軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

578話 馬鹿のせいで

日も暮れ、そろそろ夕飯時ということもあって本日の運搬は時間切れ。

様々な町を転々としながら上台地に戻ると、食卓には疲れ切った顔をした女神様達が待ち構えていた。

俺もだいぶゲッソリしている自覚はあるが、女神様のこんな姿を見るのは初めてだな……

「お待たせ、いろいろと回って大量に買ってきたから、今日は死ぬほど食べてね。お礼にお酒もいっぱい買ってきたから」

そう言いながら次々並べていくと、一斉に伸びる手。

「うぅ~こんな魔力使ったの初めてだからお腹空いたよぉー」

「私もです~喉がカラカラで、もう早くお酒を飲みたくて飲みたくて~」

「ええ、本当に……今日は一段と美味しく感じそうですね」

「腹が減り過ぎて、いつもの5倍食べられそうな気がする……」

神界で神様としての仕事をしていたリアとアリシアはまだ余力がありそうだが、他の4人はエネルギー補給とばかりに早速食べ物やお酒を口にしていた。

あくまで身体がスカスカになったような独特の感覚に襲われるだけだから、飲み食いしたって魔力が急に回復するわけじゃないんだけどね。

「それで、全ての人達は運べたのですか?」

調達してきた刺身を使い、覚束ない手で寿司を握り始めたアリシアに俺は首を振る。

「いや、まだ残ってはいるけど、皆のお陰でもう1000人は切ったんじゃないかな。【魔力纏術】の特訓だけならそんなに魔力は使わないし、あとはマッピングの合間にでも俺一人でゆっくり運んでくよ」

「えーそれなら明日も手伝うよ? 今日よりは早く終わるだろうし」

「そうですね。その方がロキ君もやりたいことをやれるでしょうし、先ほどフィーリルから聞きましたが、移住した魚人の多くが祈りや職業選択に興味を示したとか?」

「うん。今までは魔物と戦ったり、歌で阻害している人達しかまともに利用していなかったっぽいからさ。上手に利用していればいずれ魚人から<神官>が生まれて、職業選択までできるようになったらもっと生活が豊かになるよって話をしたくらいだけど」

俺自身は生まれてこの方無宗教だし、布教活動なんて自分がやられて面倒に感じることを誰かにやりたいとは思わないので、あくまで利用した方が魚人にとっても実利があると伝えただけ。

それでも女神様達の立場からするとやっぱり嬉しいようで、リステは優しく微笑みながら頷く。

「ならばこの程度の協力くらいはさせてください。種を残すために住処を分けて保護するというのは、私達からしても是非やっていただきたいことですから」

「そっか、ならお言葉に甘えて明日中には終わらせちゃおうかな……でもそこまで保護を推奨するってことは、やっぱり魚人の存在は他じゃ確認が取れないの?」

なんとなく答えに予想が付きつつ問い掛けると、初めから魚人の保護に意欲的だったフィーリルが答えてくれる。

「そうですね~昔は他の地域でも魚人の反応があったんですけど、下のゼオさんが丁度いたくらいの時代に多くの反応が途絶えてしまいましたからねぇ~」

「あくまで神像を通して反応を拾っていただけ、もしかしたらどこかで生き長らえているかもしれんがな」

「なるほど……」

つまり、ゼオも把握していないところで、魚人もプリムスに狙われていたということ。

理由は当然、鳥人と同じであの【惑声】というスキルのせいだろう。

脅威と感じて殲滅を目的に動いていたのか、それとも別の狙いがあったのか。

アリシアの作ってくれた、手まり寿司みたいに丸いお寿司を食べながら暫し考えていると、ふいに目の前でニギニギしていたその手が止まる。

「……ちなみに、争い事の方は大丈夫ですか? 今回の件に転生させた者が関与しているという話ですし、大きな戦争に発展するとか、そのようなことは……」

その声に釣られて見上げると、アリシアは不安そうな表情を浮かべながら俺を見つめていた。

だから笑顔を作り、軽く頷く。

「マリーの支配下にあった族長が数人の部下を使って襲ってきたけど、そんな大きな争いにはなってないよ。1日経っても目立つ動きがないし、向こうも様子見って感じじゃないのかな?」

そのように事実を告げると、アリシアだけでなく、顔に出やすいフェリンやリルまでホッと安心した様子を見せていた。

まあ、今回の襲撃に失敗した事実を理解しているのなら、俺が大々的な報復にでないか焦っているのはマリーの方で、余計に被害が拡大するような選択など自ら取ってきたりはしないだろう。

テリア公国の見限り方や、方々から能力のある人材を搔き集めていることを考えても、今は足取りが追いやすいこの状況を利用して、ローコストで俺を殺し切れそうなら狙うかもしれないという程度。

基本は戦力の温存と拡充を最優先に考えているんだろうからな。

だが行く先々で俺がマリーの暗躍を潰して回っているのだから、当然こちらに対するヘイトは溜まり続けているわけで。

(削っていけばそのまま黙って消えてくれるわけもないのだから、いつか必ず限界を迎える……どこかで、必ず……)

そんなことを思いながら、お礼も兼ねた報告会の時間は過ぎていった。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

一方その頃。

「マ、マリー様! どうでしたか!?」

自室に現れて早々、焦ったように声を掛ける若執事のシェム。

しかし、主の表情は渋い。

「……駄目だね。まさかとは思ったけど、この時間で町から一切反応が拾えないんだ。まず間違いなく殺られている」

「では、やはり犯人は……?」

「最近は沿岸部からの報告ばかり入っていたんだ。どう考えたってあの小僧以外にいないだろう」

「くっ……またしてもマリー様の邪魔を……!」

長い時間を掛けて下準備を進め、魚人を実質的な支配下に置いていたのだ。

要となる族長が殺されたことでシェムは怒りを露わにするが、一方マリーはというと深く椅子に腰掛けたあとは、こめかみに指を押し当てながら宙天を見上げていた。

「マリー様……? どうされたのですか?」

「……普通過ぎるんだよ」

「え?」

言っている言葉の意味がまるで分からず、その場で固まるシェム。

その姿に視線を向けることなく、マリーはそのまま言葉を続ける。

「魚人共に偽りとはいえ豊かさを与えていた族長が死んだんだ。普通なら大きな混乱を招いてもおかしくないだろうに、いつもと同じ――いや、今まで見てきた中でも一番町は 静(・) か(・) だった」

「そ、それは、族長と一緒に魚穎番衆とかいう精鋭部隊や町の住人も多く殺されたとか?」

「にしては町で争ったような雰囲気がまるでない。数までは分からないにしても、魚人の反応は前と変わらず広く確認できたし、宮殿をいつも通りの兵数が見張りについている時点で、魚人共にとっては今が平時と変わらない認識なんだろうさ」

「なるほど……ということは、まだ魚人の連中は族長の死に気が付いていない――」

言いかけ、シェムは気付く。

それでは尚更におかしいと。

マリーが『コストが戻っている』と告げてからもう半日以上経つのだから、基本的には宮殿にいる族長が襲われて、死んでいることにすら気付かないというのはさすがにないだろう。

「あの歌はかなり強力な防壁だが、鉄壁というわけじゃないんだ。万が一に備えて私は確かに、もしロキと名乗る異世界人がミノ諸島に現れたとしても、余計な手出しはするなと伝えたんだけどね……」

怒りを滲ませたマリーの声にハッとし、シェムもここで事態を察する。

「ま、まさか……族長がマリー様の指示を無視して、異世界人ロキを襲った……?」

「状況から判断すると、その可能性が最も高い……今更なんの目的があって低位の狩場まで巡っているのか知らないが、ロキの目的の1つは間違いなく魔物だ。大方生息域の深い高位狩場に侵入し、海なら殺れると判断したあの馬鹿が私の指示を無視して動いた結果、殺された――どうせそんなところだろう」

「では町に混乱が起きていないのは……あっ! マリー様に取って代わり、異世界人ロキが統治したということですか!?」

「さぁね。領土の拡大を狙って侵攻を繰り返しているタイプじゃないんだから、統治や支配には大した興味もないだろうが……町の様子があれだけ落ち着いているということは、魚人共の拠り所になった可能性は高いか。あの馬鹿か長老のジジイがこっちの情報を吐いてりゃ、うちの信用なんざガタ落ちだろうからね」

「うっ……」

どこか達観したように語るマリーの予測に、シェムは呻きを漏らすことしかできない。

高位の海洋資源を安価で独占し、かつ才能のある子供達を標的にして、もっともらしい理由を付けては奪っていたのだ。

信用のガタ落ちどころか、魚人がアルバートに牙を剥く可能性もあるわけで、問題はここから――そう思っていたところで、マリーも同じ言葉を吐き出す。

「問題はここから、どう出てくるか……」

「ええ、魚人の連中が子供を取り返そうと、海を越えて襲ってくる可能性もありそうですよね。今のうちに国へ通達しておきますか?」

「ふん、水場でしかまともに動けない連中なんて、沿岸部の町に多少の被害が出る程度で大した脅威にもなりはしないよ。それより問題はロキの方だ」

「え?」

「向こうからすれば、海中なら殺し切れると判断して、私が襲わせたと思っている可能性が高い」

憎々しげな表情でそう告げられ――シェムは数秒、様々な想像を巡らせてすぐに顔を引き攣らせる。

確実性がないと却下されたが、かつては他の四強を殺しきる選択肢の一つとして、自分が主であるマリー様に進言したこともあるのだ。

どの程度異世界人を追い詰めたかにもよると思うが……

ここから先、どんな報復が待ち受けているのか分かったものではない。

「もしかして、事情を知っていそうな魚人の長老に直接委細を確認されなかったのも、そのせいですか?」

「ああ、くだらない正義感で魚人を保護でもしているつもりなら、私が再び接触することで余計に刺激を与えかねない。あの馬鹿のせいでこうなっちまった以上、もう一旦は魚人から手を引くしかないのさ」

「……」

実際、族長が動かなければ、今も魚人を手中に収められていたのか。

それは分からない。

だがマリーと魚人の繋がりは、少なくとも大陸東部では表に出ないよう、この20余年細心の注意を払ってきたのだ。

族長が余計なことさえしなければ、狩場巡りを目的にしている異世界人ロキが、一時的か継続的かは別として、独占していた海洋資源を世に流出させる程度の被害で済んでいた可能性が高い。

そう、海洋資源も、希少な魚人という人的資源も、どちらも完全に手放さざるを得なくなったこの状況よりは、遥かにマシな結果で済んでいた可能性が高いのだ。

そのことに、シェムは後悔の念に駆られて顔を歪める。

だが、今回ばかりはどうしようもない。

粗暴で欲深く、上に立つ者としての素養がないと知りながらも、それでも魚人の血を優先し、当時あの者を選ぶことでしかミノ諸島に潜り込める方法はなかったのだから。

そして功を焦り、目の前の状況を好機と判断して勝手に動きそうな者は、まだ他にも確実にいる。

二度と……二度とこのようなことがあってはならない……

今一度国へ念を押し、怪しい動きをしていた者には見せしめを兼ねてすぐにでも粛清を。

今ある感情を押し殺すように、若干震えながら握りこまれたマリーの拳を見て。

若執事シェムは不安の残る現状の中でも、今は優先して取るべき行動を取っていくしかないと動き始めた。