作品タイトル不明
650話 勇者の苦悩
大陸の北西に位置するエルグラント王国。
ロキが再びまだ見ぬ土地へと向かって間もなく、国の重鎮が集まる王城内の一室にて、数カ月ぶりに戦地から帰還した武官の重苦しい報告が続いていた。
「――左様でございます。特に戦陣の中央を受け持ったウドラ三国連合は壊滅と言っても差し支えないほどの甚大な被害が出ており、我が国も援軍として出征しておりました特級騎士フォクセン、特級魔導士セパントの戦死を確認。超級騎士カイゼル殿まで行方が分からないままとなっております」
「また惜しい人材を……帝国側の被害は? まさかもうこちらの領土内を踏み荒らしているのか?」
「いえ、水の都ハーディアの戦歌隊を筆頭とした遠距離部隊に加え、帝国の背後から単独で迫った王太子殿下と連合部隊の挟撃になったため、要所のカラマン渓谷を抜けられることなく10万規模の帝国兵は殲滅できております、が……」
報告していた武官は言い淀みながら視線を移す。
すると共に帰還した勇者タクヤが苦い表情を浮かべながら、疑問を重ねるエルグラント王国の宰相――ベルゲン卿相に向けて言葉を発した。
「最低でも2部隊はいると聞いていたんだけどね。俺が攻め入った時には部隊長はおろか、副隊長クラスの姿も確認できなかった。まだ死体は発見されていないみたいだし、かと言ってあの状況なら見逃して逃げられたという可能性もないと思う」
「ふむ……で、時を合わせたようにザイオンの中枢都市、エディゲマが帝国の奇襲によって陥落したのだな?」
「え?」
驚く勇者タクヤを他所に、ベルゲン卿相に問われた別の武官が頷きながら答える。
「はっ……時間にすれば1時間も掛からなかったのではないかと……援軍に入っていた我々も警戒する中、突然町の各所で轟音が鳴り響き、目立つ建物や兵舎が次々に倒壊していきました。間違いなく軍の接近は許していないため、個体戦力の際立つ帝国の幹部級が同時に攻め入ったのだと推察いたします」
「くっ……俺が離れた隙に……!」
「……これで3度目、さすがに偶然ではありますまい」
深い溜め息と共に呟いたベルゲン卿相の言葉は、この場にいる者達を沈黙させる。
そう、これで3度目だ。
多方面からの攻撃によりじりじりと戦線は押し込まれ、援軍として送った力ある将を失っているにもかかわらず、エルグラント側はかれこれ半年ほど厄介な帝国の隊長クラスを討てていない。
その事実が重く圧し掛かると共に、様々な可能性がこの場にいた者達の脳裏を過る。
そんな中、静かに報告を聞いていた王が口を開いた。
「……まだなのか?」
王の目は、息子である勇者タクヤを射貫くように見つめていた。
だから一度喉を鳴らし、勇者タクヤは答える。
「はい、まだファンメル教皇国が折れてくれません。不毛な争いを終わらせるため、当初のようにあるだけではなく、せめて『瞬天の首飾り』だけでもいいから貸し出してほしいと願い出ているのですが、戦力や資金提供を条件に付けても未だ存在そのものを否定されています」
古書では『神器』と称されることもある創世級《1等級》の装備。
ファンメル教皇国が保有している事実を自ら公表した記録は残されていないが、かつての英雄や賢人を蘇らせるため、教会に属していた<聖女>の【蘇生】と引き換えに神器を献上したとされる記録がいくつか残されており、そのうちの1つ――『瞬天の首飾り』はエルグラント王国が抱える秘蔵の書物にもはっきりと記されていた。
「さしもの帝国もファンメル教皇国には楯突くまいと高を括っているのでしょう。この戦を機に、帝国の戦力が水の都ハーディアへ向かえばまた少しは考え方が変わるやもしれませぬが……いや、これまでの動きを見る限り、その可能性はほぼないに等しいでしょうな」
「ですね。肥沃な土地や資源を狙ってというよりは、真っ直ぐ北に進路を取りつつ我が国の戦力を削りにきています。ここで帝国が東に目を向け我らに隙を晒すとは思えません」
「それに間違いなくあの戦場に見覚えのある隊長格が2名いたのを私は見ているのです。にもかかわらず殿下が現れれば姿を消し、主力を潰さずに手薄の地へ都合良く攻め入っているのですから、これはもう帝国側が転移か、それに準ずる能力を得たとしか思えない……だからハーディアが帝国の背後を突くように横槍を入れてきたとしても、十分に対処できると踏んでいるのでしょう」
「「「……」」」
実際に目撃したという武官の一人が、脳裏を過っても軽々しく口には出来なかった最悪の事態を言葉に表したことで、ざわつく重鎮達の表情はより一層の不安や絶望の色が漂い始める。
勇者タクヤは確かに強いが、あくまで個であり、移動の手段を飛竜に頼っているのが現状だ。
分散して攻められれば翻弄されることも多く、その強さを活かし切れなくなってきている。
それは王と勇者タクヤ本人も理解しているのだろう。
「もう一刻の猶予もない。それは分かるな?」
「もちろんです、父上」
「ならばいい加減に次の手を打て。でなければ詰むぞ」
「っ……承知しています。承知しています、が……」
王が何を望んでいるのか。
すぐに勇者タクヤとこの会議に参加を許されている重鎮達は感付く。
第五の異世界人ロキだ。
【空間魔法】の所持者であり、個体戦力も高いと噂のあの男なら、帝国の攻勢を止められるかもしれない。
だが……
最近になって各所から飛び込んできた知らせを思い返し、勇者タクヤは苦悶の表情を浮かべる。
『マリーを擁する大国アルバートの王都ロミナスが、大地を揺るがすほどの大規模な攻撃を受け、僅か数刻で王家共々壊滅した』
最初は何かの間違いかと目を疑うほどの衝撃的な一報だった。
しかし、アルバート王国が王都を別の地に移すと、新王を名乗るマリーの挨拶と共に正式な書簡が届けられたことで、エルグラント王国を含む各国はこれらの報告が真実であると確信に変わったのだ。
となれば、アルバート王国に正面からぶつかったのはどこの勢力なのか。
誰もが気になるその事実までは公にされておらず、しかしどの国の上層部も真っ先に一人の人物を思い浮かべる。
それはそうだろう。
地図を悪用したら王都を吹っ飛ばすと、ラグリース王国を通じて各国に警告してきた男がいるのだ。
東へ進路を取りつつ、次々と各国の地図を完成させてきたであろうその者がついにアルバートへ入り、地図を悪用している事実を知って本当に行動へ移した。
平気で地図を利用し自己の利益を求めそうなマリーの人物像まで想像すると、そう考えるのが最も自然だったのである。
だから悩む。
本当にロキの力を頼ってもいいものなのか。
当初の予想通り、あの大国アルバートにあっさりと攻撃を仕掛けるロキという存在は危険極まりないし、これでマリーとロキはどう考えても敵対の構図だ。
そのロキの力をどのような形であれ借り受けたとなれば、取引相手であるマリーとの関係性まで崩れる可能性が出てきてしまう。
しかし、他に選択肢は――
「……」
この時勇者タクヤは、脳裏にもう1つの選択肢を思い浮かべるも、掻き消すように小さく首を振った。
浮かんだ案はあまりにリスクが高く、仮に目下の問題が解決したとしても新たな問題が生まれる恐れもあるし、何よりあの時の自分では"渡る手段"を見つけられなかったのだから当てにはできない。
結局、危険を承知の上ででも、悪であれば動くという言葉を信じてロキの手を借りるしかない。
そう判断し、己の不甲斐なさに拳を強く握りしめながら勇者タクヤはゆっくりと頷く。
「……分かりました。まずは俺が一度、直接ロキに接触してみます。それだけはお許しください」
「既にレグナートが断られているのにか?」
「それでも自分自身の目でどのような人物なのかは見定めておきたいのです。場合によっては俺が常に彼と行動を共にすることも考えなければなりませんので」
「……よかろう。だが――」
王の目が、睨みつけるように鋭さを増す。
「失敗は許されんぞ」
「ッ……承知しています」
つまり正攻法が駄目なら、強引に巻き込む搦め手を使ってでもロキをこちらの戦力にしろということ。
ここまでの状況に陥っているのは、無理を言って教会や他国への協力を仰ぎ続けた自分自身の責任であり、あとがないことも分かってはいるが……
(どうすれば……どうしたらいい……)
険しい表情を浮かべながら退室していくこの国の未来を、重鎮達は固唾を飲んで見つめていた。