軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

569話 真っ黒

「あっ、足……」

横で小さくケイラちゃんが呟くのも無理はない。

族長と思われる男には2本の足が生えており、特徴はケイラちゃんより色濃く出ているも、尾ビレを持つ魚人種よりは人に近い存在のようにも見えてくる。

「族長の御前だ! 頭くらい下げぬか!」

「よい」

「し、しかし……」

「俺がよいと言っているのだ。それでも不服があるのか?」

ギロリと鋭く睨みつけると、先ほどまで状況を伝えるために耳打ちをしていた黒い肌の魚人は、萎縮したように頭を下げながらズリズリと後退った。

なかなか強いと思っていた、位の高そうなあの兵士がこの反応か。

周りに配置された兵の武装や立ち位置を見ても、強さがそのまま立場に繋がっているように見える。

「一つ、そなたに確認しておきたい」

と、族長が俺を真っ直ぐに見据えながら言葉を発した。

「この島に辿り着けた理由は察したが、どのようにしてここまで来たのだ?」

「ん? 空から、ですね」

「そうか……そなたの目的は聞いた。もうこの時間だ。さほど品は残っていないだろうが、市場への立ち入りならば許可しよう。ただしこの町の滞在は今日だけ、同行する兵も二人つけさせてもらう。分かっていると思うが、魚人の多くは人間をまともに見たことすらないのでな。あまり長く町をうろつかれてしまうと混乱を招く」

「いえ、それでも許可を頂けるならありがたいですよ」

「それと、その娘はこちらで引き取ろう」

「「え?」」

「見ての通り、私もその娘と同じ足付きだ。この地であれば今までのように偏見の眼差しを向けられることもないし、生活にだってすぐ慣れるだろう」

確かに言っていることは間違っちゃいないんだろうけど……

思わずケイラちゃんを見つめると、ケイラちゃんも泣きそうな顔をしながらこちらを見つめ、大きく首を左右へ振った。

まあ、そうだよな。

それに俺の仲間なんだから、はいそうですね、などと言えるわけもない。

「そんなつもりで連れてきたわけじゃないので、さすがにそれは遠慮しておきますよ」

「む? なぜだ? その方がその娘にとっても幸せだと思うが?」

「それは人によるでしょう。少なくとも今は、そのような目を向けられる環境で暮らしていませんしね」

「だが、それは人里から距離を置いた結果ではないのか? 一時的であればそれもよいが、人目を避けて一生を過ごすのは――」

これは、自分も同じ境遇だったからなのか?

見方によっては親身とも言える説得に、思わず懐疑的な視線を向けてしまう。

まず間違いなく、この族長は黒――、他の兵士達と違って、俺が誰だか理解している可能性が高い。

でなければ、ここまで"どうやって来たか"なんて、普通はそんな疑問を抱くこともないだろう。

この世界なら羽でも生えていない限り、『船』しか選択肢がないのだから。

確認のために聞き、俺が『空』と答えたから確信に至った。

たぶんそんなところだと思うが……

そうなると余計に、ケイラちゃんをここに留めておきたい理由でもあるのかと、そんな考えが頭を過ってしまう。

(『転移』の効果を知らず、再び島に来られる事を避けようとしている? もしくは女性のみ、後天的に得る可能性のある【惑声】を警戒して……)

はっきりとした答えは見えない。

が、唐突にここまで踏み込まれたことで、すべてを隠しきれるモノでもないと開き直っているのか。

十分情報を得られたので、しておきたかった判別も終えられた。

となれば長居は不要と、ケイラちゃんにここへ残るよう説得を続ける族長の言葉を止める。

「すみません。先ほど言われたように、もう時間も時間。できれば早めに市場を確認しておきたいので、そろそろ……」

「ッ……そうか、そうだな。では――、おい」

族長が視線を飛ばすと、その先にいた豪華な鎧を着た魚人が二人、ズルズルと尾ビレを引きずりながら前に出る。

「この者達がそなたらに同行する。時刻は夕暮れまで、以降は我ら魚人の縄張りに侵入することを堅く禁じさせてもらう。精々悔いがないよう、市場調査とやらを済ませるのだな」

そう言って不満そうに眉根を寄せる族長に対し、頷きながら答えを返す。

「ええ、そのつもりですが……縄張りとは、この島ということでいいんですよね?」

「違う。そなたらにも当然、ここへ来るまでに『歌声』が聞こえただろう? アレが我ら魚人の縄張りを示すモノ。その中にこれ以上踏み込んでくるなと、そう言っているのだ」

焦るように吐き出したこの言葉に、いよいよ本性を現し始めたなと、思わず口角を上げる。

「あなたはもうご存じだと思いますけど、僕はハンターでもありますからね。その縄張りと主張される領域の中にBランクやAランク狩場をもし隠されているのなら、僕は行きますよ」

そう告げると、族長はここでようやく、分かりやすいくらいに顔を歪めた。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

到着した時には既に手を回されていたのかもしれない。

残リモノの魚や僅かな日用品だけが残る閑散とした市場を軽く見て回り、一度島を離れてから下台地に転移すると、ケイラちゃんが緊張を解すように大きく息を吐きながら俺に問う。

「ロキさん、本当にあんなこと言っちゃってよかったんですか? 族長の人、最後は凄く怒っていたように見えましたけど……」

「いいのいいの。白だったら使わせてくださいってお願いするか、もしくは取引でも持ち掛けようかと思っていたけど、アレはもう真っ黒だったからね」

「真っ黒?」

首を傾げるケイラちゃんに、少し覚悟を決めて事実を告げる。

「うん。残念だけど、魚人種はもうマリーの手に落ちちゃってる。最後のあの反応で確信した」

交易を閉ざして約20年の間、大陸由来の物資は入っていないはずなのに、町では小奇麗な衣類を町民が当たり前のように纏っていた。

宮殿に至っては、目に見える範囲でも調度品や嗜好品で溢れていたのだ。

一部は島内で生産されたモノだってあるのかもしれないが、アルバート国内の町とさほど変わらない生活水準で生活しているとなると、当然それらを島に運んでいるヤツがいるわけで。

状況を考えれば、そんなことを実現可能なのはマリーくらいしかいないだろう。

そのことをケイラちゃんに伝えると、押し黙ってしまうが。

「でも、幸い落ちているのは族長と、あとは他にいても上にいる一部の魚人だけだろうから……どうかな。もしかしたらまだ持ち直せるのかもしれないけどね」

「そうなんですか……?」

「あの他より強そうな黒い肌の魚人とかは、俺のこと最後まで気付いていなかったからさ」

気付いていないということは、マリーや族長から俺の情報が伝わっていないということ。

つまり伝えることで不利益が生じる――利用されている側である可能性が高いということになる。

それでも力ある者が上の立場に立つような状況であれば、命令一つであっさり敵に回るのだろうけど、指揮系統が崩壊すれば状況が一変する可能性だってあるのだ。

まだ釈然としない部分もいくつかあるが、それも狩場に行けば何かが分かるかもしれない。

そんなことを考えていると。

「できれば、ロキさんの敵になってほしくないなぁ……」

小石をコツンと蹴りながら、横で独り言のように小さく呟く声が聞こえる。

まだ子供だし、ケイラちゃんは武器を握って戦うタイプでもないので、そこまで大陸の情勢を伝えてはいない。

それでも皆で食事を摂る時はそのような話になることが多く、特に東は異世界人マリーが悪巧みを繰り返し、既に獣人の国――スチア連邦が落ちていることも。

それに俺とマリーが敵対のような関係にあり、いずれマリーについた獣人達が敵に回る可能性だってあることも聞いていたはずだ。

だからこうなった以上、心配する気持ちもよく分かるが。

「本当にね……」

この先を考えると、俺も今はその程度の言葉しか返すことができなかった。