軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

516話 秘蔵院

ガルム聖王騎士国の北部。

大陸を分断するように東西へ長く延びたエイブラウム山脈が途切れ、裾野には魔物のいない小さな森と、長閑な穀倉地帯が広がっている。

そんな場所に、俺はウォズニアク王と二人で訪れていた。

片隅に存在する、人口わずか40人前後だという小さな村。

北へ抜ける主要な街道からもだいぶ距離があり、旅人はおろか、国の役人ですらこの村の存在を把握しているのか疑わしいくらいであったが……

「こっ、国王陛下! ようこそいらしてくださいまして!」

農具を放り投げて駆け寄った男は、随分と軽い出で立ちだというのに王であることを素早く理解し、慌てながらも大きく頭を下げる。

「変わりはないか?」

「それはもう! ただ、今回は時期が早いような……」

「うむ、またも緊急でな」

「そ、そうでしたか」

不安げな表情を浮かべながら、横にいた俺にチラリと視線を向けてきた男は、それでも道を譲るように横へ逸れる。

先には森の中へと続く、人が一人通れる程度の獣道。

その入り口には紐で吊るされ、村人の洗濯物が干されていた。

「いろいろと凄いですね……」

「我が祖先はこれが最適だと判断したのだろう。おかげで4000年近く前からあるとされているが、ただの一度も襲撃や盗難の記録は残されていない」

これには、でしょうねという感想しか出てこない。

それくらい上手いやり方だなと思ってしまう。

金銀財宝や希少なお宝、珍しい魔物や古代の武具でも、隠されているならなんだっていい。

人は表に出ていない何かを探そうと思うと、まず怪しさや違和感を切っ掛けに動くもの。

しかしこれだけ場所も、それに対応する人まで『普通』にされてしまうと、その切っ掛けすら掴めない。

自分に置き換えてもこんなところはスルーが当然で、闇雲に【探査】なんて使うことはないだろうし、ここを知るウォズニアク王から直接場所を割り出すでもしない限りは辿り着ける気がしなかった。

しかも――

「探査系で反応が拾えませんけど、相当高位の結界魔道具でも置いているんですか?」

そう問えば、王は少年のような笑みを零しながら答えてくれる。

「もちろん備えてはおるが、どちらにせよ 深(・) い(・) ぞ? 魔道具の存在を探知され、そこから発覚に繋がる恐れもあるのだからな」

「なるほど……」

そのままウォズニアク王と俺は、森の中へ。

少し進むと草や木々に隠された、人がすれ違うには難しい大きさの岩穴がひっそりと存在しており、覗くと内部は開けた洞窟のようになっていた。

そんな場所を、王は自ら魔法で光玉を生み出し、慣れた様子でツカツカと踏み込んでいく。

さすが、王も聖王騎士だとハーゼンさんが言うだけはある。

ほんと良くも悪くも腰が軽いというか……

供もなしにここまで動くのだから、明らかに他所の王様とは質が違う。

そして小1時間後――。

言われなければ素通りしていたであろう、迷宮のような地下空洞の途中にひっそりと存在していた仕掛け扉。

王が手順を踏んで開けると、その中は全体的に薄く緑がかった、不思議な雰囲気が漂う石造りの部屋が広がっていた。

「ようやくだな。ここが目的の場所、ガルムでもほんの一握りの者しか知らぬ『秘蔵院』だ」

「……」

そう言われても、すぐに言葉は出てこない。

なんせ左右の壁には、図書院で見た数よりも明らかに多い本がズラリと並んでいるのだ。

それに本の形状とは異なる石板のようなものや金板書。

それにあれは――たぶん、大きさからすると源書の完品か。

兎にも角にも、これがガルムの抱える蔵書のすべて。

本とその先にある知識を求めて動いていた俺からすれば、この光景を見て興奮しないわけがない。

しかも、だ。

「ではロキ王、早速回収していってくれ」

「……了解です」

秘匿された地に足を踏み入れただけでなく、これらをすべて俺が預かれる。

そう考えると、ガルムではスキルの伸びがほとんどなく、金銭面も大した規模ではない商会を1つ空にしただけ。

旅の目的であり醍醐味とも言える戦果はかなり寂しいモノがあったけど、魔宝石といい、これほどの数の本といい……

他では手に入らないレアモノをこれだけ得られたのだから、差し引きでいえば圧倒的にプラスと言ってもいいくらいだろう。

まぁ結果的にそうなったというだけで、俺にとってはただ運が良かっただけなのかもしれないけど。

結局俺は、マリーのせいで――、いや、マリーのおかげで図書院通いを断念せざるを得なくなった。

それがこの隠された地へ案内されることになった一番の理由だ。

ウォズニアク王も俺と同様の懸念を抱えていたようで、標的が俺へ切り替わったにもかかわらず学院へ通い続ければ、またマリーの妨害で大きな被害が出てしまうかもしれない。

それこそ最悪は妨害程度で済まず、俺を殺しにかかるほどの大規模な攻撃により、再び生徒達や市街地を危険に晒す恐れが出てきてしまう。

そうなると、誰がどう見たって詰み。

一番の収入源は潰え、子を失った多くの権力者達から恨まれたガルムはまず確実に崩壊する。

しかしだからと言って、俺が本の複製を諦めきれるわけでもない。

傭兵として真っ先に要求した対価なわけだし、ウォズニアク王もそのことを十分理解していたからこそ、残された唯一の方法として緊急時用の原本でなんとかするしかないと。

そのような結論になったわけだ。

なのでさすがにこの本すべてを貰うということではなく、あくまで一時預かり。

それでも堂々と拠点に持ち帰って複製作業を進められるわけで、出来上がり次第借りた本を返していけば、図書院に影響を与えることなく俺の目的は達せられる。

そう、俺からすれば大変ありがたい提案だったわけだが――。

「複製が終わった本は、ここに運んでおけばいいですか? それとも先ほどの村人に渡した方が?」

「直接ここに運んでもらった方が都合が良いであろうな。村の長は時折魔石の補充でここを訪れる程度。本を抱えてここまでの道程を度々通わすのは骨が折れるだろうし、何より発覚の危険性が格段に増す」

「了解です」

問題は、ウォズニアク王だ。

ガルムからすれば、この場所は国の存続に影響を及ぼすほどの秘匿事項。

以前は重要機密だと、このような場所があることすら伏せていたわけだし、この地を伝え、原本に手を出すなど本来は苦渋の選択であるはずなのだが、なぜかその様子がまったく感じられない。

それどころか――、まただ。

先ほどから引っ掛かりを覚えるくらいには柔らかい表情をすることが多く、今もこれが面白いと、王自らお勧めの本を俺に教えてくれていた。

ここに来るまでもガルムで有名な郷土料理や、もっと北にあるらしい天然風呂の話なんかをずっとしていたし……

(まぁ、いいか……)

先ほどは冗談だと思うけど、笑いながら俺が所持していた方が安全とまで言っていたくらいだ。

様々な考えがあって演じているのか、それとも苦しさを見せないように努めているのかは分からないが、良からぬことを企んでいるような雰囲気は一切感じられない。

ならば良くしてもらった分は、別の形でちゃんとお返しをすればいいだけ。

人付き合いがそうなのだから、国との付き合いだってきっとそんなものだろう。

「もう、ゆくのか?」

無事、本の回収を済ませ、宮殿に送り届けてすぐに王は問う。

「ええ、今は僕が離れていた方がこの国も安全でしょうから」

「そうか……結果的に追い出すような格好になってしまって済まんな」

「そうは思ってませんよ。それに僕は僕で学院通いの期間を大幅に短縮できたわけですから、逆に感謝しているくらいです」

マリーには俺がこの地から離れ、学院や市街地の被害を嫌って本を諦めたと思わせた方が油断を誘えるし、周囲を巻き込みながら俺を狙うような動きもひとまずは収まるだろうからな。

ハンスさんと俺がこの国に関与している。

対外的にこの効果は大きいかもしれないが、再びガルムを標的に切り替えるかはマリー次第。

しかし反乱軍を使った国家転覆という、数年掛かりの策は不発に終わっているのだから、ここから何か動くにしても、相当慎重にはなるだろうと予想している。

――少なくとも、俺が動く時間を作れるくらいには。

「それより例の件、マリーを油断させるための貴重な材料ですし、滞りなくお願いしますね。それと、彼が吐いた協力者の排除も」

「当然だ。ニトイ派と呼ばれる一部の教師だけでなく、図書院の守衛まで味方に付けているとは思わなかったが……マリーに与するような動きをする輩は必ずこちらで始末を付けよう」

「お願いします。ご自慢の郷土料理を食べにきたら国が無くなっていたとか、そんな姿は見たくないですから」

この国が今後どうなるのか、それは誰も分からない。

市街地の復興、生徒の確保、内通者の炙り出しに、東部の動きだって今後も注視していかなければならないだろう。

見通しは決して明るいものではない。

でも、極力は存続できる道を。

何かあれば、多少なりは力に。

そのためには――視線は自然と、東へ向く。

「まずは確認してみないとな」

一人そう呟き、俺は上空から学院と、その南部に広がる寮区を数秒ぼんやりと眺めてから、次の行先に目を向けた。