作品タイトル不明
565話 策動
大した娯楽もなく、街灯すらないこの世界では早寝早起きが基本であり、深夜に好んで起きているような物好きはまずいない。
それは今まで回ってきたどの国でも同じだったが――時刻はもう丑三つ時。
このような時間であろうと、どんちゃん騒ぎのできる場所が一か所だけあった。
そう、誰も寝ることのない上台地である。
「ぬおーっ! うっまーい!」
「ふふっ、この鉄火丼というのはほんと美味しいですね~」
「フィーリル、お刺身でお酒を楽しむというのもなかなか……」
「み、見てみろフェリン! ぷりっぷりだぞ! とんでもなくぷりっぷりだぞ!?」
「ちょっと、目の前でプラプラさせないでよ! 今順番に食べてるんだからそこ置いといて――」
「……おかわり、大盛で」
「はいはい、まだご飯もいっぱいありますからね」
獲ってきた魔物に加えて朝の市場で買っておいた普通の魚介類も大量にあるので、毎度の食卓はいつも以上に豪華絢爛。
だがその中でも特に強い存在感を示しているのはやはりレモラだろう。
最初は見た目がカジキっぽいなと思っていたが、このねっとりとした濃厚な味わいはまさにマグロで、どう考えても普段俺が食っていた安っぽいやつじゃないし、中トロや大トロみたいな脂の乗った部位までしっかり存在していた。
肉とジャガイモとチャーハンの茶色い生活から、醤油と海鮮とご飯の彩り豊かな生活へ。
丼にして同時に掻き込める幸せを噛みしめていると、口の周りに米粒をつけたリルが欲深い質問を飛ばしてくる。
「ロキよ、次はいつこの刺身とやらを食べられるのだ? 報告会の時なら、意地でも見張りを抜け出して参加したいのだが」
「ん~食材は用意しようと思えばできるんだけどねぇ……」
「なんだ? 何か問題があるのか?」
「うん。問題っていうか、こんな食べやすい状態に捌けないの。ここにあるのだって全部やってもらってるし」
貝や甲殻類はまだ自分でもなんとかなるが、魚は三枚おろしがどういったモノか多少知っているくらい。
超ド級のインドア派が自ら魚を捌く機会などあるわけもなく、今回だって夕飯を食っている最中、余ったレモラと引き換えに定食屋のおっちゃんが全てやってくれていた。
「ロキ君って【料理】スキル低いんだっけ?」
「いや、レベル10だよ。ただ【解体】にしろ【料理】にしろ、どっちもジョブ系だから即効性はないし、今はまだその手の修行に時間を割こうとも思ってないからさ」
「あーそっか……」
「だからまぁ、こんな感じの刺身が食べたいと思ったらその都度、捌ける人のところに持っていかなきゃいけないんだけど……すぐできるわけじゃないからちょっと面倒なのと、それにたぶん、この先の知識までは持ってなさそうなんだよね」
「「「??」」」
俺の何気ない一言。
しかし、ここで一斉に皆の手が止まり――、フェリンとリルが、ゴクリと喉を鳴らしながら同時に声を上げる。
「この先、とは……?」
「あ、変な言い方してごめんね。地球の俺が元いた国に、この刺身を利用した"寿司"って料理があるんだけど、それがどうもこの世界にはなさそうでさ」
新しく作った地下の食糧貯蔵庫に海のCランク魔物を吐き出し、その足で念のためにボーラさん達にも確認したが、やはり寿司の存在を知る者はいなかったのだ。
つまり東の海だけでなく、他の方面にもあまり期待がもてないということ。
……それでも良い機会か。
それっぽく寿司の形を作って皆に見せてみるも――
「この料理は……すみません、商人の記憶から見えたことはないと思います」
――最も知っていそうなリステを含め、全員が首を横に振ったことで、日本人っぽい勇者タクヤが西で広めている可能性もかなり低いであろうことが判明してしまった。
「まあしょうがないか……海鮮丼をこうして食べられるだけでも幸せってもんだし、また時間に余裕がある時はこんな感じで調理してきてもらうよ。いずれアリシアが魚の捌き方を覚えてくれれば回数も増やせるだろうし」
どの道、海苔やワサビなど、まだ不足しているモノもあるのだ。
いずれ趣味に走れるほどの余裕が生まれたら、その時は自分が寿司作りに挑戦してみようかなと。
その程度に考えていたわけだが――、気付けば皆の視線はアリシアに向けられていた。
「アリシア、分かってるよね? 今日から猛特訓だよ!」
「え?」
「日々料理の腕を磨いているわけですから、数十年は魚の捌き方に時間を割いてもいいんじゃないですか~?」
「うん。料理を極めて、そのまま上位格の寿司も作れるようになったらいい」
「え? えっ?」
「世界で唯一、寿司の作り方を知るかもしれないロキ君が目の前にいるなど、幸運以外の何物でもありません。それなら余すことなく教わったらいいじゃないですか。言葉にし難いのでしたら、もちろん了解を頂いてからにはなりますが、記憶を読み解けばいいのですし」
「そうだな……後世に希少な食文化を残し、人々の生活を豊かにする――それも世界の管理者として重要な役割ではないのか?」
「「……」」
なんだか寿司で世界を救うくらい、壮大な話になっている気がするんだが……?
毎度毎度思うことではあるけど、本当にこの人達は大丈夫なのだろうか?
よく分からないまま、言われるがまま、俺はかつて笠原さんに連れていってもらった回らない寿司屋の記憶を掘り起こした。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
コンコンコン――。
「支局長、戻りましたのでご報告を」
「構わん、入れ」
ノックに反応した男――ポージは、入ってきた部下の姿を舐めるように見つめる。
すると居心地の悪そうな表情を浮かべながら、その男は先ほどまでの結果を口にした。
「ギルドマスターのイーゴに直接確認を取りましたところ、やはり素材を提供したのは異世界人ロキで間違いないようです。しかしそのやり方については、ハンターとして素材を売りにきたから買い取っただけであり、具体的な方法など確認していないとのことでした」
「チッ、在り来たりな答えを……他の従業員は? 直接窓口で対応した者もいるだろう?」
「はい、そちらも念のために確認しましたが、直接対応したらしい猫獣人の受付嬢には、あなたはあの異世界人ロキに具体的なやり方を根ほり葉ほり聞けるんですかぁ~? と、もうこんな顔と口調で煽られる始末でして……」
「ぐっ……」
支局長ポージは、部下のその顔と口調にイラッと青筋を立てながらも大きく溜息を吐く。
空を飛び、噂では【空間魔法】まで所持しているという異世界人ロキ。
当然その者にしかできない狩り方というのもあるだろうが……もし、我らでも対応可能な策があるのだとしたら、この東の海は再び大きな金を生み出すことになる。
そうなれば大きな点数稼ぎになり、上手くいけばマスカード領の管理を――いや、もしかしたら旧サターニア全域を任せられるかもしれない。
「もう異世界人ロキは町を出たのだな?」
「はい。それは間違いないようです」
異世界人ロキに関する情報が飛び込んできたのは昨日。
噂通りアルバート王国の地図を作り始めたのならば、すぐに町を移動するのは必然であり、他で騒ぎになっていないのだから、今後は再び内陸か、もしくは南方に向かっていくと予想できる。
となると――……
「ふふふっ」
昨夜ハンターギルドは、何かの間違いかと思うほどの安さでレモラを振舞っていたのだ。
古狸のゲンリーも絡んでいるようだし、あの男が何かしらの入れ知恵をしたのかもしれないが……
海洋の知識など碌になさそうな異世界人ロキを相手に、大量のレモラを安く買い叩いたというのは間違いないだろう。
そしてこの事実を、他の海岸都市や町はまだ知らない。
私が先んじて各商業ギルド支部に情報を伝え、事前に対策を取っておけばハンターギルドに後れを取ることもなくなり、結果として安く買い叩きながら狩り方の情報だって得られる可能性も高まるだろうし、さらには――
「この先Bランク……いや、もしかしたらAランクさえも、魚人の案内無しで攻略してしまうかもしれん……」
「……異世界人であれば、あり得ないとは言えないですよね。事実として、あれほどのレモラを立ち寄ったついでに狩っているわけですし」
「ふふ、ふははっ! ただちに羊皮紙と鳥使いを用意しろ! すぐに沿岸部の町や都市へ手紙を送る!」
「え? 『トマリ』だけでなく、町や他の都市にもですか?」
「Cランク以上の狩場が近くにある場所は全てだ。今回のように、異世界人ロキが立ち寄った先々で魔物を現金化していく可能性がある。しかも魚人種が大陸から消える以前の、破格の相場でな」
「た、確かにそうですが、しかし全てとなると、Cランクは広域に広がっている箇所も複数ありますからとんでもない費用に……それにこのままでは、国王陛下のご命令に背くことになるのでは……?」
「チッ、だからお前はうだつが上がらんのだ! 商業ギルドの人間ならば商機を見逃すな。国に大きな利益を齎す接触が不要に当たるとでも言うのか?」
「え、いや……」
「ここからは時間との勝負、異世界人が到着する前に情報を届けねば意味はない。が、もし各所で先んじた動きが取れれば……くくっ、くははははっ!!」
上手く事が運べば、想像しただけで笑いが止まらぬほどの莫大な利益がアルバートに舞い込んでくるだろう。
そしてその功績の多くは自分のモノとなる。
切っ掛けを作り出した自分が――。
部下の心配を他所に、支局長ポージは黙々と手を動かす。
その日、ロキを利用するために書いた手紙は100通以上にのぼり、支局長室には時折聞こえる高笑いと共に、夜な夜な明かりが灯り続けたという。