作品タイトル不明
655話 壁の先
一度自分の指を見つめ、恐る恐る溶岩の中に沈めていく。
今まで【火属性耐性】や【発火】のお陰で、炎熱系の攻撃はある程度対処できていたわけだが、それでも決して熱くないなんてことはなかった。
許容できる熱さ、焼けつく痛みだから耐えていただけだし、耐えきれなかったら旧王都ロミナスに設置されたあの砲撃のように、身体が溶けて消失するほどのダメージを負う。
だが……
「素晴らしいな……」
熱さを我慢するとかではなく、こうして完全に無効化できたことで、狙っていた 獲物(スキル) が予想以上に有用だったことを実感する。
ちなみに詳細説明はこのように書かれていた。
【溶岩渡り】Lv7 一時的に熱を無効化し、溶岩の中を移動することができるようになる 効果時間7分 魔力消費70
最初は1分だった効果時間も、スキルレベルを上げることで7分まで引き延ばすことができた。
これだけあれば、まず戦闘時に不足を感じることはないと思うが……
念のために適当なダマスカス製の武器を手に取り、溶岩の中に暫く沈めてみる。
すると融点に到達するほど溶岩の温度が高くないからだろう。
武器は性能を落とすことなく、俺の掌の上で形を保っていた。
ならば問題ない。
これなら同じダマスカス製の自戒の指輪が溶けて機能を失うようなことはないと分かり、衣類を脱いで溶岩の中に軽く潜る。
(呼吸は……【水中呼吸】が効く……けど、視界は閉ざされ、聴覚も潰れる……それにこの中での転移は、やっぱり無理だな……)
そして効果が切れる7分後。
気になることを一通り試し、最後に指だけを溶岩の中に突っ込んだ状態でスキルの重ね掛けを行なったところ、飛び跳ねるほどの強烈な痛みが走ったことで、一度切れた後でなければスキルは更新できないことを知った。
「さて、どうしたものかな……」
最初にラヴァフィッシュの反応を捉えたのは、俺が把握している狩場の全容からは大きく外れた壁の先。
位置関係でいえば山の内部の方からであり、加えてここよりもだいぶ位置が低かった。
つまり狩場と認識されているのか、されていたとして《パスマキア溶岩洞窟》という括りになっているのかも分からないけど、目の前の流れる溶岩は壁に阻まれ見えないだけで、この先も地下に向かって長く続いているわけだ。
そして――
「ふん!」
案の定だな。
ダンジョンだけでなく夢幻の穴など、地表にない狩場でよく見られる現象。
狩場の外周壁に当たる部分を両手で強く殴りつけるも、なんの変哲もなさそうに見える壁は保護されたように破壊できなかった。
つまりこの先に何があるのか確認するためには、溶岩の中を無理やり潜って移動するしかないということになる。
まさに正規の方法では辿ることのできない隠し通路。
強く興味を惹かれるが、しかし時間制限付きで最悪は逃げ場もなく、かつ両手を拘束されて弱体化しているこの状況だ。
向かって無事で済む保証がまったくない。
暫く悩むも――……
「……まあ、まだ焦る段階じゃないよな」
逸る気持ちを抑えてその場から離れる。
溶岩が流れる――すなわち活性化が条件に入っていたとしても、本格的に恵峰ラトアナが動くのはこれから。
まだ外に溶岩が溢れ出していないのだから、このタイミングで動くとしてもチャンスはあと数時間などという話ではないだろう。
ならば今は、この先に期待する何かがあるのかも含めて情報収集に徹するべき。
そう判断し、まずは謝礼を払うべく狩場の入り口へと向かった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
情報源としては爺さん一人で十分事足りたような気もするが、それでもまったく参考にならなかったわけではないからな。
報酬に対する不平不満を受け流しながら、各店の店主達にそれぞれ見合うゴーレムの残骸を渡して回り、夜になってから一番端の店に顔を出す。
すると相変わらず爺さんは一人残り、取り出した貴金属の分別を行なっていた。
「こんばんは~」
「む……その顔、無事に出会えたのか?」
「ええ。お陰様でこの通りに」
言いながら岩のような鱗をした、体長1メートルにも満たないラヴァフィッシュの死体を掲げると、爺さんはここで初めて作業の手を止め、暫くそちらに視線を向ける。
その眼差しは今までと違い、はっきりと感情が表れているような気がした。
「ふむ……確かにラヴァフィッシュじゃな」
「なので情報のお礼にゴーレムの残骸をお渡ししようと思って来たんですけど、この辺りに出しちゃっても大丈夫ですか?」
「いや、そんなもんはいらん」
「え?」
「それよりお主、ラヴァトルガに必要な材料を把握しとるのか?」
「えーと、市場でたまに見かけるビスコの果実酒と一緒に煮込むようなことは、過去の文献に記されていましたが……」
残骸はいらないという返答と唐突な問い掛けに一瞬戸惑いながら、書物に書かれた内容を記憶から掘り起こす。
すると爺さんは顎髭を扱きながら僅かに渋面を作った。
「それだけじゃ足らんよ。至高の辛味とも言われるカラブリアの根も刻んで一緒に煮込むと言い伝えられておる」
「あ~そういえば、凄く辛い料理とは書かれていましたね……ちなみに、そのカラブリアの根っこはどこに行けば手に入るんですか?」
「エイブラウム山脈じゃ。どこということはないが、カラブリアは雪が深く積もっていなければ生えてこない珍しい花じゃからな。万年雪との境目を見定めながら、冬のうちに標高の高い箇所を探し回ることになる」
「なるほど……」
市場でも見かけたことがない食材だ。
相当希少な上に生息域が広く、さらに冬季限定で環境まで厳しいとなると、かなり探し出すのは面倒。
だったら肝心の能力は別で得られたわけだし、そちらは後回しでもいいか。
「探す気はあるのか?」
……そんな考えが顔にでも出たのだろう。
垂れた眉毛の隙間から覗き込むようにこちらを見つめる爺さんの問い掛けに対し、僅かに逡巡したのち答えを返す。
「そうですね……ただ自分で採りに行くほど今は時間の余裕もないので、どこかで素材が手に入ればなとは思っていますが」
「そうか……」
すると、まるでこちらへの興味を失ったような……
用件は終わったと言わんばかりに視線を手元へ戻し、作業を再開し始める爺さん。
その姿を見て、以前から感じていた疑念がほぼほぼ確信に変わる。
「あの……この狩場の秘密、まだ他にも知っていたりしませんか?」
「……」
「ラヴァフィッシュはどこから現れ、流れる溶岩はどこに向かっているのか……僕はその全てを暴くつもりですが、もしそこにあなたの求めている何かがあるのなら、協力し合えるのではないかと思ったんですけど」
まだこの爺さんの行動に納得しきれていない部分はあるし、そもそも味方なのかも判然としない。
だが他の店主達も知らない確かな情報を見返りもなしに教えてくれたのだ。
今だって聞いてもいないのにラヴァトルガの素材情報まで俺に伝え、まるで早く試せと。
溶岩の中へ俺が踏み込むまでのレールを敷き、催促しているようにも感じられた。
だからカラブリアの根にそこまで意欲的でないと分かった途端、俺を見る目が冷めたモノへと変わり、興味を失ったんじゃないのか?
何かしらの狙いがきっとある――そう踏んで返答を待つ俺に対し、爺さんは無言のまま暫く作業の手を止めなかったが……
「今更求めてなどいない。ただワシは……ワシらは真実を知りたいだけじゃ」
それだけを告げ、その場で暫く待つも、以降は一切口を開くことがなかった。