

『それ』は──まごうことなき私のデブ時代の絵姿で。

そんなものをギルフォード様に見られていると思うと、恥ずかしくて顔から火が出そうになる。当然涙なんて一瞬にして吹き飛んでしまった。

「もしかして」

「〜〜っ!!そうですよっ、ちょっと前の私ですよ!!」

あの悪戯っ子、いや、悪戯が大好きだったお母様に向かって私は心の中で叫ぶ。

次会ったら覚えていろ!と。

認めざるを得ない状況にやけくそになって叫ぶと、ギルフォード様は口を覆って崩れ落ちてしまった。

「えっと、あの?」

「……ぜ」

「え?」

「なぜ!俺は直に見ることができなかったんだ!!」

「え!?」

「悔しすぎる。今の今までこんなにも可愛いフーリンを俺は知らなかったというのか……ッ」

そして壊れたように可愛い可愛いと何度も連呼し始めるものだから、羞恥心が天元突破した私はギルフォード様から奪い返すために額縁を握る、が。

「返してください!」

「嫌だ」

「なっ、ダメなものはダメです!」

「俺の宝にする」

「絶対ダメ〜っ!!」

「っ、フーリン、待て」

「えっ……あっ!?」

絵姿を取り返そうとすることだけに意識が集中していたせいかギルフォード様の方へ体重を預け過ぎてしまい、バランスを崩した私はそばにあったベッドに倒れ込む。

「びっ、くりした」

「大丈夫か?」

「あ、大丈夫……ッ!」

どうやら絵姿が私に当たらないように咄嗟に守ってくれたようだけれど、今、あまりにも顔が近い。

咄嗟に逃げようとした私の両手首を掴んだギルフォード様は、私に向けて最上級の微笑みを浮かべた。

「──愛してる」

この世の誰よりも、なによりも。

ギルフォード様の真剣な眼差しは私の肌を焦がし尽くそうなほど熱く、息を呑む。

私はもう逃げられないことを悟った。

「まっ、まって」

それでもと、息も絶え絶えに最後の抵抗をした私が最後に見たものは、

「俺はもう十分待った。……だから、大人しく俺に囚われてくれ、我が伴侶」

私を貪り尽くさんとする、余裕のない男の人の顔。