作品タイトル不明
533話 希少素材の捌き方
荷車を使い、慌ただしく商品の補充に向かう人達を横目に、広大なバックヤードを一人フラフラと歩き回る。
テリア公国のマッピング中も、立ち寄った町で見覚えのない食材や素材があれば纏まった量を買っていたので、まったく売り物の補充をしなかったわけではない。
だが大量と言える荷物をここまで運んだのは、ガルム聖王騎士国で中途半端な商会を潰した時が最後。
そこから1ヵ月近くは経っていたので、現状どの程度スペースが空いているのか確認したかったわけだが。
「ん~予想以上に減ってるかなぁ……」
移民絡みで、かなりの場所を取っていた家具が大量に捌けたというのもある。
ただそれを差し引いても想像していたよりかは減っていて、荷物が占める割合はバックヤード全体の3割程度といったところ。
まぁそれでも初期に開拓したベザートの敷地くらいは広さがあるので、店の売り場が何回か空っぽになっても商品が尽きることはないだろうけど、このバックヤードを作った時は半分以上荷物で溢れていたのだから、だいぶ減っていることは間違いない。
それだけ、物が売れているということ――
「おいおい、そこの兄ちゃん。入口に見張りもいただろうに、どうやって入ってきたんだ? ここは売り場じゃないから入ってきちゃダメなんだぞ!」
「ん?」
――声の方に振り向くと、熊みたいなガタいをした毛深いおじさんが、荷車に大量の荷物を積んだままこちらを見ていた。
どう見ても獣人。
こんな特徴的な人は忘れるわけないと思うんだけど、新しい従業員だろうか?
先ほども元奴隷組とは違う人が荷車を押していたし、知らぬ間にどんどん従業員が増えているっぽい。
「もしかして迷子か? なら俺についてきてくれれば外まで連れてってやるが」
「あーと、なんて言えばいいか……ここのオーナーみたいなもんなんです。なのでお手数ですけど、店長のクアドを呼んできてもらえませんか?」
そう言いながら、広く空いた一角に持ってきた素材を放出していくと、見た目からは想像できないほど可愛らしい悲鳴が背後から聞こえた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
一通り売り物となる素材を放出し終えた頃にクアドは顔を出したが、どうやら素材を見せても知識が追い付かなかったらしい。
ならばと二人で魔物素材を担当しているパイサーさんの所に向かうも、やはり反応は変わらず。
渋い表情のまま、見せた魔物の素材に首を傾げる。
「前にも言ったと思うが、俺は元Cランクハンターだぞ? 流通の多い素材なら、仕事柄もう少し上のランクでも知っている魔物はいるけどよ……Sランクってお前、そんな高位の素材なんか一度も触れたことすらねぇよ」
「一応、うちの大賢者に聞いたら、これだけは情報が引っ張れたんですけどね」
そう言って1枚の木板を見せると、クアドとパイサーさん、それにパイサーさんと同じ場所で働いているおばちゃんまで一緒になって覗き込む。
「ミノタウロスの角は粉末にして飲むことで興奮し、夜の男の味方に――……どういうことっすか?」
「要は精力剤ってことなんだと思う。なんか荒ぶってるっていうか、そんな魔物だったし」
「あら! やだよ王様ったら、こんな昼間に!」
パシン!
「「「……」」」
なぜ、俺はバシコンと尻を叩かれたのか。
よく分からないが……
「んーで、この黒い毛皮は――……かつて貴婦人に人気を博した超高級毛皮か。クァールなんて魔物は聞いたこともないし、かなり限定した場所に生息しているのか?」
「自分も聞いたことはないっすね。でもこの艶やかで吸い付くような肌触りは凄いっすよ。上物の毛皮はいくつも触れてきましたけど、これだけ滑らかで柔らかい毛並みは他にないっす」
「確かに、かなり高そうな雰囲気はするがよ……身に着けると女性の魅力が1段階上がるって、なんだよこれ?」
「うーん……いつの時代かも分からない書物に載っていた情報みたいですからねぇ」
言いながらも視線は、この場で唯一の女性であるおばちゃんに向く。
【鑑定】してもそんな情報は出てこないのだ。
羽織ってもらえれば、何か分かるかもしれないが。
「やだよまったく、うちの王様ったら! そんな見つめられたって何も出やしないよ!」
パシン!
「「「……」」」
「と、とりあえず、一番の問題は相場の分からないこれらをいくらで売るかっすよね」
「んだな。量は相当あるみたいだし、鉱物や他の魔物素材みたいに反応見ながらどんどん捌いちまうか?」
パイサーさんはそう言うも、俺は大きく首を横に振る。
「いや、Bランク程度の魔物素材ならそれでいいんですけど、Sランク魔物は全種。それにAランク魔物も、このクァールと金色の羊は――そうですね、クアドとパイサーさんが予想する価格の、さらにその10倍の値段で売ってみましょうか」
「は?」
「10倍って……つまり売れなくてもいいってことっすか?」
「うん、それでも構わないよ。最初は表に並べる量も極少量でいいからさ。パイサーさんも、もし大口の注文希望が入ってもこの7種だけは難しいって断っちゃってください。何かあれば僕の名前を出しちゃってもいいんで」
「それは構わないが……理由は他国の軍事転用を恐れてか?」
「それが一番ですね。Sランクなんかはそう簡単に装備加工できないと思いますけど、それでも一部のドワーフとか、絶対できないってわけじゃないですし」
「確かにな」
「一番ってことは……あっ、もしかして市場価格の操作も狙ってるっすか……?」
そう言うクアドは、この市場価格操作で破滅の一歩手前まで追い詰められているからなぁ。
かなり不安そうな表情を浮かべているが、以前とは違うのだから勘違いしないでほしいところだ。
「うん。でも『米』の時とはまったく状況が違うからね。売れなければ素材を獲ってきた俺が困るだけ、誰に迷惑を掛けるわけでもない」
「それは、まぁ、その通りっすね」
「それにこんな上位の素材、仮に本来のあるべき適正価格が分かったとしても、間違いなく相当高いと思うよ。それこそ、普通に生活している町の人達じゃまず手が出せないくらいに」
「そりゃそうだろ。AランクやSランクなんて、装備素材で言えばハンター達の憧れ、大半の連中が一生掛けて目指す最終装備みたいなもんだぞ? そんなのがここに余るほどある方がおかしいんだ」
「素材は元から金持ちしか手を出せず、装備に流用される恐れもある。だから食料以外は極少量を高値で流してみて、まずは様子を見るって感じかな? 特にクァール、金色羊、孔雀、燃える竜。この4種の魔物は、もしかしたらここ数千年狩られていなくて、市場に一切素材が出回っていない可能性もあるからさ」
「はぁ?」
「え……ちょっ、それ、とんでもない話じゃないっすか!?」
ゼオが孔雀と金色羊は今まで見たことがなく、クァールと燃える竜も上級ダンジョンでしか戦ったことがないと言うのだ。
ダンジョンならば、魔物と対峙することはできても素材は得られない。
つまりこの4種は《夢幻の穴》でしか素材を得られない可能性があり、ダークエルフ達の作ったオームが魔導国家プリムスに踏み荒らされて以降、新たに素材が調達されないまま今日に至っている可能性だって十分ある。
ならば相場と呼べるモノが存在していない今がチャンスだ。
希少性は維持したまま、まずは多くが吹っ掛けていると思われてもしょうがないほどの値段から食いつくラインを探る。
あまりにも反応がないなら他所の狩場で出回っている可能性もあるし、それならそれでここを出入りする商人達が、値引き交渉の材料にあちらではこのくらいだったと情報を伝えてくるだろう。
それまで売れなかったとしても金銭面で困るわけではないし、最終的に素材が余り過ぎれば仲魔達の餌にするだけ。
もしバラ撒くにしたって、その素材が出回っても大した脅威とは思わず、より上位の素材が安定的に得られる状況になってからでも十分なはずだ。
一つ懸念材料があるとすれば、ここのバックヤードに隠すべき大量の素材を置いておくことだが――。
離れた森の中に新たな隠し置き場を作っても、補充が大変になるだけだしなぁ。
それにここは入り口に黒象のギリコと、すぐ近くでリルも監視している。
嵩張る魔物素材を窃盗なんてそう簡単にはできないだろうし、余っている結界魔道具をしっかり稼働させておけば、大抵の相手にはその存在も隠せるはずだ。
「それじゃ、また出かけてくるから、あとよろしくね」
用事も済んだし、ダンゲ町長の所に寄って来訪者のチェックでもしたら少し寝て、あとは夜までマッピングを進めるか。
そう思って店を出ようとすると、クアドに呼び止められる。
「そういえば、新奇開発所のアマンダさんが、ロキさんがここに来たら連れてきてくれって言ってたっす。トロッコと水着がどうのって」
「あ、ほんとに?」
「あとヤーゴフさんも用があるって言ってたっすね。たぶん、新しいギルドのことっす」
「ん?」
「ロキさんが自分で言ってたじゃないっすか、職業斡旋ギルド。あれ、ヤーゴフさんが初代ギルマスになって建てたんすよ? それで最近うちも何人か新しい従業員を雇ったっす」
「お、おぉ!」
マジかマジか。
かなり興味を持ってくれている雰囲気はあったけど、まさかあの人が直接動くとは思わなかった。
それにトロッコと水着か。
どちらも俺がお願いしていたことなので、そんな報告を受けてしまうと今からワクワクしてしまうな。
「それじゃ先にアマンダさんのところ行ってみるよ」
「あ、じゃあ自分も一緒に行くっす。トロッコの大きさとか聞かれて、こっちの要望も伝えてたんで」
「了解、お店は大丈夫?」
「俺っちがいない時はミザールさんに高級店任せてるんで大丈夫っすよ。あの人、最近魔石だけじゃなく宝石にもハマり出してるんすよね~」
「はは、忙しいだろうけどお給料は高いから、別の趣味でも見つけようとしてるんじゃない?」
「あーそれはあるかもしれないっすね。レイミーさんなんて、最近ワイン収集にハマって、出入りする商人に注文まで――」
なんだかんだで、みんな楽しそうに生活しているならそれで良し。
移動中にクアド商会で働くみんなのことを聞きながら、二人アマンダさんの待つ新奇開発所へと向かった。