作品タイトル不明
638話 望んでいた言葉
「ねえ、ギルマスはどっちの町にするつもりなの?」
ロキに町役場を案内された後の帰り道。
アマンダが問い掛けると、ヤーゴフは悩む素振りもなく答えを返す。
「とりあえずどちらもだな」
「え?」
「私と妻の二人なら、年間の住民税は『ギムレー』で30万、『ウートガルズ』でも80万ビーケという話だからな。その程度で済むなら最初の1年はどちらも移動の権利を取得し、どのような環境なのかを見定めた上で土地を借りる」
「さすがグラーツ養成学校の学長までやっている人はお金持ちねぇ……私はどちらを選んだところで日中の大半はベザートにいるわけだし、それならギムレーでいいでしょって思っちゃったけど」
「確かにウートガルズを選んでも、動き始めたばかりの町で仕事ができる者など極一部。大抵の者達は結局ベザートに通うならギムレーで十分と考えるのだろうが、後発になるほど借りられる土地は転移陣から離れて利便性に欠けるだろう。それに妻や子供までであれば借地を引き継げるというのも大きい」
「ちょっ……! それって私への当て付け!?」
頭を抱えて喚くアマンダに、ヤーゴフは冷めた眼差しを向ける。
「だったらいい加減に男遊びは止めて落ち着け。クアド商会の屋上にあるプールで派手に遊んでいると、噂がこちらにも入ってきているぞ」
「うっ……」
「まあ遅かれ早かれ、各町には必ず纏め役が必要になるのだ。私はウートガルズを選ぶ可能性が高いのだから、アマンダがギムレーを選べば丁度良いのかもしれんがな」
「あーダンゲ町長はこのままベザートに住み続けるって言ってたしねぇ……」
もちろんダンゲは金がないとか、手間を理由に残ろうとしているわけではない。
ベザートの町長という立場からくる責任を強く感じており、またロキが早めに取り掛かると漏らしていた、ベザートの防衛力強化という言葉に期待して残留を決意していた。
「どちらにせよ、我らが王はベザートの現状に満足せず、さらに大きな手を打とうとしているのだ。だったら我々は全力で助力するのみ。それが結果的に町を――いや、国を発展させ、富ますことにも繋がるのだろうからな」
「ええ、ロキ君の力になることだけは今後もブレるつもりはないわ」
人一倍忙しい身でありながら、二人の瞳には覚悟が灯る。
ベザートは再び転換期を迎え、大きく動こうとしていた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
一方その頃。
町役場の建設と案内を終えた俺は、リステと共に自由都市ネラスにいた。
目的はもちろん、この町でしか行えない防衛戦力の強化だ。
特に金さえあれば得られるモノも大きそうな『裏オークション』は、いつどこで開催しており、どうすれば参加できるのか。
情報源のアウレーゼさんも身近で実際に参加した人はいないようだが、それでも高確率で知っていそうな人物に心当たりがあると聞いて、聞き込みをしながらその場所へと向かっていた。
しかし……
「裏オークション? それならこの町のどこかにはあるって噂は聞いたことあるぜ」
「いや、それは分かっていて、具体的にどの辺りにあるのかを聞きたいんですけど……」
「はあ? そこまでは知らねーよ」
手掛かりが掴めなかった時のため、道中【探査】で引っ掛かった人物に何度か確認してみるも、その内容が曖昧なせいで笑けてしまうくらいに効果がない。
『裏オークションの開催場所を知っている人物』と確認しても、今のように自由都市ネラスにあると的外れな答えを返す人や、そもそも裏オークションの意味がズレていて、自分の職場で誰かと競り合った経験談を語りだしたりだとか。
せめて裏オークションの正式な名称でも分かれば、また違った反応が得られるのかもしれないが……
結局10名近くに確認しても、なんら情報を得られぬまま目的の場所に到着。
所狭しと建物が建ち並ぶ自由都市ネラスの中にあって、かなり土地を広く使った巨大な建物を二人で見上げる。
「ここが大陸でも最大規模と謳われる奴隷商館ですか」
「うん。それじゃあリステ、お願いね」
裏オークションでは人も売買されているという噂は昔からあるようで、ならば奴隷商館が一枚噛んでいてもおかしくはないだろうというのがアウレーゼさんの読みだった。
見るからに高級感のある佇まい。
店の入り口に向かうと二人の筋肉質な男が重厚な扉をそれぞれ開き、俺達の足を止めることなく中へ迎え入れてくれる。
そしてすぐ、一人の女性がカウンター越しに立ち上がり、こちらに笑顔を向けた。
「ようこそ、ネグア奴隷商館へ。どのような奴隷をお探しですか?」
「そうですね……」
約3年前。
俺がこの世界に訪れた当初なら、女性の視線は迷わずリステにのみ注がれていただろう。
それが今は、若干悩む素振りを見せつつもこちらに向いているのだから、成長したなぁと感慨に耽りながら横目にリステの様子を窺う。
すると小さく首を横に振った。
つまり、この女性は何も知らないということ。
ならば……
「とりあえず、この奴隷商館で抱えている最上級クラスの奴隷を見せてください」
そう言って、ローブの内側から取り出したように白王金貨の束を見せると、目の前の女性は目を剥き、すぐに案内するとだけ告げて姿を消す。
そうして暫くすると、小奇麗に身形や頭髪を整えた壮年の男が先ほどの女性を引き連れ現れた。
へえ……もっと装飾品だらけのガマガエルが来るかと思っていたけど、想像と違ったな。
「大変お待たせいたしました。最上級の奴隷をご所望ということで、ここからは当館の館長を務めております、私デリード・ネグアがご案内させていただきます」
「よろしくお願いします」
まあどちらにせよ、ここのお偉いさんが出てきてくれたのなら問題ない。
どのような奴隷を求めているのか。
こちらの要望を聞き出しながら僅かに前を歩く男の後を追いつつ、再び視線をリステに向けると――先ほどのように否定はしないが、眉間に皺を寄せ、少し困ったような表情を浮かべていた。
――【神通】――
『その反応、欲しい情報の一部しか持っていなかった?』
『その通りです。場所は把握していますが、開催日は不定期なようで、この男もその連絡を待っているようですね。それに裏オークションへ参加するためには招待状が必要みたいです』
『うわ~やっぱり会員制か……その招待状はこの男も出せるの?』
『…………みたいですね』
『了解、ありがと』
この男が出せるならまだマシだが、招待状必須か……
となると、どうしたものかな。
「では旦那様、こちらが当館でも自慢の最上位に位置する奴隷達です。お探しになられている高レベルスキル所持者は向かって右手に多数揃えておりますが、血筋に恵まれた者、極めて容姿に優れた者も数多く取り揃えております。気になる奴隷がおりましたら遠慮なくお申し付けください」
「……なるほど、おおよその情報はそれぞれ檻の前の張り出されているのですね。ではこちらから順に、まずは値段を教えてもらえますか?」
ロズベリアの奴隷商館と似たような雰囲気だ。
鉄格子の付いた小さな個室がズラリと並び、人並み程度の衣類を纏った者達が様々な眼差しでこちらを見つめていた。
それぞれ部屋の前にはその奴隷の主要スキルや血筋など、その者のウリと言える特徴が大まかに記されており、しかし肝心の値段は一切表記されていない。
そんな中、1.5億、2.2億と。
50名近くの高レベルスキル所持者を眺め終えたところで、とりあえず取っ掛かりはここかと、館長に問い掛ける。
「ちなみに、これが本当に最上位なんですよね?」
「と、言いますと?」
「いえ、ここが大陸でも随一の奴隷商館だという噂を耳にしていたのですが、最上位でも職業加護込みでレベル7までの一般的なスキル所持者のみ。種族も人と獣人だけしかいないんだなと思いまして」
「……奴隷との出会いは巡り合わせ、時が違えばより高位であったり珍しい能力者を抱えることもございます。しかしその希少性ゆえ、値段の桁が1つ2つと上がることも当たり前――希少奴隷の価値とはそういったモノでございますが、旦那様はどれほどの奴隷をお探しなのでしょう?」
口元は笑みを湛えたまま、目は真っ直ぐに俺を見つめ、機微すら見逃さない様子。
これは測りにきていると分かるが、さてどう返すのが正解か。
裏オークションの参加という目的のために暫し考えを巡らせ、答えを返す。
「具体的にこれだという能力を探しているわけではありませんが、どうしても欲しいと思ったらそれこそ3桁――1000億ビーケを超えても手に入れますよ。もしそんな人材がいたらですけどね」
「そのご準備ができていると?」
「ええ」
自信をもって頷くも、たぶんまだ、届いていないか……
この男が裏オークションに奴隷を出品している立場なら、これでも十分利点に繋がると思ったが、思った以上に反応が弱い。
表情からそれを理解し、だったら今必要なのはこっちかと、攻め口を変える。
「なのでとりあえず、先ほど見せてもらった奴隷は、6番目、15番目、33番目以外は全員買いますよ」
「……それ以外、ですか? 50億ビーケはゆうに超えますが?」
「でしょうね。あ、あと【奴隷術】はこちらも所持しているので、代理の奴隷契約は不要です。すぐお金を用意するので準備しておいてください」
「……」
「というわけで、ちょっとお金を取ってくるから、ここにいてもらえる? すぐ戻るからさ」
「分かりました」
今までお金は碌に使わず貯め込んでいたというのもあるし、いつの間にかそんな貯金が霞むくらい、えげつない量の白王金貨や白金貨をアルバートの地下で拾っていたからな。
この程度使ったところで支障はなく、ここで買う人達も全員学校の講師に回せるのだから無駄になることはない。
あとはこれで引き出せるか……
さすがにここまでやっても無理なら、もうこちらから裏オークションの話を振るしかないかなと。
大量のお金を積んだ荷車ごと肩に担いで男の所に戻ると、館長は目を細めてこちらの様子と荷車の中身に目を向ける。
そして、掘り起こすように奥底から硬貨を数枚掴み、納得したように頷いた。
「御見それしました。これは間違いなく本物ですね……」
硬貨を見て本物だと言っていることは間違いないが……
なんとなく、別の意味合いも含まれていそうな雰囲気を感じて下手な反応ができず、そのまま様子を眺めながら押し黙っていると、館長は言葉を続ける。
「……ちなみにお客様。先ほど種族に触れられたのは、希少な種族にも興味がある――そのような認識でお間違いございませんか?」
「まあ、そうですね」
「なるほど……ではお客様。ここだけのお話に留めていただきたいのですが、よろしければこの自由都市ネラスで秘密裏に開催される通称『裏オークション』へ参加されてみませんか?」
……きた。
ようやく望んでいた言葉を引き出せたことで、喜びを掻き消す強烈な痛みに耐えていると、話にはまだ続きがあったらしく。
「次回、裏オークションに"異世界人"が出品される予定でして、希少な種族に興味のある方なら非常にご満足いただけると思うのですが」
目的にしていた以上の言葉が唐突に返ってきたことで、俺だけでなく横に立つリステも男を見つめたまま、暫し固まっていた。