軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

644話 ヘルヘイム

『登録情報を偽ると死罪になるのでご注意ください』

このような看板がでかでかと掲げられ、さらに口頭での忠告までしてきた割にはこんなにザルでいいのか?

男は違和感を抱えながら、『ニックス』という偽名が刻印された鉄と銅の2色のカードを眺める。

考え得る真偽の判別や問答に対して一通りの対策は講じてきたつもりだが、まさかこうもあっさり通行証を得られるとは思わなかった。

となると、何かあるならこの先か……?

一度足を止めるも、さすがにこれ以上は報告を引き延ばせないと考えを改め、案内の看板に従い連絡通路を通って転移陣へと向かう。

ニックスという名を騙ったこの男は、高い能力を有する上に慎重だった。

男はここ数日、我先にと新天地へ飛び込んでいく者達をそれとなく観察していたわけだが、不思議なことに住民や商人の往来はあれど、同業と思われる者達は一度行ったらそれっきり。

ベザートの町に戻ってきている様子がなく、その不自然さから"何かが行われている"という気持ち悪い感覚を持ちつつも、具体的な答えには辿り着けないでいた。

だが、いつまでも様子を見ているわけにはいかない。

主に相応の報告を齎さなくては自分が消されるため、歩くより僅かに遅い程度の速度で流れる列に並び、住民の声に耳を傾ける。

かなり人が増えてきた……

魔石はベザートで買った方が安い……

ギムレーはここよりもだいぶ涼しい……

ウートガルズはようやく店が出来始めた……

と、通路の先に開けた広場のような場所が見え始めた。

数人の職員と、その職員に呼び止められて列から強制的に外されていく住民。

思わず緊張が走るも、広場の全容が見えてきたことで、ここがなんのために存在しているのかを理解する。

いくつかのカウンターと、大きさを測るための長い紐。

それに列から弾かれた住民が総じて荷車と共にいるところを見ると、ここが登録時にも話が出ていた荷物の課税を行なっている場所なのだろう。

ならば革袋を1つ抱えているだけの自分には関係ない。

手持ちであれば籠や背負子なども課税対象ではないようだし、荷車の大きさと中に人が隠れていないか積荷を確認する程度で、それ以外の炙り出しを行なっている様子は見られなかった。

……だからだろう。

男は何事もなく広場を通過したことで、自然と安堵の息を吐いていたことに気付く。

通路の先から気の抜けた案内の声は聞こえてくるが、人の進み具合からして何かを細かく確認している様子もないのだ。

きっと潜り込んだ間者達も、新しい町の周辺を探索して位置の特定でも進めようとしているのだろうと。

そんなことを考えながら窓もない、光源魔道具て照らされた薄暗い通路を曲がった時。

(マジかよ……)

すぐ近くで門番のように座っている女の姿と、その奥で三叉に分かれた通路が目に入り、男の足が僅かに止まる。

そして不自然にならない程度に背後へ目を向け、逃走経路を確認した。

ここまで一方通行な上に背後は人と荷車が並んでいるため、とてもじゃないが全力で走っては逃げられそうもない。

となると、あのうちの1本がこのまま外へと通じているわけか……

異様に容姿の優れた女だが、今はそんなことなどどうでもいいと思えるくらいにこちらの【心眼】が弾かれた事実の方が大きく、そしてすぐに自分の順番が来ようとしていた。

直感がけたたましく警告している。

この女は間違いなく只者じゃない。

が……やっていることは一瞬だけ住民の手元に目を向け、「はい、こちらです~」と。

その者の行先を手で指し示して案内するだけ。

もう慣れているのか、目の前の住民もいちいち足を止めるようなことはなく、通行証をサッと掲げて通り抜けていくため、どう見たってその中身まで確認しているようには思えなかった。

ならば、どの道ここを通過しないと出られないのだ……

対策もしているのだから、自然に振る舞え……!

十分に考える余裕もなく、男は汗ばむ手でポケットから取り出したカードを掲げ、兎にも角にも不自然さを消すように前の二人と同様の速度で女の前を通過する。

銅はどちらだ……

一瞬男は女に視線を向けると、やはり女は通行証の色だけを見ているのだろう。

途方もなく美しい笑顔でこちらを見つめ、「はい、こちらです~」と中央の通路を手で示す。

「どうも……」

その後、高鳴る鼓動を隠して足早に去るも背後から声が掛かることはなく、再び案内する女の声が聞こえてきたことで――

(抜けた……ッ!)

ニックスと騙った男は問題なく通過できたと、自身の勝ちを確信した。

それどころか、これほどザルなら通行証さえ取得してしまえばいくらでも通過できる。

本国に伝えて大量の人を潜り込ませ、いざという場面で町を完全に制圧することも――……

「………え?」

男は意気揚々と転移陣を踏み、新天地へと向かったはずだった。

が、なぜか一面暗闇の世界で身体は宙に浮いており、その後すぐに自分が落下していることに気付く。

「ぉごっ……!?」

そして何かにぶつかりながら転げ落ち、冷たい地面の上で仰向けになりながら茫然とする。

なんだ……何が起きた?

まさかこんな場所が新しい町になるのか……?

まるで理解が追いつかず、男は身体を動かすことも忘れて暫し暗闇を見つめていたが、そう遠くない場所でジャラリと。

金属が鳴る音と共に人の呻き声が聞こえたことで、我に返った男は咄嗟に【火魔法】と【夜目】を併用して周囲を見回した。

すると石造りの天井に、先ほど踏んだ転移陣と似たようなモノが逆さに張り付けられており、周囲には……荷車の残骸か?

割れた木材と零れた荷物らしきモノがいくつか転がるその奥で、動く人の影を目にして男は呼吸が止まる。

こちらに気付いて近寄ってくるその存在は、どう考えても人としか思えない何かを引き摺っており、先ほどの女と同様にこちらの【心眼】がまるで通じなかった。

だから咄嗟に腰の剣を抜き、自分の運命を大よそ理解した上で問う。

「こ、ここはギムレーかウートガルズではないのか……?」

すると、次第に火の光が当たったことで、裸体の上半身に両腕を赤く染めた若そうな男が言葉を返す。

その顔は見間違うこともない。

この国の最重要人物である、異世界人ロキと同一の顔をしていた。

「いいえ、ここは第三の転移地――『ヘルヘイム』。ルールを破って死罪となった者が落とされる、二度と抜け出すことのできない地獄ですよ」