軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十四話 魔を切る ※ギルフォード視点

魔物を倒した後、意識を失った俺はレストアが抱える最高医療機関へと救急搬送された。

魔導師による治癒魔法を受けたものの、魔素を取り込み続け、特に戦闘の際魔物によってそれを大量に受けた体には最早何の効果も無く、容態は悪化の一途を辿っていた。

目は見えず、匂いも分からず、音も殆ど聞こえない。

全身が震え、声を出すこともままならない。

薄い意識の中、俺はかつてイナス村で出現した魔物についての詳細が何故後世に伝わらなかったのか、その理由に気付いた。

村人は全員死亡したと言っても魔物を倒した聖騎士が伝え残せば良かったのにと考える者は多くいる。

無論かつての聖騎士も出来るものなら後世に伝え残したかっただろう。

しかし出来なかった。

答えは俺の現状を見れば一目瞭然。

かつての聖騎士もまた死の淵に追いやられ、事件の詳細を喋る体力も残っていなかったからだ。

俺の状態は一刻を争っている。

大魔導師による治癒魔法を受ければ回復する可能性もあったが、近くにいる大魔導師と言えば俺と同様激しい損傷を受けたレオであった。

彼が回復するまで俺の体はもたないだろうことは頭の何処かで理解していた。

兄上も仕事を抜けて俺の様子を見に来てくれたものの、何を言っているのかを殆ど聞き取れず、また言葉を返す事もできない俺を見て兄上は何と思っただろうか。

浅い呼吸を繰り返し、何とか眠りにつき、夢を見た。

漠然とそれは魔物の記憶であることを悟った。

自分の理想と他人の理想。その狭間で葛藤する上の地位に立つ者たちの姿。

彼らの苦しむ感情が今の俺に直接響き、精神を蝕んでいく。

このままでは体が限界を迎えるより精神が破壊させられてしまう。

希望すら見出せない暗闇の中、ぶわりと甘い匂いが香ったかと思うと、声が聞こえた。

『殿下』

柔らかな、それでいて少し泣きそうな声。

俺は声の主を誰だか知っている。

伴侶の声、だ。

未だ夢の中にいるのだろうか、ふわりと柔らかな感触が俺の左手を包んだ。

すると不思議と僅かに力が入り、そのまま握り返すと更に相手の手に力がはいる。

そこで漸く確信した。

──直ぐそばに伴侶がいる。

その事実に頭が覚醒し直ぐ様体を起こそうとするも、当然のように体が動く事は無く、そればかりか口さえ動かない。

この時初めて動かない自分の体を憎んだ。

「れ、何で腕輪が、あれ、私と一緒?え?お父様が?へえ、そうなんだ」

使えないはずの耳が、鼻が、機能している。

「……早く、良くなってくださいね」

ああ、ああ。

勿論、早く治そう。

早く回復して君を抱きしめよう。

誰にも触れられないように、誰にも奪われないように。

「んえっ、そんなことするの!?そんなのただの痴女じゃないっ。ダメだよ!」

伴侶の近くに誰かいるのか、伴侶はその相手と何か喋っている。

しかし俺には伴侶の声しか聞こえなかった。

「……うう、ほんとに?ほんとにしなきゃダメ?……嘘だったら怒るからね」

今度は伴侶と話している相手が憎い。

俺だけを見て欲しい。

俺だけに話しかけて欲しい。

闇に沈みかけていた心はすっかり光を取り戻し、それどころか一人前に嫉妬心まで抱く始末。

別の意味で闇に染まりそうだと思ったその時、ふに、と手に残るものとはまた違う、柔らかな感触を額に感じた。

それ(・・) が何かを理解した瞬間、全身が固まる。

どういうことか問いかけたいのに役立たずな体はそれでも動かない。

俺の焦る内心など伴侶に伝わる筈もなく、瞼を皮切りに次々と伴侶の唇が俺の全身に落ちてきた。

瞼に、鼻に、頰に、喉に、胸に、腕に、脚に。

これは夢だ。

自分の作り出している都合の良い夢に違いないと思うぐらいに、今起きていることは信じられないことだった。

伴侶が、自ら、俺に、口付けている……!

自分の手が動いていたなら俺は自分の口を押さえ、心の底から湧き上がる幸福感に耐えんとしていただろう。

「……っ」

どうにかして反応を示そうと喉を絞り上げれば、声の出せそうな兆しがあって、更に全身に力が篭り始める。

しかし俺が身動いだことで伴侶の動きがピタリと止まってしまい、途端に自分の体が冷えていく。

「殿下起きちゃうよ、ねえ、もういいでしょ?」

嫌だ。

「ひぇ、む、無理、流石にそれは無理!」

足りない。全然君が足りない。

「っううう、殿下、ごめんなさい!」

勢いのある謝罪が聞こえた瞬間、唇が暖かなものに包まれ、トドメと言わんばかりに服がずらされたかと思うと、鎖骨にある花紋に口付けられた。

「……っっ」

歓喜に全身が狂いそうになるが、伴侶の口付けによって反応した花紋が熱を持ち始め、俺の頭を浮つかせる。

伴侶の手が離れそうになるのを察した俺は、すぐさま握り直し、逃さないように力を込めた。

「は、……りょ」

「っ……はい、殿下。私はここにいますよ」

その言葉に安心した俺の意識は心地良い熱に包まれたままなす術もなく暗転した。

「殿下、お体の方は如何ですか?」

医師の声が明確に聞こえる。

「問題ない」

声がハッキリと出せる。

「な、なんと!奇跡だ……!」

医師たちの喜ぶ姿が視界にクリアに映る。

体の震えも止まっているだけでなく、想像以上に体が軽い。

「この一晩で何が起こったんだ」

原因を解明しようとする興奮した医師や研究者を追い出し、俺は部下を呼び寄せると直ぐに伴侶の名を伝え、彼女について調査するように命を下した。

嬉しそうに去っていく部下を見送り、俺は左手に拳を作り開閉させながら自分の花紋を撫でる。

いた。確かにいた。

そして奇跡をもたらしてくれたのだ。俺の伴侶は。

「また、逃してしまったな」

独り言ちながらベッドの端に腰掛け、魔物との戦闘の際知った伴侶の名を思い浮かべる。

フーリン・トゥニーチェ──彼女が俺の運命の伴侶。

涼やかで可愛らしい名を口にするだけで頰が緩む。

彼女がトゥニーチェであるならば、見つかる筈が無いのも当然だった。

これからの行動を考え巡らしていた時、控えめなノック音が聞こえ入室を許可する。

そして躊躇いながら入ってきた人物に目を細めた。

「久しいな、其方も大変だったのだろう」

「い、え。僕は直ぐに治りま、した、ので」

「そうか、それは良かった」

途端、彼は堰を切ったように涙を流し始めた。

決して俺と目を合わせようとしないところから彼は、魔物から解放されたのだと分かる。

「ほん、とうに、ほんどにっ、貴方が、無事で、良がっだでずぅっっ」

崩れ落ちた王子、ラドニークの元へ俺は歩み寄り、膝をつく。

「で、ででんかっ、そんな、膝をつくなんて!」

「構わない」

夢の中で見た彼の記憶。

彼が呪いにかかってしまった原因に俺の存在があることを知ったが、それでも尚俺を慕ってくれるというのならば、自分は変わらずそういう存在であり続けようと決めた。

「よく、頑張った」

王子は俺の言葉に目を丸くした後、ボンっと顔を赤くしたかと思うと、シューと顔から蒸気を発生させながら放心してしまった。

しかし、話したいことがあった俺は王子を引っ張ってソファに座らせる。

「考えたんだが」

「ひゃいっ」

「魔物に関して現状まだ解決していない、だろう」

「……はい」

仕事の話になると徐に王子の顔つきが変わった。

それはまさに為政者たる表情だ。

それでも俺と目を合わさないことはご愛嬌だ。

「それで君の意見を聞きたい。教えてくれるか?」

少し挑発するような声音で問えば、王子は感極まったような顔をした後一呼吸置き、勿論ですと笑った。

そのまま二人で話し合いの末に仮として決まったのは、精神面をサポートする施設や機関を作るということだった。

世界では人の『心』について軽く見ている節があり、精神面を蔑ろにされやすい。

それが魔物の出現にも繋がるのであろう。

だからこそ俺たちは精神的健康という言葉を世界中に周知させ、人々に精神的安寧を最大限に享受してもらう必要があるとの考えを打ち出した。

魔(わるいもの) は巡る。

だからこそ魔をこの時代で断ち切る。

それが俺たち上に立つ者の宿命でもあるのだ。

「これからもよろしく頼むぞ、ラドニーク」

「ひえっ」

「……」

取り敢えず、名を呼んだだけで気を失ってしまうこの王子の精神をどうにかする必要がありそうだ。

部下の持ってきた書類に目を走らせながら手早く支度をしていく。

フーリン・トゥニーチェ。現在は留学生としてレストアの第一王立学園に在籍しており、学園ではレストアの第四王子ラドニーク、テスルミアの皇帝候補ローズマリー、大魔導師レオと仲が良い。

またその他にも各地で活躍する優秀な者たちと交流があり、彼女の持つパイプは決して蔑ろにできないほどの質と量を併せ持っていた。

外見については詳細を記載させておらず、伴侶の姿形は未だ想像の域を出ない。

と言うのも二度も会えたのに、どちらも見えない状態で伴侶と離れてしまったという悔しさがあるからだ。

どうせなら何の情報も無く、自分の目でどんな姿をしているのかを確かめたかった。

それでも他のことについては友人であるというラドニークから色々と聞き出せば良かったと内心舌打ちしながら部屋を出ると、そこにはいつもと変わらぬ笑みを携えた男が立っていた。

「ウルリヒ、どういうことだ」

「おや、調子を伺いに参りましたがお元気そうで何よりです」

「そんなことはどうでもいい。貴様、俺に言いたいことはあるか」

伴侶がウルリヒの娘であるとは完全に盲点だった。

いや、盲点にさせられていたと言うべきか。

「いえ、特には」

「そうか、ならいい。そこをどけ」

「どちらへ?」

「決まっている。伴侶の、フーリンの元にだ」

「殿下はお忘れですかな?」

何が、と問おうとしてはたと動きが止まり、徐々に自分の目が見開かれていくのか分かった。

『娘は今留学先で励んでおります。私の娘に会ってみたいという気持ちは理解できますが、今はそっとしておいてやってくださいませんか。帰国すれば否が応でも社会に振り回されてしまうのですから、今は自分のことだけに専念させてやりたいのです』

わなわなと唇が震える。

今まで全て此奴の掌の上で踊らされていたかと思うと、情けなさやら自分に対する失望やらといった複雑な感情が俺を支配した。

「殿下と言えども約束はきちんと守っていただかないと」

そんな約束したとも言えないような言葉に従わなければいいのは分かっているのに、苦渋の決断で思い留まる。

ウルリヒがどれだけ腹黒爺であろうが、此奴が伴侶の父である以上、発言を無下には出来なかった。

彼女の卒業まで残り一週間を切っている。

それまでの間の辛抱だと俺は唇を噛み締めた。

「では殿下はお時間が出来たということで少しばかりお耳に入れたいことが」

「話はないとお前が言っていたではないか」

「それとは別の話です」

「テスルミアのことか」

「その通りです。皇太子殿下には先に話をつけておきましたので問題はないかと」

恐らく兄上が俺の元へ来た時もその話をしようとしたのだろう。

テスルミア、特にその一角を担う火の部族は現在時代の節目にあった。

火の部族の長の死亡と、皇帝による火の部族高官の大量更迭。長きに渡った圧政に解放された民たちによる宴の日々。

今回魔物に体を乗っ取られたローズマリーという火の部族の娘も帰国次第それに巻き込まれるのだろう。

ラドニーク同様、夢の記憶である程度彼女について知った手前、何か助力でもしようと考えている。

「どうせ前から氏が絡んでいたんだろう」

「おや、分かりますか」

「でなければテスルミアは今以上に混乱していただろうからな」

きっとウルリヒが絡んでなければ民たちによる暴動や、他部族による干渉が酷かったことは簡単に予想がついた。

これを契機にウルリヒは商売の範囲を広げたに違いない。

今度こそ後始末はきちんとしておけと釘を刺してウルリヒと別れると、途端伴侶に対する恋しさが蘇る。

あの暖かさを知ってしまった今、部屋に一人いるのは物寂しく、辛かった。

会いに行ける距離にいるのに会いに行けない。

今こうしている瞬間にも伴侶が誰かのものになっていたらと思うと恐怖さえ湧く。

何の拷問かと思うような時間に俺は腕輪を握り、自ら伴侶に触れたことと、伴侶から触れてくれたことを何度も思い出して現状に耐えるしか方法は無かった。