軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

658話 様々な想い

なんだか話が大きくなってきたな……

そう感じながら手に持つ手紙を置き、正面に立つユマ先輩に目を向ける。

8割以上の生徒が貴族というクルシーズ高等貴族院に通っていたくらいだ。

庶民の生まれではないことくらい予想していたし、エルフやエルフの住む森の話が出てきたあたりからアイオネストか、その周辺国の出身なのだろうとも思っていた。

が、まさかの公爵家。

ユマ先輩はアイオネスト王家の血縁に当たる可能性もあるわけか。

「えーっと……ユマ先輩は当主であるお婆さんからの指示もあってここに来たってことですかね?」

「ううん、そうじゃないよ。うちのばあ様も昔あの学院に通ってて、その当時はまだ古い石板なんかもたまに見る機会があったみたいだけど、どうしてもその内容が分からなくて悔しい思いをしたんだって。だからロッキーの所に行けば分かるかもしれないって言った私を凄く応援してくれたんだ」

「ん~とは言え、孫に協力してくれたら必ず相応の礼をするって言われてもなぁ……」

先輩という知人の頼み事ではなく、背後に大国の影がチラつき始めたのだ。

特定の国に肩入れというのはあまり望ましいことではないため、どうしたものか。

考えが慎重になっていると、ユマ先輩は慌てた様子で釈明する。

「そんなややこしい話にするつもりはないから安心して。こうしてばあ様が私に手紙を預けたのも、見返りの話になったら私じゃまだ何も用意できないし、その時はばあ様が代わりに動いてくれるって、それだけだから」

「そうですか……」

ならいいが、しかし見返りか。

恩を返そうとしただけだし、そんなことまったく考えていなかった。

大国の公爵家ともなれば、面白そうな魔道具や希少な特殊付与装備なんかも抱えていそうなもの。

自然とかつて見たヴァルツやガルムの宝物庫に近い絵が脳裏に浮かぶも、直後に痛みが走って我に返り、小さく首を振る。

いやいや、駄目だろう。

相手は生粋の貴族なのだから。

ユマ先輩の婆さんなら良い人だと信じたいが、この世界の貴族は俺が受け止めきれる常識から大きく逸脱した考えを持って生きる人間があまりに多い。

ネジが外れまくったようなタイプの人なら、下手にこちらの要求を通すことで、後々とんでもない障害になって返ってくる可能性がある。

おまけにもし問題が発生したとしても、先輩の実家となると手が出しづらいしな……

だったらせめて、うちの損にはならないようにだけさせてもらうか。

「面識もない方に見返りを要求する気にはなれませんし、でしたらユマ先輩に協力してもらいますよ」

「え?」

「どうせ複製が出来上がるまでには多少の時間が掛かるんです。その間は待つだけになるでしょうし、だったら宿を手配しますので、その人が本来やるべきだった本の複製作りを暫く手伝ってください。ユマ先輩なら可能でしょう?」

「それは、そうだけど……」

「その間にこちらもアイオネスト王国には着けそうですしね。もしやってくれれば帰りは僕が家の近くまで送るくらいしますから、そうしたらだいぶ先輩も楽になるんじゃないですか?」

そう伝えると、ユマ先輩と横に立つ老人は、暫く言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

高級宿ニューハンファレストの一室に案内されたユマは、到着して早々綺麗に整えられたベッドの上に倒れ込んだ。

すると日頃からユマの世話役を任されている侍女が、慌てながらその行為を窘める。

「ユマ様、せっかくのお召し物がシワになってしまいますよ」

「うぅ……だってー……」

ユマはその立場にも拘わらず気取った様子がなく、聡明な頭脳とは裏腹に緩くやり取りのしやすい印象を周囲に与えていたが、さすがにここまでの姿を見せるようなことはなかった。

この国に来た目的は十分目途が立ったと知らされていたが、いったいお嬢様に何があったのか。

身辺警護も兼ねて同行したジャンダルムに問い掛けると、ふむと小さく頷き眼光鋭く言葉を返す。

「ロキ王が男としての責任を果たそうとされている……とか?」

「は?」

「え? どういうこと?」

「あ、いや……学院から戻られて以降、益々その美しさに磨きがかかったと、兵舎はもとより市井でも大層噂になっているそうですからな。異世界人の王と言えど、お嬢様を放っておけなくなったのでしょう」

「……うー……」

只ならぬ空気を察してジャンダルムが言い直すと、居合わせた侍女はそういうことかと納得し、肝心のユマは一度上げた顔を再び布団の中に埋める。

目的は叶いそうだというのに、ロキの行動、考えがまったく理解できない――、それがこのモヤモヤとした感情の原因だった。

ユマの中でロキはいつの間にか懐いていた後輩であり、数少ない友人という認識であったことは間違いない。

だが敢えてそれらを町長だという老人に伝えたのは、その方が会える確率が高いという打算もあったから。

にも拘わらず唐突に押し掛け、突き返されてもおかしくない一方的な望みを口にした自分に対し、まるであちらが詫びの1つとして許しを請うために本の中身を提供してきたような……

立場が逆転したのではと、思わず勘違いしそうになるほどの至れり尽くせりな提案を受けたことに未だ困惑が止まらない。

支援に対してそれ以上の見返りを要求する貴族の世界を見続けてきたユマにとって、これほど理解に苦しむ対応をされたのは初めてのことだった。

それともジャンダルムの言う通り、本当にロッキーは……

思考が入り乱れ、暫くベッドの上でジタバタと藻掻くユマを後目に、半年ほどの長旅を支えた多くの荷物が馬車から降ろされ部屋の中に運び込まれていく。

そうして一段落ついた頃、声に硬い緊張感をもたせたジャンダルムが人払いを済ませたのちに声を掛けた。

「それではお嬢様、リエン様にこちらの状況をお伝えせねばなりませんので、まずは今後の予定を確認してまいりましょう」

「あ、うん……」

「長旅の疲れを癒すため、今日明日は休息に充てたのち、明後日は一度この町の全容を把握すべく視察を。その翌日からロキ王が求められている本の複製作業に入るということでよろしいですかな?」

「それは構わないけど……私、そんな時間あるかな?」

1日にアルトリコがこなす量をそのまま伝えられたとあって、ロキから依頼された複製の作業量はそれなりだ。

その手の作業に慣れたユマであっても時間に余裕があるとは到底思えず、逆に本の対価とも言えるこの仕事さえ満足にこなせなかった時のことを心配をしていると、ジャンダルムは余裕のある笑みを浮かべる。

「お嬢様に直接任された仕事ではありますが、お嬢様だけがやれなどとは言われておりませんからな。私含め、心得ある従者も作業に取り掛かれば、半日と掛からずその日の複製作業は終わりましょう」

「え~それってちょっとズルくない?」

「何をおっしゃいますか。貴族たるもの、それくらいの強かさがなければ国や領地を豊かにすることなどできません。エルフとの交渉を一手に担うグリフォード家ともなれば尚更です」

「そっか……」

「これで午後には時間の余裕も生まれるでしょうから、リエン様や王家に更なる成果を持ち帰れるよう、視察時に目星を付けた施設や設備などを重点的に確認してまいりましょう。ロキ王がおおよその目安として提示された複製期間は半月ほど。終われば我々を瞬時に送り届けてくれるというのですから、日数が足りなければ滞在期間を延ばしてでも、異世界人が手掛けるこの町の情報は余すことなく収集すべきでしょうな」

「ちょっ……待って。そんなことがしたくてここに来たわけじゃないし、森の入り口に間諜の類いは駄目ってはっきり書かれてたんだよ?」

「もちろんその看板は確認しておりますが、私共は正式にこの町の滞在を認められた客人の立場ですからな。立ち入りの禁じられた場所に入るわけでもなし。見える範囲で目新しい何かがあれば、その意味や目的を確認しようというだけなのですから、この程度で文句を言われる謂れもないでしょう」

「……」

貴族という立場を使って人に迷惑を掛けなければ自由にして構わないと、そう許可したのはロキ自身だ。

だからジャンダルムがやろうとしていることも完全に間違っているとは言い難いが、ロキの善意を利用しようとしているようで、なんか嫌だなと。

ユマがこのやり取りに内心うんざりしていると、ロキと直接対面し、言葉を交わしたことでいけると判断したのか。

さらにジャンダルムが踏み込んだ考えを口にする。

「というよりあの王でしたら、素直に協力を願い出てもいいのでは? 噂ほど苛烈な性格には見えませんし、知己の関係を活かしてお嬢様から直接願い出れば、上手く利用でき――」

「駄目だよ」

しかし、今までなんだかんだと受け入れていたはずのユマが強く否定したことで、饒舌だったジャンダルムの言葉が驚きと共に止まる。

「これはアイオネスト王国とグリフォード家の問題なんだから、それは駄目。なんの関係もないロッキーをこれ以上巻き込むわけにはいかないし、それに彼、ジャンダルムが公爵家の名前を出した時、一瞬表情が曇ったでしょ?」

「そのような変化が……? いや、確かにあの時、場の緊張感が増したような感覚はありましたが……」

「ばあ様からは他国の貴族や役人がいくら訪ねようと門前払いされる国って言われてたし、たぶんいろいろな所から求められ、振り回されて、それで嫌気が差しているのかもしれない……あんな見た目だし怖い噂もよく耳にするけど、私が知っているロッキーは凄く優しかったから」

「……」

「だから、これ以上ロッキーに甘えちゃ駄目。私の我儘に応えてくれたことにはしっかり感謝して、ここでちゃんと止めないと」

この言葉に、自らの考えを真っ向から否定されたように感じたジャンダルムは表情を僅かに歪めるが、今はただの護衛隊長であり目付け役だ。

これ以上出しゃばるべきではないと、一度言葉を呑み込む。

「これは私としたことが、無用の心配をしてしまいましたな。考えてみれば、成人の儀を済まされたお嬢様もこれより交渉の場に立たれるのです。リエン様を凌ぐと言われるその才が遺憾なく発揮されれば、きっとエルフとの交渉も上手くいかれることでしょう」

「うん。そのための準備はしっかり――」

「ただし、その双肩にはアイオネスト王国の未来と、王国に住まう数千万の民の命が懸かっていると言っても過言ではないのです。その事実だけは努々お忘れなきよう、お願い申し上げます」

「……分かってるよ。グリフォード家として果たすべき大きな責任があることも、もうあまり時間がないことも分かっているから」

ユマは僅かに視線を落とし、絞り出すように覚悟と想いを目の前の老人に吐き出す。

しかしジャンダルムの言葉は少女の心に深く突き刺さり、机の下で握られた手は小さく震えていた。