軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十五話 まだ早い!!

「遂に卒業かー!あっという間だったなあ」

「そうだな、……本当に、あっという間だった」

今日は卒業式。

第一の校舎が半壊したために、第二にて式が執り行われることとなった。

そのおかげで第二の友だちとも別れの挨拶をすることができたのは良かったのかもしれないけれど、慣れ親しんだ第一にお別れを告げられなかったことは少し寂しい気もした。

私と共に卒業するローズは卒業式までにしっかりと回復し、腰程まであった赤い髪を顎あたりまでバッサリと切っていた。

昔の自分と決別するためだとローズは言っていたけれど、イケメン度に拍車がかかった為、女子生徒の視線が凄い。

「……なんですよ!」

「ふふ、そうなんだ?」

「とにかく殿下がお元気そうで良かったです!」

「うんうん、君も元気そうで良かったよ」

私たちの近くで第二の生徒と話をしている爽やかな人がいるけれど、あれは誰だろう。

知っているような、知らないような。

「フーリン、現実を見ろ。あれはラドニークだ」

ラディ?そんなまさか。

ラディはもっと幼い顔付きで、あんな風に微笑ましげに笑ったりしない。

ローズはきっと見間違えたんだろう。

「アレが全校生徒の憧れにして、理想の王子様であるラドニーク殿下だよ」

ラディとはあの事件以来会っていなかった。

やることが沢山あるから卒業式まで会えないとは本人直筆の手紙によって知ってはいたけれど。

「……」

童顔は相変わらずなのに大人びた雰囲気がそうさせているのか、顔付きが全く違うので本当に別人にしか思えない。

私の心情を察したローズが私の頭を撫でるので密かにトキめいていると、話が終わったラディがふいにこちらを向くものだから私は途端に慌てた。

正直に言えばこれからどんな風にラディと接すればいいのかがさっぱり分からなかった。

前みたいに殿下と呼べばいいのかな?前のようにくだけた態度は失礼だよね、とぐるぐる考えているうちに、大股で近づいてきたラディが私の前に立ちはだかる。

「おい、フーリン。何なんだそのブサイクな顔は!」

「へ」

「へ、じゃない。折角の晴れ舞台だというのにそんな顔をしていては台無しだろう!」

先程の爽やか王子は幻だったのかと疑いたくなるほど以前と変わらない尊大な口調や態度に思わず涙が溢れた。

「なっ!?お、おい、何で泣くんだ」

ギョッとして手を彷徨わせるラディは出会った頃と変わらなくて、それがまた数々の思い出を蘇らせてくるものだから、私はもう涙が止まらなかった。

「まだ、ラディって呼んでもいいんですか……?」

「何を言っているんだ?当然だろう、お前はこの僕の友達だぞ」

「ありがどゔございまずゔううぅ」

「おおおい、赤髪女っ、フーリンをどうにかしろ!」

私を手に負えなくなったラディは慌ててこの状況を面白がっているローズに助けを求めた。

「そうだな、あたしのことを名前で呼んでくれたら考えないこともないぞ」

「くっ……、ローズマリー!これで良いだろ!早くしろ!!」

「まあ及第点てとこか。愛称でも良いんだぞ?まあフーリンは既に泣き止んでいるし今回はこれでいいことにしよう」

「なん、だと」

驚愕の瞳がこちらに向くものだから私は吹き出してしまって、ラディのヘソを曲げてしまった。

慌ててラディの機嫌をとるも、久しぶりに味わう平和なやりとりに頰が緩んでしまって更にラディの機嫌を損ねてしまう。

ローズが膨れるラディにいつもと同じように口を出している様子を眺めていると、まだ卒業したくないなあ、なんて思ってしまう。

感傷に浸っていると、遠くにレオの姿を見つけ大きく手を振る。

レオは入院中面会謝絶状態だったので、久しぶりに会う。

こっちに来て!と招き寄せる仕草をするとレオは嫌そうにしながらも、こちらに向かって歩いてきた。

「……それでいくことにしたんだな」

「この性格も結局は僕の一部だからね。存外愛しくなってしまったんだよ」

「なんだ、フーリンの為じゃないのか」

「ふはっ。……そうだな、八割方それが理由なことは一生黙ってろよ、ローズ」

「相変わらず生意気な奴め。まあいいだろう、ここはラディの仰せのままに」

そんなやり取りを二人が背後でしていたことに私は気付かずに、意気揚々とレオに話しかける。

「元気だった?会えなかったからほんとに心配した」

「すぐに治った」

「嘘、一週間はレオの担当のお医者さんの顔青かったよ」

「うるせ」

ふいと顔を逸らしてしまうのでこれ以上何も言う気はないと察した私は別の話題をふる。

「レオはまだ残るんだよね?校舎無いからやっぱり第二で授業受けることになるの?」

「多分な。というかお前はどうすんだ?やっぱりあの親父のとこに帰るのかよ」

「うーん……それなんだけど、まだ迷ってて」

普通在学中に卒業後の進路を決めておくものだけれど、私はこの期に及んで未だに進路が決まっていなかった。

それは勿論、自分がイルジュアの皇子様の運命の伴侶であるという事実があるがゆえに、だ。

きっとギルフォード様は私のことを調べただろう。

私の正体が分かった筈だ。

それなのにこの二週間、全く音沙汰がなかったことを考えると、殿下は実際に私に会ってみて、こんなのが運命の伴侶なのかと失望してしまったのかもしれない。

目は見えずともフィーリング、とかありそうだし。

一度そう推測してしまうと、私はもうギルフォード様に会いにいかなくても良いのではないかと思いたくもなる。

しかしお父様の口からとはいえ約束した手前、私には殿下に会いに行く義務があるのだ。

事件の時は私が会いに行ったわけではないし、きちんと話が出来たわけでも無かった。

だから最後にギルフォード様に会いに行って、きちんと話をして、……恐らくそこで見切りをつけられるであろうから、その時にちゃんと身の振り方を考えたいと思っている。

「この国もいい国だし、永住するのもありよね」

「まあ、な」

うんうんと頷いてお父様の泣きそうな顔が思い浮かぶ。

「お父様みたいに色んな国を飛び回るのも楽しそう」

「……お前が?一人で?大丈夫か?」

「失礼な」

この一年曲がりなりにも勉強にも力を入れてきた。

文化の違いを肌で感じながら学ぶことは思った以上に自分の刺激となったのだ。さらに他の文化を勉強するのはもっと楽しいに違いない。

ね?いい考えでしょ?と目を輝かせてレオに同意を求めると、私から視線をずらした当人は強張った顔をして固まっていた。

何?と思ってラディ、ローズを見れば同様に私の後ろを見て目を見開いている。

反射的に後ろを振りむこうとしたその時。

「──へえ、俺をおいてどこに行こうと?」

ヒュッと空気が喉を通り抜けた。

突然周囲の温度が下がった気がする。

冷気の発生源は私の後ろにあることは振り向かなくても分かった。

絶対に振り向きたくない。

しかし本能による怖いもの見たさで視界にその人を捉えてしまえば体が硬直するのは必然だった。

なぜ、貴方がここに。

震える手で口元を抑えると、佳人は纏う冷気とは裏腹にうっそりと微笑んでみせた。

「待ちくたびれたぞ、フーリン・トゥニーチェ。我が伴侶よ」

第二皇子にして私の伴侶、であるらしいギルフォード様その人が周囲の注目を物ともせず、私だけを見つめていた。

「他の国へ行きたいなら俺を連れて行け。第二皇子として外交も担わなければならないからな、良い機会だ」

殿下が何か言っているが私の頭には何一つ入ってこず、なんだこの美しすぎる顔は、と戦慄する。

正直、前回も前々回も会った時の私は興奮状態にあって、ギルフォード様の造形など気にしている余裕が無かった。

けれど今はどうだ。

ニキビ一つない滑らかな肌に、手がかけられているであろう艶々な黒い髪。こちらを見据える双眸は深海を思わせる碧眼、スッと鼻筋の入った鼻に色気を纏わせる薄い唇。

どれだけ凝視しようが殿下の顔に失敗したパーツなど一つもなかった。新聞の絵姿など当てにならないことがよく分かる。

「フーリン」

「ひえっ」

いつのまにかすぐそばに来ていた殿下に腕を取られ、ろくな抵抗も出来ず、そのまま抱き寄せられた。

バクバクと全身が心臓になったかのように音が煩い。

ふわりと殿下の香りが鼻を掠めた。

やっぱりいい匂いだと、思わずうっとりしそうになるも必死に正気を保つ。

そして何か言おうと思い切って顔を上げた私は今度こそ固まった。

少し動けば唇が当たってしまいそうなほどの距離に麗しい顔があったことで、殿下から頰にキスされたことも、自分から殿下にキスした記憶も同時にフラッシュバックする。

殿下に会いに行ったあれは決して私の意思によるものではなかった。

突如として現れたノアに連れ去られたかと思えば、殿下が危険な状態であり運命の伴侶による治療が必要だと言われたのだ。

言われるがままに全身にキスして、最後まで拒んだく、くく唇まで合わせて、殿下が眠った瞬間そこから逃げ去ったことは記憶に新しい。

いや、ほんと私ってばどんな痴女よ。

今思い返しても羞恥心でいっぱいになる。

たとえ運命の伴侶だとしても殿下にとっては完全に不審者極まりない。

ただでさえあんな綺麗な人物に触れてしまった罪悪感がすごいというのに、ノアはもっとすればよかったのに〜なんて言い出す始末。

「漸く、会えたな。……まずは話がしたい。君のことを聞かせて欲しい」

ギルフォード様が私と視線を合わせている。

つまり殿下に視力が戻っているのだ。

そのことを認識した途端に自分の存在が恥ずかしくなって、顔がぶわりと熱くなる。

こんな人に私は烏滸がましくもキスをしたの?

え?というかこんな素敵な人が私の伴侶?

「無理」

「っ」

今そばに立っているこの状況が既に無理だった。

誰よ、痩せれば殿下の隣に立てるなんて言った大馬鹿者は。

私だ。

ダメだ。ダメだダメだダメだ。

殿下の隣に自信を持って立つためには体重を減らすだけじゃだめだ。もっとメリハリのある体になるためにトレーニング内容を改良して、お肌にも力を入れて、お化粧ももっと勉強して、品が出るような仕草も練習して、教養を身につけて、いやちょっと待って?そもそも私伴侶として認められないから横に立つこともないしそんなことするのは無意味──。

「フーリン?」

身体的にも精神的にも追い詰められた私の頭は既に思考を放棄していた。

少し、少しだけでいいから頭を整理する時間が欲しい。

逃げたって仕方ない。

それは分かってるけど、今の私が正常な判断を出来るはずもなく。

ドンっと殿下を突き飛ばすと突然のことに驚いたのか、ギルフォード様が咄嗟に一歩後ずさった。

その隙を狙って私は勢いよく走り出す。

「フーリン!!」

後ろから猛然と追われている気がするが、振り向く余裕のない私は必死の形相でギルフォード様から離れる。

校庭を走る私を皆んなが見ていた。

これ別にどこかに行こうとしているわけじゃないから!

余裕を持った状態で面会したいだけだから!

「フーリン、行くな!俺から離れないでくれ!!」

何故ギルフォード様がそんな必死な声を上げるのかさえ、パニックに陥った私が理解できる筈もない。

一方でこの状況の中分かったことが一つだけあって、これだけは間違いないと胸を張って言える。

だから私は声を大にしてこう叫びたい。

私に殿下の隣は──まだ早い!!